73話~へぇ、そいつはすげぇや~
大変だったテスト期間が終わり、私達は普段の日常に戻っていた。魔法の勉学に、部活に、学友達との交流に。
でも、そんな日もすぐに通り過ぎ、とうとう運命の日が訪れる。
テストの結果発表である。
魔法学の授業が終わった後、カステル先生が厳しい顔でアナウンスをする。
「テストの結果は、教室棟中央の広間に張り出されています。追試者の名前も全てそこにありますので、全員漏れなく確認すること。もしも追試を受けずに学年末の総合評価でDを取った場合、その科目は来年も受けることになりますので、注意してください」
そうなったら大変だ。2年生になったら、授業のレベルは更に上がり、益々忙しくなってくる。そんな時に1年生の授業も受けるとなると、とても時間が足りない。放課後とか休日も勉強に当てることになる。
何としてでも、単位だけは落とさないようにしないと。
「クロエ~。早く見に行こうよぉ」
「ええ、そうね。こんな気分では、昼食も美味しく頂けませんし」
と言う事で、私達はテストの結果を見に行くことにした。
「ええっ、凄い人ですね…」
「考えることは、皆同じって訳だ」
中央広場に来てみると、そこには多くの生徒が詰めかけていた。ここに張り出されているのは1年生の結果だけと聞いているので、ここにいる全員が同級生の筈なのだけれど…。
余りの多さに、ハンナさんはため息を吐き、ケント君はやれやれと首を振る。
私も、また放課後にでも出直そうかと思い直していたところ、エリカさんが「こっち、こっち!」と生徒達の合間を潜り抜けて先に行ってしまった。
…凄い行動力だわ、エリカさん。
感心していると、何人かの生徒がこちらを振り返り、驚いた表情を浮かべた。
この顔は…ブタ令嬢が来た!って顔かしら?
そう思っていると、驚いていた女子生徒達は「どうぞ、バーガンディ様」と笑顔になって、道を開けてくれた。
…ええっと、譲っていただけるのかしら?折角だから、有難く通らせてもらうわよ?
「あった!あたしの名前!」
壁一面に張られた用紙の上の方を指さして、エリカさんがはしゃいでいる。
今見ているのは…魔術学のエリアね。私の名前は何処かしら?
そう思って、一生懸命に羊皮紙の下の方…追試者の欄からつぶさに探すけど、私の名前はなかなか見つからない。
困っていると、エリカさんが「そっちじゃないよ」と肩を突いて上を指さす。その指に従って視線を上げると…。
「ほら、クロエの名前はあそこだよ」
なんと、ほぼ天辺にあった。エリカさんを超えて、ケント君までを超えて、殿下やアンネマリー様達の名前もあるトップ層のところに私と同じ名前が連なっている。しかも、その横に乗っている得点は93点。100点満点中、93点だ。
ええっ?
「な、何かの間違いではございませんこと?」
中等部の頃でも、あんな高さに名前が載ったことなんて一度もない。高等部に入って人も増えたし、エリカさん達みたいに優秀な人達も入って来た。魔術学は特に苦手な分野だったから、追試にならなければいいなと思っていた。なのに…。
これはもしかして…夢を見ているのかしら?本当の私は、まだベッドの中でスヤスヤなのかも。
それとも、私と同名の方がいらっしゃる?
訳が分からず、私はヨロヨロと隣の結果表に移動する。そこは、王国歴史学の結果が張り出されていた。
ええっと、あっ、見慣れたミドルラインに載ってる。得点は…72点。ちょっと現実に戻って来たわ。
「やった!歴史はクロエに勝った!」
「当たり前でしょ」
跳びはねるエリカさんに、私は小さくため息を吐く。
全く。私なんかと張り合わないで下さいまし。貴女は特待生なのに。
現実的になった私は、一つずつ結果を見ていく。
国語と帝王学は頑張ったけれど、あまり良い点数ではなかった。反面、数学は予想以上に良い点数だった。ブーちゃんに色々教わったことが良かったのかしら?
選択授業のダンスは、かなり下の方だった。追試ギリギリのラインに名前がある。
実技試験では、先生からかなりお褒めの言葉を貰えたのに、どうしてなのかしら?
もう一つの選択授業の薬草学では、また名前が見当たらない。
嫌な予感がして上の方を見てみると…一番上の部分に〈1位 クロエ・バーガンディ…100点〉と書かれていた。
「うえぇっ!?」
余りに驚いたので、変な声が出ちゃった。
「わぁ、凄いよクロエ。あたしでも92点だったのに」
「クリントン伯から満点を取るなんて、親密度マックス…ええっと、彼のお気に入りでも難しい事ですよ」
お気に入りかどうかは分からないけど、確かに薬草学は手ごたえがあった。でもまさか、私が1位を取るなんて…。
「あの、クロエ様。あそこ、あそこを」
感動して頭がフワフワ状態になっていると、ハンナさんが頻りに上を指さす。
その指に誘われるままに視線を水平移動すると、同じ高さに私の名前が連なっていた。
えっ?
「わわわっ!魔法学も召喚魔術学も、ぶっちぎりの1位だよ!」
「まぁ、あの試験の状況を考えれば、当たり前のことだけどな。でも、この時期に1位を取れるなんて…なんてチートキャラなんだ」
ケント君が何か呟いているけど、私は完全に放心状態となっていた。
追試が全くないどころか、こんないい成績を残せるなんて…。本当に、夢じゃないのかしら?
頬っぺたをつねっていたら、ハンナさんに「どうされましたの!?」と心配されてしまった。
本当に、どうしちゃったのかしら?私。
放課後になって漸く、浮足立っていた私の足が地に突き出した。予想外にテストの結果が良かったので、本当に夢を見ている気分だったのだ。
だって、総合評価も凄く良くて、アンネマリー様達Aクラスの人達と同じところに居たんですもの。殿下や公爵令嬢様と肩を並べるなんて、今まで考えられなかった事だわ。
でも、浮かれてばかりいられない。中には、週末の追試に向けてもうひと踏ん張りしないといけない人達がいるのだから。
その中の1人が、ハンナさんだった。彼女は、魔術学で赤点を取ってしまったのだ。
またみんなで勉強会を開こうかと思ったけど、本人が「それには及びませんわ」とやる気だったので、応援だけして教室を出た。
私が今向かっているのは、寮でも部活でもない。図書館だ。勉強会を提案したことで思い出して、居ても立っても居られなくなったのだ。
どれだけ復旧したのかを見に来たのだけれど、外からは復旧の具合が分からない。
でも、頻繁に出入りしていた大人達は殆ど居なくなり、今は入口の近くに2人の人物が立っているだけとなっていた。
その2人ともに見覚えがあった私は、つい声を上げていた。
「あら?」
「うん?おや、ミス・バーガンディ。丁度、君のことを話しておった所じゃよ」
そう言って微笑みかけて来るのは、この学園の最高責任者、アンブローズ校長先生だ。
「なんでも、中間テストで素晴らしい成績を収めたそうじゃな」
「へぇ、そいつはすげぇや。文武両道って奴じゃねえか、クロア嬢ちゃん」
校長先生の隣でニヤケる青年は、ギルドで会った時と同じ古びた皮鎧を着ていた。
そんな彼に、私は目を細める。
「何故、貴方がここにいらっしゃるの?ランベルトさん」
そこに居たのは、冒険者ギルドの重鎮、ランベルトさんだった。
なんで、Cランク冒険者であるランベルトさんがここにいるの?随分と校長先生と親し気に話されていたけれど、本当に私の事を話していたの?
珍しすぎる組み合わせに、私は2人の顔を交互に見比べてしまった。
そんな私の様子に、ランベルトさんが「ぷふっ」と噴出した。
「そんな顔をするなって、クロア嬢ちゃん。俺はただ、校長先生に調べ物を頼まれてここに来ただけなんだからさ」
「調べ物…ですの?」
「そうさ。まぁ、勝手に依頼者の情報を漏らせないから詳しくは言えないけど、ここも最近、奇妙な事件が起きただろう?」
そう言って彼が図書館を指さしたので、私は血の気が引いた。
引くと同時に、頭をサッと下げた。
「申し訳ございません!あの、館内でファイアボールの魔術を使ってしまったのは私なんです!ですので、その、修繕費は必ず私が弁償致します!お金は、すぐに入ると思いますので…」
「待て待て、嬢ちゃん!何を言ってんだ?」
へぇっ?何って?
何故止められたのか分からず、私は顔を上げる。すると、好奇心いっぱいな校長先生の笑顔が出迎えた。
「ミス・バーガンディが謝ることは何一つないぞ。寧ろ、胸を張って誇るべきじゃ。君のお陰で、危険な魔道具から生徒達を守ることが出来たのじゃからな」
「俺はその魔道具を調べに来たんだよ、嬢ちゃん」
なんだ、そうだったのね。あの魔道具は冒険者ギルドの物で、それをランベルトさんが取りに来たって事かしら。誰の魔道具か分からなかったから、図書館を閉鎖していたの?良く分からないけど、私の取り越し苦労だったみたい。
安心したら、また一つ大事なことを言い忘れているのに気が付いた。
「あの、校長先生。別件で、入学式の日にお願いしたことなんですけど…」
「おぉ。再召喚の話じゃな。何か心境が変わったのかの?」
先生がキラキラした目で見つめて来る。
私はぐっとお腹に力を入れて、再び頭を下げた。
「ごめんなさい、校長先生。急なのですが、やっぱり再召喚を取りやめさせて下さい!」
「うんうん。それが良い。そうするべきじゃて」
突然のキャンセルに、しかし、校長先生はとても嬉しそうに頷いた。
良いのかしら?
「気にせんで良いぞ?ミス・バーガンディ。君がそう言ってくれると思い、友人に宛てた手紙はまだ儂の机に眠ったままじゃて。君が良い未来に向かうと、信じておったからのぉ」
校長先生は朗らかにそう言って、澄んだ瞳で私を見詰めて来る。
彼のその目が、私の全てを見透かしている。そんな気がした。
やはり、校長先生は只物ではありませんね。
魔王の遺物を調べに来た、ランベルトさんもですけれど。
「それについて、アクロイド教諭が何か言っていたな」




