72話~やっちゃえ!ブーちゃん!~
「さぁ!誰からでも構わんぞ。我こそはと思う者から挑んでこい!」
バルツァー先生が勇ましい笑みを浮かべ、それに呼応するように巨大なゴーレムが腕を上げる。
それだけで、Cクラスの面々は大きく1歩後退した。
カステル先生が「はぁ」と小さく息を吐く。
「皆さん、そこまで警戒しなくて大丈夫ですよ。バルツァー先生はこう言っていますが、これはあくまで1年生の試験。何もあなた達を倒すことが目的ではありません。ゴーレムの防御力は高いですが、冷静に対処すれば問題なくクリアできる課題にしています」
「そ、そうか。先生達とやり合う訳じゃないもんな」
「ちょっと安心したわ。本当にちょっとだけど」
緊張気味だった生徒達の間にも、少しだけ安心した風の空気が生まれる。
そこに、元気な声が響く。
「はい、はーい!あたし!あたしがやります!」
エリカさんだ。普段の授業と同じく元気に手を上げて、前に出た。
彼女を皮切りに、他の生徒達も挙手し始める。
「はい。結構です。ではエリカさんから1人ずつ、前に出て来て下さい」
「はーい!」
と言う事で、エリカさんの試験が始まった。
カステル先生が言っていた通り、ゴーレムはとてもゆっくりとした動きで彼女に迫る。
それに対し、エリカさんは早速、シロちゃんを召喚した。
「行くよ!シロちゃん」
【キュキュ】
シロちゃんも彼女に答えるように、元気な声でゴーレムの元へと駆けていった。
…と思ったけど、シロちゃんはゴーレムの足元で走り回ったり、ゴーレムに飛び乗って遊んでいる。召喚者を攻撃しなくなったのは良かったけど、まだまだ自由奔放みたい。
それでも、小さな魔法生物にゴーレムは気を取られ、何とか捕まえようと足を止めた。そこに、エリカさんの魔法がさく裂する。
「息まく炎の調べよ。我が前に立ち塞がりし壁を貫け。ファイアランス!」
流石はエリカさん。この緊迫した状況でも、しっかりと魔法詠唱を成功させている。しかも、唱えたのは授業で習ったファイアーボールではなく、その上位のファイアーランス。センスの違いを見せつけられた気がするわ。
でも、そんな彼女が放った一撃も、ゴーレムの胸を焦がしただけで終わってしまった。カステル先生が言っていたように、ゴーレムは相当硬いみたい。中級魔法を食らっても殆ど無傷なんて…。
加えて、
「うっ…」
ファイアランスを撃ち終わったエリカさんが、フラリとよろけてしまった。
どうやら、魔力欠乏症になりかけているみたい。顔が少し青くなっていて、痛みに耐えるように頭を押さえている。初級魔法ならあと数発、中級だと1発でも撃ったら気絶してしまうかも。
かなり不味い状況。でも、そこでゴーレムの歩みは止まった。
先生達2人が、拍手を送る。
「結構ですよ、エリカさん。素晴らしい魔法でした」
「このゴーレムを前にして、打って出られた胆力も素晴らしい。文句なしの合格だな」
先生達に褒められて、倒れそうになっていたエリカさんは「やったー!合格だー!」と飛び跳ねる。
その様子を見て、カステル先生が微笑む。
「本当に。是非、呪文部の扉を叩いて欲しいくらいに見事な魔法でした」
「おいおい、スザンヌ。今はテスト中なんだから、そう言うのはナシって話だったろう?」
「あら、ごめんなさい。つい、気持ちが先走ってしまったわ」
あのカステル先生にそこまで言わせるなんて…恐ろしい子だわ、エリカさん。
「やったよ~クロエ。あたし、合格だよぉ~」
「ちょっと、エリカさん。貴女、顔が真っ青よ。医務室に行くべきではなくて?」
ヘロヘロになってこちらへ歩いて来るエリカさん。さっきよりも顔が青く見えるわ。急に飛び跳ねたりするからよ。
ブーちゃんに運んでもらおうかと手を出すと、エリカさんは「大丈夫だよ」とそれを断った。
「ちょっと休んでいればすぐ良くなるよ。あたし魔力量が少ないから、偶にこうなるんだ。それより、ここでみんなのテストを見てたいんだ」
「そうなんですの?では、ここに座っていらして」
エリカさんを端の方に座らせる。彼女は青い顔ながらも、とても嬉しそうな表情を浮かべている。
あれだけ大成功したんですものね。友人である私も嬉しいわ。
「よし。次は俺が」
エリカさんの様子を見たケント君が、鼻息を荒くして試験会場に行ってしまった。振り返ると、他の生徒も「次は俺が!」と手を上げていた。
エリカさんに触発されたみたい。
ただ、その勢いは最初だけだった。
「ひぃ!思ってたより大きいわ!」
「ヤバい!ヤバイ!すげぇ怖い!」
「ふぁ、ふぁいあ、ぼーる!あれ?出ない!なんでだよ!」
巨大なゴーレムを目の前にした生徒達の多くは、その威圧感に飲まれてしまい、まともに攻撃すら出来なかった。足が震えてしまって動けなくなる人や、声が震えて詠唱が上手く行かない人。中には、悲鳴を上げて逃げ出してしまう人まで居た。エリカさんのように魔法を発動できた人の方が少なく、彼女のように爪痕を残せた人は今のところ居なかった。
Cクラスは魔力が少ない人が多いけど、それを抜きにしても、あまり芳しくない状況なのは一目瞭然。
その証拠に、ゴーレムを操る先生方の表情は段々と厳しいものになっていった。
「どうしました?こういう状況で冷静に対処できねば、魔力を持っていても意味がありませんよ?」
「危機的状況で魔法を使えるかどうかは、大変重要な事である!今のうちに慣れるよう、何度でも挑戦するのだ!」
バルツァー先生はそう言うけど、不合格になった人はなかなか前に出にくいみたい。
分かるわ、その気持ち。私も、最初の内は怖かったから。
そんな風にみんなを見ていたら、バルツァー先生と目が合ってしまった。
「よし。では次に、バーガンディ嬢!」
「は、はいっ!」
つい、返事をしてしまったわ。もう、行くしかない。
私は右手の甲を摩りながら、所定の位置に立つ。すると早速、ゴーレムがゆっくりとこちらに歩いて来た。
う~ん…えっと、なんでかしら?全然怖くないし、威圧的にも思えないわ。ゴーレムはブーちゃんよりもちょっと大きいくらいだし、これなら傭兵のジルが差し向けた怪物フクロウとか、先日倒したドン・ボアの方が脅威だったわ。
「ブーちゃん!」
【ブッハハァ!】
怖くないとはいえ、私の魔法は攻撃に使える物が少ないから、今回もブーちゃんに頼ることにする。
やってやるぞとポージングするブーちゃんに、私はプロテクションで小さな盾を作り出す。そこに、以前ブーちゃんと一緒に勉強した〈柔らかい物に術式を記述する方法〉でファイアボールの術式を刻む。
私特製、炎の盾ですわ。
それをブーちゃんに渡し、私は拘束魔法を発動してゴーレムの右足を縛る。
鎖で縛られても、魔法で作られただけのゴーレムは魔力を制限出来たりはしない。でも、鎖に気を取らせることで、ブーちゃんが近づく隙を作ることが出来た。
今よ!
「やっちゃえ!ブーちゃん!」
【ブッハァ!】
頭一つ高いゴーレムのお腹に、ブーちゃんの強烈な一撃が叩き込まれる。途端に、ゴーレムの体が大きく傾き、そのまま後ろへと倒れた。
ズドーン!
もの凄い音と共に、地響きがここまで届く。
後ろで見ていたクラスメイト達から、大きな歓声が沸く。
「「「わぁあああ!」」」
「すげぇえ!倒した!あのゴーレムを倒したぞ!」
「流石はクロエ様のファミリアですわ!」
「ブーちゃん様!最高ですわ!」
喜びに沸く生徒達とは裏腹に、先生達は驚きで目を見開く。
「なっ!?こ、こんな…1年生のファミリアが、こんなことを。それに、魔法を手にして戦うファミリアなんて…」
「全く…面白いなぁ、バーガンディ嬢!久しく血が沸くぞ!」
バルツァー先生が歯を食いしばりながら笑い、大きく手を振り上げる。すると、倒れていたゴーレムが素早く立ち上がる。
でも、そこには既にブーちゃんが居た。振り下ろした拳が、ゴーレムの頭を叩き割り、再び地面へ叩き付けた。その衝撃で、ゴーレムの頭が砕け散った。
更に大きな歓声が沸く。
「「「わぁああああ!!!」」」
「やった!今度こそ倒したぞ!」
「先生2人がかりの魔法を…凄い…凄すぎますぅ!」
「まだだっ!」
バルツァー先生が叫ぶ。
「たかが頭部をやられただけだ!その程度で、我々のゴーレムは止まらんぞ!」
先生が拳を突き出すと、ゴーレムがブーちゃん目掛けて突撃してくる。それに、ブーちゃんも連打で応戦するけど、ゴーレムの体は硬くてなかなか倒れない。
これが先生達の本気なんだ。
どうしよう。このままじゃブーちゃんが負けちゃう。
「クロエ様!」
迷っていると、ケント君が駆け寄って来た。
「土魔法には水魔法が特効を持っている!2倍のダメージを与えるんだ!」
そうか。魔法の相性ね。
私はすぐに魔法を発動させる。バックラーを作り出して、それにアクアベールの術式を書き記す。術式をちょこっと改良して、いつもより多めに水が付与されるようにした。
大丈夫。明かりの魔法でも成功した応用術式よ!
「ブーちゃん!これを!」
【ブッハー!】
私から特製盾を受け取ると、ブーちゃんはそれでゴーレムを殴りつける。さっきまでは胴体を中心に殴っていたけれど、今はゴーレムの足、それも関節部分を狙って殴りつけている。
そうすると、徐々にゴーレムの動きが遅くなっていく。足に付着したアクアベールが泥水になって、細かい土を洗い流してしまったのだ。
そうなってしまえば、ゴーレムは動きが悪くなる。構成していた魔法が崩れて、ゴーレムは関節から崩れて倒れ込んだ。
「くっ!」
先生がいくら腕を振るっても、ゴーレムはワチャワチャと腕を振るだけであった。
やがて、先生も杖を下ろす。礼をする様に項垂れる。
今度こそ、私達の勝ちよ!
「「「わぁあああああ!!」」」
クラス中から拍手と歓声が降り注ぐ。その勢いに押され、跳びはねて喜ぼうとしていた私はただ手を振るだけに留めた。近くで困惑しているケント君に、手を差し出した。
「助かりましたわ、ケントさん」
「いや、俺は何も。ただ、ちょっとしたアドバイスをしただけで…」
照れているのか、彼は顔を伏せてしまう。
確かに、魔法の相性は基本的な事だ。でもあの窮地で直ぐに思い出せたのは、凄いことだと思う。
それに…。
「ダメージが倍になるなんて、知りませんでしたわ」
「あっ!いや、それは…忘れてくれ!」
何ですの?また、いつものアレが出ただけでしたの?
逃げる彼の背中を目で追いかけていると、今度は先生方が近づいて来た。バルツァー先生がしょんぼりしている。
負けたことがショックでしたの?
「済まない、バーガンディ嬢。つい熱くなってしまった。テストであることを、つい忘れてしまった…」
あっ、それで落ち込んでいらっしゃるのね?
「気になさらないで、先生。ブーちゃんにとっても、良い訓練になったみたいですし」
向こうでガッツポーズを決めているブーちゃんを指さして、私は先生達を励ます。
すると、バルツァー先生の背中が伸びる。
「うむ。実に素晴らしい連携であったぞ、バーガンディ嬢。是非ともコロッセオ部に兼部して、バディーファイトに出場を…」
「ギルベルタ。それはダメだって、さっき自分で言っていたでしょ?」
「おっと、済まない。つい、気持ちが先走ってしまった」
カステル先生と同じようなことを言って、バルツァー先生は頭を掻く。
2人は仲良しなんだなぁと思いながら、私はこっそりとお誘いから逃げ出した。
クロエさんにとって、今までやったことの集大成…という戦いでしたね。
「特に、魔術の使い方は素晴らしかったぞ。これであれば、魔物の異常行動も魔王の遺物も、何とかなるやもしれんな」
流石にそれは、荷が重いですよ。




