第15話『新年の振袖と、確定された大吉』
「あけましておめでとうございます!」
1月1日、元旦。
雲ひとつない快晴の空の下、私は年賀状を片手に颯太の家のインターホンを押した。
普段なら颯太が寝ぼけ眼で出てくるところだけれど、今日はすぐにドアがガチャリと開き、エプロン姿の女性が顔を出した。
「あら~! いらっしゃい日和ちゃん!」
颯太のお母さん、美奈子さんだ。
彼女は私を見るなり、ぱあっと顔を輝かせて両手を頬に当てた。
「まぁ……! すごい! なんて綺麗なのお人形さんみたい! ちょっと颯太! 早く来なさいよ、もったいない!」
「美奈子さん、あけましておめでとうございます! えへへ、似合いますか?」
「似合うも何も、もうそのままお嫁に来てほしいくらいよ! うちのバカ息子には過ぎたお嫁さんだわ~」
美奈子さんに手を取られてベタ褒めされていると、奥からドタドタと足音が近づいてくる。
「母さん、玄関で騒ぐなって……近所迷惑だろ」
少し眠そうな顔で現れた颯太。
しかし、玄関に立つ私の姿を捉えた瞬間、彼の動きがピタリと停止した。
今日の私は、いつもの制服でも私服でもない。
鮮やかな赤を基調とし、色とりどりの牡丹や桜が散りばめられた振袖姿だ。
髪も美容院でセットしてもらい、うなじが見えるようにふんわりとアップにまとめている。
「……どうかな? 颯太くん」
私が小首を傾げると、颯太は口元を手で覆い、視線をさまよわせた後、ボソリと呟いた。
「……すげぇ。なんか、見違えた」
「ふふっ、でしょ? 惚れ直した?」
「……ノーコメント」
耳まで赤くしているのが何よりの証拠だ。
美奈子さんが「ほら、さっさと行ってきなさい! しっかりエスコートするのよ!」と背中を叩き、私たちは新年の街へと送り出された。
私たちは地元の星見台神社へと向かった。
星見台市はその名の通り坂の多い街だ。
神社へ続く道も、緩やかだが長い石畳の坂道になっている。
「……む、むむぅ」
普段の私なら、この程度の坂道はスキップで登れるし、なんならダッシュで往復できる。
けれど今日は、勝手が違った。
「歩幅が……出ないっ!」
美しい振袖は、可動域を厳しく制限する。
さらに履き慣れない草履が、私の自慢の機動力を完全に封じていた。
チョコチョコと小股で歩くしかない私を見て、颯太が苦笑する。
「お前、いつもの勢いはどうしたよ」
「デバフがかかってるの! 気持ちは走ってるんだけど、足がついてこない!」
「転ぶなよ。……ほら」
颯太が自然に右手を差し出してくれた。
私はその手をありがたく握りしめ、体を預けるようにして歩く。
「ありがとう、颯太くん。なんか介護されてるみたい」
「そこはエスコートって言えよ」
神社の入り口にある手水舎。
参拝の前に身を清めるため、私たちは柄杓を手に取った。
「つめたっ!!」
一月の水温は凶器だ。
指先の感覚が一瞬で消え去るほどの冷たさに、私は思わず悲鳴を上げた。
ハンカチで拭いても、指先が赤くなってジンジンする。
「うぅ……手が凍った……」
「貸してみ」
颯太は自分のポケットから、まだ温かいカイロを取り出すと、それを私の両手で挟ませ、さらにその上から自分の大きな手で包み込んでくれた。
「……あったかい」
「風邪ひくなよ。今日のお前、見た目重視で薄着なんだから」
「愛だねぇ、愛」
「うるせぇ」
手の感覚が戻ってきたところで、いよいよ本殿への参拝に向かう。
境内は初詣客でごった返していた。
「お、あれ? 鳴海じゃん!」
「げっ、田中……」
人混みの中で、クラスメイトの田中くんと山本くんの二人組に遭遇してしまった。
彼らは私の方を見ると、目を丸くして固まった。
「え、もしかして如月さん!? ヤバっ、めっちゃ綺麗じゃん!」
「お前らマジでレベル高すぎだろ……! 芸能人かよ!」
興奮気味にスマホを構えようとする男子たち。
すると、颯太が無言で私の前に立ち、視線を遮るように立ちはだかった。
「……ジロジロ見んな。減る」
「うわー! 独占欲!」
「はいはい、ご馳走様ですー! 邪魔して悪かったな!」
冷やかして去っていくクラスメイトたち。
颯太は「ったく……」と不機嫌そうだけど、私はその後ろ姿を見ながらニヤニヤが止まらなかった。
独占欲、いただきました!
参拝を済ませた私たちは、恒例のおみくじ売り場へと向かった。
「よーし、今年の運勢を占う大事な一戦……!」
私はガラガラと木箱を振る。
手ごたえあり。
私の直感が「これだ!」と叫んでいる棒を引き抜く。
巫女さんから受け取った紙を開くと——。
「じゃーん! 『大吉』!!」
そこには力強い文字で、最高の結果が記されていた。
『待ち人:すぐそばにあり』
『恋愛:思うがまま。誠意を尽くせ』
「完璧すぎる! 神様わかってるー! 颯太くんはどう?」
「……俺はこれだ」
颯太が渋い顔で差し出した紙には、無慈悲な一文字。
『凶』
「…………マジかよ」
「あちゃー……」
新年初日からヘコむ颯太。
その背中に哀愁が漂っている。
私は思わず笑ってしまったけれど、すぐに彼に抱きついた。
「大丈夫だよ颯太くん!」
「うおっ、着物だぞ! くっつくな!」
「私の大吉パワーを半分あげる! 大吉と凶を合わせれば、二人で『小吉』……いや、『超大吉』だよ!」
「なんだよその計算……」
颯太は呆れつつも、「ま、お前が運いいならそれでいいか」と、どこか安心したように笑ってくれた。
気を取り直して、絵馬掛け所へ。
私たちはそれぞれの願いを木の板に書き込む。
颯太が書いたのは『志望大学合格』。
うん、受験生らしい堅実な願いだ。
そして私は、迷いなく太いペンを走らせた。
『颯太くんと、ずっと一緒にいられますように』
文字の大きさは颯太の倍。
誰が見ても一発で読めるレベルだ。
「……お前、欲張りだな」
横から覗き込んだ颯太が、少し照れくさそうに頬をかく。
「へ? どこが? 一番大事なことでしょ?」
「もっとこう、健康とか学業とかあるだろ」
「それも大事だけど、これが叶えば全部ハッピーだもん! 神様に念押ししとかないと!」
私はパンパン!と二回手を合わせ、絵馬を一番目立つところに結びつけた。
神様、見てますか?
これ絶対叶えてくださいね!
キャンセル不可ですよ!
参拝を終えた私たちは、人混みを避けるようにして、神社の裏手にある見晴らしの良い高台へと移動した。
ここからは星見台の街並みと、その向こうに広がる海が一望できる。
「ふぅ……やっと座れた」
ベンチに腰を下ろすと、緊張が解けてどっと疲れが出た。
でも、それ以上に開放感が心地いい。
帰り道で買った焼きそばのパックを開けると、ソースの香ばしい匂いが漂った。
「いただきまーす! ……あ」
箸で麺を持ち上げたところで、私は動きを止めた。
この長い袖。
そして不安定な箸使い。
風で袖がなびいてソースがついたら……美奈子さんに合わせる顔がない!
「……颯太くん」
「はいはい、わかってるよ」
私の困り顔を見た颯太は、何も言わずに私の手から箸とパックを取り上げた。
「ほら、口開けろ」
「あーん」
颯太が焼きそばを一口分、絶妙な量で私の口元に運んでくれる。
周りには誰もいない。
冬の澄んだ空気の中で、このちょっと恥ずかしい「餌付け」作業だけが静かに行われる。
「んぐ、もぐ……おいひぃ!」
「こぼすなよ。口の端、ついてるぞ」
颯太が指先でちょいっと私の唇を拭ってくれる。
その仕草があまりにも自然で、優しくて、私は胸がいっぱいになった。
食事を終え、私たちは並んで海を見下ろした。
冬の陽射しを受けて、海面がキラキラと輝いている。
「ねぇ、颯太くん」
「ん?」
「今年も、よろしくね」
私が満面の笑みで言うと、颯太も眩しそうに目を細め、短く返してくれた。
「……おう。こちらこそ」
「来年も、その次も、一緒にお参りしようね」
「気が早いな。……まあ、そうなるだろうけどよ」
颯太のその言葉は、どんなおみくじの結果よりも確かな「大吉」だった。
新しい年が始まった。
どんな未来が待っているのかは分からないけれど、隣に颯太がいる限り、きっと毎日が幸せで満たされる。
私は冷たい風に吹かれながら、彼の温かい腕にそっと頭を預けた。




