8話〜お休みなさい〜
ガサガサッ!
一日の冒険が終わって一息つこうと思っていたら、また草むらで乾いた音が響いた。
この音は、今日散々聞いた音だった。大抵は不機嫌そうな小鬼の顔が飛び出して来たけど、今回はあのむせ返る匂いがしない。
一体何が…?
【キュッ】
身構えていると、草むらを掻き分けてきたのは小さな白い毛玉…じゃない。角の生えたウサギ。
ホーンラピッドだった。
【キュキュッ】
鼻をヒクヒクさせて周囲を見回す姿は愛くるしいが、あれも立派な魔物だ。額から生える角で一突きにして獲物を取る、最下級の魔物。
村の子供や家畜が襲われた!なんて話を、家のメイド達がしていたのを覚えている。体が小さいから気が付かずに近づかれて、襲われてしまうらしい。
気を付けないと。
私は唾を飲み込み、リュックの中から鞭を取り出した。
でも、
【キュゥ〜…】
そんな事をしている間に、ホーンラピッドは伸びていた。ブーちゃんが角を掴んで、地面に叩きつけたみたいだ。
素早い魔物なのに、よく捕まえられたね。
私が感心して見ている先で、ホーンラピッドの体が消えて、残った魔石と肉片をブーちゃんがこちらに持ってきた。そして、肉片を細い枝に突き刺して、焚き火に当て始めた。
あっ、晩御飯ゲットだね。やったわ。
でも、これっぽっちじゃ2口で終わっちゃうよ。
私はチリチリと焼け始めた肉を前にして、寂しさが込み上げてきた。
でも、それもすぐに解消される。
肉が焼けるよりも先に、新たなホーンラピッドが現れたのだった。それも2匹。
ブーちゃんはホーンラピッドの突進を軽々と受け止めて、角を掴んだまま地面に叩きつける。それだけで、魔石と肉片と、ホーンラピッドの角が手に入った。
「わぁ、凄い。大量ね!」
【ブフフ】
少し大げさに喜ぶと、心なしかブーちゃんも得意げに見えた。
可愛いところもあるのね。
その後も、定期的に魔物が現れた。
ホーンラピッドばかりでなく、偶にゴブリンも出てきたけれど、どちらもブーちゃんの一撃で倒されていた。
焚き火の周りには、次々とホーンラピッドの肉が突き刺さっていく。
うっ、お肉がこんなに。食べ切れるかしら?
「ブーちゃんも食べるんだよね?」
食べて貰わないと困るわ。こんな量、私1人じゃ食べきれないもの。
ファミリアは魔力の供給さえしていれば、食事の必要性はないと授業で習った。でも、食べられない訳じゃない。食事からも、僅かながら魔力を得られるらしい。
だから、貴方にも手伝って貰うわよ?
【ブ?ブゥ…】
ブーちゃんはちょっと考える素振りを見せてから、串の一本を取って、一口で食べてしまう。
そして唐突に、その場で腕立て伏せを始めた。
「なっ、何をしているの?ブーちゃん」
【ブ?ブッフフ】
ブーちゃんはお腹のお肉を摘んで、その後に力こぶを見せる。
ええっと…ダイエットをしている…ってこと?
確かに、ブーちゃんはかなり太っている。だけどそれって、オークだから普通の事じゃない?
【ブッホ、ブッホ、ブッホ!】
私はそう思ったけど、ブーちゃんは真剣だ。肉を食べ終わると兵士の訓練をして、魔物が出たらそれを狩る。そして、その肉を焼いて食べて、また訓練をする。
無限ループ魔法の出来上がりだ。
横で肉を食べていた私も、何か訓練をした方が良いのかな?って思って、ダンスのステップ練習をしてみた。
舞踏会で理想の王子様を捕まえないって言われているからね。私も、ブーちゃんを見習わなきゃ。
そうして動いて、食べてを繰り返していると、喉が渇いてきた。
私はリュックから、加工魔石がハマった指輪を取り出す。随分と青色が薄くなっちゃっているけれど、あと何回かは使える筈。
「ドリップ・ウォーター」
魔力を流すと、指輪から水が溢れてくる。それを木製のコップ2つに入れて、片方をブーちゃんに差し出す。
「はい。お水よ、ブーちゃん」
【ブホホッ!】
ブーちゃんが驚いている。コップよりも指輪に興味津々だ。
魔道具を見る機会がなかったのかしら?召喚したばかりだから?
そう思って、私は指輪を外してブーちゃんにあげようとした。でもブーちゃんは【ブゥウゥ〜】って首と手を同時に振った。
高そうだから受け取れないって言ってるのかな?でもこんなの、金貨一枚(100万円)もあれば買えちゃう物なのに。
そんな事をしている内に、辺りは薄暗くなっていった。太陽が向こうの山に隠れようとしている。
その頃になると、ブーちゃんは焚き火の周りに石を積んで、周りから見えにくくした。同時に、焚べる薪の量を減らして、火を小さくする。
そのせいなのか、魔物の出るペースが目に見えて減った気がする。
火は小動物とかを遠ざけるって聞いたのに…魔物は惹きつけるってことなの?
【………】
小さくなった火を見ていると、向こうの方でブーちゃんが小さくなって何かをしている。
覗いて見てみると、草を編んで輪っかをたくさん作っていた。
何かしら?
【ブッブッブー】
ブーちゃんが手を広げて、私を通せんぼする。ここから入るなって言っているみたい。
何かの遊び?それともおまじない?まぁ、そっちは森の方だから、行けって言われても行かないわよ?夜の魔物は恐ろしいって、お父様も言われていたから。
【ブー、フー】
ブーちゃんに背中を押されて、私は葉っぱベッドの上に寝転がる。ブーちゃんは長い枝と大きな葉っぱを組み合わせて、兵士の使う一人用テントみたいな物をこしらえてくれた。
これなら、突然の雨もへっちゃらね。
「ありがとう、ブーちゃん。でも、眠る訳にはいかないわ」
私が眠ってしまったら、ブーちゃんへの魔力供給がストップして彼が消えてしまう。ブーちゃんがいるから楽しいキャンプになっているだけで、居なくなれば私なんて魔物のエサでしかない。
最悪のサバイバルがスタートしちゃうわ。
【ブッフー!】
それを聞いても、ブーちゃんは力こぶを作り、次いで集めた魔石を見せつけてくる。
何となく、これがあるから大丈夫って言ってる気がする。
魔石から魔力を貰うから大丈夫なの?そんなの、習った事も聞いた事もないけれど…。
けど、怪我も治ったし、魔力を供給できているって証拠よね?それなら、いけるのかも。
何より、ブーちゃんが太鼓判を押しているんだし、大丈夫よね?
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うわ。お休みなさい、ブーちゃん」
【ブッフー♩】
私は安心して、眠りに着いた。
と、思ったんだけど…。
【キャウゥンッ!】
甲高い鳴き声で、私は目覚める。目を開けると、満点の星空に半分の月が大地を照らしていた。
月があの位置にあるってことは、結構時間が経っている。真夜中ってところかしら?
寝返りを打つと、月の明かりが私に惨状を見せつけた。
【【グルルルッ!】】
薄暗い闇の中、焦げ茶色の毛玉達が唸りながら地面に伏せている。
フォレストウルフだ!
私は雷に打たれたように、上半身だけ飛び起きる。すると、より状況が分かる。
ウルフの1匹1匹はゴブリンよりちょっと強い程度の下級魔族だけど、集団になると下級の中でも危険な魔物って言われていたと思う。
そんなヤツらが3匹もいて、そいつらが睨んでいる先にブーちゃんの大きな背中があった。
彼の足元には、フォレストウルフのドロップ品と思われる毛皮が沢山散らばっていた。
【ワゥッ!】
ウルフ達が一斉に駆け出す。
3匹が左右と真ん中に別れて飛び出し、狙いを付けにくくする。でも、その内の1匹がステンッと転び、もう1匹も何かに躓いた。
あっ、あそこって、夕方にブーちゃんが草を編んでいた所だ。そうか、足引っ掛け用のトラップを作っていたんだ。
【ブフフ】
【キャイッ!】
【クゥン…】
【ガッ…】
襲撃のタイミングをズラされたウルフ達は、待ち構えていたブーちゃんに各個撃破される。
凄い。こうなることを見越して、トラップを作っていたんだ。ほんの数秒の間に、3匹ものウルフを倒しちゃった。
【ブフ?ブーブブ】
私が目を覚ました事に気付いたブーちゃんが、ツルツルの頭を掻きながら歩いてくる。
口の中で何かを転がしているみたいけど、何を食べて…あっ、ウルフの魔石を口に入れて、コロコロ転がしている。それで本当に、召喚を維持しているみたい。
【ブーフー、ブーフー】
ブーちゃんが、目を閉じて寝なさいってジェスチャーをしている気がする。
ええっと…そうね、貴方に任せておけば大丈夫そうだし、私はもう一眠りさせて貰うわね?
あっ、お水だけ出しておくから、好きな時に飲んでね。
お休みなさい。
「…んっ…うぅん…」
次に私を目覚めさせたのは、瞼も貫通する強い光だった。
目を開けると、夜空はすっかりと青空に変わり、向こうの山から太陽が顔を出して「こんにちは!」と挨拶していた。
「んーっ!」
よく寝たわ!
私は思いっきり伸びをして、簡易テントから顔を出す。
そこには、
【ブッホ、ブッホ、ブッホ】
朝日をバシバシ浴びながら、腕立て伏せをするブーちゃんの姿があった。
ファミリアには睡眠が必要ないって聞いていたけど、ずっと訓練をしていたの?
私が半分呆れてブーちゃんを見ていると、彼もこちらに気が付いて訓練を止めた。そして、焚き火の方を指さす。
そこには、大量の戦利品が積まれていた。
「えっ?」
私は絶句した。
イノセスメモ:
火に対する恐怖心…一般的に、動物は火を恐れるとされている。これは本能的な物で、火の光りや揺らめきが危険だと彼らに警戒心を抱かせる為。しかし、一部の動物や魔物にとっては逆効果である。これは、獲物である人間が近くにいるという知識を持っている為に、近付いて来るのではないかと推測されている。




