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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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第7話:夜空に咲く花と、背中の温もり

7月下旬。


星見台市の夏は、湿気を含んだ海風と共にやってくる。


ジリジリと肌を焼く日差し、入道雲、そして蝉時雨。


けれど、今日という日だけは、夜が主役だ。



今日は、星見台市納涼花火大会。


恋人たちが愛を語らい、友達以上恋人未満の二人が距離を縮める、夏最大の決戦日である。



私は自室の鏡の前で、くるりと一回転した。



「うん……! やっぱり颯太くんのセンスは神だわ……!」



身にまとっているのは、紺色をベースにした涼しげな浴衣。


描かれているのは、淡いピンクと白の朝顔。


帯は鮮やかな山吹色で、夜空に浮かぶ月みたい。



私の脳裏に、数日前の呉服屋さんでの光景が蘇る。



私たちは、駅ビルの呉服屋さんに来ていた。


色とりどりの浴衣が並ぶ店内は、夏の花畑みたいだ。



「ほら日和、好きなの選べよ。今年は種類多いな」



颯太くんがハンガーにかかった浴衣を適当に指差す。


でも、私はその場から一歩も動かず、腕組みをして首を横に振った。



「やだ!」



「は? なんでだよ。せっかく買いに来たのに」



「私が選んだら、いつもの私になっちゃうでしょ? 今回のテーマは『颯太くん色に染まる夏』なの! だから、颯太くんが選んで! 颯太くんの好みが、この世界の正解であり、法律なの!」



「……なんだその重苦しいテーマ」



彼は呆れたようにため息をついたけれど、私の目が本気マジなのを感じ取ったのか、渋々といった様子で浴衣のラックに向き直った。



「……ったく。文句言うなよ?」



そう言って、彼は真剣な眼差しで浴衣を選び始めた。


赤、ピンク、水色、黒……。


彼は一つ一つ手に取り、生地の柄を確認し、時折私の顔をチラリと見ては、また棚に戻す。



その横顔を、私は斜め後ろから食い入るように見つめていた。



(……尊いっ!)



見て、あの眉間のシワ!



「あいつには派手すぎるか?」


「いや、逆に地味すぎるか?」



なんて、彼の脳内CPUが私のためにフル稼働している! 普段は面倒くさがりな彼が、私のために悩み、時間を使い、選択しようとしている。


この空間、この時間こそが、どんな高級な布地よりも価値がある贅沢だ。



「……日和」



10分ほどの沈黙の後、彼が一着の浴衣を差し出した。



「これとか……どうだ?」



それは、深い紺色をベースに、淡いピンクと白の朝顔が描かれた一着だった。


子供っぽいフリルやレースはない。


凛としていて、涼しげで、少し背伸びをしたようなデザイン。



「……へえ、意外。もっと明るい色を選ぶかと思った」



「お前、普段がうるさい……いや、元気だからさ。 こういう落ち着いた色の方が、その……ギャップがあって、映えるんじゃねーの」



彼は言い訳のように早口でまくし立てて、プイッと顔を背けた。 耳が赤い。



(ギャップ……大人っぽい私が見たいってこと!?)



「着る! 絶対これ着る! 今すぐ着る!」



私はその浴衣をひったくり、試着室へとダイブした。




数分後。


店員さんに着付けを手伝ってもらい、カーテンを開ける。



「じゃーん! どうかな、颯太くん?」



紺色の生地が、私の白い肌を引き締めて見せる。


帯は彼が選んでくれた、夜空の月のような鮮やかな山吹色。



颯太くんは私を見た瞬間、少し目を見開き、口元を手で覆った。



「……おう。……いいんじゃねーか。 なんか、馬子にも衣装っていうか……その、似合ってる」



「えへへ、知ってる! 颯太くんが選んでくれたんだもん、似合わないわけがないよ!」



私は鏡の前でくるりと回り、スマホを取り出してツーショットをねだった。


彼が選んでくれたこの浴衣は、最強の勝負服(戦闘服)だ。




カラン、コロン。


慣れない下駄の音が、神社の石畳に響く。


会場となる神社の境内は、すでに凄い人出だった。


ソースの焦げる香ばしい匂い、甘い綿菓子の香り、そして人々の熱気。


祭囃子のピーヒャラという音が、心臓の鼓動を加速させる。



「うわぁ、すごい人! 颯太くん、はぐれないようにしなきゃ!」



「お前がチョロチョロするからだろ。……ほら」



颯太くんはぶっきらぼうに言うと、私の浴衣の袖をくいっ、と軽く掴んだ。


手をつなぐ、の一歩手前。


でも、この「袖をつかむ」という奥ゆかしい距離感が、逆にいじらしくて燃える!



「ふふっ、捕獲されちゃった♡」



「うるせぇ。行くぞ」



私たちは屋台の並ぶ参道を歩く。


リンゴ飴、イカ焼き、金魚すくい。


色とりどりの屋台が並ぶ中、私はある一角で足を止めた。



人混みをかき分けた先に、レトロな射的の屋台があった。


棚にはお菓子やオモチャが並んでいる。


その中で、私のレーダーが反応した。



「あ! あれ! 颯太くん、あれ見て!」



私が指差したのは、棚の中段にある愛らしい「白ウサギのぬいぐるみキーホルダー」。


フワフワしていて、つぶらな瞳が私を呼んでいる気がする。



「あのウサギさんがいい! 私のバッグに付けたら絶対可愛い!」



「……お前、あんな小さいの狙えるのか? 結構難易度高いぞ」



「任せて! 愛の力で必中させてみせるから!」



私たちはコルク銃を受け取り、カウンターに身を乗り出した。


よーし、待っててねウサギちゃん!


私は片目を閉じて狙いを定める。



……が。



隣に立つ颯太くんの気配が気になって、照準が定まらない。


浴衣姿の彼。


少し開いた胸元から覗く鎖骨。


腕まくりした二の腕の筋肉。


横顔があまりにも整いすぎていて、的よりも彼の方を見たくなってしまう。



「……日和、銃口がふらふらしてるぞ。ウサギじゃなくて天井撃つ気か?」



「だってぇ、颯太くんがカッコよすぎて集中できないの! フェロモン漏れすぎ!」



「なんの言い訳だよ。……貸してみ」



見かねた颯太くんが、ため息をつきながら私の一歩後ろに回り込んだ。


そして、私の手の上から自分の手を重ね、銃を支えるように体を密着させてきた。



「脇締めて、もっと低く構えるんだよ。こう」



ドクンッ!!



私の心臓が、破裂音を立てた。


背中に感じる彼の胸板の厚み。


耳元で聞こえる低い声。


彼の吐息がうなじにかかる。


浴衣の帯越しでも分かる、圧倒的な体温。


これは射的の指導じゃない。


背後からの抱擁バックハグだ!



(ひゃぅ……ち、近いです、颯太くん……! 無理無理、脳みそ溶ける!)



「ほら、狙えるか?」



「は、はひっ! 指が震えて……!」



「いいから、俺が支えてる間に撃て」



彼の指示に従い、私は半ばパニック状態で、震える指で引き金を引いた。



ポンッ!



コルク弾は私の動揺を反映して、狙っていた「白ウサギ」とは明後日の方向へ飛んでいった。



(ああっ、失敗……!)



そう思った瞬間だった。



カツンッ!



弾は棚の木の柱に当たり、ありえない角度で跳ね返った(跳弾)。


物理法則を無視したその弾道は、まるで意思を持っているかのようにカーブを描き―― 棚の隅っこ、ホコリを被っていた「売れ残りゾーン」の箱に直撃した。



ガガガッ……



その衝撃で、不安定に積まれていた箱が崩れ落ち、その余波で―― コロコロコロ……ポトリ。



ウサギとは似ても似つかない、何かが転がり落ちてきた。


それは、まわしを締めて四股を踏んでいる、「ピンク色の力士猫」のマスコットだった。



「「あ」」



私と颯太くんの声が重なる。


一瞬の静寂の後、店主のおじちゃんが鐘を鳴らした。



「カランカラーン! おめでとうお嬢ちゃん! ……えーと、そいつがおまけだ!」



おじちゃんから渡されたのは、狙っていた可愛いウサギではなく、絶妙にブサイクでシュールな力士猫。



「……マジかよ。あんなの外して、よりによってそいつかよ」



颯太くんが呆れたように笑う。


確かに、狙った獲物は逃した。


手元にあるのは、全く予期していなかった変な景品だ。



でも。


私はその力士猫を、宝石のように高く掲げた。



「やったぁぁぁっ!! 見て見て颯太くん! この子が来てくれたよ!」



「は? お前、ウサギ狙ってたんだろ? それでいいのかよ」



「ううん、これがいいの!」



私は興奮気味に鼻息を荒くして、彼に詰め寄った。



「だって、ウサギさんは『狙って取るもの(実力)』でしょ? でもこの子は違う。 颯太くんと一緒に構えて、失敗して、偶然が重なって、私の手元に舞い降りてきたんだよ? これって神様がくれた、予測不能な『運命デスティニー』だもん!」



もし私が一人で撃っていたら、ただ外れて終わりだった。


もし颯太くんが支えてくれなかったら、この奇跡の弾道は生まれなかった。


狙い通りにいかないからこそ、この出会いは尊いのだ。



「……お前のポジティブさには勝てねえな。大事にしろよ、そのブサイク」



「うん! もちろん!」



私はすかさずスマホを取り出し、ブサカワな力士猫と、苦笑いする颯太くんをフレームに収める。



カシャッ!



画面の中で、力士猫がニヒルに笑っている気がする。


この予想外の珍客は、今日から私の国宝だ。


私はそれを巾着の紐にしっかりと結びつけ、ウサギを手に入れた時よりも百倍の幸せを感じながら、再び彼と歩き出した。



ブサカワな猫のマスコット。


でも私にとっては、どんな高級ブランド品よりも価値のある「二人の共同作業と運命」の結晶だ。




「そろそろ時間だな」



祭りの喧騒を離れ、私たちは人混みを避けて神社の裏手にある高台の階段へと移動した。


ここからは、星見台市の夜景と、海が一望できる。


夜風が、火照った頬を心地よく撫でていく。



ヒュルルルル……



夜空を引き裂くような音が響く。



ドォォォォンッ!!



大輪の花火が、夜空に咲いた。


赤、青、緑。 光の粒子が降り注ぎ、私たちの顔を極彩色に照らし出す。



「おー、綺麗だな」



颯太くんが空を見上げて呟く。


その横顔を、私はじっと見つめていた。


花火の光を受けて、彼の瞳の中に小さな火花が散っている。


まつ毛の影、通った鼻筋、少し開いた口元。



私はスマホを構える。


花火を撮るんじゃない。


「花火を見ている彼」を撮るのだ。



カシャッ。



シャッター音は、次の花火の爆発音にかき消された。



「……日和? 見ないのか?」



視線に気づいたのか、彼がこちらを向く。


私はスマホを下ろし、彼を見つめたまま言った。



「見てるよ。すっごく綺麗な景色」



「……俺の顔見てただろ」



「うん。だって、花火より綺麗だもん」



「バカかお前」



彼は照れ隠しに視線を空に戻す。


私は少しだけ勇気を出して、彼との距離を詰めた。


袖と袖が触れ合う。



「ねえ、颯太くん」



「ん?」



「来年も、再来年も……。 私たちが大人になって、おじいちゃんやおばあちゃんになっても。 こうして一緒に、花火見てくれる?」



それは、ただの願望じゃない。


確認だ。


私の「重すぎる愛」を、これからも背負ってくれるかどうかの。



颯太くんは花火を見上げたまま、少しの間を置いて、短く答えた。



「……当たり前だろ」



その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも、私の胸に深く響いた。


当たり前。


彼にとって、私と一緒にいる未来は「日常」の延長線上にあるんだ。



「……うんっ! 約束だよ!」



私は小指を差し出す。


彼は苦笑しながら、自分の小指を絡めてくれた。


夜空に咲く大輪の花火の下、私たちは指切りをして、未来を誓った。




祭りの後の帰り道。


私たちは、星見台市名物の「心臓破りの坂」を下っていた。


遠くでまだ、祭囃子の音が微かに聞こえる。



カラン、コロン。


楽しい時間はあっという間だ。


名残惜しさと、慣れない下駄の鼻緒の痛み。


足が棒のようだ。



「いたっ!」



石畳の段差に足を取られ、私は派手にバランスを崩した。



ガランッ!



「っと、危ねえ!」



颯太くんがとっさに腕を掴んでくれたおかげで転倒は免れたけれど、足首にピキッとした痛みが走る。



「い、痛ぁ……くじいたかも……」


「お前なぁ……最後まで気を抜くなよ」



颯太くんはため息をつくと、私の前に背中を向けた。



「ほら、乗れ」



「え?」



「おんぶだよ。歩けねーだろ」



「で、でも……重いよ?」



「今更だろ。早くしろ」



彼の言葉に甘えて、私はその広い背中に覆いかぶさった。


よいしょ、と体が持ち上げられる。


視点が高くなり、彼のうなじが目の前に来る。


坂道をゆっくりと歩き出す彼のリズムに合わせて、体が揺れる。


彼の体温が、浴衣越しにじんわりと伝わってくる。



(ああ、幸せだなあ……)



夜風が心地いい。


彼の背中の温もりが、私の世界を優しく包み込んでいる。


私は彼の背中に顔を埋め、目を閉じた。



「颯太くん」



「なんだよ」



「大好きだよ」



寝言のように、でもはっきりと伝える。


私の全重量と、全愛情を彼に預けて。



颯太くんは、呆れたような、でも柔らかい声で答えた。



「誰が見ても分かるだろう。今更だな」



「えへへ……。じゃあ、颯太くんはどう思っているの?」



私は少しだけ顔を上げて、彼の耳元で尋ねる。


これは千載一遇のチャンスだ。


背中越しだからこそ、聞けることがある。



颯太くんは少し沈黙した後、独り言のように呟いた。



「……手のかかる、物理的に重い幼馴染だった」



「え?」



重いのは思い出の分……ん?


今、「だった」って言った?



「過去形? どういうこと?」



私が聞き返すと、彼は私を背負い直すように、ぐっと腕に力を込めた。



「……そして、今は重いとは感じない」



「……え」



物理的な重さは変わらないはずだ。


むしろ、浴衣の分だけ重くなっているはずなのに。


それって、つまり。


彼が私の重さを、私の存在そのものを――当たり前のものとして、受け入れてくれたということ?



街灯の光が、彼を照らす。


私の視線の先にある、彼の耳。


それは、真っ赤に染まっていた。



「……それって」



私が息を呑んだ、その時。


彼がボソッと、本当に小さな声で呟いた。



「…………俺もだ」



夜風にかき消されそうな、小さな一言。


でも、私の鼓膜には、どんな大音量の花火よりも鮮明に届いた。



私の視界が潤む。


胸がいっぱいで、言葉が出てこない。


私は溢れ出す幸せを逃さないように、彼の首に腕を回し、その広い背中に再び顔を埋めた。



やっぱり、私の愛は重くないんだ。


だって、彼がこうして背負ってくれているんだから。



私たちの春と夏が終わる。


でも、物語は終わらない。


この坂道の先には、秋も、冬も、そしてまだ見ぬたくさんの季節が待っているのだから。

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