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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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第28話『二月の所有権と、重すぎる愛の行方』

二月。


暦の上では春とはいえ、まだ厳しい寒さが続く季節。


けれど、街はピンクと赤のハートマークで溢れ返り、甘いチョコレートの香りが漂う「聖戦」の空気に包まれていた。


そう、バレンタインデーだ。


受験生にとってはセンター試験の結果(一次発表)と重なる心臓に悪い時期だが、私、如月日和にとっての優先順位は揺るがない。


第一に颯太くんへの愛、第二に颯太くんとの未来、第三に……まあ、その他諸々(受験含む)だ。



「うーん……悩む。チョコは作るとして、メインのプレゼントが……」



二月上旬。


私は自宅のリビングで、スマホを片手に唸っていた。


テーブルの上には、「彼氏が喜ぶプレゼントランキング」の検索結果が虚しく並んでいる。 1位:腕時計、2位:財布、3位:マフラー……。



「まだ決まらないの?」



キッチンからコーヒーを持ってきたお母さんが、私の向かいに座った。



「ネタ切れなの! 腕時計もマフラーも財布も、もうあげちゃったし! 幼馴染歴が長すぎて、定番アイテムはコンプリート済みだよ……」



「あら、じゃあクリスマスに失敗したアレ、もう一回やってみたら? 自分にリボン巻いて『プレゼントは私』ってやつ」



お母さんは面白がってニヤニヤしている。



「却下! クリスマスにやって『誕生日(三月)までお預け』食らったばっかりでしょ! 同じ手は二度も通用しないよ。颯太くんの学習能力を舐めないで!」



「あらあら、思ったより手強いわねぇ。 両家の両親公認で、彼女もこれだけOKサイン出してるのに……颯太くんってば、奥手すぎるんじゃない?」



「だから攻略法に困ってるんじゃない! あの鉄壁の理性を崩すには、もっとこう……ボディブローのように効く、ジワジワくる愛の重さが必要なの!」



私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


何かないか。


颯太くんが常に身につけられて、実用的で、かつ「如月日和」の存在を強力に主張できるアイテム。



「……そういえば、前に合鍵作ってあげたじゃない?」



お母さんがコーヒーを啜りながら、何気なく言った。



「アレ、颯太くんまだキーホルダーのまま持ってるのよね? 無難にキーケースとかをお揃いにするのはどう?」



「キーケース……?」



私は顔を上げた。


キーケース。


鍵を収納する革小物。


定番中の定番だ。


面白みはない。


……いや、待てよ?



私の脳内で、稲妻が走った。



颯太くんが持っている鍵には、私が誕生日にあげた『ひより』という平仮名のプラスチックプレートがついている。


普通の革のキーケースだと、そのプレートは隠れてしまう。


だが、もし。


中身が見える「透明」あるいは「半透明」の素材のキーケースだったら?



(……シミュレーション開始)



颯太くんが鍵を取り出す。


半透明のケース越しに、揺れる『ひより』の文字。


それはまるで、鍵だけでなく、「その鍵を持っている鳴海颯太という個体そのもの」に、私の名前が刻印されているように見えるのではないか?


ドッグタグ。


あるいは所有者ラベル。


『この颯太くんは、日和のものです。拾ったら届けてください』という、無言かつ強力なアピール!!



「……これだ」



私はガバッと起き上がり、お母さんに向かって不敵な笑み(というより暗黒微笑)を向けた。



「お母さん、天才! 透明なやつにする! 颯太くんが『私色』に染まってるのが一目でわかるやつにする!」



「……日和、あなた顔が怖いわよ」



早速ネットで検索し、私は理想の品を見つけた。


クリア素材の、ポップで丈夫なキーケース。


颯太くんには、彼のイメージカラーである爽やかな緑(半透明)。


私には、愛の象徴であるピンク(半透明)。


緑のケースの中に『ひより』のタグが入れば、それはもう私の支配下にあるも同然だ。


完璧だ。


これぞ日和イズムの真骨頂。



そして迎えた二月十四日。


バレンタインデー当日であり、大学入試センター試験の一次発表日でもある、運命の朝。


私は手作りチョコと、可愛くラッピングした透明キーケースをバッグに詰め込み、颯太くんの家へと向かった。



ピンポーン。



「はーい、いらっしゃい日和ちゃん!」



出迎えてくれた美奈子さん(颯太母)は、今日も元気いっぱいだ。



「お義母さん、おはようございます! ハッピーバレンタイン! これ、お義父さんとお義母さんにチョコです!」



「あら、ありがとう! 颯太はね、まだ夢の中よ~。昨日は遅くまで起きてたみたいだから」



美奈子さんは悪戯っぽくウィンクをして、親指で二階を指差した。



「チャンスよ。寝込みを襲っちゃいなさい」



「えっ、いいんですか!?」



「もちろん! 既成事実、期待してるわよ?」



「行ってきます!!」



お義母さんの公認(というより教唆)を得て、私は忍び足で階段を駆け上がった。


颯太くんの部屋のドアを、音もなく開ける。


カーテンの隙間から朝日が差し込む部屋。


ベッドの上には、布団にくるまって安らかな寝息を立てている颯太くんの姿があった。



「……ふふっ、無防備」



私はバッグを置き、まずスマホを取り出した。


カメラ起動。


シャッター音オフ。


寝顔の撮影会、開始だ。



カシャッ。


(うーん、可愛い! 睫毛長い! 無防備な唇!)



カシャッ。


(ちょっと口が開いてる! レアすぎる!)



カシャッ。


(この写真は保存用、こっちは観賞用、そしてこれはクラウドへの永久保存用フォルダ『至高の寝顔集』へ!)



十枚ほど連写して満足した私は、スマホをポケットにしまった。


さて、ここからが本番だ。


私はコートを脱ぎ捨て、ベッドの脇で屈伸運動をした。



「……すぅ、はぁ」



深呼吸。


ターゲットロックオン。


いざ、愛のダイビング!



「トォッ!!」



私は掛け声とともにベッドへ跳躍し、布団の上から颯太くんに全体重を預けて抱きついた。



「ぐぇっ!?」



ドサァッ!!



颯太くんがカエルの潰れたような声を上げて目を覚ました。


衝撃でベッドが軋む。



「……っ、ぐ……うぅ……」



颯太くんは苦悶の表情で呻きながら、薄目を開けた。



「……な、なんだ……敵襲か……?」



「ブッブー! 愛の宅急便、日和ちゃんでしたー! おっはよー颯太くん! ハッピーバレンタイン!」



私は彼の上に乗っかったまま(マウントポジション)、満面の笑みで顔を覗き込んだ。



「……日和……お前な……」



颯太くんは状況を把握したようで、深いため息をついた。


そして、顔をしかめて言った。



「……重い」



ズキッ。



その一言が、私の乙女心に鋭利なナイフのように突き刺さった。


重い。


物理的に重い。



「……えっ」



私はサッと血の気が引くのを感じた。


脳裏によぎるのは、お正月にお母さんから言われた「太った?」という言葉。


そして、お餅を食べ過ぎた一月の記憶。



「そ、颯太くん……? い、今、なんて言ったの? 重い? 私が?」



私は震える声で尋ねた。



「顔も見ないで……どうして私だってわかったの? もしかして、体重でわかったの? 胸の大きさの変化には気づかないくせに、体重の変化には敏感なの!?」



「は? 何言って……」



「酷い! 乙女に対して重いだなんて! これでもダイエットしてるんだよ!? チョコの味見だって最小限にしたんだよ!?」



私が涙目になって抗議すると、颯太くんは「あー、もう」と頭をかきむしった。


そして、私の目を真っ直ぐに見て、呆れたように、でも真剣な声で言った。



「……違う。物理的な重さの話じゃねぇよ」



「え?」



「愛が、重いんだよ。お前の」



「……へ?」



時が止まった。


愛が、重い。


それは、拒絶の言葉だろうか?


いや、違う。彼の目は笑っている。


そして何より、そう言った直後、彼はプイッと顔を背けたのだが、その耳が真っ赤に染まっているではないか。



(……え、待って。それって……)



愛が重い。


それは、「お前の愛を、俺はちゃんと『重量』として感じているよ」という確認。


そして、「その重さを、俺は受け止めているよ」という受容。


つまり、最高の愛の言葉じゃないか!



(……そうか。私の愛は重力なんだ)



彼という星を、私の軌道上に繋ぎ止めておくための、強力な引力。


それが彼に届いている。


彼がそれを認めている。


これ以上の喜びがあるだろうか?



ドッッッカーーーーン!!



私の体温が沸点を超えた。



「そ、そ、そ、颯太くぅぅぅぅん!!!」



「わっ!?」



「好き! 大好き! 愛してる! 重くていいの!? 重い私が好きなのね!? わかった、もっと重くしてあげる!!」



私は歓喜のあまり、掛布団をめくり上げ、颯太くんの懐へと潜り込んだ。



「おい! 何入ってきてんだ!」



「今すぐ一つになろう! ビバ既成事実! お義母さんも『いっちゃえ』って言ってたもん!」



「ばっ……! やめろ! 落ち着けって!」



ひとしきりベッドの上でプロレスのような攻防を繰り広げた後、私たちはようやく落ち着いて(私が制圧されて)、並んでベッドに座った。



「はぁ……はぁ……。そうだ、颯太くん!」



私は乱れた髪を直しながら、バッグからプレゼントを取り出した。



「はい、これ! バレンタインの本命チョコと、プレゼント!」



「おう、サンキュ」



颯太くんはチョコを受け取り、もう一つの包みを開けた。


出てきたのは、半透明の緑色のキーケース。



「キーケース? お前とお揃いか?」



「うん! 私はピンク! でね、颯太くん。そのキーケースに、私の合鍵をつけてみて?」



私が促すと、彼は不思議そうに自分の鍵束から『ひより』プレートがついた合鍵を外し、新しいキーケースに装着した。


パチン、とボタンを留める。



瞬間、完成した。



半透明の緑色のケース越しに、平仮名の『ひより』という文字が、はっきりと透けて見えている。



「…………」



颯太くんが、そのキーケースをじっと見つめた。



「……お前、これ……」



「どう? 可愛いでしょ?」



私はニッコリと笑った。



「……完全に、俺の所有者は日和ですって書いてあるな」



彼は呆れたように笑った。


でも、その顔に嫌悪感はない。


むしろ、「しょうがねぇな」という、諦めと愛おしさが混じったような優しい表情だ。



「……まぁ、悪くねぇな。大事にするわ」



彼はそのキーケースを、大切そうにパジャマのポケットにしまった。


受け入れた。


私の「所有者宣言」を、彼は受け入れたのだ。



「えへへ……やったぁ!」



私は彼の腕にギュッと抱きついた。


私の重い愛が、目に見える形となって彼の一部になった瞬間だった。



「……さて、そろそろ時間だな」



颯太くんが時計を見て、表情を引き締めた。


午前十時。



「……何の時間?」



私はキョトンとして聞き返した。


まだバレンタインのイベントは始まったばかりだ。



颯太くんは、信じられないものを見る目で私を見た。



「……お前な。忘れたのか? 今日はセンター試験の一次発表だろ」



「あ」



すっかり忘れていた。


あまりに颯太くんへの愛(と所有権主張)に脳のリソースを割きすぎて、受験生としての本分がメモリから消去されていた。



「そうだった! 合格発表!」



「……はぁ。自分の人生がかかってるのによく忘れられるな」



颯太くんは呆れ果てて、ボソッと呟いた。



「……心配して緊張してんのは、俺だけかよ」



彼の手を見ると、膝の上でギュッと握りしめられている。


そうだ。


彼は真面目だ。


私と同じ大学に行くために、プレッシャーと戦っているのだ。



「大丈夫だよ、颯太くん」



私は彼の手を両手で包み込んだ。



「私たちが落ちるわけないもん。 だって、愛は重いし、所有者タグもつけたし、私は颯太くんのことが大好きだもん」



「……理屈がめちゃくちゃだけどな」



彼は苦笑したが、その表情は少し柔らかくなっていた。



「よし、見るぞ」



颯太くんがパソコンを開き、大学入試センターのサイトにアクセスする。


受験番号入力。


パスワード入力。


エンターキーを押す指が、一瞬止まる。


私がその手に自分の手を重ね、一緒に押した。



カチッ。



画面が切り替わる。


表示されたのは――。



『合格』



私の番号も、颯太くんの番号も。


並んで、確かにそこにあった。



「……っ! あった! 受かった!!」



颯太くんが叫んだ。


椅子を蹴って立ち上がり、ガッツポーズをする。



「やったー!! 颯太くん!!」



私も跳び上がり、彼に抱きついた。


今度は彼も拒まない。


強く、強く抱きしめ返してくれる。



「よかった……本当によかった……」



彼の声が震えている。


どれだけの重圧だったのだろう。


でも、もう大丈夫だ。


私たちは次のステージへの切符を手に入れた。



「ねぇ、颯太くん!」



「おう!」



「これで、春から一緒だね!」



「ああ、そうだな!」



「じゃあさ、早速なんだけど!」



私は抱き合ったまま、ポケットからスマホを取り出した。



「二人の住処すみかを決めなきゃ!」



「……は?」



颯太くんが動きを止めた。



「え、住処って……アパート?」



「そう! 大学の近くで、二人で住む愛の巣! 合格したら同棲するって決めてたじゃん!(私が勝手に)」



私は画面をタップし、不動産情報のアプリを起動した。



「見て見て! この1LDKとかどう? キッチン広いし、お風呂も二人で入れるサイズだよ!」



合格の余韻に浸る間もなく、次のミッション(同棲)へと爆走する私。


颯太くんは呆れるかと思ったが、彼はふっと肩の力を抜いて、優しい目で私を見た。



「……ま、いいんじゃねぇか」



「え?」



私が驚いて顔を上げると、彼は少し照れくさそうに視線を逸らした。



「一人暮らしも考えたけどよ……。 今さらお前がいない生活とか、もう想像できねぇし。 ……一緒に住んだ方が、飯も美味そうだしな」



「…………っ!!」



プシュウウウウッ!



私の顔から蒸気が噴き出した。


え、なにそのデレ。


なにその最高のプロポーズ(仮)。


いつも私が押してばかりだから、不意打ちのデレに耐性がないのだ。



「そ、そそそ、颯太くんがっ……! 私との生活をっ……! 望んでっ……!」



「わーっ! お前がフリーズするな! 恥ずかしいだろ!」



颯太くんが慌てて私の口を塞いだ。



「……もう、ずるいよ颯太くん」



私は彼の手のひらにキスをして、幸せを噛み締めた。



「じゃあ、本気で探すからね! 覚悟してね!」



「おう。……お手柔らかにな」



私たちは二人でスマホの画面を覗き込んだ。


そこに映っているのは、ただの物件情報じゃない。


私たちの新しい生活。


私の重い愛と、彼の不器用な優しさが詰まった、未来の設計図だ。


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