77話〜いえ、あれ?〜
ホルホーン村への寄付を申し出て、少し経った。
あの後、領主様は1度だけ職員さんを学園に寄越し、寄付の詳細を相談した。
私は直接お金を渡すのかと思っていたけど、あのお金で食料とか物資を買って渡す方が喜ばれるそうだ。
そう言うのが詳しくなかった私は、ブーちゃんにも同席してもらって、職員さんが出したリストを確認した。
ブーちゃんは、ちょこちょこリストの数値を手直ししていたけど、すぐに大きく頷いて了承していた。
オークが羽根ペンを使うなんて…って職員さんは驚いていたけど、私が領主様によろしくとお願いすると、慌てて帰って行った。
ああやって相談してくれると、私のお金がちゃんとした方向に使われているって思えて安心できた。
そう思っていたのだけど、昨日の夜に封筒が1つ届いた。中には領主様からの簡単な手紙と、招待状らしきカードが入っていた。
手紙には、改めて寄付の感謝が書かれており、その囁かなお礼として、街で1番大きなデパートで買い物を楽しんでくれと言う趣旨が書かれていた。
招待状と思われたカードは、そのデパートの買い物券だった。金額は何と、金貨3枚分。
「そんなつもりで寄付した訳じゃありませんのに」
「寄付って、なんの事?」
授業が終わった後、こっそりと机の下で買い物券を睨んでいると、エリカさんがグイグイと覗き込んでいた。
全く…この子のパーソナルスペースはどうなっているのかしら?
「何でもありませんわ。ただちょっと困った贈り物をされただけですわ」
「ええっ!贈り物?誰?誰?誰からの贈り物?恋人?」
「何を言っていますの?知人からですわ」
領主様を知人なんて言っていいのか迷ったけど、濁して伝える。
すると、エリカさんは「へぇ〜」と興味津々で買い物券を覗き込む。そんな彼女の姿に、私は目を細めた。
「エリカさん。貴女の制服、何時新しい物を買われるつもり?」
「えっ?買わないよ。まだ使えるもん」
エリカさんは堂々と言って、椅子の裏に行ってクルリと回る。私の方に向き直って、どう?凄いでしょ?と言いたげな笑顔を向けてきた。
うん、確かに凄いわ。あれだけ開けられていた大穴を、全てツギハギで埋めていた。遠目からでは分からないくらい、修繕能力も高い。
でも、所詮は隠しているだけ。こうして近くで見てみると、優雅なロゼリアの制服が、デコボコだらけの雑巾みたいに見えてしまう。
これでは、高貴な方々に見られた時、なんて言われるか分かったものじゃないわ。
よしっ。
「エリカさん。今からご予定はございますか?もし宜しければ、私と買い物に…」
「行きたい!クロエと買い物!やったー!」
三言返事で飛び上がる彼女。
こんなに喜んでくれると、誘った私も嬉しくなる。でも、彼女の服を買いに行くのだと告げると、途端に顔を暗くするエリカさん。
「ええ〜…良いよ、そんな。服って凄く高いし…」
「気にしないで下さい。知人から買い物券を頂いてしまって、使い道が無くて余りそうでしたので」
「う〜ん…でもなぁ。友達からお金を貰うってのもなぁ…」
尚も渋るエリカさんに、私は「では、誕生日プレゼントと言うことで」と提案する。
「私の誕生日、まだ先だよ?」
「良いんです。先取りはファッションの常識ですわよ?その代わり、私の誕生日はお願いしますわ」
「ええっ?私、制服に釣り合うプレゼントなんて用意出来ない…」
「金額の問題じゃございませんわ。気持ち、気持ちですわ」
「う〜ん…分かった!」
と言う事で、何とかエリカさんを説得できた。
これを聞いていたハンナさんも一緒に、女子3人で放課後の貴族街に繰り出した。
「ケントさんもいらっしゃれば良かったのに」
「ケントは最近、忙しそうなんだ。お金がねぇ…とかつぶやきながら、放課後になると何処かに走って行っちゃうんだよ」
なんですの?それ。何か、危ない事をしてたりしません?
私は彼が心配になる。
…まぁ、1人で森を探検していた私が言えた事ではないけれど。
「ここが、街1番のデパート、ハロード商館ラッセル店ですわね」
いざデパートに着くと、私達はその大きな建物の前で立ち止まってしまった。周りが2階建てばかりの中、デパートは4階もあって、しかも横幅も実家と変わらないくらいに大きいのだ。
こんな大きな建物、王都でしか見た事ございませんわ。
「クロエ様。こっちですわ」
動かない私達を、ハンナさんが張り切って手招きする。
あら?
「もしかしてハンナさん、ここに来るのは初めてではございませんの?」
「はい。えっと…中等部の時は偶に、母や妹と来たことがありまして…」
恥ずかしそうにそう言う彼女だったけど、別に恥ずかしい事じゃないわ。寧ろ、知っている人が居て安心した。
私達はハンナさんに連れられて、デパートの中へ入る。すると、煌びやかな世界が広がる。
高級な家具や調度品、加工魔石等がズラリと並び、それらが全部、大量の魔道ライトの下で輝いていたのだった。
お爺さんの工房とは、色々な意味で違う空間が広がっていた。
「なんか、凄い所だね」
「いえ、あれ?私が来た時より、なんか無駄にキラキラ…いえ、随分と豪華になっている気が…」
そうなの?内装を変えたって事?
でも、店の配置とかは変わっていなかったので、私達は早速服屋さんへ…行く前に、総合受付に立ち寄った。
領主様を疑う訳じゃないけど、買い物券が使えるかどうかを確かめておかないと。もしかしたら、何か制約があるかも知れないし。
そう思って受付のお姉さんに話しかけたのだけれど、「しょ、少々お待ちを!」と慌てて何処かに行ってしまった。
そうして、帰ってきた彼女は、随分と煌びやかなスーツを着た小太りの男性と一緒だった。
小太りの男性が、優雅に挨拶した。
「初めまして、バーガンディ様。それに、ご友人の方々も。当館の支配人を努めさせて頂いております、ディレッグと申します。以後お見知りおきを」
なんと、態々支配人が出てきてくれたとは。
私も慌ててカーテシーを行う。
「初めまして、ディレッグ様。クロエ・バーガンディと申します。こちらは友人のエリカさんとハンナさんです。今日はラッセル伯爵からのご推薦で、学園の制服を中心に買い求めに参りました」
「お伺いしておりますよぉ、バーガンディ様。皆様がごゆるりとお過ごし頂けますよう、スタッフ一同、尽力させて頂きますので、どうぞお気軽にお申し付け下さい」
突き出したお腹を震わせて「ボハハッ」と豪快に笑うディレッグさん。その様子はまさに、大成功した商人と言った風格。
こう言うのが頼もしいってお母様達は言われるんだろうけど、私からしたらちょっと苦手なタイプだ。
ディレッグさんが手配してくれたスタッフに案内されて、私達は小洒落たブティックへと通される。各学校の制服は勿論、パーティ用のドレスや決闘で使う正装なんかも扱っていた。
ここに来れば、服の問題は全て解決する。そんなお店だった。
「あら?可愛らしいお客さんね」
服の森に目を奪われていると、奥から誰か出てきた。シュッとスタイリッシュなスーツにフワフワのマフラーを首に巻いた、背の高い女性…。
「あっ、レオポルド店長!」
「やだ、ハンナちゃんじゃない。お久しぶりね。あと、私の事はレオーネって呼ぶように言っていたでしょ?」
あれ?女性じゃない。華奢な体つきだけど、声も名前もガッツリ男性の物だ。
ええっと…トランスジェンダーって奴かしら?
「今日はどうしたの?お母様はご一緒じゃないのね。そちらはお友達?」
「はい!えっと…学園の友達で、何時もお世話になっている方々です」
「そう。良かったわ。ハンナちゃん、ちゃんと学園に入学出来て、お友達まで出来て。お姉さん安心したわよ」
仲良さそうに話す2人。ハンナさんはどうやら、このお店の常連客らしい。
そのお陰で、トントン拍子に話が進んでいく。
エリカさんの制服も直ぐに見つかって、空いた時間で私達も試着をさせて貰えた。
ハンナさんは授業で使う体操着やローブなんかを見繕い、私もダンス授業で使うドレスを数着、試させて貰った。
そんな事をしていたら、随分と時間が経っていた。まるで魔法を掛けられたみたいに、一瞬で時間が溶けてしまった。
私はみんなの選んだ服を纏めて、買い物券で清算する。ちょっと足が出ちゃったけど、そこは私がこっそり出した。
ブーちゃんのお陰で、懐が暖かいからね。これくらいは痛くないわ。
そう思っていると、ハンナさんが震えた声で袖を引っ張ってきた。
「い、いけませんわ、クロエ様。私なんかのまで払って頂いちゃって…あの、お金は持ってきていますので…」
「良いんですわ、ハンナさん。この券は貰い物ですから、こうしてみんなで楽しく使うべきなのです」
「ええ…でも…」
「それに」
尚も迷うハンナさんに、私は買ったばかりのドレスを広げて見せる。
「貴女のお陰で、素晴らしい服に出会えましたわ。レオポ…レオーネ店長にも、感謝致しますわ」
「そう言って貰えて、お姉さんも嬉しいわ。また来てね、クロエちゃん」
「はいっ、勿論ですわ」
最初はちょっと怖かったけど、レオーネさんがとても良い人と言うのが分かり、こうして打ち解ける事とも出来た。これは大きな収穫だ。
私達は彼女達に見送られながら、店を後にする。
「凄い世界だったねー」
出た途端、口数が少なかったエリカさんが息を吐き出しながら感想を吐露する。デパートの凄さに、なかなか声が出せなかった模様。
それに、ハンナさんが顔を伏せる。
「はい…。あの、凄かったんですけど、なんだか、大きく変わっちゃってました」
「変わっていたとは、内装の事です?」
「はい。なんだか、キラキラし過ぎて、ちょっと怖かったと言いますか…」
「あっ!それ分かる!あたしも、あの金ピカと支配人を見て圧倒されちゃってさ。服屋さん入るまで息が苦しかったよ」
「は、はい。レオーネさんのお店は、変わってなかったので、安心、しました。でも…」
他は大きく変わっていたと。
「何故でしょうね?」
リニューアルした…にしては、そんなことは何処にも書いてなかった。
首を傾げると、ハンナさんの目が私を真っ直ぐに見た。
「きっと、あの支配人、です。前はあんな人じゃなかったです。もっと優しそうなお爺さん…でしたのに…」
「そう言う事ですのね」
支配人が変わったから、お店も変わったって事ね。ハンナさんの様子を見るに、前の方が良かったみたい。
前の支配人に、何かあったのかしら?
私が不思議に思っていると、先頭を歩いていたエリカさんとぶつかりそうになった。
ちょっと、どうして止まっているの?
そう思って前を見ると、
「やぁ、お嬢さん達。ちょっと良いかな?」
大きな体の男性が数人、私達の行く手を遮っていた。




