69話〜当然の評価です〜
日が少し傾き始めた頃、私はラッセルの街に戻って来た。
なかなか濃厚な時間だったけれど、結果的に村の皆さんが笑顔になってよかった。私も、道中やクエスト中に勉強を進めることが出来たから、取り敢えず筆記試験の方は大丈夫そう。
残すは実技試験だけね。これは今までのトレジャーハント生活が役に立ってくれることを願うしかないわ。
兎に角、早くギルドに行って、ちゃっちゃと依頼処理をしちゃわないと。
「こんにちわ…」
私はこっそりとギルドに入る。
まだ日も高いからか、ギルドの中は閑散としていて静かなものだ。プリムローズから帰った時みたいな、お祭り騒ぎが起きていた施設と葉思えない程だわ。
そう思っていると、
「あっ!クロア様!」
私を見つけた受付のお姉さんが、声を上げて大きく手を振った。そのせいで、みんなから注目を浴びてしまった。そして、周りからヒソヒソと声が聞こえた。
またブタ令嬢が何だとと言われているのかと思ったけど、なんだかそんな感じじゃない。クエストボード前のEランクらしき少年達から「怪鳥を倒した人だ」とキラキラした目を向けられている。
ああ、なんてこと。
私は慌ててローブを羽織り、小さくなって受付の前まで進む。
このままじゃ不味いわね。もっと姿を隠せる品を探さないと、偽名を使うだけでは何時か正体がバレそうよ。何か無いかしら?
「お帰りなさいませ、クロア様。クエストの進捗は如何でしょうか?何かお困り事でも?」
「いえ、特には。これの処理をお願いしたくて、伺いましたの」
私が依頼書を差し出すと、お姉さんは「あっ…もしかしてキャンセルですか?」と顔を強張らせたけれど、その用紙の下に村長の署名を見つけると目を丸々と見開いた。
「ええっ!?も、もう、終えられたんですか?クエスト依頼は、レッドボア9体の討伐でしたけれど…もしかして、クエスト内容が何か異なっていたのでしょうか?実際は、もっと少なかったとか」
「ええっと、内容は確かに違っていたと言いますか、深刻になっていて…」
見せた方が早いと思い、私はボイドからボアのドロップ品をカウンターに並べて行く。
そして、
「占めて、32頭のレッドボアが居ましたわ」
「さっ、さんじゅ…!?」
村長さんと同じような反応をして、お姉さんは固まってしまった。
そして、ようやく動き出したかと思うと、目を血走らせて私の手を取った。
「あの、クロア様。是非ともギルド長にお会いして頂きたいのですが」
「ええっ?う~ん…」
「何か、気になることがあるんです?」
「ええっと、明日から中間テストがあるので…」
「テスト、ですか。それは…仕方ありませんね…」
お姉さんは泣く泣く?諦めて、クエストの処理をし始めてくれた。
ボアの素材を厳つい男性職員に運んでもらって、私が渡した依頼書と村長さんの手紙を見比べながら書類を作成している。
そして、
「こちらが、クエスト報酬になります」
そう言って渡されたのは、大銀貨9枚であった。
あれ?ちょっと待って。
「なんだか、報酬が多過ぎじゃありませんか?確か、依頼書には大銀貨3枚って書いてありましたよね?」
もしかして、私が貴族だからって忖度する気なのかしら?
そう思って私は、お姉さんをつぶさに見る。すると、お姉さんはサッと私の方に羊皮紙を差し出してきた。さっきまで、お姉さんが書き記していた書類だ。
その書類の右上には、大きな字で〈S評価〉と判子が押されていた。
「えっ?」
えす!?
これって、最高評価ってことじゃないの?グラン・ビートルのクエストだってB評価だったのに…なんで?
私がビックリすると、お姉さんがちょっと怖い顔で頷く。
「はい。当然の評価です。これだけ短時間で、これほど高難易度のクエストをクリアしたんですから。だから、報酬も跳ね上がったんですよ」
「ええ…でも、ホルホーン村は大変な被害を出していたわ。今年の冬を越すのも大変な状況なのに、これでS評価なんて貰っちゃっていいものなんですの?」
私が領主であったら、評価はかなり低くなっていたと思う。高くとも、原因を排除したと言うことでC評価とかじゃないかしら?
私がそう思っていると、お姉さんはまた別の数枚の羊皮紙を差し出してくる。紙の端には、ベン村長の名前が。
ええっと…これって私がギルドに運んできた手紙よね?読んでいいのよね?
私は手紙に視線を落とす。
〈◆〉
ホルホーン村は、もうダメだ。
最近の私は、そんな事ばかりを考えるようになっていた。
村の畑を大量のボアに占領され、3日前にはとうとう村の中にまで侵入されてしまった。なけなしの運営費を切り崩して冒険者ギルドに依頼を出したけど、やっと来てくれたDランクの冒険者パーティーは1頭のボアも倒せずに逃げ帰ってしまった。
やっぱりDランク冒険者じゃだめか。
とはいえ、これ以上の高ランク冒険者を求めるのは難しい。依頼内容を難しくしてしまうと、それだけ報酬金を上げなければならない。ボアを倒せるくらい強い冒険者を雇おうとしたら、村中のお金を集めても足りはしないだろう。
もう無理だ。村を捨て、他の村に移り住もう。辺境の開拓地でも、死ぬよりはマシだ。
そう考えていた時に、クロア様がご降臨された。
最初は、Eランクと言う肩書に肩を落としそうになった。使い魔がオークだし、しかもお貴族様と来ている。これはもしかして、庶民の味方をしているという名目集めの為に来ているのでは?と疑念を抱かざるおえなかった。
それでも、魔術師と言う事で僅かな希望もあった。きっとラッセルの学生さんだから、ランク以上の魔法で、村の中のボアくらいは追っ払ってくれるかもと。
でも、それが間違いであったとすぐに分かった。
護衛として同行させた村の若い衆が、すぐに戻ってきてこう言ったのだ。
「たった一撃でボアが倒された。もう村の中のボアは全て駆逐された。村は安全になったんだ」
私は自分の耳と、彼の頭を疑った。とうとう現実に耐えきれなくなったのかと悲しくなった。
でも、彼に連れられて裏門まで行くと、それが幻想でも夢物語でもない現実だと分からされた。ボアが掘り返しただろう畑ばかりが広がり、それを行った犯人は1頭もいなくなっていた。そこには、外壁の復旧作業に勤しむ若い衆の姿だけがあった。
彼らの誰もが、クロア様の勇士を嬉々として語る。
そして、クロア様達がお帰りになられた。先頭を走るマーティの両手には、立派すぎるボアの大牙が掲げられていた。
彼が言うには、その大牙は山ほどもある大型のボアの物らしく、凄まじい激闘の末に討伐されたのだとか。
そんな大層なことを成したというのに、クロア様はとても優雅であった。巨大な使い魔の肩に乗り、ただ静かに本をお読みになっていた。
これが本物の魔道士…いや、大魔道士なのだ。
私は、神々しい彼女のお姿に両手を合わせていた。
でも違った。まだクロア様の事を理解していなかった。彼女はなんと、勝ち得たボア肉を私達に分け与えてくれたのだ。
肉は、私達にとって大変なご馳走だ。食べられるのは年に数回だけ。村の狩人が上手く大物を仕留めた時と、収穫祭の時に絞める家畜の豚くらいしか口に入らない。
だから、村のみんなは大いに活気付いた。野菜が全滅し、田畑も酷く荒らされて希望が見えなかった私達は、心から喜びを噛み締めた。
この幸福感さえあれば、厳しい冬だろうが理不尽な運命だろうが乗り越えてみせる。
そう思ったのは私だけじゃ無いはずだ。
村人みんなの目が生き返った。全てはクロア様が授けて下さった希望のお影で。
クロア様は偉大な魔導士なだけでなく、慈悲深い女神様でした。
ラッセル冒険者ギルドの皆様。ありがとうございます。女神さまと巡り合わせて頂き、誠にありがとうございました。
〈◆〉
私が手紙から視線を上げると、得意げに笑うお姉さんの姿があった。
お姉さんが〈S評価〉の部分を指さす。
「これほど感謝されているのですから、S評価を与えるのは当然ですよね?女神様」
「やめて下さい!」
悪乗りするお姉さんに、私は厳しい目を向ける。
それでも、お姉さんはどこ吹く風だ。報酬で置いていた大銀貨の横に、金貨2枚と大銀貨1枚が追加された。
えっと…これは?
「こちらはボア32頭の討伐報酬と31頭の素材の卸値になります。クロア様がお手紙を読まれている間に処理させて頂きました」
仕事が早いわ。この人、出来る受付嬢だったのね。
感心する視線の先で、お姉さんは小さく頭を下げる。
「ただ、一番大きなボアの素材だけは少々お待ちいただくことになるかと思います。今までにない程の大きさですので、特別に査定する必要がありますので。また日を置いて来ていただけますか?2日もあれば査定が済むと思いますので」
「分かりましたわ」
私が頷くと、お姉さんは後ろに控えていた男性に合図して、ドン・ボアの素材を何処かに持って行く。
そして、こちらを振り返ったお姉さんは、とてもいい笑顔を私に向けた。
…何かしら?何か、嫌な予感がするわ。
「ところで、クロア様。次の依頼は如何なさいますか?まだ塩漬け…いえ、貴女様のお力を待ち望んでいる者達が多くございます。私としましては、このブルーオーガ討伐依頼などが丁度よろし…」
「ちょっと待って!」
とんとん拍子に話を進めようとするお姉さんに、私は堪らずに声を上げる。
「私は明日から、テストなんですの!」
これは危ないと察知した私は、硬貨を掴んでギルドを飛び出すのだった。
流石はクロエさん。領主目線で評価を考えていたんですね。
「父親の領地経営を手伝っていた故の弊害か」
冒険者目線で見れば、十分すぎる成果なんですよ。




