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君の『好き』が重すぎる  作者: トムさん


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第10話『嵐の夜の統合避難と、彼シャツの防衛戦』



ゴォォォォォォ……ッ!! 世界が、低い唸り声を上げている。


十月の平日。


気象庁が「観測史上最大級」と警告を発した大型台風『ジェネシス』が、私たちの住む星見台市を直撃していた。


横殴りの雨が、散弾銃のようにアスファルトを叩きつけ、風速三十メートルを超える突風が、街路樹を根元からなぎ倒さんばかりに揺らしている。


看板が飛び、ビニール傘が残骸となって転がる、まさに世紀末のような光景。


そんな、誰もが出歩くことを躊躇う暴風雨の中を、私は一人、前傾姿勢を保ったまま猛ダッシュで駆け抜けていた。



(待っててね、颯太くん! 今、私が「安心」を届けに行くから!)



事の発端は数分前に遡る。


パート先から電車が止まって帰宅困難者となってしまった颯太くんのお母さんから、私のスマホにSOSの緊急連絡が入ったのだ。



『日和ちゃん、ごめんね! 電車が止まって帰れないの。颯太一人で戸締まりさせてるから、もし可能なら……』



その言葉を聞いた瞬間、私の脳内で「颯太くん防衛ミッション」が発令された。



『任せてくださいお義母さん(予定)! 颯太くんは私が守ります! 命に代えても!』



私は即座に登山用の完全防水カッパ(耐水圧20,000mm)を着込み、防災グッズと愛を詰め込んだリュックを背負って家を飛び出した。


普通の女子高生なら風に飛ばされるかもしれない。


だが、日々のトレーニングで鍛え上げられた私の体幹と脚力ならば、風など恐るるに足りない。


むしろ、背中を押す追い風を利用して加速するのみ!


私は水たまりを跳躍し、飛来物をマトリックスのように回避しながら、愛する人の元へと疾走した。



颯太くんの家の前に到着すると、私は息を整えることもなく、勢いよくインターホンを連打した。



ピンポーーーン!! ピンポポポーン!!



ガチャリ。


すぐにドアが開いた。



「……え、嘘だろ?」



そこには、スマホを耳に当てたまま、目を丸くして幽霊でも見たかのように固まっている颯太くんが立っていた。


彼の持つスマホからは、スピーカー越しに微かに「あ、日和ちゃん着いた? 早いわねぇ、ワープでもしたのかしら」というお母さんの驚きの声が漏れている。



「やっほー! 颯太くん! 統合避難(という名のお泊まり)に来ました!」



私はカッパのフードをバサリと脱ぎ捨て、濡れた髪を払いながら満面の笑みでVサインを決めた。



「お前……今、母さんと電話で話してたところだぞ。早すぎるだろ。家、結構距離あるよな?」



「ふふん、これぞ愛のテレパシーと脚力の融合だよ! 颯太くんが一人で寂しがって震えている電波を受信したから、音速で飛んできたの!」



「震えてねぇよ! それに台風の中を飛んでくるな! 何かあったらどうすんだ、危ないだろ!」



颯太くんは呆れつつも、本気で心配してくれているようで、私の顔や体を怪我がないか確認するように見てくる。


その視線だけでご飯三杯はいける。



「大丈夫、私には風も避けて通るから! 私の愛の重力圏の前では、台風なんてそよ風だよ!」



私は濡れたカッパを玄関で手早く脱ぎ、我が物顔で「お邪魔しまーす!」と上がり込んだ。


外は嵐。家の中には二人きり。


これで今夜は、誰にも邪魔されない避難生活の幕開けだ。



リビングに入るなり、颯太くんが無造作にバスタオルを投げて寄越した。



「とりあえず、体冷えてるだろ。風呂沸いてるから先に入れ」



「わっ、ありがとう!」



なんて優しいんだろう。


私の濡れた制服を気遣うその判断の早さ。


やっぱり彼は私のオカンであり、将来の旦那様としてのスペックが高すぎる。



「……あれ? 颯太くんは?」



「俺は後で入るから、お前が先だ」



「え、一緒に入らないの?」



私はキョトンとして尋ねる。


幼稚園の頃や、小学校低学年の頃はよく一緒に入って、アヒルのおもちゃで遊んでいた仲だ。


今さら何を遠慮することがあるんだろう。



「昔はあんなに入ってたじゃん。背中の洗いっこもしようよ。減るもんじゃないし~、むしろ節水だよ?」



「……お前なぁ」



颯太くんは呆れたような顔をして、ため息をついた後、ふと何かを思いついたように口の端をニヤリと意地悪く上げた。



「……ま、それもそうだな。台風だし、ガス代の節約にもなるか。よし、入るか」



「えっ、本当!? やったーー!!」



私は思わずガッツポーズをした。


颯太くんとのお風呂!


これは彼の成長を確認する貴重なデータ収集のチャンスだし、何よりスキンシップの最高峰だ!


裸の付き合いこそ、信頼関係の礎となる。



「じゃあ私、先に脱ぐね! 背中流す準備しなきゃ!」



私は歓喜のあまり、脱衣所の前……ではなく、リビングのど真ん中で、制服のリボンに手をかけた。


躊躇なくブラウスのボタンを外し、白い肌を露わにしようとする。



「は……? ちょ、待てバカ!!」



颯太くんの顔色が変わり、一瞬で耳まで真っ赤になった。



「なんで本気で脱ごうとしてんだよ! 冗談に決まってんだろ!?」



「え? 冗談なの? 私はいつでも本気マジだよ? 颯太くんのためなら一糸纏わぬ姿になる覚悟はできてる!」



「その覚悟はいらねぇ! こっちの心臓が保たねぇよ! 一緒にするわけあるかバカ!!」



彼はパニックになりながら私の背中を押し、半ば引きずるようにして脱衣所へと放り込むと、バン! と勢いよくドアを閉めた。



「さっさと入れ! 鍵閉めるぞ! 絶対に開けるなよ!」



「むぅ……せっかくの機会だったのに」



ドアの向こうから聞こえる彼の荒い息遣いと、「あいつマジかよ……」という独り言を聞きながら、私は残念そうに服を脱いだ。


颯太くんってば、たまに変なところで臆病になるんだから。


そこがまた可愛いんだけど。



お風呂上がり。


湯船でしっかりと温まり、体の芯までポカポカになった私は、バスタオルで体を拭きながら、ここに来て重大な事実に気がついた。



「あ、颯太くん! 大変! 着替えリュックの中だよ!」



私の着替え一式が入ったリュックは、リビングのソファに置きっぱなしだ。


ドアを少し開けて叫ぶと、リビングから困り果てた声が返ってきた。



「……お前のリュック、勝手に漁るわけにいかねぇだろ。プライバシーってもんがある」



「えー? 別に見られて困るものなんて入ってないよ? 下着とか常備薬とか、あと非常食とか……私の秘密なんて颯太くんには筒抜けでいいのに」



「一番ダメなやつが入ってるじゃねぇか! 特に最初のが! ……待ってろ、今俺の服貸すから!」



しばらくして、ドアの隙間から「ほらよ」とグレーのTシャツが差し入れられた。 颯太くんが普段着ている部屋着だ。



「わぁ……颯太くんの匂い……」



私は受け取ったTシャツに顔を埋めて、大きく深呼吸する。


洗剤のフローラルな香りの奥に、確かに存在する彼の体臭。


落ち着く。


これは最高級のアロマオイルよりも効能が高い。


精神安定剤以上の効果がある。


袖を通すと、私には大きすぎて肩がずり落ち、裾は太ももの真ん中あたりまである。 いわゆる、都市伝説級の萌えアイテム「彼シャツ」状態だ。



「……これは、保存しないと。人類の遺産として」



私は脱衣所の鏡の前で、こっそり持ち込んだ防水スマホを構えた。


Tシャツの裾を少しつまんで、上目遣いで、少し恥じらうような表情を作ってパシャリ。


完璧だ。颯太くん色に染まった私。


フォルダ名『彼シャツ記念日』に保存し、バックアップも完了。



「お待たせー」



私はホカホカの体で、颯太くんのTシャツ一枚という姿でリビングへ戻った。


下は何も履いていない。


いわゆるノーガード戦法だ。



「……っ!」



ソファに座って水を飲んでいた颯太くんが、私を見た瞬間、動きを止めて硬直した。


視線が私の無防備な首筋から鎖骨、そしてだぼっとしたTシャツの裾から伸びる健康的な生足へと吸い寄せられているのがわかる。



(おっ、視線計測データ更新。瞳孔散大、心拍数上昇を確認。効果は抜群だ)



「おい……お前、その格好はなんだ。無防備すぎるだろ。警戒心ゼロか?」



「え? 颯太くんが貸してくれたんじゃん。私のサイズじゃないからこうなるのは物理的に不可避だよ?」



「そうだけど! サイズ感とか、こう……色々あるだろ! 目のやり場に困るんだよ!」



彼は顔を背け、手で顔を扇ぐような仕草をする。


私は自分の格好を見下ろす。



「確かに……言われてみれば、下履いてないからちょっとスースーするかも。換気性は抜群だけど」



「だろ!? 早く着替えろ! 風邪引くぞ!」



「うん、わかった。じゃあ今履くね」



私はリビングの床に置いたリュックを開け、中から替えのショーツ(機能性重視のコットン製・水色は清楚の証)を取り出した。



「んしょっと」



そして、その場(リビングのど真ん中)で、Tシャツの裾をまくり上げ、片足を上げようとした――その時。



「うわあああああっ!!!」



颯太くんが悲鳴に近い声を上げて絶叫した。



「お前、何してんだ!? 正気か!?」



「え? パンツ履こうと思って。着替えろって言ったの颯太くんだよ?」



「ここで履くな!! 俺がいるだろ!! 目の前だぞ!?」



「だから、減るもんじゃ……」



「俺の理性が! 限界なんだよ!! 今夜はお前を襲わないって理性に誓ったんだよ俺は!」



彼は顔を両手で覆い、脱兎のごとくソファから飛び出した。



「俺も風呂入ってくる!! 頭冷やしてくるから、その間にお前は着替えろ! 絶対にこっち来るなよ! 覗くなよ!」



バタンッ! と脱衣所のドアが乱暴に閉まる音が響く。


リビングに取り残された私は、片足を上げたままポカンとしてしまった。



「? 颯太くんってば、相変わらず沸点がわからないなぁ。夫婦になれば日常茶飯事なのに」



しばらくして、颯太くんがお風呂から戻ってきた。


まだ顔が少し赤く上気しているけれど、冷水を浴びてきたのか、とりあえず落ち着きを取り戻したようだ。


私もちゃんと下を履き、ジャージのズボンも履いて完全防備(残念ながら)になっている。



その時。


ドォォン! と、地響きのような音が遠くで鳴り、家中の明かりがフツリと消えた。



「うわっ、停電か」



窓の外も街灯が消え、世界が完全な闇に包まれる。


視覚が奪われると、雨風の音だけが先ほどよりも大きく、恐ろしく聞こえるような気がした。


私の足がすくみそうになった瞬間、暗闇から頼もしい声がした。



「日和、そっち暗いだろ。足元危ないからこっち来いよ」



「! うん!」



私は手探りでソファへ向かい、彼の隣に座った。


肩と肩が触れ合う距離。


暗闇のせいだろうか。視覚情報が遮断された分、触れている部分の熱が、普段よりも鮮明に、そして熱く感じられる。


彼の体温が、じんわりと私の体へ伝わってくる。



颯太くんが懐中電灯を点けると、白い光の筋が部屋を切り裂いた。


光と影のコントラストが、非日常感を演出する。



「……なんか、お腹空いたね」



「そういえば夕飯まだだったな。冷蔵庫も開けられないし、火も使えないし、どうするか……」



「ふふふ、任せて旦那様! こんな時のための私だよ!」



私は暗闇の中でリュックをごそごそと探り、重量感のあるとっておきのアイテムを取り出した。



「ジャジャーン! 業務用の巨大ミックスナッツ(徳用1kg入り)!」



「……でかっ! なんだそれ、給食かよ。リスでも飼う気か?」



「これなら調理不要! 高カロリーで栄養も満点! サバイバルに最適! しかも私の大好物だよ!」



私は袋を開け、香ばしい匂いを漂わせながら颯太くんに差し出す。


彼は袋の中身を覗き込み、呆れたように、でも少し笑いながら言った。



「お前と一緒になったら、食卓こればっかりになりそうだな」



「えっ……!?」



その瞬間、私の思考回路がショートした。


今、なんて言った?


『一緒になったら』?


それって、つまり……将来のこと?


結婚生活のこと!?


私の脳内で、超高速シミュレーションが開始される。


エプロン姿の私。


仕事から帰ってくる颯太くん。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも……ナッツ?」


いやいや、ナッツだけじゃないよ!



「あ、あう、あ……っ! そ、そんなことないよ! ちゃんとハンバーグとか作るし! 毎日お味噌汁も作るし! 栄養バランス完璧な献立を考えるから!」



「はは、冗談だよ。ムキになんなって。……ん、意外と美味いなこれ」



私が顔から火が出るほど狼狽えているのをよそに、颯太くんは平常心でカシューナッツを口に運び、「塩加減がいいな」なんて呑気に呟いている。


くぅぅ……! ずるい! 私だけドキドキさせられて、彼は平然としてるなんて! 懐中電灯をランタン代わりに立てて、二人でポリポリとナッツを齧る。


外の嵐の音と、室内でのカリッという咀嚼音だけの奇妙な時間。


でも、このドキドキがある限り、ナッツの味は三ツ星レストランのフルコースよりも甘く、深く感じられた。



ピカッ!! 突然、窓の外が昼間のように白く光った。



バリバリバリドォォォォォンッ!!



直後、空気が震え、耳をつんざくような轟音が響く。


すぐ近く、下手をすれば庭の木に落ちたのかもしれない。



「うわっ!?」



颯太くんがビクッと体を震わせ、反射的に身を縮こまらせた。


雷が極端に苦手なわけじゃないけれど、今の音は生物としての本能的な恐怖を呼び起こすレベルだった。



私は考えるよりも早く、体が動いていた。



「危ないっ!」



私はガバッと覆いかぶさるようにして、颯太くんを抱きしめた。


私の胸の中に、彼の頭を抱え込む。


これはハグではない。


防衛行動だ。



「……ひ、日和?」



「大丈夫! 私が守るから! 雷様におヘソ取られないようにガードしてるから! 私の背中が避雷針になる!」



「……いや、俺子供じゃねぇし。ていうか、近い、近いって……! 柔らかいのが当たってる……!」



「静かに。まだ鳴ってる」



私は腕の力を緩めない。


暗闇の中。


外では激しい雨音と、遠ざかっていく雷鳴。


そして私の腕の中には、お風呂上がりの温かくて、いい匂いのする颯太くん。



密着した体からは、彼の心臓の音がトクン、トクンと伝わってくる。


それは雷の音よりもずっと大きく、私の鼓膜を震わせていた。


私の心臓の音も、彼に伝わっているだろうか。



(あぁ、幸せだなぁ……。ずっとこのままでいたいな)



「……日和、苦しい。力強すぎ」



「我慢して。これは緊急避難措置だから。安全が確認されるまで解除できません」



颯太くんは「まったくもう……大げさなんだよ」と口では文句を言いながらも、私を突き飛ばしたりはしなかった。


むしろ、おずおずと私の背中に手を回し、しがみつくように掴んでくれた。


その手のひらの温かさと、微かな震えが止まるまで、私は最強のシェルターとして、彼を世界のあらゆる脅威から守り続けることを誓うのだった。


嵐よ、もっと荒れてもいい。


この夜が明けるまでは。


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