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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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第14話『聖夜の腕時計と、マフラーの温もり』



12月24日、クリスマスイブ。


一年で最も街が浮足立つこの日、星見台駅前の広場は、狂おしいほどに輝く色とりどりのイルミネーションと、幸せそうな笑顔を浮かべる人々で溢れかえっていた。


ジングルベルのBGM、どこからともなく漂うフライドチキンの匂い、そして恋人たちの囁き声。


世界中が「幸福」という概念で塗りつぶされたような喧騒の中、私は一人、広場のシンボルである巨大なクリスマスツリーの下で、ソワソワとスマホを握りしめていた。



「……まだかなぁ」



画面に表示された時刻を確認するのは、これで数十回目だ。


いつもなら、登下校も休日も、玄関を出れば当然のように一緒の私たち。


でも今日は、「お互いプレゼントの準備があるから」「サプライズ要素を残すために」というもっともらしい理由で、昼間はあえて別行動をとっていたのだ。


たった数時間。


物理的な時間にしてしまえば些細な長さだ。


それなのに、周囲が幸せオーラ全開なカップルだらけなせいで、なんだか猛烈な孤独感と、エネルギー切れのような禁断症状に襲われてしまう。


私の発電機関は、彼という燃料がないと稼働しないらしい。



「あ」



ふと、人混みの中に知った顔を見つけた。


クラスメイトの健人くんと美咲だ。


二人はもう合流していて、美咲が健人くんの腕にぎゅっとしがみつき、健人くんも満更でもなさそうに、だらしないほど鼻の下を伸ばしている。



「むぅ……いいなぁ……」



羨ましい。


私もあれやりたい。


いや、あれ以上のことをやりたい。


公衆の面前で、私たちの絆の深さを見せつけたい。


私は、寒風を防ぐために着込んでいたコートの襟を整えながら、一つの完璧な「作戦」を脳内で組み立てた。



その時、改札の方から、見慣れた少し猫背気味のシルエットが、人を避けながら歩いてくるのが見えた。


彼だ。 雑踏の中でも、彼だけ解像度が違って見える。



「颯太くん!」



私は駆け寄りたい衝動を鋼の理性で抑え、その場でコートの前を少しだけ開けた。


マフラーもしていない首元を、容赦ない冬の寒気に無防備に晒す。


そして、ガタガタと小刻みに震える演技を開始した。



「さ、さむぅ……うぅ、凍えちゃうよぉ……」



「……おい、日和」



目の前に立った颯太くんが、呆れ半分、心配半分といった顔で私を見下ろしている。


その視線だけで、体感温度が二度は上がった気がするけれど、まだ演技は解かない。



「お前、なんでマフラーしてねぇんだよ。今日一番寒いって予報だったろ。ニュース見てないのか?」



「だ、だってぇ……颯太くんに可愛いコートの襟元、見てほしかったんだもん……くちゅん(計算され尽くした偽装くしゃみ)!」



「はぁ……馬鹿だなお前は。風邪引いたらどうすんだよ」



颯太くんは「まったく」と大きな溜め息をつくと、自分のコートのポケットをごそごそと探り、封を切ったばかりの温かい使い捨てカイロを取り出して、私の冷たい手に強引に握らせた。


さらに、自分のコートのポケットを少し広げて、顎でしゃくる。



「ほら、手」



「えっ、いいの!?」



「寒がって震えてられると、見てるこっちまで寒くなるんだよ。早くしろ」



私は遠慮なく、颯太くんのコートのポケットに両手を突っ込んだ。


中には彼の手があり、私の冷え切った指先を、大きく温かい掌がぎゅっと包み込んでくれる。


温かい。 カイロの熱だけじゃない。


彼自身の体温が、血管を通して私の全身を巡っていくようだ。


まるで人間湯たんぽだ。


それに、この距離なら颯太くんの匂いも独占できる。


フローラルな柔軟剤と、冬の空気の匂い、そして彼特有の落ち着く香り。



(ニシシ、計画通り!)



実は「健康優良児」の私は、自家発電機能が高すぎて全く寒くないどころか、アドレナリンでむしろ暑いくらいなのだが、このボーナスイベントのためなら幾らでも震えてみせよう。


私はポケットの中で彼の手を強く握り返し、ニマニマと湧き上がる笑いをコートの襟に埋めて噛み殺した。



私たちは腕を組んだまま(というより私がポケット経由で彼に寄生したまま)、人混みを避けて、イルミネーションが美しく輝く公園のベンチへと移動した。


吐き出す白い息が夜空に溶けていく。


周りの喧騒が少し遠のき、二人だけの空間が出来上がる。


颯太くんは少し照れくさそうに視線を逸らしながら、持っていた紙袋からプレゼントを取り出した。



「はい、これ」



「え、私に? 開けていい?」



「おう」



私はポケットから手を出し、ワクワクしながらリボンを解く。


包装紙を丁寧に開けると、中から出てきたのは、ふわふわとした手触りの、淡いベージュのマフラーだった。


派手すぎず、どんな服にも合わせやすそうな色。



「お前、すぐ薄着して風邪ひきそうになるから。……俺がいない時でも、ちゃんと温かくしとけよ。代わりはいねぇんだからな」



「颯太くん……!」



実用性重視の優しさ。


そして「俺がいない時でも」という言葉に含まれた、過保護なほどの心配。


それが最高に彼らしくて、胸が締め付けられるほど愛おしい。


私はその場でマフラーを首に巻き、顔をうずめた。



「んふぅ……あったかい……新品だけど、なんとなく颯太くんの匂いがする……守られてる感じ……」



「しねぇよ。お前、ほんと匂いフェチだな。警察呼ぶぞ」



颯太くんは苦笑しているけれど、その耳はマフラーよりも赤くなっている。


さあ、次は私の番だ。


私はバッグから、この日のために厳選し、綺麗にラッピングした小箱を取り出した。



「はい、私からはこれ!」



「お、サンキュ」



颯太くんが箱を受け取り、開ける。


中身は、カジュアルだけど盤面が見やすく、少し大人っぽいデザインの革ベルトの腕時計だ。


彼の手首に似合うように、何度も何度もお店に通って選んだ一品。



「時計……?」



「うん。それを見て、いつでも私のこと思い出してね」



私は彼の左手首を取り、その時計を巻いてあげる。


ゴツゴツとした彼の手首に、私の選んだ時計がしっくりと馴染む。


ベルトの穴を通し、カチリと留め具を締める。


それはまるで、彼を私につなぎ留める契約の儀式のようだ。



「颯太くんの時間は全部私のものだから、管理はお任せします! これからは一秒も私のことを忘れないでね?」



「……お前なぁ、相変わらず重いって」



颯太くんはまた「重い」と言って呆れたふりをしたけれど、時計の文字盤を見る目はとても優しく、そして嬉しそうだった。


彼は手首をかざして、角度を変えながら眺めている。



「ま、大事にするわ。いいデザインだしな。……サンキュな、日和」



「うん! 似合ってるよ、世界一!」



イルミネーションの下、私たちの「重い愛」と「不器用な愛」の交換会は、無事に成立した。



その後、冷え込みが厳しくなってきたので、私たちは私の実家へと向かった。


今日は両親公認のクリスマスパーティーなのだ。



「ただいまー! 颯太くん連れてきたよー! 捕獲成功!」



「お邪魔します……」



リビングのドアを開けると、そこはすでにクリスマスの飾り付けでキラキラしていた。


大きなツリー、壁に飾られたリース、そしてテーブルにはチキンやオードブル、私が朝から仕込んだ手作り料理が所狭しと並んでいる。



「おー! いらっしゃい颯太くん! 待ってたぞ!」



「あらあら、颯太くん! しばらく見ないうちに背が伸びたんじゃない? ますますカッコよくなって!」



父の晃太郎こうたろうと、母の詩織しおりが、まるで実の息子が帰ってきたかのようなハイテンションで出迎えた。


部屋の中は暖房がガンガンに効いていて、外の寒さが嘘のように暖かい。



「あら日和、部屋の中じゃ暑いでしょう? コートとマフラー外しなさい」



お母さんがハンガーを持ってきてくれたけれど、私は首を横に振った。


コートは脱いだけれど、マフラーだけはきゅっと結び直す。


これは絶対に外さない。



「やだ! これ、さっき颯太くんがくれたんだもん。私の首の一部だから。寝るまで外さない!」



「えぇ……? 家の中なのに? 汗かいちゃうわよ?」



「平気だもん。私の体温調節機能なめないで! 愛の力で適温に維持するから!」



私が涼しい顔で、物理法則を無視した宣言をすると、お父さんと颯太くんが顔を見合わせて吹き出した。



「はっはっは! 愛されてるなぁ、颯太くん! こりゃ責任重大だ!」



「参りました……このマフラー、冷房機能ついてたかな……」



そして、みんなで賑やかな食卓を囲む。



「さあさあ、今日は特別な日だからな! とっておきの高い酒を開けたんだ! 颯太くんもグイッといける口か!?」



「あなた! 颯太くんはまだ高校生でしょ! メッ!」



調子に乗ってワイングラスを差し出したお父さんの背中を、お母さんがバシッと叩く。


颯太くんは苦笑いしながら、「あはは、お気持ちだけ……今日はシャンメリーで乾杯させてください」と大人の対応を見せた。



「なんだー、残念だなぁ。じゃあ、俺がお義父さんと呼ばれる日までの楽しみにとっておくか! その時は朝まで付き合ってもらうぞ! はっはっは!」



「もう、お父さんったら気が早いんだから。……でも、颯太くんなら大歓迎よ? いつでも籍入れていいからね?」



お母さんが茶目っ気たっぷりにウインクをする。


そんな底抜けに明るい両親と、それに巻き込まれながらも居心地よさそうに笑う颯太くん。


私の大好きな人たちが、一つのテーブルを囲んで笑い合っている。


胸の奥がじんわりと熱くなる。


マフラーの温かさとは違う、もっと深い場所からの熱。


これが「幸せ」の完成形なんだって、私は確信した。



食事が終わり、部屋の照明が落とされる。


テーブルの中央には、特大のクリスマスケーキ。


立てられたろうそくの小さな炎だけが、私たちの顔をオレンジ色に照らしている。



ゆらゆらと揺れる灯りの中で、颯太くんの横顔が陰影を帯びて、いつもより少し大人びて見えた。


私は彼の袖をそっと引く。



「ねぇ、颯太くん」



「ん?」



「来年も、再来年も、その次の日も……ずーっと、ここでお祝いしようね」



それはサンタさんへの願い事ではなく、確定した未来への予言。


私がそう言うと、颯太くんは私の目を見つめ返し、短く、けれど力強く頷いた。



「……ああ、そうだな。嫌とは言わせないんだろ?」



「もちろん!」



「あら、素敵ねぇ」



「よーし、じゃあ二人の未来を祝って、吹き消すか!」



お父さんの合図で、私たちは顔を寄せ合い、「せーの」で息を吹きかけた。



ふっ。



視界が闇に包まれ、一瞬の静寂が訪れる。


その心地よい暗闇の中で、チク、タク、と颯太くんの腕にある新しい時計が、二人の時間を正確に刻み始める音が聞こえた気がした。


それは、これから永遠に続いていく私たちの鼓動のリズムだ。



首元に残るマフラーの温もりと、重なる時間。


最高のクリスマスイブが、約束された未来へと続いていく予感を残して、幸せに幕を閉じた。


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