86話〜ちょっと!貴方!〜
裏賭博場の醍醐味が始まるということで、私達は(イヤイヤ)ドナさんの後ろをついて行く。
そして、到着したのは広い空間。
天井が高く、円形になった広場のような場所は、学園の競技場のように段々になっていて、そこに並べられた椅子に多くのお客さんが座っていた。
「「「うぉおおお!!」」」
「いいぞ!行け!」
「やっちまえ!八つ裂きだ!」
そこにいる誰もが興奮気味に叫び続け、中央のフィールドに視線を向けている。
そのフィールドは巨大な檻で覆われており、その中で2匹の魔物が戦っていた。
ボア系の魔物と、灰色のワーウルフだ。
「これは…サモンファイト?」
「いいや。よく見てみろ、嬢ちゃん。魔物の傍にサモナーが居ない。こいつは正真正銘の魔物だ」
そんな…こんな街の中で魔物が暴れているって言うの?でも確か、街に行きたい魔物を入れるのは出来ない筈。スライムみたいな益獣ならまだしも、あんな凶悪な魔物が入り込むなんて…。
「衛兵は何をしていたのかしら…」
荷物検査はしている筈なのに。
分からなかったの?それとも、分かっていて通したの?だとしたら、衛兵も同罪よ?
私が憤慨していると、ランベルトさんが「どうかな」と疑問を口にする。
「ファミリアでなくとも、魔物を街に入れる方法は幾つかある。領主が特別な許可を与えたりとか、動けないように細工したとか。そして、簡易契約を結んだりとかな」
「簡易契約?」
聞き慣れない単語を聞き返すと、ランベルトさんは「ああ、そうだ」と頷く。
「相手を幾つかのルールで縛り上げ、言う事を聞かせる魔術だ。召喚魔術が確立する大昔に使われていた魔術で、魔物だけじゃなくて人間の奴隷に対しても使われていたらしい」
「ええっ…」
そんな恐ろしい魔術があったの?
私が絶句していると、ランベルトさんは「だが…」と檻の中で戦う魔獣達を見下ろす。
「簡易契約は名前の通り、本当に簡易な効果しかない。ゴブリンやコボルト程度ならファミリアの様に操ることも出来るんだが、ワーウルフレベルになると殆ど効果がない。検問を通る筈が無いんだ」
「簡易じゃなきゃいいんじゃないか?」
ドナさんが最もな事を言う。
確かにそうねと私も同調しようとしたら、ランベルトさんは「それこそ有り得ない」と首を振った。
「違法なんだ、高度な契約魔術は。この国だけでなく、全世界で使用が禁止されている。君達が知らないくらいに、存在自体が抹消されている。少なくとも、表の世界ではな」
「じゃあ、それを知ってるアンタは何者なんだい?」
ドナさんのツッコミに、ランベルトさんは「ただの万年Cランクよ?」と何時もの弱々しい笑みを浮かべる。
それにしては、色々と詳しいわよね?
私もランベルトさんをジッと見る。すると、後ろで一際大きな喝采が上がった。
振り返ると、脇腹を大きく切り裂かれたボアの姿があった。
「「よっしゃぁあ!」」
「良いぞ!そのまま畳み掛けろ!」
「「だぁあああ…!」」
「くそぅ…大穴狙いだったのに…」
「まだ行けるだろ!」
ボアが傷付いた事を喜ぶ人と、悲しむ人2分する観客。悲しんでいる方も、ボアの事を思っている人は1人もいない。
きっと、この闘いも賭け事の対象なんだわ。だからみんな、自分が賭けたお金の事しか頭にないんだ。
その事に、私が眉を顰めていると、フィールドの端から数人の男達が檻に近付いた。そして、その内の1人が杖を振り上げる。
呪文を詠唱した。
「抗いなさい。怒りなさい。其は何よりも強き思い。己を強くする内なる衝動。怒り狂え!」
杖から白い粒子が吹き出し、それがボアへと降りかかる。その途端、負傷して逃げ腰だったボアの鼻息が荒くなり、勝ち誇っていたワーウルフ目掛けて突進した。
怒りの感情を引き出されて、超攻撃的になってしまったんだ。
嘆いていた観客が、喝采を上げる。
「良いぞ!こっからだ!」
「来い来い!大穴!そのままぶちかませ!」
一気に形勢が傾いたかの様に見える檻の中。でも徐々に、ボアの動きが鈍くなっていく。
激しく動いたから、お腹の傷が広がっちゃったんだ。そこから体液が漏れ出して、力を失い続けていた。
そして、倒れた。魔術師が再び怒りの魔法を掛けるけど、ボアの体が端から消え始めた。
「「「ああぁ…」」」
「「「わぁあ!」」」
会場から様々な声が聞こえてくる。でもその中に、他者を労う優しい感情は一欠片も無かった。
あるのは、ただ欲にまみれた汚い呻き声だけ。
人間の欲って、こんなにも汚いものなの?
「うっ…」
私は気分が悪くなり、口を押さえた。するとすかさず、盾役のグレースさんが背中を摩ってくれた。
「大丈夫?」
「済みません。ちょっと、空気が悪くて…」
「分かるわ」
見上げると、グレースさんも顔色が悪い。後ろの子供達も、居心地悪そうにしていた。
私だけじゃないのね。
「嬢ちゃん。一旦ここから離れよう。ドナ、それで良いな?」
「えっ?あぁ、うん。分かったよ」
ランベルトさんに連れられて、私達はカジノエリアへ戻ってくる。ドナさんも、後ろ髪を引かれながら付いてきた。
「なんかさー。異様だったよね」
「分かるー」
戻ってきて早々に、子供達が感想を漏らす。
「みんな目が怖いし、凄い必死だしさ」
「魔物もねー。ああやって殺すのは、なんか可哀想だったよねー」
「分かるー。あーしらが魔物狩るのとは、なんか違うよね」
「なんでだろうねー」
2人の感想に、後ろで聞いていたドナさんは苦い顔だ。腕組みをして、ムスッとした表情で反論する。
「良いか?2人とも。あれは昔から行われているコロシアムという競技だ。今回は魔物同士を戦わせていたが、人間と魔物が戦ったり、魔物とファミリアを戦わせたりもするんだ」
「だったら、サモンファイトやコロッセオで良くない?」
「こんなジメジメしたとこより、青空の下の方が楽しくない?」
子供達の最もな意見に、ドナさんはビシッと人差し指を立てる。
「良いか?お前ら。ここは賭博場だぞ?勿論さっきのコロシアムでも、莫大な金が動く。対戦者の強さをこの目で見極めて、本当に勝てる奴を見抜く。そして大穴狙いが成功した暁には、莫大な金が手に入るんだ。その瞬間ったら、もう、下手な狩りよりも楽しいんだよ、これが!」
「「ええぇ…」」
子供達がドン引きしている。
私も引いてしまう。
ドナさんはお金稼ぎってだけじゃなくて、賭けることそのものに快楽を覚え始めている。これってとても危ない兆候よね?早く足を洗った方が良いのでは無くて?
私がドナさんの様子を心配していると、ランベルトさんが「そもそも」と話を引き継いだ。
「無許可で魔物を扱っている事が問題だ。何かあって街へ侵入されたら、大惨事になるぞ?」
「そんな事はない!」
ドナさんが憤る。
「魔物がコロシアム以外で暴れた事なんて、一度も無いんだ!」
「おいおい。お前さん達はつい最近ラッセルに来たんだろ?何故そんな風に言える?」
「実際にこの目で見ているし、周りの奴らからも聞いているからだ。競技が終わった魔物は全部、大人しく係員に従っている。ここの魔物はしっかりと管理がされているんだよ!」
魔物が大人しいなんて、そんな事あるの?
分からなくて、私はランベルトさんを見上げる。でも彼は深刻な顔で考え込むばかりだ。
えっ?どうしたの?もしかして、魔物が大人しいってかなり重要な事なの?
何時も飄々としている彼が真剣に悩む姿に、私の心臓が嫌な音を奏でる。
そんな時、扉が開く音がした。
コロシアムの扉じゃない。反対側の、賭博場の出入口だ。そのから数人の大人達が降りてくる。
殆どの人は仮面を被り、高級なスーツを着こなしている。
きっと貴族だ。顔バレしたくないから、仮面舞踏会のマスクを着けているみたい。
そんな大人達の1番後ろに、白い影を見つけた。
傭兵と同じボロボロのローブを着ているけれど、背格好は大人よりも頭1つ低い。
子供?もしかして、ケント君!?
「ちょっと!貴方!」
慌てた私はつい、その子へ突撃し、背後から肩を掴んでいた。
その瞬間、その子が深々と被っていたフードがはらりと落ち、素顔が現れた。
明るい金髪に、知的でオシャレな眼鏡を掛けたその人は、ケント君ではなかった。
商人顔負けの鋭い目つきが、私の顔を見て、驚きで丸くなる。
「バー、ガンディ、さま?」
「えっ、うそ…ハロード、様」
そこに居たのは、ハロード・チェスター。
大陸屈指の大店、ハロード商会会長のご子息である彼が、賭博場に通っていたのであった。




