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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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17/31

第17話『48時間のバースデー・リレーと、禁断のマスターキー』



三月十三日、二十三時五十八分。


私の部屋の学習机の上には、無機質なデジタル時計が鎮座している。


その赤い数字が、一秒、また一秒と時を刻み、今日という日の終わりを告げようとしていた。


三月十三日。


それは私、如月日和の十七回目の誕生日だ。


朝からハイテンションな両親に祝われ、学校ではクラスメイトにお菓子を山ほど配られ、そして何より、登校時から下校時まで、愛する颯太くんにおめでとうと言われ続けた至福の一日。


普通なら、「ああ、誕生日が終わっちゃう」と寂しさを感じる時間帯だろう。


シンデレラなら魔法が解けるのを恐れて、ガラスの靴を気にする時間だ。


けれど、私は違う。


むしろ、ここからが本番なのだ。


私の体内時計のアラームは、深夜に向けて最高潮にセットされている。



「……あと、十秒」



私はスマホを片手に、窓辺へと移動する。


カーテンを勢いよく開け放つと、眼下には深夜の静寂に包まれた星見台市の街並みが広がっていた。


私たちの家は、街を貫く片側二車線の大きな県道を挟んで、向かい合わせに建っている。


直線距離にして約三十メートル。


近くて、でも手を伸ばせば届かない、もどかしくも絶妙な距離。


車の通りも少なくなった深夜のアスファルトが、街灯に照らされて白く光っている。


私は窓の鍵を開け、冷たい夜風を部屋に入れながら、対岸にある家の二階――颯太くんの部屋の窓を見据えた。


カーテンの隙間から、温かいオレンジ色の光が漏れている。


起きている。


彼も待っているのだ。



「三、二、一……ゼロ!」



日付が変わった瞬間、私はスマホの通話ボタンを押し、同時に手元に用意していたLED懐中電灯を颯太くんの部屋に向けて点滅させた。


チカッ、チカッ、チカッ。


モールス信号ではない。


単なる「窓開けて!」という私信だ。



ワンコールの後、すぐに通話が繋がる。



『……はいはい、わかってるよ』



電話の向こうから、呆れたような、でも笑いを含んだ声が聞こえる。


向かいの家のカーテンが開き、部屋着姿の颯太くんが窓辺に現れた。


彼もスマホを耳に当て、こちらを見て軽く手を振っている。


県道を走る深夜便のトラックの走行音に邪魔されないよう、私は声を張り上げた。



「ハッピーバースデー、颯太くん!!!」



私は近所迷惑にならないギリギリの音量で、けれど想いはメガホンで叫ぶくらいの熱量で祝福を叫んだ。



「おめでとう! これでバトンタッチだね! 私の誕生日は終わって、ここからの二十四時間は颯太くんのものだよ!」



『ありがとな、日和。……お前、自分の誕生日が終わった瞬間の方が元気そうだな』



「当たり前でしょ! 私の誕生日の次は、颯太くんの誕生日! つまり、私たちにとっては四十八時間ぶっ通しの『如月・鳴海フェスティバル』なんだから! 祭りはまだ折り返し地点だよ!」



そう、三月十三日が私、十四日が颯太くん。


この奇跡のような連番こそ、私たちが前世から運命で結ばれている何よりの証拠だ。


神様は粋な計らいをする。私の祝いの余韻が冷めないうちに、彼の祝いが始まるのだから。


しかも今日は三月十四日。世間一般ではホワイトデーと呼ばれる日でもある。


彼にとっては「お返しをする日」でありながら「祝われる日」でもあるという、盆と正月が一緒に来たような忙しい日なのだ。



『フェスティバルって……。お前なぁ、明日も休みだからって夜更かししすぎだろ』



「休みだもん、無敵だよ! それより颯太くん、ちゃんと起きててね? 朝イチで迎えに行くから!」



『え、朝イチ?』



「デートだよデート! 四十八時間耐久フェスの後半戦、メインイベントだよ! 覚悟しといてね、旦那様!」



私は懐中電灯を大きく振って「おやすみ」の合図を送り、電話を切った。


窓の向こうで颯太くんが「やれやれ」と頭をかきながらも、優しく手を振り返してくれるのが見えた。


そのシルエットだけで、私はご飯三杯はいける。



チュン、チュン……。


翌朝。


三月十四日の空は、これ以上ないほどの快晴だった。


「空が広い」と言われる星見台市ならではの、視界の端から端まで広がる突き抜けるような青。


私はお気に入りの春色のニットと、動きやすいフレアスカートに身を包み、颯太くんの家のインターホンを押した。


寝癖交じりの彼を連れ出し、私たちは「心臓破りの坂」を下っていく。



「ねぇ見て颯太くん。桜、ちょっと膨らんできてるよ」



私が指差した枝先には、硬い皮を破りそうなほどパンパンに膨らんだ、濃いピンク色の蕾が無数についていた。


開花にはまだ少し早い。


でも、その未完成な姿が、今の私たちみたいで愛おしい。



「ほんとだ。もうすぐ咲きそうだな」



「満開になったら、またここに来ようね。三年生になったら、この桜の下を毎日通るんだよ」



未来の話をする。


それが当たり前のようにできることが、何よりも幸せだ。



坂を下りきると、私たちはレトロな配色の路面電車に乗り込んだ。


ゴトゴト、という心地よい振動とともに、電車が動き出す。


車内は空いていて、私たちは一番後ろのボックス席に向かい合わせではなく、並んで座った。


ボックス席という閉鎖空間。


肩と肩が触れ合う距離。


普段なら何でもない距離感のはずなのに、今日はなんだか空気が違う。



「……」



颯太くんが、居心地悪そうに身じろぎをした。


私が少し大人っぽい服装をしているせいか、それとも昨日今日という特別な日付のせいか、彼が私を「異性」として意識しているのが、肌感覚で伝わってくる。



ガタンッ!



カーブに差し掛かり、電車が大きく揺れた。


遠心力で、私の体が颯太くんに預けられる形になる。


柔らかいニット越しに、彼の硬い二の腕の感触が伝わる。



「っ、わり……」



颯太くんが反射的に体を強張らせ、少し距離を取ろうとする。


でも、狭いボックス席では逃げ場がない。


彼の耳が赤くなっているのを、私は見逃さなかった。



「ふふ、狭いね」



私はわざと、離れるどころか少し体重をかけた。


シャンプーの香りと、彼自身の匂いが混ざり合う。



「……お前、わざとやってんだろ」



「まさかぁ。電車の揺れのせいだよ? 不可抗力!」



私は窓ガラスに映る彼の顔を盗み見る。


彼は窓の外の流れる景色を見ているふりをしているけれど、その視線はガラスに映る私の方を向いていた。


視線がガラス越しに交差する。


逃がさないよ、颯太くん。


今日は私の誕生日であり、あなたの誕生日。


この密室のドキドキからは、終点まで逃げられないんだから。



終点の『海浜公園前』で降りると、そこには圧倒的な開放感が待っていた。


空と海の境界線が溶け合うような水平線。


春の海風はまだ少し冷たいけれど、日差しはポカポカと暖かい。


私たちは海沿いの遊歩道をゆっくりと歩き、展望台のベンチに腰を下ろした。



「……はい、これ」



不意に、颯太くんがカバンから小さな包みを取り出した。



「え?」



「ホワイトデー。……あと、昨日の誕生日プレゼント」



ぶっきらぼうに差し出されたのは、紺色のリボンがかかった白い箱。


私が驚いて受け取ると、彼は照れ隠しのように海の方を向いてしまった。



「開けていい?」



「おう」



ドキドキしながらリボンを解き、箱を開ける。


そこに入っていたのは、星の形をした小さなチャームがついた、シルバーのネックレスだった。


派手すぎず、でも存在感のある、キラキラとした星。


私たちの街、星見台市をイメージしたのだろうか。



「……可愛い」



「お前、アクセサリーとかあんまり持ってないだろ。マフラーとかと違って、これなら夏でもつけられるし……」



「うん! つける! 今すぐつける!」



私は箱からネックレスを取り出し、颯太くんに背中を向けて髪を持ち上げた。



「つけて?」



「……お前なぁ」



颯太くんの少し戸惑うような、でも温かい指先が私の首筋に触れる。


その感触に背筋がゾクゾクする。


カチリ、と留め具がはまる音がして、私の胸元に冷やりとした金属の感触と、彼からの「想い」が宿った。



「似合う?」



振り返って尋ねると、颯太くんはまじまじと私の首元を見て、少し顔を赤くして頷いた。



「……ああ、似合ってるよ。悪くない」



「えへへ、一生外さないね! お風呂も寝る時も一緒にする!」



「錆びるから風呂はやめろ。……大事にしてくれれば、それでいい」



颯太くんの言葉が、春風に乗って私の心に染み渡る。


私は胸元の星をギュッと握りしめた。


ああ、幸せだ。 この星が、私の新しい守り神だ。



最高のホワイトデーだ。


でも、ここからが本当の「儀式」の時間だ。



時刻は夕暮れ時。


空も海も、街全体がオレンジ色に染まり始めていた。


私たちの足元には、二つの長い影が伸びて、一つに重なり合っている。



「さて、次は私の番だね」



私は改まって、颯太くんに向き直った。


バッグの中に手を入れる。 ガサゴソ、という音が、波音に混じって響く。



「……おい、待て」



その瞬間、颯太くんの表情が変わった。


野生動物が天敵の気配を察知した時のような、本能的な警戒色。


彼は半歩下がり、引きつった笑みを浮かべた。



「なんか今、すごい嫌な予感がした。背筋に悪寒が走ったぞ」



「失礼だなぁ。愛する旦那様へのプレゼントだよ?」



「その『愛』の質量が問題なんだよ! 先月のアレ(ブラウニー)で俺の胃袋は限界突破したんだぞ!? 今日は何だ!? ホールケーキ丸呑みとかか!?」



「食べ物じゃないよ。もっと、ずーっと長く使えるもの」



私はバッグの中で、その「小さな箱」を握りしめたまま、じらすように微笑んだ。



「……小さめの箱だな」



颯太くんの視線が、私の手元に釘付けになる。 彼の喉がゴクリと鳴った。



「おい、日和。まさかとは思うが……そのサイズ感……」



彼の脳内で、最悪の(彼にとっての)シミュレーションが高速回転しているのがわかる。


――指輪?


まさかプロポーズ?


まだ高校生だぞ?


婚姻届もセットか?



「日和、俺たちまだ17歳だぞ。法的な手続きとか、順序ってもんがあるだろ。ステイだ、一旦ステイ!」



「あはは! 違うよぉ、指輪じゃないよ。安心して?」



私はニッコリと笑い、その箱を取り出した。



「はい、これ!」



「……指輪じゃないなら、なんだ?」



颯太くんは恐る恐る、爆発物処理班のような手つきでリボンを解き、箱を開けた。



そこに入っていたのは、キラキラと輝く銀色の鍵。


そして、ファンシーな文字で『ひより』と彫られた、ピンク色のアクリルキーホルダー。



「…………鍵?」



颯太くんの思考が、指輪の時以上に完全に停止した。


彼は鍵をつまみ上げ、夕日にかざしてシルエットを確認する。


どう見ても、鍵だ。



「これ、何の鍵だ? 自転車か? 日記帳か? それともどこかのロッカーか?」



「ううん、違うよ」



私は満面の笑みで、この世で一番合理的で、素敵な答えを告げた。



「私の部屋の鍵だよ! 合鍵マスターキー!」



「はぁっ!?!?」



颯太くんが、漫画のように飛び退いた。


手の中の鍵を、思わず落としそうになって慌てて掴み直す。



「お前、お前なっ! 正気か!? 自分の部屋の鍵だぞ!? そんなもん男に渡してどうすんだよ! 防犯意識ゼロか!?」



「え? だって、颯太くんなら別にいいでしょ? これさえあれば、ピンポン押さなくても24時間いつでも私の部屋に入れるよ? 私が寝てても、お風呂入ってても、勉強してても、いつでもウェルカム! お向かいさんなんだし、窓から合図しなくても、これ一本で私のテリトリーに入り放題だよ! 便利でしょ?」



私はあくまで「生活を便利にするアイテム」としてプレゼンする。


宅配便の「置き配」感覚だ。


しかし、颯太くんの顔色は青ざめ、そして赤くなり、忙しなく変化している。



「便利とかそういう次元の話じゃねぇよ! 親父さんは!? お前のご両親はどうすんだよ! バレたら俺、星見台湾に沈められるぞ!?」



「あ、大丈夫だよ。お父さんと一緒に作りに行ったから」



「は……?」



颯太くんの口がポカンと開いた。



「お父さんにね、『颯太くんがいつでも来れるようにしたい』って言ったらね、 『おお! 颯太くんなら大歓迎だ! むしろあいつなら間違いは起きない! 娘を任せられる! ほら、特注のキーホルダーも作ろう!』って、お小遣い出して作ってくれたの。 お母さんも『あらいいわねぇ、スペアがあると安心だし、颯太くんなら野菜のお裾分けも頼めるわね』って」



「如月家……!!! どいつもこいつも!!!」



颯太くんは頭を抱えて、その場に崩れ落ちそうになった。



「信頼が……信頼が重すぎる……!! 胃が痛い……キリキリする……!」



「えー? 嬉しいでしょ? これで私たちは、物理的にも壁がなくなったんだよ! もう大きな道路も、玄関のドアも、私たちを隔てるものじゃないの。 いつでも繋がってるんだよ」



私は固まっている颯太くんの手を取り、無理やりその指を鍵に絡ませて、ぎゅっと握らせた。



「颯太くん。その鍵はね、私の部屋の鍵だけど、同時に私の心の鍵でもあるの。 颯太くん以外には絶対に渡さないし、颯太くんにしか開けられないんだよ。 だから……責任、取ってね?」



夕焼けに照らされた私の言葉に、嘘はない。


これは束縛であり、開放であり、そして絶対的な信頼の証だ。


指輪よりも重い、日常への侵入許可証。



「……お前、ほんと……」



颯太くんは深いため息をついた。



「……返しても、怒るんだろ?」



「うん、泣く。一生泣く」



「……わかったよ。預かる。預かるだけだからな」



彼は諦めたように、でも大切そうに、その鍵を自分のポケットに仕舞い込んだ。


チャリ、と音がして、私の分身が彼の懐に収まる。



「無くさない。……絶対」



「うん! 私のすべてが入ってるからね! 命より大事にしてね!」



「……善処する」



颯太くんの顔は引きつっていたけれど、その耳は真っ赤だった。


私の「重すぎる愛」は、無事に彼のポケットの中に、そして彼の人生の中に収まったのだ。



「さぁ、帰ろうか! お母さんがご馳走作って待ってるって! あ、帰りはその鍵で入ってみる? 予行演習!」



「玄関から普通に入るわ! 試すようなことさせるな!」



私たちはオレンジ色の夕焼けの中、来た道を戻り始めた。


私の胸元には新しい星が輝き、彼のポケットには私の部屋への通行手形がある。


三月十三日から十四日へ。


私から彼へ。


途切れることのない幸せのリレーは、物理的な境界線さえも溶かして続いていく。


家に帰れば、二つの家族を巻き込んだ、恐怖と歓喜の入り混じる宴が待っていることだろう。


颯太くんのポケットの中で、私の名前が刻まれた鍵が、チャリ、と鳴るたびに、私たちの距離はまた一つ、ゼロに近づいていくのだった。


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