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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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第26話『聖夜のリボンと、薬指の約束』

十二月。


街はシャンパンゴールドのイルミネーションに彩られ、どこからともなく鈴の音が聞こえてくる季節。


恋人たちが一年で最も浮かれ、そして覚悟を決める日――クリスマスがやってきた。



「はい、日和。これ、パパとママからのクリスマスプレゼントよ」



クリスマスの数日前。


自宅のリビングで、お母さんが一枚の封筒を差し出した。


中に入っていたのは、駅前にある高級フレンチレストランのペアディナーチケット。


しかも、クリスマスイブの日付指定だ。



「えっ? これ、すごく高いお店じゃ……」



「いいのよ。十一月の温泉旅行、楽しかったんでしょう? あちらのご両親とも話してね、若い二人の背中を押してあげましょうってことになったの」



お母さんはニヤニヤと笑いながら、私の顔を覗き込んだ。



「で? 温泉ではどうだったの? もちろん、進展はあったのよね?」



「う……」



私は言葉に詰まった。


あの温泉旅行。


精神的な結合(と主導権争い)は深まったけれど、決定的な一線は越えていない。


水着作戦も、全裸リベンジも、すべて颯太くんの鉄壁の理性に阻まれたのだ。



「……精神的には夫婦レベルになったけど。肉体的には、まだです」



私が正直に白状すると、お母さんは「あらあら」と大袈裟に嘆息した。



「だらしないわねぇ。颯太くんは奥手なんだから、日和がもっと押さなきゃ。 押して押して、押し倒して、既成事実を作っちゃうくらいの勢いがないとダメよ?」



「押し倒したよ! 何回も! でも止められたの!」



「ふっ、なんだか生々しい会話だな」



新聞を読んでいたお父さんが苦笑いする。


お母さんは私の肩をバシッと叩いた。



「ま、今回はチャンスよ。高級フレンチでムードを高めて、そのまま……ね? 私たち、早く孫の顔が見たいわぁ」



「孫……」



その言葉に、私はゴクリと喉を鳴らした。


孫。


颯太くんとの子供。


それはあまりに魅力的な響きだ。



(……すべてを捧げなさい)



ふと、脳裏に朱里の冷徹な声がよぎった。



『彼のために生き、彼のために死ぬ覚悟を持ちなさい』



あの日、キャンパスで植え付けられた呪いのような言葉。


私が颯太くんに執着し、彼と結ばれようとするのは、私の意志なのか?


それとも彼女に操られているのか?


一瞬、不安が胸をよぎる。



(……違う)



私は首を横に振った。


これは私の意志だ。


私の細胞が、魂が、彼を求めているんだ。


呪いなんて関係ない。


今度こそ、私は彼を押し倒して、私のすべてを彼に刻み込んでやる。



「……わかった。私、頑張る。今度こそ決めてくる」



私はチケットを強く握りしめ、決意の炎を燃やした。



そして迎えたクリスマスイブ。


私は頭を悩ませていた。


颯太くんへのプレゼントが決まらないのだ。


幼馴染としての付き合いが長すぎて、ネタが尽きている。


去年は腕時計、その前は手袋、その前は財布、マフラー……。


ネットで検索しても、「男子が喜ぶプレゼントランキング」には見飽きたアイテムしか並んでいない。



「もっとこう……インパクトがあって、彼の心を鷲掴みにするものは……」



スマホの画面をスクロールし続ける私の指が、ある項目で止まった。


『究極のサプライズ:プレゼントは私』


実施率、わずか3%。


しかし、男性の70%以上が「実は嬉しい」と感じるという、ハイリスク・ハイリターンな禁断の秘儀。



「……これだ」



私は震える手で、手芸用品店で買った真っ赤なサテンの極太リボンをバッグに詰め込んだ。


実施率3%の狭き門。


でも、颯太くんとの関係なら、このネタも笑って(そして喜んで)受け入れてくれるはずだ。



準備万端。


私は勝負服のコートを羽織り、大きな通りを挟んで向かいにある、颯太くんの家へと向かった。



ピンポーン。



「はーい! いらっしゃい日和ちゃん!」



出迎えてくれたのは、満面の笑みを浮かべた美奈子さん(颯太母)だった。


颯太くんは玄関で靴を履きながら、少し照れくさそうにしている。



「お義母さん、メリークリスマス! 今日はありがとうございます!」



私はフレンチのチケットの件を報告し、深々と頭を下げた。



「いいのよ~! 二人で素敵な夜を過ごしてきてね! あ、そうだ。私たちね、今日はお父さんと二人でクリスマスお泊まりデートに行ってくるから」



「……え?」



「だから今夜、この家には誰も帰ってきません! 日和ちゃん、帰りは遅くなっても大丈夫だし、なんなら泊まっていきなさいね! 二人きりで、ゆ・っ・く・り・し・て・ね!」



美奈子さんは爆弾発言を投下し、ウィンクまでキメた。



「おい母さん! 変な気遣いすんなよ!」



颯太くんが抗議するが、美奈子さんは「はいはい、行ってらっしゃい!」と私たちを強引に送り出した。



「……はぁ。悪いな、日和。うちの親、張り切りすぎだろ」



外に出ると、キーンと冷えた冬の空気が頬を刺した。


颯太くんは呆れたようにため息をついたけれど、その表情は満更でもなさそうだ。



「ううん! 感謝しなきゃ! ねぇ颯太くん、聞いた? 今夜は誰もいないんだって。二人きりだって」



「……聞こえてるよ。いちいち確認すんな」



颯太くんはぶっきらぼうに言いながら、自分の首に巻いていた長いマフラーを外し、それを私の首にもぐるりと巻いた。



「え?」



「寒いだろ。……半分こ、な」



彼はマフラーの端を自分の首にも巻き、私を引き寄せた。


いわゆる「相合マフラー」だ。


カシミヤの温かさと、彼の残り香が、鼻先をくすぐる。


近い。


肩が触れ合う距離。



「……行こうぜ」



颯太くんの右手が、私の左手を包み込んだ。


自然な動作。


昔なら「恥ずかしい」と言ってポケットに手を入れていた彼が、今は当たり前のように私をリードしてくれている。


ドキドキと高鳴る心臓。


でも、待って。


このままだと私はまた「守られるヒロイン」になってしまう。



(主導権は私!)



私は繋がれた手を一度離し、彼の背中側を通って反対側に回り込んだ。


そして、今度は私の右手で、彼の左手をガシッと握り直した。



「……なんだよ、わざわざ反対側に回って」



「こっちの手の方が、颯太くんの心臓に近いから!」



「意味わかんねぇよ」



彼は苦笑しながらも、私の手を握り返してくれた。


その力強さに、私はまたドキドキさせられてしまう。


くそう、主導権を握るつもりが、完全に掌の上だ。



フレンチレストランでの食事は、夢のような時間だった。


シャンデリアの輝き、極上のコース料理。


でも、私の頭の中は、帰宅後のシミュレーションでいっぱいだった。



(お風呂はどっちが先? リボンを巻くタイミングは? 布団はどうなってるの?)



「おい日和。また変なこと考えてるだろ」



メインディッシュの鴨肉を切り分けながら、颯太くんが呆れたように言った。



「えっ!? か、考えてないよ!」



「顔に書いてある。『どうやって襲おうか』ってな。 ……まずは飯を楽しめ。高いんだから」



「は、はい……」



完全に心を読まれている。


私は赤面しながらフォークを動かした。



そして、食事を終えて颯太くんの家に帰宅した。


誰もいない家。


静寂。


リビングの暖房をつけながら、颯太くんが言った。



「風呂、どうする? お前先に入るか?」



来た。


最初の分岐点。


ここで私が先に入って、リボン姿で待機するか?


いや、まだ早い。


彼にも身を清めてもらわないと。



「ううん。旦那様がお先にどうぞ。 私はちょっと……この家の空気を堪能してるから」



「……変なヤツ」



颯太くんはタオルを持って脱衣所へと消えていった。


シャワーの音が聞こえ始める。



よし、チャンスだ。


私は音を立てないように、颯太くんの部屋へと侵入した。


目的は一つ。


『男子高校生の秘密』を探ることだ。


彼だって健全な男の子だ。


ベッドの下、本棚の奥、クローゼットの中……どこかに「エッチな本」の一つや二つ、隠しているはずだ。


それを発見し、彼の好みのシチュエーションを分析すれば、今夜の勝率は跳ね上がる。



「失礼しまーす……」



私は捜索を開始した。


本棚……参考書と漫画ばかり。


ベッドの下……埃ひとつない(私が掃除したから)。


クローゼット……服しかない。



「……ない」



おかしい。


あまりに健全すぎる。


もしかしてデジタル派?


いや、何かしらの痕跡があるはずだ。



「何してんだ、日和」



「ひゃっ!?」



背後から声をかけられ、私は飛び上がった。


振り返ると、お風呂上がりの颯太くんが、髪を拭きながら立っていた。


湯気と石鹸の香り。


少しだけはだけたパジャマの胸元。


破壊力抜群だ。



「な、何か探しものか?」



「え、えっと……その……」



誤魔化せない。


私は覚悟を決めて、直球を投げた。



「そ、颯太くんは……エッチな本とか、持ってないの?」



「……は?」



「だ、だって男の子だし! そういうので勉強したりとか、あるでしょ!? 今後の参考にしようと思って……!」



私は顔を真っ赤にして叫んだ。


颯太くんは数秒間ポカンとして、それから深くため息をついた。



「……ねぇよ、そんなもん」



「え、嘘! 隠さなくていいんだよ?」



「持ってねぇって」



彼は私の前に歩み寄り、私の目を見て言った。



「……お前がそばにいるのに、他の女の写真なんか見てどうすんだよ。 必要ねぇだろ」



「…………っ」



ドカーン!



私の脳内で何かが爆発した。


「必要ない」。


それはつまり、私が彼にとって唯一無二の性的対象であり、他の刺激など不要だという、究極の愛の言葉。


あまりの破壊力に、私の足が震える。



「……わかったか? さっさと風呂入ってこい」



彼はポンと私の頭を撫でた。


私は茹で上がったタコのようにフラフラと脱衣所へ向かった。


勝てない。


今日の颯太くんは、強すぎる。



お風呂の中で、私は深呼吸を繰り返してクールダウンした。


でも、まだ終わっていない。


私には切り札がある。



私は体を洗い、バスタオルで念入りに拭いた後、持ってきたバッグから「それ」を取り出した。


淡いピンクの下着をつけ、その上から、真っ赤なサテンのリボンを体に巻き付ける。


胸元で大きく蝶々結び。


鏡に映る自分は、滑稽で、でもどこか扇情的だ。



「……よし」



私はパジャマを羽織らず、バスタオルだけを体に巻いて、脱衣所を出た。


颯太くんは部屋でスマホを見ていた。



「あ、上がったか。……って、おい風邪引くぞ、なんでパジャマ着て……」



「颯太くん」



私は彼の目の前で立ち止まり、バスタオルをバサリと落とした。



「……っ!!??」



颯太くんが息を呑み、目を見開いて固まった。


下着姿に、赤いリボン。


私は両手を広げ、精一杯の笑顔を作った。



「メリークリスマス、颯太くん! プレゼントは……私だよ!」



実施率3%の奇策。


引かれるかもしれない。


笑われるかもしれない。


でも、これが私の全力だ。



颯太くんは数秒間、石像のように固まっていた。


視線が私のリボンと、その下の肌を行き来する。


耳まで真っ赤だ。



「……お前……マジか……」



「マジだよ! 返品不可だよ! さぁ、リボンをほどいて……」



私が一歩近づくと、彼はハッと我に返り、手で顔を覆った。



「……嬉しすぎるだろ、バカ」



「え?」



「心臓止まるかと思った……。 ……けど」



彼は顔を覆ったまま、絞り出すような声で言った。



「……そのプレゼントは、まだ受け取れねぇ」



「えっ!? なんで!? いらないの!?」



「違う! 欲しいに決まってんだろ!」



彼は指の隙間から私を睨んだ。


その目は熱っぽい。



「でも……今はダメだ。 そのプレゼントは……俺の誕生日まで、取っておいてくれ」



「……誕生日?」



三月。


早生まれの彼の誕生日。


それはつまり、卒業式の後。


私たちが高校生でなくなる日。



「それまでは……我慢する。お前を大事にしたいし、受験もあるしな。 ……でも、卒業したら、覚悟しとけよ」



「……っ!!」



それは紳士的な保留でありながら、数ヶ月後の「野獣宣言」だった。


卒業したら、もう待ってくれない。


その事実に、私の体温が一気に跳ね上がる。



「ほら、服着ろ。風邪引く」



颯太くんは自分のパーカーを投げてよこした。


私はそれを着込みながら、嬉しさと恥ずかしさと、そして期待で胸がいっぱいになった。



「……そういえば、俺もまだだったな」



颯太くんが、机の引き出しから小さな箱を取り出した。



「え?」



「クリスマスプレゼント。……手、出せ」



言われるままに左手を差し出すと、彼は私の薬指に、銀色の指輪を通した。


シンプルなデザインの、ペアリング。



「……颯太くん、これ……」



「サイズ、合ってるか? お義母さんにこっそり聞いたんだけど」



「……うん、ぴったり……」



涙が溢れてきた。


指輪。


それは束縛の証。


でも、朱里の言葉のような「見えない鎖」じゃない。


颯太くんがくれた、温かくて、輝いている「約束の証」だ。



(……ああ、私、呪われてなんかいない)



この指輪がある限り、私は私の意志で、彼を愛している。


私のすべては、誰に言われるまでもなく、最初から彼だけのものだったんだ。



「ありがとう……大好き……」



私は泣きじゃくりながら彼に抱きついた。


彼は優しく私の背中を撫でてくれた。



夜。


私たちは一つの布団に入っていた。


「寒いから」という理由で、彼が招き入れてくれたのだ。


彼の腕の中。


体温が直接伝わってくる。



「……ねぇ、颯太くん」



「ん?」



「誕生日まで待てないなら……つまみ食いくらい、してもいいんだよ?」



私は彼の胸もとで、上目遣いに誘惑した。


キスくらいなら、それ以上だって、今夜なら。



「…………」



返事がない。


見上げると、颯太くんは目を閉じて、規則正しい寝息を立てていた。



「……え、寝たの?」



嘘だ。


心臓の音がこんなに速いのに。


彼は必死に理性を保つために、寝たふりを決め込んでいるのだ。



「……ふふっ。意気地なし」



私は彼の頬にチュッとキスをして、その胸に顔を埋めた。


左手の薬指にはめた指輪が、布団の中でキラリと光る。


今夜はこれくらいにしておいてあげよう。


三月になれば、嫌でも食べられちゃうんだから。



「おやすみ、私の旦那様」



私は幸せに包まれながら、深い眠りへと落ちていった。


最高のクリスマスプレゼントは、確かにここにあった。


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