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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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19/31

第19話『GWの模試決戦と、遊園地の亡霊』



五月。


ゴールデンウィーク。


新緑が眩しい季節を迎え、世の中は大型連休という名の解放感に酔いしれている。


テレビをつければ行楽地の混雑ニュース、SNSのタイムラインをスクロールすれば友人のリア充な旅行写真。


世界中が「遊べ、楽しめ」と合唱しているような、浮かれた空気が日本列島を覆っていた。



だが、私たち星見ヶ丘高校三年C組の生徒にとって、今年のGWは「ゴールデン」ではない。


「ガマン・ウィーク」、あるいは「ガリ勉・ウィーク」だ。


受験生という重たい十字架を背負った私たちに、安息の日々は許されない――はずだった。



「お義母さーん! こんにちはー! 日和です!」



私は颯太くんの家のインターホンを押し、元気よく名乗りを上げた。


数秒後、ガチャリとドアが開き、エプロン姿の颯太くんのお母さん(美奈子さん)が顔を出した。



「あら~、日和ちゃん! いらっしゃい! 待ってたわよ~」



美奈子さんは、まるで救世主を見るような目で私を出迎えた。



「颯太ったらね、GWに入ってからずっと部屋に引きこもって勉強ばかりしてるのよ。 受験生なのはわかるけど、根詰めすぎて倒れちゃうんじゃないかって心配で……。 ねぇ日和ちゃん、あの子を外に連れ出してあげてくれない?」



お母さんからの正式な依頼クエストだ。


これで私には、鳴海家への「強制介入権限」が付与されたことになる。



「お任せくださいお義母さん! 颯太くんのメンタルケアは私の専門分野です! 太陽の下へ引きずり出して、光合成させてきます!」



「ふふ、頼もしいわねぇ。はいこれ、差し入れのフルーツ。あの子と食べてね。 ……あ、鍵は開いてるから、そのまま部屋に入っちゃっていいわよ?」



「了解です! 突撃します!」



私は美奈子さんに敬礼し、公認の許可証(フルーツ皿)を手に、階段を駆け上がった。


外堀どころか、内堀まで埋め尽くされているこの状況。


颯太くんに逃げ場はない。



バンッ!



私はノックもそこそこに、颯太くんの部屋のドアを勢いよく開け放った。



「颯太くーん! お迎えにあがりました! 遊ぼう!」



薄暗い部屋の中で、机に向かっていた背中がビクッと跳ねた。


颯太くんが恐る恐る振り返る。


その顔には「またか」という絶望と、「なぜここに」という疑問が張り付いている。



「……日和。お前、どうやって入ってきた」



「お義母さんが『どうぞどうぞ』って招き入れてくれたよ! 『うちの息子を連れ出して!』って涙ながらに頼まれちゃった!」



「母さん……ッ!! 息子を売ったな……!」



颯太くんは天井を仰ぎ、身内の裏切りに打ち震えた。


私はすかさずポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを起動。


カシャッ! 絶望する彼の表情を、高画質で保存する。



「『身内に売られた颯太くん』、ゲットだぜ!」



「撮るな! 消せ!」



「消さないよー。クラウドにバックアップ済みですー」



私はニシシと笑い、スマホをしまう。


颯太くんは深い溜め息をつき、受験生モードの真剣な顔に戻る。



「……悪いけど、帰ってくれ。帝都理科大の過去問、数学が全然解けねぇんだ。遊んでる暇はねぇ」



「そんなの、一日くらい休んだって変わんないよ! むしろリフレッシュした方が脳の回転が良くなるって!」



私はカーテンをシャッ! と開け放ち、初夏の強烈な陽光を部屋に招き入れた。



「眩しっ……! 吸血鬼の気分だわ……」



颯太くんは目を細めながらも、頑として椅子から動こうとしない。


今日の彼は手強い。岩のように動かない。



「ダメだ。お前こそ勉強しろ。第一志望、俺と同じとこ書いたんだろ? 今のままだと足切りだぞ」



「うっ……それは、そうだけど……」



「わかった。じゃあ、条件を出してやる」



颯太くんは私の手を外し、机の引き出しから一枚のプリントを取り出した。


それは、彼が予備校でもらってきたという、数学の模擬試験問題だった。



「これ。去年の実力テストの過去問だ。制限時間は六十分。これを今ここで解け」



「えっ、今?」



「ああ。で、もし九十点以上取れたら、午後は勉強切り上げて遊びに行ってやる」



「きゅ、九十点!?」



私は素っ頓狂な声を上げた。


数学だ。


しかも難関大志望者向けの模試だ。


平均点は五十点前後がいいところだろう。


それを九十点? 鬼か、この男は。



「無理なら諦めて帰って勉強しろ。俺も集中したいんだ」



颯太くんが意地悪く笑う。


普通の女子なら、「ひどい! 意地悪!」と泣いて帰るところだろう。


だが、私は違う。


その挑発、受けて立とうじゃないか。


デートのためなら、私はニュートンにだってなってみせる。



「……わかった。やるよ」



私は颯太くんから問題用紙を奪い取ると、彼のベッドを占拠し、あぐらをかいて座った。



「見ててね颯太くん。私の愛の偏差値、見せつけてあげるから!」



「愛じゃなくて数学力を見せろよ……。よし、スタート」



ストップウォッチが押された瞬間、私のスイッチが入った。


世界から音が消える。


目の前の数式、図形、確率の羅列。


それらが全て「デートへの障害物」に見える。


脳のCPUをフル回転させ、愛という名のガソリンを注ぎ込む。


オーバーヒート寸前だ。



「……終わりッ!!!」



「早っ……まだ五十分だぞ」



「見直しもした! 完璧! さぁ採点して!」



私は回答用紙を颯太くんに叩きつけた。


颯太くんは半信半疑の顔で赤ペンを持ち、模範解答と照らし合わせ始めた。


私はその横顔に向けて、再びスマホを構える。


カシャッ、カシャッ。



(『真剣に採点する横顔』、『眉間のシワ』……よし、完璧)



シャッター音にも気づかず、颯太くんは採点に没頭している。


そして、最後の計算問題。



「……っ」



颯太くんが小さく息を呑み、回答用紙に大きく点数を書き込んだ。



「どう!? 九十点いった!?」



私は身を乗り出して覗き込む。


そこには、赤いインクで大きくこう書かれていた。



『89点』



「…………は?」



時が止まった。


八十九点。あと、一点。



「嘘……でしょ……?」



私は膝から崩れ落ちた。


目の前が真っ暗になる。


遊園地の観覧車が、クレープが、遠ざかっていく。



「あぁ……終わった……私のGW……さようなら……」



私が床に突っ伏して絶望していると、頭上から颯太くんの震える声が降ってきた。



「……お前、化け物かよ」



「え……?」



顔を上げると、颯太くんが青ざめた顔で私を見ていた。



「これ、俺でも初見で七十点しか取れなかった難問だぞ? なんで一夜漬けみたいな勉強で八十九点も取れるんだよ……半分取れればいいと思ってたのに……」



「で、でも……九十点じゃないもん……約束は約束だし……勉強するよ……」



私は涙目で鼻をすする。


すると、颯太くんがふっと笑い、私の頭にポンと手を置いた。



「ま、頑張った賞だな。四捨五入すりゃ九十点だ」



「……え?」



「八十九点も取れるなら、今の実力としては十分すぎる。……これ以上勉強しろって言ったらバチが当たりそうだ。少しぐらい、遊んでもいいか」



「……っ!!」



地獄から天国へ。


颯太くんのデレが、五月の太陽よりも眩しく私を照らした。



「颯太くん大好きーーッ!!!」



「ぐわっ!? 飛びつくな重い!! 母さんに聞こえるだろ!」



午後。


私たちは近所の遊園地にいた。


地元の人に愛される、少しレトロな遊園地だが、GWということもあり園内は賑わっている。



「颯太くん! あそこのパンダの乗り物に乗って! 撮るから!」



「嫌だよ! 高校生男子だぞ!?」



「いいじゃん、誰も見てないって! はい、チーズ!」



カシャッ!


嫌がりながらもピースをしてくれる颯太くん。


保存。


クレープを食べている口元にクリームがついている颯太くん。


保存。


ジェットコースターで魂が抜けたような顔をしている颯太くん。


保存。



私のスマホのフォルダは、『GWデート』という新しいアルバムで埋め尽くされていく。


被写体の99%は彼だ。 背景の景色なんてどうでもいい。


彼こそが絶景なのだから。



「……お前、撮りすぎだろ。容量大丈夫かよ」



「平気だよ! 颯太くん専用にクラウド契約してるから! 容量は無限大だよ!」



「その情熱を勉強に向けろよ……」



颯太くんは呆れているけれど、その表情は柔らかい。


勉強漬けの日々から解放され、久しぶりにリラックスできているようだ。


連れ出してよかった。


私の判断は間違っていなかった。



夕暮れ時。


西日が差し込む遊園地のゲートを出て、私たちは駅へと向かう歩道を歩いていた。


空が茜色に燃えている。


この美しい景色も、記録しておかなきゃ。



「ねぇ颯太くん! 夕焼けバックに一枚撮らせて! エモい感じで!」



「まだ撮るのかよ……はいはい」



颯太くんは観念して、夕日を背に振り返った。


私はスマホを構え、画面の中に彼を収める。



「いいよー! かっこいいよー!」



私は構図を調整する。


画面の中の颯太くん。 その肩越しに、駅へと向かう人混みが映り込む。


家族連れ、学生グループ、そして――。



「……ん?」



スマホの画面の端。


颯太くんの少し後ろに、一人の女性が立っているのが見えた。


黒髪のロングヘア。


知的な黒縁メガネ。


服装は地味で、これといった特徴のない大人の女性。


彼女は、まるでカメラのレンズを見つめ返すように、無表情でこちらを見ていた。



(……あれ?)



私はスマホを構えたまま、指を止めた。


既視感。


この画面越しの構図、どこかで……。



そうだ、去年の修学旅行。


大阪のテーマパークで、二人で出会った人だ。


あの時も、彼女はじっとこちらを見ていた。



私は思わずスマホを下ろし、肉眼でその方向を確認した。



「……ッ!」



「おい、日和? 撮らないのか?」



「……颯太くん」



私の強張った声に気づいたのか、颯太くんも振り返り、私の視線の先を追った。


そして、あの女性と目が合った瞬間。



「……あ」



颯太くんが短く息を呑んだ。


次の瞬間、彼はこめかみを押さえ、苦しそうに顔を歪めた。



「……なんだ、今の……」



「どうしたの!? 頭痛い?」



「いや……あの人……修学旅行の時、俺たちと一緒に見たよな? なんでここに……」



颯太くんの視線が、あの女性に吸い寄せられている。


彼の瞳が小刻みに揺れ、焦点が定まっていない。



「なんか……思い出しそう……だ……ッ、痛ぇ……」



彼は頭を抱え、その場にうずくまってしまった。


ただごとじゃない。


彼の脳内で、何かのロックが外れようとしているような、あるいは無理やりこじ開けようとして拒絶反応が出ているような。



私の内側で、警報が鳴り響いた。


アラート。


緊急事態。


『アレ』を、彼に見せてはいけない。



「颯太くん! 見ちゃダメ!」



私はとっさに彼の前に立ちはだかり、その視界を体で遮った。


そして、しゃがみ込んで彼を強く抱きしめた。



「大丈夫。大丈夫だよ。私がいるから」



「……日和……?」



「何も見なくていいの。私が守るから。全部、私が守るから」



それは、自分でも驚くほど自然に口から出た言葉だった。


まるで、ずっと昔から唱え続けてきた呪文のように。



私は彼を抱きしめたまま、肩越しに振り返り、あの女性がいた場所を睨みつけた。


スマホをもう一度構えようとした、その時だ。



そこには――



誰も、いなかった。



魔法使いが煙のように消えたかのように、黒髪の女性の姿は跡形もなく消え失せていた。


ただ、楽しげな家族連れが通り過ぎていくだけだ。



「……消えた?」



私が呆然としていると、腕の中の颯太くんから力が抜けた。



「……あ、悪い。なんか急にめまいがして」



彼は顔を上げ、いつもの調子で瞬きをした。


さっきまでの苦痛に満ちた表情は消え、ただ少し疲れたような顔をしている。



「……もう、平気?」



「ああ。やっぱ根詰めすぎたかな。久しぶりに外に出たから、目が回ったのかも」



颯太くんは「情けねぇな」と苦笑いをして立ち上がった。


記憶のフラッシュバックも、頭痛も、まるで最初からなかったかのように。



「……うん、きっとそうだよ! 颯太くん、最近引きこもりだったもん! 栄養と睡眠が足りてないんだよ!」



私は明るく振る舞い、彼の腕を取った。


でも、私の心臓はまだ早鐘を打っていた。 あの地味で、特徴のない女性。


何者なのだろう。



私は颯太くんを家まで送り届けた。


玄関で出迎えてくれた美奈子さんに、「楽しかったです、ありがとうございました」と笑顔で挨拶をし、颯太くんを託す。



「颯太くん、最近部屋に籠もってたから、少し疲れたみたいです。今日はゆっくり休ませてあげてください」



そう伝えると、美奈子さんは「あらあら、無理させたわねぇ」と心配そうに頷いてくれた。



自分の家へと戻り、部屋のベッドに倒れ込む。


天井を見上げても、あの黒縁メガネの女性の残像が消えない。



「……そうだ、写真」



私は慌ててスマホを取り出し、写真フォルダを開いた。


最後に撮ろうとした一枚。


シャッターボタンを押した記憶はないけれど、もしかしたら。



最新の画像を開く。


そこには、夕焼けに照らされて振り返る、少しかっこつけた颯太くんが映っていた。


でも、その背景。


人混みの中。


彼女が立っていたはずの場所。


そこには、ただのアスファルトの地面と、通り過ぎる親子連れの背中しか映っていなかった。



「……映ってない」



やっぱり、幻覚だったのか?


でも、颯太くんも見た。


修学旅行の時も、今回も。


二人同時に幻覚を見るなんてことがあるだろうか。



(修学旅行で見た。うん、それは間違いない)



でも、それだけだろうか? もっと前。


もっとずっと昔。


私がまだ、今の「如月日和」になる前。


幼い頃の記憶の片隅に、あの無機質な視線があったような気がするのだ。


まるで私たちを、ずっと遠くから観察しているような……。



「……考えすぎ、かな」



私はスマホの画面を消し、布団を頭まで被った。


颯太くんは無事だ。


私が守った。


それだけで十分だ。


GWの楽しかった記憶と、フォルダに残らなかった不可解な空白。


その二つを抱えたまま、私は泥のような眠りへと落ちていった。


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