62話〜で、で、で、出たんですの!〜
それから数日、平和な日々が続いた。
ケント君が危惧していたアンネマリー様からの報復も、全く無いままである。
報復どころか、時折お見かけするアンネマリー様の様子は何時も穏やかだ。この前も私に、「ダンス部への入部を口添えしましょうか?」なんて仰ってくれた。
エリカさんの様子も、特段変わったところは無い。ケント君は何時も心配しているが、彼女からも「心配し過ぎだよ」と怒られていた。
エリカさんの性格上、隠し事は出来ないから大丈夫そう。
そんな平和な日々だったが、突然終わりを告げられる。
それは、カステル先生の一言だった。
「来週は、中間テストです」
「「「えぇええっ!?」」」
「ええ、じゃありません!」
テスト。
それは、中等部でもあった恐ろしいイベントの1つ。先生達は様々な方法で私達を測り、成績表という無慈悲なランク付けを行っていく。
筆記テストはまだマシだったけど、実技試験も行われるテストは私も苦手だった。
魔法がまともに発動しないんですもの。
「良いですか?皆さん。日々勉強を重ね、努力を怠らなければ成績は後から着いてくるものなのです。皆さんの実力を見せる格好のステージ。それが定期テストなのです」
先生の力説に、エリカさんが勢いよく手を挙げる。
「せんせー!実力にファミリアは含まれますかー?」
分かりきった質問を、エリカさんは平気に聞く。
そんなの、ダメに決まって…。
「含まれます」
「ええっ!?」
あまりに驚いたので、私はつい声を上げてしまった。
すぐに正気に戻って謝ると、先生は咳払いを1つして話し始める。
「ゴホンッ。勿論、何でもかんでも含まれる訳ではありません。クダンの未来予知で筆記テストの答えを見るのはダメですし、レイスをカンニングに使うのも言語道断です。魔法の実技を問われた時などに、常識の範囲内で使う分には認められているというだけです」
それなら、多くの実技テストでブーちゃんの力を借りられる。絶望的だった詠唱魔法学も、何とかなるかも知れない。
私の時代が、来ましたわー!
「はぁ…」
私がこっそりワクワクしていると、隣の席でハンナさんが深いため息を吐き出す。
「どうされましたの?」
「あっ、すみません、クロエ様。テストの事を考えたら憂鬱で。私、中等部の時も散々だったから、高等部でもきっと…いえ、もっとヤバい結果になると思っちゃって」
「分かるわ」
ホンの数分前まで、私も一緒だったもの。
よしっ。
「でしたら、皆さんで勉強会をしませんこと?私とハンナさんとエリカさん。それにケントさんも」
「いいね!やろうよ!」
「…俺もか?」
「そうです。貴方達は特待生でしょ?少しその頭脳をお貸しくださいな」
「…まぁ、以前約束したからな。参加させてもらうよ」
「ハンナさんは?如何します?」
私が手を差し伸べると、ハンナさんは半分泣きながらその手を取る。
「ありがとございまず、グロエざま…」
女の子がなんて顔をしてますの。
ほら、鼻水を拭きなさいな。
と言う事で、私達は学園の図書館へとやってきた。
3階建てのここは、床から上まで本の洪水であり、全世界の書物がここに納品されているのでは?と錯覚する程であった。
トレジャーハントの準備で来館した時も、一角を調べるだけで半日掛かってしまった。この本の森の中から、お目当ての本を探し当てるのは至難の業である。
おっと。今日は本に用は無いのだった。この静かな空間で勉強をしに来ただけですから。
「さぁ、皆さん。ここの机をお借りしましょう」
「「はい」」
みんなが静かに頷き、大机の椅子を次々と埋めていく。
そう。私達は今、Cクラスの面々と共に来ていた。ハンナさんに向けた私の提案に、多くのクラスメイトが賛同したのだった。
みんな、テストが不安だったということだろう。かく言う私も、エリカさんに頼りたい気持ちでいっぱいだ。
筆記テストはブーちゃんの力を借りられないんですもの。
私達は早速、各々の勉強を進める。
勉強会と言っても、誰かが講師を務める訳ではなく、ただ自分の勉強を進めるだけだ。こうして仲間が周りで頑張っているから、自分も頑張らなきゃって気持ちになる。
「クロエ様。分からない問題があるのですが…」
勿論、ただ黙々と筆を進めるだけじゃない。こうして分からない部分は、仲間に聞いて理解を深める。聞かれた方も知識が深まるから、互いに良い刺激になる。
そして、
「ええっと…エリカさん。分かります?」
イザと言う時は、更に頼りになる仲間が近くにいる。これが大きい。
「分かるよ!これはねぇ、こうやって、こうやって、こうするの!」
エリカさんはやっぱり秀才だ。私達が首を捻る問題も、ちゃちゃっと解いて見せる。
それに、クラスメイト達も好意的であった。
「凄いわ、エリカさん」
「頼もしいわ」
「そうかなぁ〜」
クラスメイトに頼られて、満更でもない彼女。
最近は私と一緒に居るからか、彼女を平民と言ってバカにする人は減ってきた。それでも、なかなか友達にまでは発展することが出来ないでいた。
それが、今は仲良くおしゃべりをしている。エリカさんの交友関係が、広がり始めていた。
そしてそれは、エリカさんだけじゃなかった。
「け、ケントぉ…この問題分かるぅ?」
あのエリカさんが弱って、ケント君に泣きついた。
その問題をケント君は「…こうだな」と解いてしまった。
私は驚き、隣のハンナさんも大きく口を開ける。
「ええ…。ケントさんって、頭良かったんだ…」
「どう言う意味だ?ハンナ嬢」
「あっ、いえ、えっと…授業でもあまり、発言されないので…」
小さくなるハンナさんに、エリカさんは輝く笑顔を向ける。
「そだよ!ケントはとっても頭良いんだ。私に勉強を教えてくれたのもケントで、それでロゼリアにも入れたんだよ!」
「そうなんですの…」
みんなは驚き、そしてケントの周りに集まる。
「ケントさん。これも分かります?数学の問題なのですが」
「魔術式で分からないところが…」
「魔道工学で…」
「王国歴史学で…」
「いや、待ってくれ。1人ずつにしてくれよ。俺は聖徳太子じゃないんだから」
訳分からない言葉を呟くケント君だったけど、彼は一気に大人気になっていた。普段はエリカさんの影に隠れていた彼も、これで漸くクラスの一員になれそう。
勉強会、開いて良かったわ。
「私、そろそろ寮に戻るわ」
「私も、部活があるから」
暫くして、勉強会を抜ける人が出てきた。私も、そろそろサモン部に行くことにする。
大会が近いから、先輩達も気合いが入っている。そのサポートをして、少しでも良い成績を収めて欲しい。
…可能なら、ウィンスターの人達を負かして欲しいものね。特に、ギーズルの奴を。
「私は、もう少し勉強していきます」
みんなが席を立つ中、ハンナさんだけが机に齧り付く。今波に乗っているらしく、もう少し頑張るそうだ。
「あたしも残ろうか?」
「いえ。大丈夫ですわ、エリカさん」
カバンにしまった教科書を取り出そうとしたエリカさんに、ハンナさんはしっかりと断る。
友達の為に残ろうとするエリカさんも、それを感じて断るハンナさんも優しいですわ。
「ハンナさん。頑張って下さい」
「ありがとうございます、クロエ様。クロエ様も」
「ええ。サモン部のマネージャー、頑張りますわ!」
私はガッツポーズを作って、ハンナさんに答える。
…あっ、ブーちゃんみたいな事をしてしまいましたわ。恥ずかしい…。
「今日も頑張りましたわね〜」
【ブフ〜】
部活帰り。私はブーちゃんと並んで、寮への道を歩いていた。
ここら辺は人通りも少ないから、ブーちゃんを出していても文句は言われない。それに、最近はブーちゃんの事も広まっているからか、オークだと驚かれることも大分減った。
いつも部活でゴロゴロしているからね。みんな見慣れてくれたみたい。
この前なんて、園芸部からブーちゃんを貸してくれないかって依頼されちゃった。ブーちゃんに畑を耕して欲しいそうだ。
ブーちゃんのゴロゴロをやったら、二度と野菜が生えない畑になっちゃうと思うんだけど…。
【ブフーフ!】
色々思い出していたら、ブーちゃんが大きな声を出して前を指さす。
見てみると、そこにはエリカさん達の姿があった。彼女の隣には、図書館で別れたハンナさんの姿もある。
もう日も沈もうとしている時間に、ネメアス寮の彼女がどうしてここに?勉強でも聞きに来たのかしら?
気になって彼女達に近付くと、ハンナさんが泣いていることに気が付いた。
えっ?
「どうしましたの!?」
私が慌てて駆け寄ると、エリカさんに抱きついていたハンナさんが、今度は私の胸に飛び込んで来た。
「ク、ク、ク、クロエ様!」
「なんですの?ハンナさん。ちょっと落ち着いて…」
「で、で、で、出たんですの!」
出たって…何が?黒いあいつ?
私が見つめる先で、青い顔のハンナさんが、震える声でこう言った。
「ゴーストですわ!」




