67話〜あれが…〜
「チェーンバインド!」
【ブッハー!】
ボアの足を私が拘束し、ブーちゃんが殴りつける。その連携技で、見える範囲のボアは全部片付ける事が出来た。
素材を拾い上げるブーちゃんと、それを受け取る私を見て、門番さんと青年隊の皆さんは口が空きっぱなしだ。
「すげぇ…」
「もう10体も倒しちまった」
「しかも、怪我1つしてねぇ」
「本当にオークなのか?このファミリア」
「ただのオークでねぇよ。魔術師様のオークだからよ」
「やっぱ、魔術ってすげぇんだなぁ」
なんだか、過度な期待を投げかけられている。
私はそれを断ち切る様に、次の被災地に案内してもらう。
「あとは外の畑だべ、魔術師様」
村の中はお掃除完了らしい。
私は再びブーちゃんの肩に乗って、教科書を広げる。来週からテストだから、ちょっとした時間もテスト勉強に当てないと。
運転はよろしくね?ブーちゃん。
【ブフ】
私達は入ってきた正門とは反対側の裏門を使わせてもらい、村の外に出る。
農地に出る人用に設置されたのが裏門らしいのだが、私が来た時にはバリケードで開かない様になっていた。ボアが増えすぎて、閉鎖したらしい。
でも、裏門付近の外壁が大きな穴が空いてしまい、バリケードも意味を成していなかった。
「ボアさ怖くて近付けねかったんだぁ。んでも、魔術師様のお陰で、ここもやっとこさ直せるで。おい!若ぇの!」
「「はいっ!」」「うっす!」
青年隊がスコップやバケツを持って、穴に土を盛り出した。取り敢えずの応急処置をするみたいだ。
「そんでは、魔術師様。外のボアもよろしくお願ぇしますだ」
「ええ。頑張るわ」
私達は門番さんと一緒に外の畑へと向かう。後ろでは、修復作業中だった青年隊が手を止めて、こちらに手を振ってくれていた。
頑張らないと。
そうして歩くこと数分。目の前にはグチャグチャに荒らされた畑が広がっている。その中には、艶のいい褐色の生物があっちこっちで土を掘り返したり、土の上でゴロンとなって日向ぼっこをしていた。
これは酷いわね。
私が顔を顰めていると、ブーちゃんの足元で門番さんの悲痛な呟きが聞こえて来た。
「ああ…全滅だぁ。丹精込めて育てた野菜が、全部やらちまっとるだぁ…」
ここからじゃ門番さんの表情は見えないけれど、掴む槍の震えが彼の心情を物語っている。
許せないわね。
「ブーちゃん。お願い出来る?」
【ブッハァー!!】
何時もより気合いが入っている。ブーちゃんも怒っているみたいだ。
私が2枚のバックラーとアクアベールを作り出すと、それらをむんずと掴んで畑へと突っ込んでいった。
【ブッハー!!】
【ブギィ?!】
【ブギャァ!?】
随分とリラックスしていたのか、ブーちゃんが雄叫びを上げながら襲撃すると、殆どのボアが悲鳴を上げて畑の中を転げ回った。
そして、
【ブッハハァ!!】
【ブギャッ】
【ギィ…】
殆ど抵抗する事も出来ずに、ブーちゃんのパンチで消えていく。
そうして仲間が次々とやられて行くのを見て、ボア達は混乱し、逃げ出そうとする個体も出てきた。
村長さんからは、レッドボアはとても気性の荒い魔物だと聞いていたけど、ブーちゃんを前にしたら怖くなっちゃみたい。
流石はブーちゃんね。
「ファイアボール!5連打!」
ブーちゃんに関心しながらも、私は魔法で彼のサポートをする。逃げ出そうとしたボア達の前にファイアボールを作り出し、奴らの逃走経路を潰した。
私のファイアボールはノロノロだから、こうして炎の壁みたいに応用出来る。発想の転換ってやつね!
私は沢山の火の玉を作って、ボアを囲う。
1匹も逃がさない。逃がしたら、また戻ってくるかもしれないもの。ここで全部仕留めなきゃ。
【ブッハハァ!】
足を止めたボアに、ブーちゃんが襲いかかる。
何匹かは反撃しようと反転したけど、ボアの牙よりブーちゃんの拳の方がリーチが長くて速かった。
あれだけ居たボアが、見る見る内に激減していた。
後ちょっとね。
終わりが見えて、私は安心した。
そこに、大きな鳴き声が響いた。
【ブゴォオ!!】
なにっ!?なんなの!?
驚いて、その声のした方を見ると、干し草が積んであった中から巨大なボアが現れた。その大きさは、ハンナさんのドンちゃんにも劣らない程だった。
巨大ボアが、私達を睨む。その目の片方は怒りに満ちているけれど、もう片方は潰れて無くなっていた。
手負いのボア。
「あっ、あいつだぁ!ネイサンを殺った、レッドボアの首領だべさ!」
「ドン…あれが…」
つまり、こいつが今回の元凶なのね。
私が固唾を呑み込んでいると、ブーちゃんが私達の前に躍り出て、手を大きく振った。
【ブフーフ!】
下がれって、言っているみたい。
私達が居たら邪魔になるわ。
「ブーちゃん!これを!」
私は拘束魔法を生成し、ブーちゃんに渡す。
彼は早速それで輪っかを作り、ブンブンと回した。
まるでカウボーイだわ。相手は暴れ牛じゃなくて、暴れイノシシだけど。
【ブゴォオオオオ!!】
ドン・ボアが大きく鼻を鳴らし、走り出す。その鼻先は、私達を向いていた。
ええっ!?なんでこっちに来るの?私達は逃げているのに!
「しまっただ!あいつら、逃げるもんを追う癖があるんだわ。そんで追われた奴ら助けるために、ネイサンは無茶して轢かれちまっただ」
そんな!
私は驚き、後ろを見る。かなり距離を取ったつもりだったけど、ドン・ボアはどんどん迫っているように見えた。
目の錯覚?いえ、実際に凄いスピードよ。このままじゃ追いつかれちゃう。
私は苦し紛れにファイアボールの魔法を詠唱しようとした。でもその前に、ドン・ボアの顔がこちらから逸れる。その牙には、私が生成した拘束魔法が巻き付いていた。
ブーちゃんだ。
【ブフゥウ!!】
ブーちゃんが力いっぱい引っ張って、ドン・ボアの進路を変えてくれた。
でも、それが精一杯みたいだ。地面が耕され過ぎて、ブーちゃんの足が埋もれてしまっている。足が踏ん張れなくて、本来の力が出せないみたいだった。
【フゴォオ!】
【ブフッ!】
標的を変えたドン・ボアが、ブーちゃん目掛けて突進を仕掛ける。それを、間一髪で避けるブーちゃん。
また突進されると、今度は正面にバックラーを構える。
迎え撃つ気だ。
【フゴォオオ!!】
でも、ドン・ボアの突進力の方が強かった。構えたブーちゃんを押し倒し、そのまま彼にのしかかりを…。
【ブッハァー!】
のしかかられたと思ったブーちゃんだったけど、それは違った。コロンと後ろに転がった彼は、その勢いを利用して、ドン・ボアの体を投げ飛ばしたのだった。
ドン・ボアの大きな体が弧を描き、地面に激突する。
だけど、すぐに立ち上がってしまった。体をブルルと振ると、褐色の毛皮からフワフワな土が落ちる。
ボア達によって耕された畑が、ドン・ボアを守ってしまったんだ。
「ブーちゃん!ここは不利な地形だわ!移動するべきよ!」
【ブフー!ブフッ!?】
ブーちゃんは頷くけど、ドン・ボアが突進してきたので間一髪避けていた。
ダメだ。逃げている暇がない。もし逃げても、今度は私達の方に来るかもしれないし。
どうするべきかと、私は考える。そして、思い出す。ハイドの森で、ブーちゃんがしてきた事を。
「そうよ。それよ」
私はこっそり準備する。そして、それが整うと、ブーちゃんに向かって手を振る。
「ブーちゃん!こっちにボアを誘導して!」
【ブッハー!】
ブーちゃんはすぐに反応して、こちらへと駆け出す。すると、それを追ってドン・ボアも猛スピードで迫ってくる。
後ちょっとで追いつかれる直前に、ブーちゃんは横へ飛び退み、ボアだけが私の方へと突っ込んでくる。
目前に迫る、赤褐色の小山。
でもその巨体は、次の瞬間には地面の中へと落下した。
【ブギィイ!ブゴォオオ!】
怒りを叫ぶドン・ボア。でも、動きは緩慢だ。それもそのはず、ボアは大きな泥沼にハマっていたのだった。
私が水魔法で作った泥のお風呂だ。深さはそれ程ないけれど、泥が体にまとわりついて、ドン・ボアの動きを鈍くさせるのには成功した。
そして、
【ブッハハァ!】
動きさえ止めれば、ブーちゃんの相手ではない。彼も泥沼に入り込み、ボアの側面からお腹や背中をタコ殴りにする。
「よ、よし、オラもやるど!」
門番さんも駆け出す。
片方にだけ残った目に向けて、ずっと握っていた槍を振り下ろす。
「ネイサンの仇だぁぁあ!」
【ブギィイ!】
ズブリッと、門番さんの一撃はボアの目に命中した。
でも、あまり深くは刺さってないみたい。ドン・ボアが大きく顔を振って、槍を抱えていた門番さんを吹き飛ばしてしまった。
「くそぉ…」
転がり、悔しそうにする門番さん。
まだドン・ボアに突き刺さる槍を睨みつける。
そこに、
【ブフー!】
ブーちゃんが這い寄る。泥沼から出て、暴れるボアの前に立つ。ブンブン振り回される槍に狙いを付けて、そして、
【ブッハァー!】
渾身の右ストレート。それは槍の柄にジャストヒットし、穂先がドン・ボアの目の奥へ深々と突き刺さった。
ドン・ボアの動きがピタリと止まる。ビクンッ、ビクンッと小さな痙攣を起こしたかと思ったら体から白い湯気のような物が立ち上る。
そして、
立派な毛皮を残して消えてしまった。
「倒した…んですの?」
「やったんだべ!」
私が恐る恐るドン・ボアに近付くと、門番さんが飛び跳ねながら泥沼に飛び込む。そして、ブーちゃんから何かを受け取って泣いていた。
それは、彼が突き刺した槍の穂先。ブーちゃんのパンチで柄が折れちゃったみたいだ。
「あっ、ごめんなさい、門番さん。大切な槍を…」
「ええんだ。ええんだよ、魔術師様。オラは嬉しいんだ」
門番さんが泥沼から出てきて、私の前で跪いた。
「あんがとう、魔術師様。これでネイサンも、天国さ行けるだ。あんがとう…」
彼の心からの感謝に、私も熱いものが込み上げて来るのだった。
神の御使いにも劣らぬ巨体のイノシシ…。
「異常な個体だな」




