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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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12/20

第12話『修学旅行Ⅱ:古都の迷宮と、絶対探知の愛』

修学旅行二日目。


京都の朝は、私たちの住む星見台市とは質の違う、足元から這い上がってくるような冷気が支配していた。



「うぅ……さむぅ……」



班別自主研修の集合場所。


私は制服のスカートから伸びる足をさすりながら、小刻みに震えていた。


星見台の海風には慣れているつもりだったけれど、盆地特有の「底冷え」というやつを甘く見ていた。


普段、あの長い坂道登校で鍛えている私の発熱機能も、この冷気の前には無力だったらしい。



すると、視界がふわりと暗くなり、肩にずしりとした重みが乗った。



「……見てて寒々しいんだよ。着とけ」



振り返ると、ブレザーを脱いでワイシャツ姿になった颯太が、そっぽを向いて立っていた。


私の肩にかかっているのは、間違いなく颯太のブレザーだ。


袖を通すと、ぶかぶかのサイズ感とともに、彼に残っていた体温が一気に私を包み込む。



「あたたかい……」



そして何より——。


私はこっそりと襟元に鼻を埋め、深く息を吸い込んだ。



(んふぅ……颯太くんの匂いがする……!)



洗剤の香りと、ほんの少しの汗、そして颯太特有の落ち着く匂い。


これは単なる防寒具ではない。


「精神安定剤兼・幸福発生装置」だ。



「……おい、今なんか変な音させて嗅がなかったか?」



「気のせいだよ! あー、あったかいなぁ! 颯太くんの温もりのおかげで寿命が延びたよ!」



「大袈裟なんだよ」



私はニヤける顔をブレザーの襟で隠しながら、ポケットからスマホを取り出す。


「彼氏ジャケットなう」の自撮りを一枚、いや五枚連写。


即保存。


私のフォルダがまた一つ、至宝で満たされた。



私たちは最初の目的地、伏見稲荷大社へと向かった。


朱色の鳥居がどこまでも続く「千本鳥居」は、幻想的という言葉がぴったりの場所——なのだが。



「うわ、人すごっ!」



「平日なのにこれかよ……」



国内外からの観光客で、参道は満員電車のような有様だった。


健人くんと美咲が「映える場所探そうぜ!」と盛り上がり、人波をかき分けて進んでいく。


私も颯太の背中を追おうとした、その時だった。



ドンッ、と逆方向から来た集団に肩をぶつけられた。



「あ、すみませ——」



謝って顔を上げた瞬間、私の視界から「あの背中」が消えていた。



「……え?」



嘘でしょ。


さっきまで、すぐ目の前にいたのに。


朱色の鳥居が、急に不気味な迷宮のように見えてくる。


周囲の色彩が一気に色あせ、心臓の音がドクン、ドクンと嫌なリズムを刻み始めた。



「颯太、くん……?」



名前を呼ぶけれど、喧騒にかき消される。


私は無意識に、サブバッグにつけた「力士猫」のキーホルダーを握りしめた。


あの夏祭り、射的で颯太が後ろから支えてくれて……私の緊張による手元暴発で偶然取れた、奇跡の(意図せぬ)戦利品。


あの時のような、背中を支えてくれる温もりが、今はない。



怖い。


寒い。


息が苦しい。


颯太くんがいない世界なんて、私には一秒だって耐えられない。


思考が真っ白になりかけ、視界が涙で滲む。



——でも。



(泣いてる場合、じゃない)



私は強く唇を噛み、頬をパンッ!と両手で叩いた。


私が泣いてうずくまっていたら、誰が颯太くんを見つけるの?


颯太くんを見つけられるのは、世界で私だけなんだから。



「……探さなきゃ」



恐怖を、強烈な使命感でねじ伏せる。


今の私は「迷子」じゃない。


探索者ハンター」だ。


私は涙を拭うと、目を凝らし、耳を澄ませた。


周囲の雑音をシャットアウトし、ただ一つの「正解」を探る。



あっちだ。



人混みの向こう、頭一つ分高い位置にある、見慣れた癖っ毛の後頭部。


キョロキョロと私を探してくれている、愛しいシルエット。



「——っ!!」



私は迷わず地面を蹴った。


愛のタックル、フルパワー!



ドスッ!!



「ぐおっ!?」



「颯太くぅぅぅぅん!!」



背後から思いっきり抱きつくと、颯太が前のめりによろめいた。


彼は驚いて振り返り、私の顔を見ると、ふっと安堵のため息をついた。



「……っぶねぇな。いきなりタックルすんな」



「だって! だっていなくなっちゃうから……!」



「悪かったよ。ちょっと目を離した隙に流された。……つーか、たかが五分だろ」



「私には永遠だったの!」



緊張の糸が切れ、また涙が溢れてくる。


颯太は「大袈裟な奴だな……」と呆れつつも、震える私の背中を、あの大きな手でポンポンと優しく撫でてくれた。



「ほら、泣くな。もう離れねぇから」



その不器用な優しさが、冷え切った心にじんわりと染み渡った。



気を取り直して(というより私が颯太から離れなくなった状態で)、私たちは清水寺へと移動した。


地主神社にある「恋占いの石」。


目を閉じたまま、一方の石からもう一方の石まで辿り着ければ、恋が叶うという有名なスポットだ。



「よし、次は日和の番な!」



健人くんに背中を押され、私はスタート地点の石の前に立つ。


本来なら、友達の声かけを頼りに進むものだけど……私にはそんな補助輪は必要ない。


さっきの迷子で証明された私の「探知能力」を見せてあげる。



「颯太くん、ゴールの石の前に立ってて!」



「あ? 俺関係なくねぇか?」



「いいから! そこにいてくれるだけでいいの!」



渋々石の前に立つ颯太を確認し、私は目隠しをする。


視界は真っ暗。


三半規管が狂いそうになる感覚。


でも、私には見えている。


いや、「感じて」いる。



あそこから、颯太くんの心音がする。


あそこから、さっき嗅いだブレザーと同じ匂いがする。


私の全神経が、彼という一点だけをロックオンしている。



「いっくよー!」



私は躊躇なく足を踏み出した。


恐る恐る手を伸ばして歩く観光客たちをごぼう抜きにし、一直線にスタスタと歩く。


迷い? 


あるわけがない。


私のコンパスは常に「鳴海颯太」を北として指しているのだから!



「え、あの子すごくない?」



「目ぇ開けてんじゃね?」



「速っ!」



周囲のざわめきなんてBGMだ。


距離感ゼロ、障害物なし。


あと三歩、二歩、一歩——!



「とぉっ!」



私は最後の一歩で地面を蹴り、ゴールの石——ではなく、その前に立つ颯太の胸にダイブした。



「ぶふっ!?」



「捕まえたぁーっ!!」



目隠しを取ると、呆れ顔の颯太が私を受け止めていた。



「お前なぁ……石は?」



「颯太くんがいれば、石なんてどうでもいいの!」



「ルール無視かよ……」



「私の『好き』に迷いなんてないからね!(ドヤッ)」



颯太は「……あそ」と呟きながらも、私の背中に回した手を離さずにいてくれた。


周囲からは「なんか、すげぇの見せられたな……」という拍手(?)が湧き起こっていた。



その日の夜、旅館の女子部屋。


私は布団の上で、今日撮影した数百枚の写真を美咲とスライドショーしていた。



「見て見て美咲! この『はぐれて困ってる颯太くん(推定)』の背中、哀愁があって最高じゃない?」



「いや、そこは日和が心配してあげる場面でしょ……」



「あとこれ! 私のブレザー着てるレア颯太くん! これ待ち受けにする!」



キャッキャと騒いでいると、スマホが震えた。



通知欄に表示された名前は『颯太くん』。



心臓が跳ねる。


私が送りつけた大量の写真(計50枚)に対する返信だ。


恐る恐る、トーク画面を開く。



『写真送りすぎ。容量食うだろ』



『あと、明日は大阪だからな。早く寝ろ』



『(猫が布団に入って「おやすみ」と言っているスタンプ)』



「…………ッ!!!」



私は声にならない悲鳴を上げ、スマホを抱きしめて布団の上を転がり回った。



「やさしい……! 口悪いけど心配してくれてる……! しかもスタンプ可愛い……!」



「はいはい、よかったねぇ。もう寝ないと明日バッテリー切れになるよ?」



美咲に呆れられながらも、私は画面の向こうの彼に「おやすみなさい、大好き!」と心の中で叫んだ。


画面の中の颯太くんも、心なしか優しく微笑んでいるように見えた。

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