64話〜なんで、こんなものが?〜
【死ぬがいい。異端の使徒よ】
突然物騒な事を言って、天使モドキが襲いかかってきた。
かなり素早くて、気付いた時にはすぐ目の前まで迫っていた。
【ブッハー!】
でも、攻撃される前にブーちゃんが動いていた。少女のお腹を思いっきり殴りつけて、向こうの本棚へと殴り飛ばしてしまった。
少女はそのまま本棚に激突し、ズルズルと地面に座り込む。
あれは痛そうだと私が思っていると、彼女の顔がスっとこちらを向く。口から緑色の液体を零しながら、複眼で私達を睨み上げてくる。
【ぐっ…この力は何だ?たかがオークに何故、俺様が押し負ける?貴様、オークに見えてオークではナイな?貴様は何者だ?】
【ブフーフフ】
【またそれか。まぁ、いい。尚も勇者を騙るのであれば、それ相応の罰を受けてもらうぞ!】
少女が立ち上がると、その体に亀裂が入る。そして少女の体が卵の殻の様にボロボロと崩れていき、その中から毛むくじゃらの体が出てきた。
その背には半透明の翅が生え出てきて、目にも止まらない速さで羽ばたき始めた。
ブーン…。
【儂の姿を拝めたのだ。恐れ戦き、ひれ伏すが良い。そして死ね。死して我に食い尽くされろ】
一回り大きいキラービーになった天使モドキが、空中を縦横無尽に飛び回る。
そうやって撹乱して、襲ってこうよとしているのね?させないわ!
「ブーちゃん!これを!」
私はプロテクションの魔法盾と、アクアベールの水鎧を一緒に投げる。
ブーちゃんはそれを受け取ると、バックラーを両拳に付けて、それでアクアベールを殴りつけた。
すると、水の鎧は弾けて空中に飛び散り、飛び回っていたキラービーにまとわり付く。
すると、キラービーの動きが不安定になり、そのまま地面に激突した。
【いてて…やってくれたな、ニンゲン。私の綺麗な翅が台無しだ】
キラービーが6本の足で立ち上がり、半透明だった翅を重そうに動かす。その羽は、アクアベールがベットリくっ付いていた。
キラービーは翅をバタつかせながら、足を擦り合わせる。
【眷属達よ。僕の翅が乾くまで、コイツらの相手をしてやれ】
擦り合わせていたキラービーの足からモヤが発生して、それが一体の巨大な昆虫を作り出す。
それは…。
【キィー!】
大きなカマキリだった。
両腕に付いた鋭利な刃をこちらに向け、こちらを威嚇する。ふっくらとしたお腹が更に膨らんだように見えたが、すぐにそれは翅を広げたのだと分かった。
その翅を高速で羽ばたかせ、巨大カマキリがこちらへと一直線で向かってきた。
【キィイ!!】
【ブッハハー!】
でも、一直線で来てしまったから、待ち構えていたブーちゃんに思いっきり殴られた。
【キィ…】
小さな顔を殴られたカマキリは、首をポロリと落として動きを止め…。
止めたかと思ったカマキリの腕が、勢いよく振り下ろされた。
「危ない!」
私は咄嗟に、用意していた予備の盾を投げる。すると運良くカマキリの鎌に当たって、軌道をズラす事に成功した。
良かったわ。たまたま当たって。
【小癪なニンゲンが。行くのだ、私の眷属共。行って、奴らに思い知らせろ】
キラービーは次々と眷属を生み出す。
カマキリ、蝶、カブトムシ、蜂、バッタ…。
どれもこれも巨大な昆虫型魔物ばかりで、私達に敵意剥き出しで襲い掛かって来る。
【ブッハー!】
でもその度に、ブーちゃんがワンパンチで粉砕する。
バラバラになった昆虫の体は、白いモヤになって空気に溶けてしまった。
【ぐっくっく。良いぞ。良くやったぞ】
眷属を沢山やられたのに、キラービーは嬉しそうに笑い声を上げた。その翅はまだヨレヨレのままだったけど、ブーンと羽ばたいて巨体を持ち上げた。
もう回復しちゃったんだ。
【もうお前を、普通のブタとは思わない。儂の眷属共に、嬲り殺され食い尽くされろ】
キラービーが再び眷属を召喚する。
それは、大きなハエだった。キラービーと同じ羽音を響かせて、ランダム軌道でこちらに迫ってくる。
あれ?もしかして、天使モドキってキラービーじゃなくて巨大なハエだったの?
【ブハハハハー!】
無数のハエが飛び込んでくる中、ブーちゃんは拳を目にも止まらない速さで繰り出して、全てのハエを落としていく。
でも、数が多い。それに、
【ブッハー!】
【おっと、残念】
ハエに紛れて突撃してきた天使モドキを殴りつけようとしても、奴は拳が当たる直前にモヤになってしまい、ダメージを与えられなかった。
上空で再び実体化して、こちらを煽ってくる天使モドキ。
【ブッハー!】
【おっと、危ない】
【ブッハハー!】
【どれ程の力があろうと、当たらなければどうということはないな】
ブーちゃんが幾ら殴っても、天使モドキは捕まらない。大量のハエがブーちゃんの体に体当たりをしてきて、こちらばかりがやられる一方だ。
【ブフー…ブフー…】
ブーちゃんも息が上がり始めている。何とかしないと。
私は周囲を見渡す。すると、床に何かが散らばっているのを発見した。
取り上げて見ると、それは魔石だった。それも、加工済みの魔石。
「なんで、こんなものが?」
〈◆〉
【かっはっは!どうした?ブタの勇者。随分と息が上がっているなぁ。俺様はまだまだ余裕だぞ】
【ならば、一掃してやる。ショットガン・ブラスト!】
私が少し煽ると、ブタは拳に魔力を溜めて、それを一気に放出してきた。
マジックミサイルの応用技か?確かに大したものだ。オークのファミリアが魔法を操るなど聞いたことがない。今の一撃で、私の眷属も半分殺られてしまった。
だが、
【それがどうした?儂の眷属はまだまだいるぞ!】
私は内蔵された魔石から魔力を引き出し、再び眷属を作り出す。それを、ブタへと向けて勢いよく射出する。
ブタは必死になって拳を振るい、眷属共を次々と消していくが、それは無意味。ただの自殺行為。お前が足掻けば足掻くだけ、自分達の首を絞めるだけだ。
ふむ。分かっていないようだな。では、それを教えてやるか。
【良いのか?ブタの勇者。お前の主は、随分と辛そうだが?】
【ぐっ】
ブタが拳を止める。自分が魔力を使い過ぎていると、漸く分かったみたいだ。
だが、分かったところでどうしようもない。人間は魔力が乏しく、ファミリアを維持する為には膨大な魔力を使う。
こんな化け物みたいなブタを維持する為には、相応の魔力が必要だろう。ここまで粘っただけ十分に凄まじい魔力量だ。
それだけ、私の目的にも合致する。
是が非でも、この人間を我らの実験に引き摺り込んでやる。
私が内心で舌舐りをしていると、ブタが怪しい行動を起こす。暗闇魔法に手を突っ込んで、何かを取り出す仕草をする。
そうはさせるか。
【眷属よ!】
【ちっ!】
眷属を突撃させて、ブタが取り出した物を奪う。それは、透明な瓶に入った青い薬。
魔力回復薬か。
【オーク風情が、小賢しい真似を】
【それはこっちのセリフだぜ!マグナム!】
突然、強力な魔力が私を襲う。
私は咄嗟に逃げるも、右翅がその1発に吹き飛んでしまい、墜落しかけた。
でも、墜落する前に翅を再生させて、何とか回避する。
【ふぅ。危ない事をするなぁ。この瓶も落とすところだったぞ?そうなったらどうする気だ?】
【貴様に使われるくらいなら、破壊した方がマシだ】
ははっ!私が使える訳ないだろう。
ブタの妄言に、私は安心する。こいつはまだ気付いていないと確信して。
そう思っていると、声が聞こえた。
「チェーン・バインド!」
その声の直後、私の首に半透明の鎖が巻きついた。
これは、拘束魔法!
【この、ニンゲン風情が】
「私も居るの、忘れないで!」
小癪にも、人間が出しゃばってきた。
それに、ブタが笑い声を上げながら飛び上がった。
【ブハハッ!ナイスだ、マスター!】
ブタがこちらに飛び込みながら、両の拳を振り上げる。そのまま、私を叩き潰した。
【ス豚ピングゥウ!!】
【ぐっ】
ブタの巨体を活かした技に、しかし、私は全くダメージを負わない。私の本体は全くの無傷だから、そのまま魔力の霧となって上空へと逃げる。
折角頑張って拘束魔法も出したのに、残念だったな、人間。
私はそう思い、人間の方を見る。
でも人間は、全く悔しそうな顔をしていなかった。こちらを真っ直ぐに見て、両手を突き出していた。
呪文を、詠唱し終えていた。
「アクアベール!」
その呪文が完成すると、私の周囲に水の膜が張った。私とブタを包み込むように、薄く広い水のベール。
くっ、こいつ。まさか私の正体に気付いて。
「ブーちゃん!」
怒りで人間を睨みつけていると、その人間はブタに小さな盾を投げ渡した。
先程から私を殴りつけている、なんの変哲もない守りの魔法。
そんなので、何をする気だ?
【ブハハハッ!そう言う事か!】
ブタは楽しそうに笑うと、その盾を構える。途端に、その盾に真っ赤な炎が纏わり付いた。
こ、これは、まさか!?
【ファイアボールの魔法!?何故、プロテクションにそんな物が…!】
【いいや、違う。こいつはファイアボールの”魔術”だ。俺のマスターが、盾の魔法に魔術式を書き込んでくれたんだよ。魔法を飛ばすのが苦手なマスターだがな、こうやって定着させるのは得意みてぇだ。そして】
ブタがノシノシとこちらへ歩いて来る。その両手にメラメラと燃える炎を携えて。
【この拳が、貴様を焼き焦がす!】
ヤバい!これはヤバい!
私は必死に飛び回り、水のベールを突き破る。ベールはとても薄かったので、いとも簡単に突破する事が出来た。
でも、突破した途端、私の全身が水分を吸ってヨレてしまい、上手く飛ぶ事が出来なくなった。
地面に墜落した私に、ブタが迫る。
【観念しろ、ハエの王】
【まっ、待て。儂の話を聞け。お前に、偉大なるお方のお力を授けてや…】
【セールスは、お断りだぁ!】
問答無用で、ブタの拳が腹に突き刺さった。その途端、私の体は燃え上がる。轟々と燃え上がり、私の体から力が消えていく。
あの方に施して頂いた大切な術式が、灰になっていく。あの方が大切にされていた知識も、崇高な理念も。そして、私の体も…。
ああ、ああ…そんな…。
【もう、し訳、ござい、ま、せん…】
魔王様…。




