第3話:GWは二人で山登り(という名のデート)!
ゴールデンウィーク。
黄金週間。
なんて素晴らしい響きだろう。
カレンダーの赤い数字が連続するこの期間は、私、如月日和にとって、颯太くんとの時間を無制限に確保できる「黄金のボーナスタイム」と同義だ。
5月初旬の朝。
空は雲ひとつない快晴! 私は鏡の前で、最終チェックを行っていた。
今日のテーマは『山ガール風、だけど清楚な可愛さは忘れないよコーデ』。
動きやすいキュロットスカートは、春らしいパステルブルー。
トップスは白のブラウスに、薄手のマウンテンパーカーを羽織る。
そして足元は、機能性重視のトレッキングシューズ。
普段の制服姿とは違う「アクティブな私」に、颯太くんはドキッとしてくれるだろうか?
「うん、完璧! 今日の私は、新緑よりも眩しいはず!」
リュックには、昨夜から仕込んだ「特製お弁当」と、予備のタオル、救急セット、遭難した時用の非常食(ナッツ類)、そして溢れんばかりの愛を詰め込んだ。
準備万端。
いざ、愛しの彼のもとへ出陣!
「おはよおおぉぉぉっ!! 颯太くーん!!」
ピンポーン! ピンポーン! 颯太くんの家のインターホンを連打する。
休日の朝8時。
常識的に考えれば迷惑かもしれないけれど、恋人(予定)のモーニングコールなら許される特権だよね!
ガチャリ、とドアが開く。
そこには、寝癖を芸術的に爆発させ、眠そうに目をこする颯太くんが立っていた。
「……ふわぁ……おはよ、日和。……朝早くから元気だな……」
Tシャツにスウェット姿。
無防備なその姿を見た瞬間、私はポケットからスマホを神速で抜刀した。
「ストップ! そのまま動かないで!」
「は? なに……?」
カシャッ!
「よし、保存っと!」
画面を確認する。
寝起きでポカンとしている颯太くんと、その横で満面の笑みでピースする私。
朝日差し込む玄関でのツーショット。
タイトルをつけるなら『無防備な王子様と、朝からハイテンションな私』かな!
「……勝手に撮るなよ。顔洗ってねえし」
「いいの! その『ありのまま』が尊いの! さあ、着替えて! 天気がいいから光合成に行こう! 山が私達を呼んでいるよ!」
私は文句を言う彼の背中をグイグイと押し、強引に「地獄」への扉を開けさせた。
私たちが向かったのは、星見台市の北側に位置する「展望台へのハイキングコース」。
地元では「恋人の聖地」なんて呼ばれているけれど、その実態は、急勾配の坂道と無限に続く階段が待ち受ける、心臓破りの難所だ。
木々の間から木漏れ日が降り注ぎ、新緑が鮮やかに輝いている。
土と草の混じった、湿り気のある春の匂い。
小鳥のさえずりがBGMのように響く中、私はスキップするような足取りで山道を登っていた。
時折、立ち止まってはスマホを構える。
「あ、このお花綺麗! 颯太くん、そこに立って!」
「えー……」
「はいチーズ! カシャッ! うん、お花より颯太くんの方が可憐だね!」
タッタッタッ、と軽やかに階段を駆け上がる。
重力? 何それ? 今日の私には適用されてないみたい。
振り返ると、5メートルほど後ろを、颯太くんがゾンビのような足取りで歩いていた。
「はぁ……はぁ……、まっ、待てよ……日和……」
「あれ? 颯太くん、もう疲れちゃった?」
「お前が……速すぎるんだよ……! ここ、結構な勾配だぞ……?」
颯太くんの額からは、玉のような汗が流れ落ちている。
肩で息をして、Tシャツの背中が汗で張り付いている。
(……キャッ♡)
苦しそうなのは可哀想だけど、それ以上に「汗だくで頑張る男の子」って、どうしてこんなにセクシーなんだろう!
首筋を伝う汗の一滴一滴が、まるでダイヤモンドの輝き。
カシャッ!
「……今、何を撮った?」
「頑張る男の背中! セクシーだよ颯太くん!」
「くそっ……お前、なんで汗ひとつかいてねえんだよ……サイボーグか……」
颯太くんが膝に手をついて立ち止まった。
足が限界らしい。
彼の背負っているリュックが、鉛のように重く見えた。
私は数段上の階段から、ピョン! と彼の目の前に飛び降りる。
「颯太くん、そのリュック貸して!」
「は? いや、悪いよ。日和も荷物あるのに……」
「いいからいいから! 私に任せて!」
遠慮する彼から、半ば強引にリュックを奪い取る。
ずしり、と重い。
水筒や着替えが入っているから、5キロはあるかな?
私のリュックと合わせれば10キロ近い重量だ。
普通ならよろめく重さ。
でも、私はそれを軽々と片手で持ち上げ、自分のリュックの上に重ねるようにして背負うのではなく――前に抱える「ダブル亀さんスタイル」で装備した。
「よしっ! 装備完了!」
「おいっ! お前、そんなの持って歩けねーだろ!?」
颯太くんが慌てるけれど、私はニカッと笑って、その場で軽くジャンプしてみせた。
「全然平気! だってこれ、颯太くんの荷物でしょ?」
「……は?」
「ただの荷物なら重いけど、これは『颯太くんの一部』だもん。 つまり、愛の重さと同じ! むしろ翼が生えたように軽いよっ!」
意味不明な理論を展開し、私は再びタッタッタッ! と階段を駆け上がる。
「ちょ、おま……待てって! 落ちるぞ!?」
後ろから聞こえる彼の心配する声(愛の言葉)を背に受けて、私は加速する。
重荷を背負うほど燃え上がる、それが私の恋のスタイル!
「とーちゃーくっ!!」
頂上の展望台。
視界が一気に開け、眼下には星見台市の街並みと、キラキラと光る青い海が広がっていた。
吹き抜ける風が、火照った体(颯太くんだけ)を優しく冷やしてくれる。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
ベンチへ向かおうとする颯太くんの腕を、私はガシッと掴んだ。
「待って颯太くん! 記念撮影しなきゃ!」
ちょうど近くに、休憩中の優しそうな老夫婦がいた。
チャンス! 私は満面の笑みで駆け寄る。
「すみませーん! 写真撮ってもらってもいいですか?」
「おや、いいですよ。はい、並んで」
おじいさんが私のスマホを受け取ってくれる。
私は颯太くんの横に戻ると、ここぞとばかりに彼の腕に自分の腕を絡ませ、さらに頭を彼の肩に預けた。
「ちょ、日和、近いって……!」
「いいじゃん記念なんだから! ほら笑って! チーズ!」
カシャッ!
スマホを受け取り、画面を確認する。
青い海と空を背景に、少し困った顔で赤面する颯太くんと、幸せオーラ全開で彼にくっつく私。
完璧だ。
額縁に入れて飾りたいレベルの名画が誕生した。
「仲が良いねぇ。お似合いのカップルだ」
「青春だねぇ」
老夫婦の言葉に、颯太くんは「いや、その……」と口ごもりながら、耳まで真っ赤にしている。
私は涼しい顔でレジャーシートを広げ、リュックからお弁当箱を取り出した。
「お疲れ様、颯太くん! さあ、ランチタイムだよ!」
パカッ、と蓋を開ける。
彩り豊かな「萌え断」サンドイッチ。
ポテトサラダ&ハム、照り焼きチキン&レタス、そしてデザート代わりのフルーツサンド。
パンの耳はミリ単位で正確にカットし、具材の配置は黄金比で計算済みだ。
「……すげぇ。これ全部作ったのか?」
「もちろん! 颯太くんの体を作る栄養素だからね、手は抜かないよ!」
私は一番具沢山なサンドイッチを手に取り、彼の口元へ差し出した。
「はい、あーん♡」
「……自分で食えるって」
「ダメ! 私の手からエネルギーを直接注入しないと、疲労回復しないよ? ほら、あーーん!」
周囲の登山客(老夫婦や家族連れ)が微笑ましそうに見ている中、颯太くんは再び耳まで真っ赤にして、観念したように口を開けた。
「……あむ」
「おいしい?」
「……ん。美味い。マジで美味い」
「やったぁーっ!!」
モグモグと頬張る彼を見て、私は天にも昇る気持ちになる。
私が作ったものが、彼の体内に取り込まれ、彼の血となり肉となる。
なんて神聖な儀式なんだろう。
「日和は食わねーの?」
彼が不思議そうに聞いてくる。
私は自分の分には手を付けず、頬杖をついて彼を見つめていた。
「ん? 私はいいの」
「は? なんで? 腹減るだろ」
「ううん。私はね、颯太くんが美味しそうに食べてる顔を見てるだけで、胸がいっぱいでお腹もいっぱいになるの。 咀嚼回数が右側で15回、左側で12回……喉仏が動くタイミングも最高……♡」
「……お前、なんか怖いこと呟いてないか?」
「気のせいだよ! さあ、次はフルーツサンドね! 口開けて!」
私の愛情注入は、彼が満腹で白旗を上げるまで続いた。
彼がモグモグする動画をこっそり1分間ほど撮影して、私のデータフォルダは着実に潤っていった。
帰る頃には、空は茜色に染まっていた。
オレンジ色の夕日が、二人の影を長く伸ばしている。
下り道とはいえ、階段の衝撃は足に来る。
颯太くんの足取りは、行きよりもさらに重くなっていた。
「……足、ガクガクする……」
「大丈夫? おんぶしようか? 今ならお姫様抱っこでも行けるよ?」
「……謹んで辞退させていただきます」
手すりに捕まりながらヨボヨボと歩く彼。
その横顔が、夕日に照らされてオレンジ色に輝いている。
疲労感と哀愁が漂っているけれど、それがまた堪らない!
私はすかさずスマホを取り出す。
「あっ、見て颯太くん! 夕焼けが綺麗!」
「……ああ、そうだな……」
彼が海の方を向いた隙に、私はレンズを彼に向ける。
夕焼けを見るフリをして、「夕焼けを見ている颯太くんの横顔」をパシャリ。
「……今、俺のこと撮っただろ」
「え? 撮ってないよ? 風景の一部だよ?」
嘘ではない。
彼こそが私にとっての最高の絶景だから!
「ねえねえ颯太くん! 明日はどこ行く? GWはあと3日もあるよ! 隣町の水族館に行こうか? それとも、海沿いをサイクリング?」
私が提案すると、颯太くんは死んだ魚のような目で私を見て、深々と頭を下げた。
「頼む……明日は、休ませてくれ……」
「えっ? もう?」
「俺のライフはもうゼロだ……。これ以上動いたら、筋肉痛で起き上がれなくなる……」
本当に限界そうな彼の顔。
そっか、残念。
私はまだ、フルマラソン一回分くらいの体力は残っているんだけどな。
(人間って、不思議だなあ)
同じ距離を歩いて、同じ空気を吸ったのに。
どうやら、彼と私とでは、搭載しているエンジンの種類が違うらしい。
私は少しだけ背伸びをして、彼の汗ばんだ髪を優しく撫でた。
「そっかそっか。ごめんね、連れ回しちゃって。 じゃあ明日は、颯太くんのお家で『おうちデート(看病)』に変更しよっか!」
「……お手柔らかに頼む……」
安堵の息を漏らす彼。
私はスマホを操作し、さっき展望台で撮ったツーショット写真を表示させる。
設定メニューを開き、『壁紙に設定』をタップ。
「よしっ! 待ち受け変更完了!」
画面を颯太くんに見せつける。
彼と私が寄り添う写真が、私のスマホの顔になった。
「うわ、マジで設定したのかよ……恥ずかしいからやめろって」
「やーだね! これで24時間、スマホを開くたびにデート気分だよ!」
「……勝手にしろよ」
ぶっきらぼうに言いながらも、彼が少し嬉しそうなのを私は見逃さない。
【重要データ】 颯太くんの回復リソースは有限。 連続稼働には十分な充電期間が必要。
「よし、お家まで私が荷物も颯太くんも運んであげるね!」
「だからおんぶはいいって!!」
夕焼けに響く二人の声。
私のゴールデンウィークは、まだまだ終わらない!




