63話〜初めまして、お嬢さん〜
ゴーストとは、人間や動物が死んだ後に現れる魔物の一種だ。
どういった理由で生まれるかは分かっていないけど、剣も一部の魔法も効かない厄介な相手。弱いゴーストなら、ただ漂っているだけでこちらには何もしてこない。でも強力な個体だった場合は、そこらの魔物寄りも厄介になる。
レイスなどの強力な魔物となれば、教会に走って神官様を連れてこないといけない。
そんな厄介な魔物が、この学園にいるのだろうか?
不思議に思った私は、泣きじゃくるハンナさんを落ち着かせて、話を聞いてみた。
すると、
「じ、実は、ゴーストかどうかは分からないんです。図書館で勉強していたら、きゅ、急に変な声が、女性の様な、でも男性の様にも聞こえる不思議な声がして…。でも、誰も居ないんです。図書館には司書さんしか居なくて、その方は、何も聞こえなかったと言われていて…」
つまり、ハンナさんの聞き違えかもしれなかった。でもハンナさんはハッキリと聞こえたらしい。
なので、私はそれを確かめる事にした。
このままだと、ハンナさんは夜も眠れない。ゴーストがこの学校に居るのだと思って、落ち着かないらしい。
それは、私も一緒だ。
「よーし!クロエ探検隊だ!あたしが隊長ね!」
「いっ、行かないで下さいませ!」
目を輝かせて拳を振り上げたエリカさんだったが、ハンナさんに抱き着かれて沈んだ。
彼女を1人にする訳にいかない。
ハンナさんはエリカさん達と一緒に、私の帰りを待つことになった。
「むぅ〜…。クロエ、絶対に謎の声の正体を暴いてね?あたし、このままじゃ夜も眠れないよ」
貴女の場合、別の意味で眠れないのでしょう?
と言う事で、私は1人で図書館に行くこととなった。ちょっと心細いけど、私にはブーちゃんが居るから。
貴方なら、ゴーストもレイスもパンチしてくれるわよね?
【ブフ?ブゥ〜…】
…なんでそこで考え込むの?かなり不安になってくるんだけど?
今からでも教会に行って、高級な聖水でも購入した方がいいんじゃないかと思い始めた頃、私は図書館に着いた。
入口に居た司書さんからは、「もう閉館なんですけど…」と言われてしまったが、忘れ物をしたと言って何とか入れてもらった。
謎を置き忘れたという意味では、嘘では無いわよね?屁理屈過ぎるかしら?
「では私は、隣の宿直室にいますから、終わったら声を掛けて下さいね」
「はい。ありがとうございます」
眠そうな司書さんと別れて、私は館内に入る。既に日も落ちて、周囲の魔道ライトも消灯されているので、中は真っ暗だ。
私はボイドから魔道ランプを取り出して、足元を照らす。なんだか、ハイドの森に来ているみたい。
「私達が座っていたのは…この大机よね?」
【ブフ、ブフ】
現場に着いて、辺りを見回す。暗くてよく見えないので、予備のランプを取り出し…ブーちゃんの腕がボイドから伸びてきて、ランプを持ってくれた。
「ありがとう。じゃあ、貴方は上の方を探してちょうだい」
【ブフー】
手分けして周囲を見るけど、ゴースト特有のモヤも見られず、辺りは静かだ。
これは…聞き間違いの可能性が高いかも。
【ブフ?】
もう帰ろうかな?と思っていると、ブーちゃんが「おや?」と言うような声を出して、ボイドから顔を出した。
何か見つけたのかと、緊張が一気に体を駆け抜けて、固くなりながら私もそちらにランプを向ける。
すると…。
「……何も、ないけど?」
ブーちゃんが見ていたのは、すぐ近くの本棚。分厚い羊皮紙の本が並んでいるだけで、特におかしな物は何もな…。
【良いわね】
「えっ?」
何処からか、声が聞こえた気がした。
隙間風か何かで聞き間違えたのかと耳を済ませると、明らかに若い女性の笑い声が聞こえた。
【あはは!聞こえるの?私の声。ねぇ?どうなの?オークを連れたお嬢さん】
「誰なの?何処にいるの?」
問いながら、私は震える。
これは、不味い状態だと思った。言葉を操るゴーストなんて、絶対に上位種だと思う。意思があるってだけで強い未練を残しているだろうから、司祭様とかじゃないと払えないかも。
これは逃げた方がいいかもと、私は帰り道を目で追う。
でもその視線の先へと、1冊の本が飛んできた。
大きな本がパタパタしているのは、大きな蝶が羽ばたいている様にも見える。その本から薄いモヤが吹き出して、そのモヤが1人の少女を形作った。
【初めまして、お嬢さん。私はニコール。この本に閉じ込められている守護天使よ】
「えっ!?て、天使様?」
私は驚き、それまで感じていた恐怖が吹き飛んだ。
そうか、天使様なんて最上級精霊様だから、人の言葉をお使いになられたのね。伝承とか物語では聞いた事があったけど、本物の天使様なんて初めて見たわ。
あっ、いけない。
「お初にお目にかかります、天使ニコール様。私の名前はクロエ。クロエ・バーガンディと申します。敬虔なスノーラ教徒でございます」
【そう】
あれ?ニコール様の反応が薄い。天使様と聞いたから、てっきり女神スノーラ様の御使い様かと思ったんだけど…。
まさか、ガルイア神の使いじゃないわよね?あっちは邪教と定められている筈だし…。
【ねぇ、クロエ】
「はっ!はい」
考え込んでいると、ニコール様が私に話しかけてきて、優しく微笑んだ。
【貴女に1つ、お願いがあるの。聞いてくれない?】
「勿論ですわ。天使様のお使いとあれば、全力でお手伝いするのが信徒の務めですもの」
【嬉しいわ。じゃあ、私の力の一部を、貴女のファミリアに渡したいの】
えっ?天使様のお力を、ブーちゃんに下さるってこと?それが、天使様のお願いなの?
「あの、ニコール様。それだけなのでしょうか?ニコール様のお力を頂いて、何かを成さねばならないのではないでしょうか?」
今まで天使様をファミリアにした人は、過去に何人かいたと聞く。その中でも有名なのが、勇者様を導く聖女様だ。彼女達はその聖なる力を使って、様々な厄災から人々を守り、凶悪な魔獣や悪魔を懲らしめたと聞く。
そしてそれは、今でも現代聖女様に引き継がれている大仕事だ。
「私は、その、なんの取り柄もありませんし、魔力だってCランクしかありません。とても、天使様がお求めになる活躍が出来るとは…」
【そこが良いのです、クロエ。何も持たない貴女だから、強い渇望を抱いている。貴女の純粋な渇きを、私は何よりも欲していたのです】
ニコール様の薄かった体が濃くなっていき、淡い光を放ち始めた。
【クロエ。貴女は何も心配する必要はありません。ただ欲するのです。今まで満たされなかった心を満たし、得られなかった数多の物を求めなさい。貴女がしたいように、自由に私の力を使うのです】
ニコール様はそう言って、浮いていた本を手にする。すると、その本も淡く光りだした。
とても神々しいお姿に見えるのだけれど…それでいいのかしら?
私は、彼女の力を見て躊躇した。それは、こんな力を貰っちゃったら、今よりも更に目立つのではないかと思ったから。
今でも優秀なブーちゃんによって、私の評価は過剰に上がってしまっている。これ以上、分不相応な力を手にしてしまったら、私は天まで持ち上げられてしまうんじゃないかと怖くなる。
もしもそんな所から落とされでもしたら、一瞬でペッチャンコよ。二度と起き上がれない。それだけは断言出来る。
…落とされる事には慣れているからね。
「あの、ニコール様。折角のご提案ですけれど、私は…」
【さぁ、信徒クロエよ。私のこの本を受け取りなさい】
断ろうと思ったけど、ニコール様の圧が強い。これを断ったら、なんだかもっと面倒な事になりそう。
だから、私は手を伸ばそうとした。
でも、その手はブーちゃんによって止められた。
【ブゥ…】
【なに?お前は】
【ブフ、ブフフフ、ブフフフ。ブフーフ、ブーブブ】
【ロゴ?オークの勇者?何を言っているか分からないけれど、召喚者に反抗するなんて、とんだ不良品ね】
「ブーちゃんは不良品なんかじゃありません!」
ブーちゃん達の会話に、私はつい割って入っていた。
「貴女の力も要りません!この学園から出ていって下さい!」
私は天使に向かって叫んでいた。
不良品なんて言われて、頭に来てしまった。それに、ブーちゃんがこんなに警戒しているのだから、きっとこれは良くないことだと分かったから。
ブーちゃんのこんな険しい顔、ハイドの森でヘルさんに襲われた時以来だ。
それだけ危険な状況。そして、それだけ危険な相手。
【そう。そうなの。拒否するのね。私の願いを……儂の力を】
天使が手を下ろし、顔を伏せる。震える声が急にしわがれて、少女の声から老人の声になっていく。
そして、顔をパッと上げる。その顔は、少女のものではなかった。人間の物ですらなかった。
昆虫の様な気持ち悪い複眼が、私を睨み付けていた。
【ならば死ぬがよい。汚らわしき邪教の信徒よ】




