79話〜おい!そこのお前!〜
目立たない様にしたいなら、2年生のベンジャミン先輩を頼れ。
そう言われた私は次の日、意を決して2年生のBクラス教室を訪れた。
ただでさえ先輩達の教室で、更にランクまで上の人達という事でかなり緊張した。
のだけど…。
「ベンジャミン?彼がこんな所に来る訳ないでしょ」
「そうですわね。今頃は研究棟か、何処かの空き教室で昼寝しているのではなくて?」
「天気が良いから、屋根上で昼寝しているかもね」
ええっ!?そんな、授業も受けずにそんな、大丈夫なの?
そう思いながらも、私は取り敢えず研究棟に向かった。
でもその途中で、ブーちゃんがボイドから腕を出して、何処かを指さす。
その先には…。
「あっ、居たわ」
木陰でプカプカ浮かんでいる先輩を見つけた。近付いて見ると、彼は寝息を立てて寝ていた。寝ているのに、高度な浮遊魔法が発動していた。
どういう原理?いえ、今はそれどころじゃないわ。
「あの、先輩。お休みのところ申し訳ないのですが…」
声を掛けて見ても、寝息は一定のままだ。かなり熟睡していると思われる。
どうするかと考えていると、ブーちゃんの腕が伸びて、先輩を強制的に地面へ引き摺り下ろした。そして、それでも起きない先輩を激しく揺らした。
先輩がうわ言を呟く。
「むにゃ〜…ゃめろぉ…父さん…働きたくない。魔道長官…めんどう…嫌だぁ…ぼかぁ、地元…公務員…一生、安泰…」
そこで、漸く目の焦点が合う先輩。口のヨダレをゴシゴシ拭いて、上半身だけ起き上がった。
「あれ?ここは…学園?王宮に連行する父と王様は…夢か」
何だか、凄い夢を見ていたみたいだわ。王様が連行?どういう事?
「あの、ベンジャミン先輩」
「んあ?君は…誰だっけ?見た覚えはあるんだけど…」
「クロエ・バーガンディと申します。1度中庭で、防御の魔道具を頂いて」
「あ〜…あっ!あの子ね!」
先輩は急に立ち上がり、興味深げな視線を投げてくる。
「どうどう?僕の魔道具。もう使った?ちゃんと発動したかな?詳しい発動時の状況を教えてくれない?何か欠点とかあったら、それも一緒に…」
「済みません、先輩。まだ発動していないんです。そこまでの窮地に、まだ遭っていませんので」
私はボイドから指輪を取り出し、先輩に見せる。でも先輩は、ボイドの方を見ていた。
「おっ、今のは闇魔法だね。無詠唱に見えたけど、じゃあ魔術かな?魔道具かい?」
「いえ。召喚魔術の応用で…」
「ふむふむ。これは、かなり珍しい紋様の刻印だねぇ」
私が右手を見せると、先輩はその手を取ってマジマジと見詰めてくる。
こんな簡単にスキンシップを取ってくるとは思わず、私は少しの間固まる。そして、慌てて手を引っ込める。
「あの、先輩。今日はお願いがあって来ました」
なかなか話が進まないので、私は強引に話を進める。すると、先輩は漸く落ち着いた。
「へぇ。認識阻害の魔道具か。それは面白そうだね…」
先輩は腕を組んで考え出し、「構築をどうするか……この部分を代替させるとして…なら必要なのは…」と唸り出す。
大丈夫なのかな?と黙って見守っていると、急に顔を上げてニヤリと笑った。
「よし。出来た」
「えっ?」
「僕の頭の中ではね」
ああ、そう言う事。
天才の言う事は分からないなぁと、私は先輩を見上げる。
そんな視線も気にせずに、先輩はボサボサの頭を掻きながら「あとは~」と呟く。
「高度な幻想魔法を使える魔物の魔石が欲しいね。インビジブルオクトパスとか、トライレオンみたいな」
「幻想魔法…ですか?」
「あっ、そうか。まだ習ってないよね。幻想魔法って言うのは、相手から隠れる魔法の総称で、君のボイドもある意味幻想魔法の一種なんだ。他にも、インビジブルオクトパスは氷魔法で、トライレオンは風魔法で姿を消す。これは光の屈折率が関係していて、光を乱反射する魔法の層を表皮に接するように構築することによって…」
「あの…先輩?その魔物の魔石があれば、魔道具が作れると言う事ですね?」
先輩の言葉がまた深みにハマりそうに思い、私は慌てて話を進める。
すると、先輩は怒ることもなく「そうそう」とそれに乗ってくれた。
「タコは沖合にいる魔物だからねぇ~。素材はなかなか市場に出回らないんだよ。トライレオンだったら生息域も近いから、そっちの方を狙うのが現実的だね。僕も去年の冬に貴族街の商店で見かけた気がするから、今年も待っていれば出品されるかも。ただ珍しい品だから、値段はちょっと張るかもしれないよ?」
「冬ですか…あの、生息域の詳しい情報はお持ちではありませんか?出来れば、トライレオンの魔物ランクも教えて頂けたら…」
「えっ?もしかして、狩りに行く気なの?」
先輩は目を丸くして驚いた様子だったけど、直ぐに笑顔を浮かべた。
「だったらさ、魔石だけじゃなくて角と皮も取って来てくれない?その方がもっといい魔道具を作れそうなんだよ」
「ええっと…保証は出来ませんけど、善処致しますわ」
「よろしくね。トライレオンはCランクだけど、攻撃力はそこまで無いよ。だけど、姿を隠して背後から攻撃してくるから、そこは要注意だね。ここから一番近い生息域はローステッドの森で、そこには他にも厄介な魔物が居るから気を付けて」
「分かりましたわ」
ローステッドの森は、プリムローズよりも更に北へと向かったところにある大森林だ。馬車で1日はかからないと思うけど、探索時間はかなり限られてくるだろう。効率よく動かないと。
明日からの週末に向けて、私は気合を入れる。
そうして迎えた週末の早朝。私はすっぽりとローブを被り、同じ様に姿を隠したブーちゃんの肩に乗って、ラッセルの北門が開くのを待っていた。周囲には、私と同じようにスタンバイしている商人の馬車や冒険者の姿がある。誰もが私の方をチラチラ見てくるけど、特に何も言わずに身を縮こまらせていた。
そして、門が開くと同時に動き出す。
私達もその波に乗って、門の外へと飛び出す。ローステッドの森を目指して、ブーちゃんが軽快にステップを踏む。
【ブッホ、ブッホ、ブッホ】
いつの間にか、冒険者も馬車も全部追い抜いて、私達が一番先頭に躍り出ていた。
荷物は全部ボイドの中だから、他の人達よりも身軽だった。それに、普段鍛えているブーちゃんの足は牛や馬に比べても断然に速い。見る見る後続を引き離していった。
昨夜、ブーちゃんの提案に乗って良かった。馬車の代わりに自分が走る!って言った時は大丈夫なのかと心配したけど、今のところは順調だ。でも…。
「ブーちゃん。距離はかなりあるから、あまり無茶しないでね?」
【ブッハハー!】
いつもよりテンションが高い。筋肉を鍛えるだけじゃなくて、走るのも好きなのね。サモン部の屋外フィールドもかなりの広さだけど、やっぱり外の方が良いのかしら?
私は前を向いて、過ぎ去る景色を眺める。ブーちゃんの肩は少し揺れるけど、馬車に比べたら可愛いものだ。馬車だったら、小石を踏むだけでも跳びはねて、轍(車輪の跡)にハマったりしたらひっくり返りそうになるから。
そんな馬車と比べたら、ブーちゃんの肩は快適だ。一定間隔で揺れる心地が良くて、眠くなってしまうくらい。
ただ…。
【ギャァッ!】
【キャインッ!】
道中で私達を襲ってきた魔物達の断末魔が、定期的に私を目覚めさせる。ゴブリンやウルフが相手だったら、ブーちゃんは止まらずに轢き倒していた。
早朝だから、いつもより街道に魔物が多く出没している。本来なら、衛兵を乗せた馬車が先頭に立って、ここら辺のお掃除をするのだろうけど…。それを待っていたら、余計に時間が掛かっていたと思う。本当に、ブーちゃんの提案に乗って良かったわ。
【ブッハハー!】
そうして、ブーちゃんの肩に揺られること数時間。視線の先には、大森林が見え始めていた。
ええっ!早っ!まだ太陽が天辺に来たばかりよ?
「大丈夫なの!?ブーちゃん。ペースが速すぎない?」
【ブッハハー!】
変わらずハイテンションな彼。
なんて疲れ知らずな体なの。部活で一日中、ゴロゴロを引っ張りまわしている効果が出ているのかもしれない。でも、流石に小休止はしないと。
私がボイドからコップを取り出そうとしていると、ブーちゃん以外の足音が聞こえた。
方角は…後ろ。
ズドドンッ。ズドドンッ。ズドドンッ。
「いけいけ!」
「いぇーい!たのしー!」
何事かと思って後ろを見ると、巨大な2匹の魔物がこちらに駆け寄ってきていた。その背中には、露出度の高い装備を来た女性達が乗っている。
人が騎乗しているってことは…これはファミリアなの?
「おい!そこのお前!」
そのファミリア達がブーちゃんの両脇で並走して、乗っていた冒険者風の女性が話しかけてきた。
「なんですの?」
「随分と変な魔物に乗ってるな。それは何だ?オーガか?それとも鬼人族の奴隷か?」
「この子はブーちゃん。オークですわ」
私がそう答えると、話しかけてきた冒険者以外の人達がみんな、一斉に噴き出して大笑いを始めた。
「ねぇ!みんな聞いた?オークだって。女がオークの肩に乗っているんだって」
「ギャハハハ!それマジ?マジで笑えるんだけど」
「幾ら召喚ミスったからって、そんなのに乗るくらいなら牛に乗るわ」
「どうせDランクかCランクの冒険者なんでしょ?その小娘」
「それでも、オークに乗るなんて…アヒャヒャヒャ!」
下卑た笑いでお里が知れる人達から、私は視線を切る。こういう輩と関わっちゃだめですわ。
「おい、お嬢ちゃん」
そうして無視していると、最初に話しかけてきたリーダー風の女性が再び話しかけてくる。
「そんなDランクの従魔しか持ってねぇなら、引き返した方が良いぞ。むざむざ魔物の餌食になるだけだ」
「そうそう。あたしらみたいに、AランクやBランクの従魔が居ないとねぇ」
そう言って、リーダーにしがみ付いていた女性冒険者が、そのファミリアを撫でる。
大きなライオンにヤギの頭が生えているけれど…なんのファミリアなのかしら?
私がそのファミリアをジッと見ていると、リーダーが再び話しかけてきた。
「こいつは俺の従魔で、Aランクのキマイラだ。そっちはBランクのバーヤル」
「あたしのヤルちゃんだよ!」
得意げに馬を撫でる女性冒険者に、私は少しだけ目を開く。
AランクとBランクのファミリアを持てるなんて…この人達、かなり高ランクの冒険者なんだわ。
「オークなんてのは図体だけで全く使えねぇんだ。森の奥には強い魔物だっている。悪いことは言わねえから引き返しな」
「そうそう。どうしても欲しい物があるなら、あたしらが狩ったのを買いな」
「高値で売ってあげるよ、お嬢ちゃん!」
「「ギャハハハ!」」
また汚い笑い声を上げながら2頭のファミリア達は風のように駆けていき、直ぐに見えなくなった。
何なのよ、あの人達。
【ブハハハッ!】
彼女達に腹を立てていると、ブーちゃんが笑い飛ばす。それを聞いたら私も、何だか馬鹿らしく思えてきた。
見る目がない人達なんて、気にしたらダメよ。私達の狙いはCランクのトライレオン。浅いところにいるらしいから、彼女達とは関わらないわ。
…一応、ちょっと離れた所からエントリーした方が良いわね。
「ブーちゃん、あっちよ」
【ブフー!】
冒険者が消えた所とは違う道から、私達も森に入る。
さぁ、トライレオンちゃん。出て来なさい




