70話~円の大きさは関係ないだろ?~
「はい!そこまで!」
「「「あぁ〜…」」」
先生の鋭い声が上がったと同時に、私の周りから怨嗟のため息が上がった。そして、手元に広げられていた羊皮紙をパタパタ乾かしながら、先生が怖い顔で手を着いている教卓まで持っていく。
そんな生徒達の列を見ながら、私は自分の答案用紙へと視線を落とす。
帝王学の時は空白が目立った解答欄も、この魔術学ではしっかりと埋める事が出来た。
魔術には色々とお世話になっているから、苦手だったけど全部覚えてしまった。ブーちゃんと夜な夜な勉強していたかいもあって、今回のテストはかなり自信があるわ。
ちょっと難しい応用問題もあったけど、ブーちゃんのお影で文字配列の入れ込み方を知っていたから多分、大丈夫。
平均点くらいは取れたんじゃないかしら?
「クロエ〜。難しかったねぇ」
答案用紙を持ったエリカさんが突撃してきた。
難しいと言っておきながら、彼女の用紙もしっかりと埋まっている。流石は秀才のエリカさん。
にへらと笑う彼女の後ろから、ケント君がため息混じりに現れる。
「2人とも、早く提出した方がいいぞ。カンニングを疑われるからな」
あっ、そうかも。早く提出しないと。
ケント君に急かされて、テストを教卓に置く。そして席に戻ってくると、ハンナさんが暗い顔で机に突っ伏していた。
どうしたの?
「ああ…ダメですわ。終わりましたわ…。全く解けませんでした。全く分かりませんでした。休日に徹夜しましたのに、教科書と全然違う術式なんですもの…」
どうやら、テストの手応えが無くて落ち込んでいるみたい。
確かに、教科書の術式とはちょっと変えられていたけれど、全く違う術式ではなかった。それに、その違いを指摘する問題もあったから、分かりやすかったと思うけど…。
そんな事を言ったら、余計にハンナさんを落ち込ませるだけだ。別の方向に話を持っていかないと。
「大丈夫ですわ、ハンナさん。筆記試験はこれで終わり。あとは選択授業と実技試験だけです」
「そうだよ!ハンナ。楽しい実技だよ?」
楽しそうに言うエリカさんだけど…実技だって楽な訳じゃないわよ?
「それにさ、魔術学のテストが難しかったのはみんな同じだよ。ねぇ?ケント。問8のライトニングの魔術式とか、難しかったよね?」
「まぁ、術式の順番がデタラメだったから、並び替えには苦労したな」
「だよね?クロエも難しかったでしょ?問11のトルネードの魔術式とかどうやったの?」
「術式に明かりの魔術で使う記号がありましたので、それを風速の術式に変えましたわ。見逃しそうでヒヤリとしましたわ」
「あれは反則だよね?先生も間違えてた奴なのにさ」
エリカさんは「ほらね?」とハンナさんに話しかける。
だけど、ハンナさんは余計に顔を青くする。
「…私には、あれがライトニングだとか、トルネードの術式だとかすら分からなかった…3人のレベルが違いすぎますわ!」
ちょっと待って、ハンナさん。私を、この特待生2人と並べないで下さらない?
「では諸君、始めたまえ」
薬草学の授業も、半分は筆記試験だった。半分と言うのは、実際に植物を見ながらテストを答える必要があったからだ。
教室の壁沿いにはプランターに入った植物が沢山並んでおり、それぞれに番号が振られている。その番号と、解答用紙に書かれている植物の名前を合わせるテストだった。
ええっと…アラン草は何処かしら。あっ、あった。アラン草は3番で、効力は切傷の修復と炎症を抑える効果を持つ。使用用途は回復薬の原料になる…っと。これでOKね。
「ひぇ…難し過ぎだろ…」
「リカインドはどれだ?似たような花が多くて見分けがつかないよ…」
回答用紙に視線を落としていると、周囲から生徒達の焦った声が漏れ聞こえる。
彼らがそう言うのも仕方がない。挿絵と実物ではかなり違うから、普段からしっかりと本物に触れていないと見分けが付きにくい。
私も、週末の冒険がなかったら彼らと同じように首を捻っていたと思う。
「私語を慎みたまえ」
困り果てた生徒の後ろから、先生が静かに注意する。しながら、手元の用紙に何か書いている。
なんだろう?分からないけれど、なんだか恐ろしい。記述以外でも点数を付けられているの?
私は黙々と解答欄を埋めていき、そして全てが埋まる頃にテスト終了の合図が発せられた。
魔術学と同じように、先生の元に解答用紙を提出する。すると、私の用紙をチラリと見た先生が小さく微笑み「流石だ」と呟いた気がした。
…私の勘違いよね?薬草学は週末、それほど勉強していないもの。
「諸君、ご苦労であった。最後までよく挑んだ」
テストが終わると、先生は生徒みんなを見回しながら連絡事項を伝える。
「今期は引き続き、薬草の種類と効果を学ぶ座学が中心となる予定であるが、冬休み明けの2学期からは煎薬の作成にも取り掛かる。煎じ用の釜や火炎魔石はこちらで用意するが、その他の用具は各々で購入するように」
わぁ。とうとう回復薬を作れるのね。
私は楽しみで、少し体を前のめりにする。すると、先生と目が合った。彼の頬が少しだけ緩む。
「諸君らには期待しているぞ」
…もしかして、期待されちゃってる?
「おーい、君たちぃ!こっちだこっち!早く来なさいよぉ~!」
午後からは実技試験となる。
私達は召喚魔術のテストを受ける為、サモン部がいつも使う屋外フィールドへとやって来た。すると、フィールドの真ん中でアクロイド先生が手を振って私達を急かしていた。
急いで先生の元へと駆け寄ると、彼は私達を見てニヤリと笑った。
「随分と不安そうな顔をしているな。安心しなさい。君達はまだ、召喚魔術を使い出して2か月程度だ。そんな難しい課題を出したりはしないよ」
それって、進級していったら難しい課題を出すってことじゃないです?
余計に不安を感じたけど、先生はどこ吹く風だ。いつの間にか先生のファミリアであるガルムを召喚して、その周りに大きな光の円を魔法で描いた。
先生はその円の中に一緒に入り、私達の方を振り返る。
「君達にやってもらう課題はこれだ。召喚したファミリアを、一定時間この光の円から出さないようにする事。円は君達のファミリアの大きさを考慮して私が描くこととするが、あまりに早く出てしまった者には追試を受けてもらうぞ」
「「えぇ…」」
「え~、じゃねぇ!落とさないだけ有難いと思え。あと、円から出さないために拘束魔法などを使用するのは許可するが、一度召喚が解除されたら試験は最初からやり直しとする。また魔力が切れた場合は大幅に減点をするから、そのつもりで挑むように」
「なかなか難しいテストだな」
ぼそっと、ケント君が零す。彼の隣に立っていたエリカさんも「どれくらい出なかったら良いんだろう?」と不安げな表情だ。
彼女だけじゃない。クラスの大半は顔を顰め、先生が出した光の円を目で測ろうと睨みつけていた。
そんな中、先生は無慈悲にも円を消す。さぁ来なさいと手招きをする。
「5人ずつやるぞ。順番は…そうだな、左端に並んでいる奴からやってくぞ」
「「ええぇ~!」」
「うるせぇ!遅かれ早かれやるのは一緒なんだ。良いからとっとと来い!あと、待ってる奴らは並びなおしても無駄だ。右端とか真ん中とか、私の気分で呼ぶからな」
先生に呼ばれて、生徒達は次々と前に出て円の中へと入る。
私はまだ呼ばれていないけど、彼らが心配でいつの間にか両手を握っていた。最初の授業で散々だったから、誰も受からないんじゃないかと思ったのだ。
でも、それは取り越し苦労だった。
「オルコットとアンダーソン、合格」
「やった!」「よし!よく耐えたぞ、グーロ」
「レインウォーターとラトクリフも合格だ。あとロビンソン、足が少し出てたが大目に見て合格としてやる」
「ああ、良かった!」「頑張ったわね、ギリービロー」「俺はギリギリ合格か…」
半数以上の人が合格を貰っていた。彼ら彼女らは、拘束魔法などを駆使して上手にファミリアを操り、円の中に留めていた。
そして、
「合格だ、ハンナ・ウォロップ。あの暴れん坊が嘘のようだな」
「あっ、ありがとう、ございます」
ハンナさんも合格を貰っていた。
召喚されたドンちゃんは最初こそ鼻息を荒くしていたが、ハンナさんが拘束魔法で騎乗するとスッと大人しくなり、それからは身じろぎもせずに他の受験者達を睨みつけていた。
本当に、よくぞここまで調伏させましたわ。
「クロエ様~!」
「お帰り!ハンナさん。凄かったわよ」
「クロエ様達がお手伝いしてくださったお陰です。あれからドンちゃんも、私の言う事を聞いてくれるようになりましたの」
どうも、あの荒療治が功を奏したらしい。ブーちゃんも嬉しそうに【ブフフ】とボイドから声を漏らしていた。
ハンナさんと喜び合っていると、今度は私達が呼ばれた。心配そうな顔のエリカさん達と一緒に並び、召喚魔術を使う。そこに先生が来て、各々に大きさの違う光の円を掛けていく。
そして、私の番になったのだけれど…私の円、かなり小さい。
「ちょっ、先生!何で私の円が、エリカさんよりも小さいんですの!」
ブーちゃんはシロちゃんよりも数十倍大きいのよ?
そう思って抗議したけれど、先生は肩を竦めて「何の問題がある?」と開き直る。
「お前らに円の大きさは関係ないだろ?」
うっ…確かにそうね。
私は引き下がり、ブーちゃんと一緒に他の受験者を眺めようとする。すると、ブーちゃんが見えやすいようにと肩に担いでくれた。
ありがとう、ブーちゃん。
「すげぇ。オークに騎乗されてるよ、バーガンディ様」
「しかも、何の魔法も使わずにだ」
「相変わらず桁違いだぜ。あの人はよぉ」
…なんだか、みんなに注目されちゃっているわ。
無視よ、無視。
「ダメだよ!シロちゃん。こっち、こっち」
エリカさんも、何とかシロちゃんを円内に留めていた。シロちゃんの注意を集めようと必死に跳びはねているけど、それにシロちゃんも反応している。前みたいに、敵対心バシバシと言った感じではない。
その向こう側では、ケント君が赤い毛むくじゃらの何かと睨み合いっこをしていた。
…何をしているの?
「良いぞ、良いぞキジムナー。頑張れよ、頑張れよ」
謎の言葉を呟いて、必死に毛むくじゃらを留めている。
チバリヨって、どういう意味なのかしら?
「よし!そこまで!」
先生の合図で、緊張していたみんなが一気に崩れ落ちる。先生から合格を言い渡されて、エリカさんだけでなくケント君も嬉しそうだ。
でも、私だけ名前を呼ばれない。
なんで?
「あー、バーガンディ嬢は…」
えっ?なに?まさか不合格?ブーちゃんは円から出ないどころか、一歩も歩いていないわよ?
不安になって先生を見上げると、彼はまたニヤリと笑った。
そして、
「君達にとっては、あまりに詰まらんテストだったろう?だから、もう少し骨のあるテストを受けてみんかね?」
イノセスメモ:
・キジムナー…沖縄に伝わる赤毛の子供のような姿をした精霊。主にガジュマルの木に宿るとされている。人懐っこく幸運を運ぶ存在とされているが、いたずら好きなのが玉に瑕。




