65話〜魔族文字!〜
天使モドキが燃え尽きると、そこには真っ黒になった1冊の本が落ちていた。
きっと、天使モドキが持っていた物だと思うけど、表紙も何も燃えてしまったから確かでは無い。そう思って拾い上げると、中からコロコロと加工魔石が落ちてきた。
1つ1つは豆粒みたいに小さいけれど、鮮やかな色は宝石みたいに輝いている。きっと、かなり高ランクの魔物から取れた魔石ね。
「ブーちゃん、見て。やっぱりこの本、何かの魔導書みたいよ」
【ブブーブ?】
「そうよ、魔導書。魔術式が書かれた本で、表紙や中に加工魔石を仕込む事で自動的に魔術を発動できる様にした本よ。きっと誰かがイタズラで仕込んでいたのね」
イタズラにしてはやり過ぎだけど、もしかしたら軍隊用の物だったのかもしれない。本物の魔物みたいに強かったから、きっと訓練用に作った物がここに紛れてしまったんだと思う。本じゃないけど、我が家にも魔術式で作られたゴーレムがいるから。
これは魔石ごと、司書さんに渡さないと。
「そう言えば、あれだけ暴れたのに誰も来なかったし、ここも綺麗なままね」
本の燃え跡は残ってしまったけど、他に戦闘の跡は一切残っていなかった。カマキリの鎌が当たった所も、カブトムシの角が突き刺さった所も見当たらない。
天使モドキが激突した棚も、1冊の本も落ちずにそのままの状態だ。まるで、何事も無かったかのようだわ。
あれだけ暴れたのだから、何処か壊れていてもおかしくない。本だらけの図書館で火炎魔術まで使ったのに、防犯魔術も発動していないし。
私の夢だった…なんて事は無いわよね?
【ブーフー】
「あっ。そうね、ブーちゃん。早く帰ってみんなを安心させましょう。ゴーストなんかじゃなくて、ただの魔導書だったって」
私は本の燃えカスを丁寧にハンカチに包んで、図書館を出る。
良かった。時間も殆ど経っていないわ。これなら、夕食会場は終戦していないわ。
急ぎましょう。
〈◆〉
「失礼します、校長先生」
私は向こう側からの返事も待たずに、最上階の扉を開く。
急に呼び出されたのだから、これくらいの無礼は許して欲しい。
そう思って開いた扉の先には、既に先生方が集まっていた。
呪文部のカステル先生と、コロッセオ部のバルツァー先生。そして、私をこんな時間に呼び出したアンブローズ校長の3名が、一斉に私の方を振り返った。
座っていた校長が立ち上がり、口元だけ笑みを作る。
「済まんな、アクロイド先生。貴方にも見て頂きたいのじゃ」
「なんです?校長。それが呼び出した案件で?」
手招きされた私が近付くと、校長は机の上を手で指す。
そこには、女性物のハンカチが広げられており、その上に何かの燃えカスが乗せられていた。
これは何だ?と私が覗き込もうとすると、校長が手を突き出してそれを止める。
そのまま、校長の背中から淡い光が漏れ出し、魔力が1体のスライムを作り出した。
紫色のスライム。こいつは…。
「ベノムスライム?」
何故、こんな猛毒スライムを召喚されたので?
私の疑問に、校長は静かに指で燃えカスを示す。
「ぷよちゃん。よろしく頼むぞ」
【ププー!】
スライムは小さく振動し、燃えカスを体内に取り込む。そして、スライムの中で燃えカスは徐々に固まっていき、やがて古めかしい1冊の本になった。
ほぉ。このスライム、復元の力があるのか。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。図書館で見つかったこの本について、皆の意見を聞かせて欲しいのじゃ」
「あの、校長。私は剣ばかりを振っていた女ですので、あまり本に詳しくは…」
バルツァー先生が自信なさげに言うが、それは私も一緒だ。この学園に来るまでは、軍の専門書くらいしか読んでいなかったから。
司書に聞いた方がいいんじゃないか?と、私達3人は顔を突き合わせて本を覗き込む。復元されたのは表紙だけで、中身は殆ど焼け落ちてしまっている。
これでは、余計に分からんぞ。
「何でしょう?普通の歴史書に見えます。発行日は…大戦終盤の物ですね」
3人の中で唯一、本に詳しそうなカステル先生ですらお手上げ状態だった。これでは到底…。
ため息を吐き出しそうになったが、カステル先生が本を開いた途端に、私は息を呑んだ。
燃え残ったページの端に、見覚えのある文字列を見つけたから。
これは…。
「魔族文字!」
「えっ?魔族?すでに失われた、あの?」
「私には、ゲイルランド語にしか見えませんが…」
バルツァー先生がそう言うのも仕方がない。終戦間際の魔族文字は、我々の言葉に似せて作られた物もあったから。
だが、私なら…元軍属の高官であった私なら分かる。佐官へ上がる試験では、必ず問われる科目の1つだからな。
「魔族文字が書かれた書物と言うことは、これは魔王の遺物である可能性が高まりますが…何故、そんな物がこの学園に?」
魔王の遺物は各地で見つかっている。それは魔道具であったり、本であったり、絵であったり。
大抵の場合、それは人間側に紛れた魔族への極秘命令を伝える為に作られていた。
もしくは…。
「学園の子供達に、魔王の思想を植え付ける目的で持ち込まれたのでは?もしもそうなら、この学園にガルイア教に染まった者が紛れ込んでいる恐れが…」
「それはどうじゃろうな、アクロイド先生」
私の予測を、校長が断ち切る。
何かあるのかと彼を見上げると、校長は何かを机の上に置いた。
それは、小さな加工魔石。
「この本と共に、これが出てきたそうだ」
「書物に魔石…ではこれは、魔導書だったのでは?」
カステル先生の意見に、校長はゆっくり頷く。
なるほど。ではこれは、魔王側が人間を攻撃する為に送り込んだ兵器の一部かも知れない。大戦終結直後は各地で見つかったと聞いていたが、150年以上が経った今、このような学園に紛れ込んでいようとは…。
いや。
「校長先生。これ以外にも、大戦の遺物が残されている可能性があります。今すぐに、これが発見された図書館を調べるべきでは?」
「儂もそう思い、諸君らを集めたのじゃ」
校長の目が、我々1人1人を見詰める。何時もは好奇心でキラキラしている彼の瞳は、歴戦の戦士と見まごうほど鋭いものになっていた。
「諸君らには、他に怪しいものがないかを調べて頂きたい。図書館だけでなく、校舎や教員棟、この部屋。そして、大聖堂も全て、学園全てを調べて頂きたい。勿論、生徒には悟られる事が無いように頼むぞ」
「「承知しました」」
我々は校長室を出るとすぐに、行動を起こした。
先ずは…魔王遺物の専門家を呼ぶべきだろう。その為に、あいつは勇者達と別行動を取っているのだから。
私がそれを校長に打診すると、すぐにクエストを発注すると約束してくれた。
〈◆〉
翌日。
私達がいつも通りに登校すると、何だか周りが慌ただしい気がした。
先生や使用人の皆さんが早歩きであちらこちらを行き来しているし、見慣れない大人も見かける。
何かあったのかしら?テスト前だと、何時もこんな感じなの?それとも、昨日私が図書館で暴れた事と何か関係があったり?
「どうかされました?クロエ様」
「いえ。なんでもありませんわ、ハンナさん」
私が立ち止まっていると、後ろからハンナさんが声を掛けてきた。
昨晩は真っ青だった顔も、今ではすっかり元通り。私が魔導書のことを話した直後なんて、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
魔道具の音をゴーストと勘違いしていたなんて、みんなには言えないわよね。
でもそのお陰で、ハンナさんは元気を取り戻した。
逆に…。
「落ち込んじゃうよね?クロエ。あたしもガッカリだよ」
エリカさんは不満そうだった。ゴーストかレイスかと思っていたのに、蓋を開けてみたら玩具みたいな魔導書だったと肩透かしを食らっていた。
人の気も知らないで。結構大変だったんだから。
そうして教室に着くと、衝撃的な事をバルツァー先生から言い渡されてしまった。
「皆さん!よく聞いてください。これから2週間、図書館は使用禁止です!」
「「「ええぇ!?」」」
「何故ですか?先生」
「テスト前なのに!」
「皆さん!聞いて下さい!図書館は老朽化が進んでいる為、臨時の改装工事が入ります!絶対に中に入らないように!」
「テスト勉強はどうしたら良いんですか?」
「自分の部屋でやりなさい。もしくは、教室も日暮れまで開放しています。ここを使いなさい」
「図書館で借りたい本があるんですけど?」
「宿直室の司書に言えば、取ってきて貰える事になっています。兎に角、図書館には近付かない様に!以上!授業を始めます!」
生徒達の大ブーイングの中、授業が始まる。
私は内心、ヒヤヒヤドキドキしていた。
図書館が閉館って、絶対に私達のせいだよね?暴れ過ぎたから、図書館を壊しちゃったのかな?
どうしましょう。これで弁償とかになったら、大変な事になるわ。
家に話が行く前に…賠償金を稼がなきゃ!
先生方とクロエさんの認識に、大分差が余すね。
「方や玩具。もう片方は戦争の遺物か」
それが今後、影響しなければ良いのですが…。




