第6話:無限試着室と、君色のワンピース
6月下旬。
梅雨の晴れ間、久しぶりに太陽が本気を出してきた日曜日。
私はいつものように、朝から颯太くんの家に押しかけていた。
「おはよー! 颯太くん、今日の朝ごはん何?」
「お前な……自分の家で食ってこいよ」
リビングでテレビを見ながら、食パンをかじっていた颯太くんが、ふと私を見て首を傾げた。
「……ん? その服、去年も着てなかったか? 夏休みに図書館行った時とか」
その一言が、私の脳天を直撃した。
ズキューンッ!!
(お、覚えてるぅぅぅーーっ!?)
歓喜のファンファーレが鳴り響く。
すごい!
颯太くんの脳内ハードディスクに、去年の私の服装データが保存されている!
私のことが好きすぎて記憶力が向上しているに違いない!(ポジティブ解釈)
……しかし、次の瞬間。 喜びは「焦り」へと変わった。
(待って。それってつまり……今の私は『去年の焼き直し』ってこと!?)
恋する乙女は、常に最新バージョン(Ver.2.0)でなければならない。
なのに、愛しの彼に「データ使い回し」だと思われてしまうなんて、ヒロイン失格だ!
このままじゃ、彼の中の「ときめき指数」が停滞してしまう!
「た、大変っ! 緊急事態発生!」
「は? なんだよ急に」
「行くよ颯太くん! 緊急クエストだよ! 私の装備(夏服)を、最新モデルにアップデートしに行かなきゃ!」
私は食パンを飲み込んだ彼の手を引き(半ば引きずり)、そのまま家を飛び出した。
目指すは、このエリア最大のダンジョン――郊外の大型ショッピングモールだ!
私たちは、モール行きのバスに揺られていた。
日曜の午前中ということもあり、車内は少し混んでいる。
運良く一番後ろの二人掛けの席が空いていて、私たちは並んで座ることができた。
ガタン、ゴトン。
バスが大きく揺れるたびに、隣の颯太くんの肩が私の肩にぶつかる。
(……んふふっ♡)
密着度、120%。 彼の体温が、二の腕を通して伝わってくる。
冷房の効いた車内だけど、私の左半身だけポカポカと温かい。
キキーッ!
信号でバスが少し強めのブレーキをかけた。
慣性の法則に従い、私の体は前のめりになりかけ――それを支えようとした颯太くんの腕が、私の胸元に軽く触れた。
「っ、わりぃ!」
彼は慌てて手を引っ込め、窓の外を向いてしまった。
耳が赤い。
あらら、紳士だなぁ。
でもね、颯太くん?
今の私、心の中で舌打ちしちゃったよ?
(ちぇっ……もっと胸元が開いた服を着てくればよかった……!)
今日の私はTシャツにデニムという、無難なスタイル。
もしこれが、胸元の開いたキャミソールだったら?
彼の手の感触をもっとダイレクトに感じられたかもしれない。
いや、それどころか……。
(もしかして、颯太くんの理性が吹き飛んで……『ごめん日和、もう我慢できない』なんて言って、バスの奥で……キャーッ!!)
私の脳内で繰り広げられる、ピンク色の妄想劇場。
まだバスの中なのに、思考はすでにゴールイン寸前だ。
ああ、もっと揺れて! 物理法則よ、私に味方して!
「……バス、もっと揺れないかな……」
「……ん? お前、なんか言ったか?」
「えっ!? い、言ってないよ! 『バスケットボールが欲しいな』って言ったの!」
「なんで急にバスケだよ……」
危ない危ない。
心の声(欲望)がダダ漏れになるところだった。
ショッピングモールに到着。
ウィーン、と自動ドアが開くと、そこは別世界だった。
肌を撫でるひんやりとした風。
吹き抜けの天井から降り注ぐ自然光。
そして、視界を埋め尽くすカラフルなショーウィンドウの数々!
「わあぁぁ……! 天国だぁ……!」
私はその場でお祈りポーズ。
週末のモールは家族連れやカップルで賑わっているけれど、今の私には「宝の山」に群がるライバルにしか見えない。
「颯太くん、しっかりついてきてね! はぐれたら館内放送で『私の愛しい運命の人』って呼び出すから!」
「やめろ、社会的に死ぬ。……で、何買うんだよ」
「全部だよ! 頭のてっぺんから爪先まで、颯太くん色に染まるためのアイテム全部!」
私は彼の手を引き、レディースファッションのエリアへと突撃した。
***
そこからは、まさに「無限試着室」の開幕だった。
「お待たせー! 1着目!」
シャラランッ!
試着室のカーテンを勢いよく開ける。
まずは王道、『清楚系・白のシフォンブラウス×ミントグリーンのフレアスカート』! 透け感のある素材が涼しげで、動くたびにスカートがふわりと広がる。
我ながら、高原の妖精のような清涼感だ。
「どお? どお? 清楚?」
くるりと一回転。
鏡を見なくてもわかる。
完璧な着こなしだ。
だって素材(私)が良いからね!
でも、問題はそこじゃない。
私は試着室の中にある大きな姿見越しに、背後のソファに座る颯太くんを凝視した。
名探偵ヒヨリの「プロファイリング・アイ」が発動する。
【ターゲット:鳴海颯太】
視線:スカートの裾に一瞬向いた。
眉間のシワ:なし(不快ではない)。
口元の動き:「……おう、似合ってる。普通に」
(……反応が薄い! 「普通」=「可もなく不可もなく」。これでは60点!)
「むー、普通かぁ。次!」
カーテンを閉める。
着替えタイム、30秒。
早着替えは特技だ。
1秒でも長く颯太くんに見てもらいたいから!
シャラランッ!
「2着目! 『アクティブ・デニムショートパンツ×ビタミンカラーのオフショル』!」 健康的な脚見せスタイル。
肩出しで少し大人の色気をアピールしつつ、元気いっぱいのオレンジ色が夏の日差しに映えるはず!
「これなら海デートも完璧でしょ?」
私はあえて前屈みになり、谷間を強調してみる。
さあどうだ!
【ターゲット:鳴海颯太】
瞳孔:拡大を確認。
視線:私の太ももと鎖骨付近を高速で往復し、すぐに逸らした。
顔面温度:推定上昇率20%。
発言:「……露出多くね? 虫刺されそう」
(……反応アリ! 「直視できない」は高評価の証! でも「虫刺され」という懸念材料で減点!)
「ムードがない! 次!」
3着目、4着目、10着目……。 『小悪魔風・黒のレースワンピ』。 『森ガール風・リネン素材のゆったりセットアップ』。
私は次々とジャンルの違う服をまとい、試着室から飛び出す。
店員さんも「お客様、何を着てもお似合いで……正直、全部おすすめです」と困り顔だ。
私も困っている。 どれも似合う(自画自賛)。
でも、どれが一番「颯太くんの心臓を撃ち抜ける」のか、自分では判断できない!
「はぁ……はぁ……おい日和、まだ着んのか……?」
試着室前のソファに座る颯太くんは、すでに私の手荷物(戦利品)を両手に抱え、ヘトヘトになっていた。
男子にとって、女子の買い物は「苦行」らしい。
でもごめんね颯太くん。
私の体力ゲージはまだ減るどころか、着替えるたびに回復してるの!
「え~、でも決められないんだもん。どれが一番『私っぽい』?」
私が試着室から顔だけ出して尋ねると、彼はため息をつき、近くのラックにかかっていた一着の服を無造作に手に取った。
「……これとか、いいんじゃないか? お前っぽいし」
彼が差し出したのは、『パステルブルーのノースリーブワンピース』。
空のような爽やかな青色。
ウエストがきゅっと絞られていて、裾に向かってふわりと広がるAライン。
派手すぎず、でも華やかで、麦わら帽子が似合いそうな一着だ。
「……え」
「お前、青とか似合うし。……涼しそうだし、いいんじゃねーの」
彼はぶっきらぼうに言って、顔を背けた。
その耳が、ほんのりと赤い。
(颯太くんが……選んでくれた……?)
その瞬間。
ただの布切れだったそのワンピースが、私の中で「伝説級の聖遺物」へと昇華した。
値札?
素材?
デザイン?
関係ない。
彼が「お前っぽい」と言った。
その事実だけで、この服は国宝だ。
私はその服をひったくるように受け取り、胸に抱きしめた。
「これにする!!」
「は? まだ着てねーだろ」
「着なくてもわかる! これが私の運命の一着! 絶対これ! 毎日着る! 寝る時も着る!」
「やめろ、生地が痛む」
「店員さーん! これください! そのまま着て帰ります!」
私は光の速さで着替え、レジへとダッシュした。
私が選ぶんじゃない。
貴方が選んでくれた色に染まるのが、一番の幸せなんだもん!
買い物を終え、私たちはフードコートで休憩タイム。
私は冷たいメロンソーダを飲みながら、彼が選んでくれたブルーのワンピースの裾を、うっとりと撫でていた。
「へへへ……可愛い……」
「……服がな」
「ううん、この服を選んでくれた颯太くんのセンスが! ねえ颯太くん、記念撮影しよ! この服のデビュー記念日だよ!」
私はスマホを取り出し、嫌がる颯太くんに強引に身体を寄せる。
「ほら、笑って! チーズ!」
カシャッ!
画面を確認する。
爽やかなブルーのワンピースを着て、幸せそうに笑う私。
その隣で、少し呆れつつも、まんざらでもなさそうにポテトを食べている颯太くん。
最高のツーショットだ。
「よし、壁紙更新っと!」
「お前、どんだけ俺の写真増やす気だよ……」
「フォルダがいっぱいになるまでだよ! あ、この写真、クラウドにもバックアップしとかなきゃ!」
夕方。
颯太くんに家の前まで送ってもらい、自室に戻った私は、名残惜しい気持ちでワンピースの背中のファスナーに手をかけた。
「はぁ……脱ぎたくないなぁ……」
するり、と布地が肌から離れる。
たった数時間しか着ていないのに、もうこの服は私の一部みたいだ。
だって、颯太くんが「お前っぽい」って言ってくれたんだから。
私は脱いだばかりのワンピースを、一番高級な木製のハンガーに丁寧にかけた。
シワひとつないように整え、クローゼットの一番目立つ場所、言うなれば「ご神体」のポジションに安置する。
「よし。次はいつ着ようかな。 次のデート? それとも、学校に着ていって自慢しちゃおうかな?」
ハンガーにかかったブルーのワンピースを眺めながら、私の妄想はさらに先へと飛躍する。
(次は……浴衣かな?)
もうすぐ7月。
夏祭りの季節だ。
もし、颯太くんが選んでくれた浴衣を着て、花火を見上げながらリンゴ飴を食べられたら……?
その時こそ、妄想じゃなくて本当に、彼との関係を一歩進められるかもしれない。
「ふふふっ、待っててね颯太くん。 私の夏は、まだまだこれからだよ!」
私はクローゼットの扉を閉め、次のクエストへの期待に胸を膨らませた。




