60話〜もうちっと、こっちに寄れ〜
静かだったお爺さんのお店に、荒々しい足音を響かせて1人の大男が入店した。
何事?と私は警戒心を最大にして、その男の影を睨む。すると、男がずんずんと店内に入って来たことで逆光が弱まり、男の顔が見えた。
仏頂面だった男の顔が、私を見て驚いた表情になる。
「うぉ!嬢ちゃんじゃねぇか!」
「えっ?ヨルダン、さん?」
その大男は、ハイドの森に行く途中で相乗りになった、Cランク冒険者のヨルダンさんだった。
なんで、家具屋さんに冒険者さんが来ているの?
「どうしたんだ?嬢ちゃん。従魔も連れて、こんな所で何してんだ?」
私が聞く前に、ヨルダンさんから先に質問されてしまった。
なので私は、部屋に飾る家具を見繕いに来たことと、寮の部屋をリフォームするための道具を買いに来たと答える。
ヨルダンさんが腕を組みながら、うんうん頷く。
「部屋の改修か。そいつは良い趣味してんな。俺もやりてぇと常々思ってはいるんだけどよ、宿生活だから勝手に手ぇ出すと店主に大目玉食らうんだわ」
「それじゃあ、ヨルダンさんはどうしてここに?」
「そりゃ、勿論。爺さんの新作が出来たって風の噂で聞いたから来たんだよ」
新作?新しい家具ってこと?
聞こうと思ったけど、ヨルダンさんは私達を追い越して、お爺さんに「早速で悪ぃけど、見せてくれよ」と言って店の奥に行ってしまった。
私はどうしようか迷ったけど、ブーちゃんも彼らに続いたので、私も3人に付いて行くことにした。
「うぉ!こいつが新作か」
そう言ってヨルダンさんが手に取ったのは、大きな鎧だ。騎士が着けるプレートアーマーに見えるけど、所々に黒い鱗のような物が付いている。私が見ても、かなり本格的な鎧だ。
お爺さんは、家具職人さんってだけじゃなかったの?
「壊すんじゃないぞ。もし傷でも付けようものなら、製作費の倍で買い取らせるからな」
「はっは!冗談キツイぜ、爺さん。あんたが作ったもんが、そうそう簡単に壊れる訳ねぇだろ」
私が驚いて見ている先で、お爺さんとヨルダンさんは仲良さそうに掛け合いをしている。ヨルダンさんが鎧の鱗部分を触って、「へぇ」と声を上げる。
「こいつは珍しい。怪鳥コリの羽じゃねぇか」
「えっ!?」
私はつい、声を上げてしまう。
すると、ヨルダンさんがこちらを振り向く。
「なんだ、嬢ちゃん。知っているのか?」
「えっと……少し」
どう言うべきか迷いながら、私は端的に答える。
すると、ヨルダンさんは嬉しそうに頷く。
「そいつは嬉しいね。コリは俺の故郷で見られる魔物なんだよ。夜闇に紛れて人や家畜なんかをかっ攫うんで、魔物と言うよりも厄災や悪魔だと恐れられてんだ。討伐隊を組もうにも、見えない相手じゃどうしようもないからな」
「そうじゃ。だから素材も大変貴重で、そいつの材料費も大金貨3枚と値が張っておる」
「はぁ!?大金貨3?家が建つじゃねぇか」
ヨルダンさんは驚いて、慌てて元の位置に鎧を戻す。
それを見て、お爺さんはちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「そいつを着たいなら、Aランク冒険者に這い上がるしかないぞ、ヨルンよ」
「ちっ。どうせ俺は、万年Cランクだよ。ったく」
楽し気に話し合う2人の会話を、私の耳は半分も捕えていなかった。
私達が倒した怪鳥が、そんな高値で取引されているなんて。なんだか、とても誇らしいわ。お兄様がビッグホーンを仕留めたって、家で角を飾っていたけれど、こんな気分だったのね。
「どうした?嬢ちゃん。鎧を見ながらニヤニヤしちまってよ」
「えっ!?あっ、いえ…」
私は慌てて視線を外す。すると、お爺さんの鋭い目とかち合った。
お爺さんが顎を掻く。
「ふむ。随分と嬉しそうな顔をしているな。まるで、生産者の顔じゃ。もしやお前さん、この魔物の討伐に関わっておるのか?」
「ええっ!えっと、その…」
私がしどろもどろになると、お爺さんは更に目が鋭くなり、ヨルダンさんは「マジか?」と私とブーちゃんの間で視線を行き来させる。
そして、ブーちゃんがグッと力こぶを作ると、「マジかよ…」と言葉を失った。
お爺さんが「ふっ」と笑う。
「お嬢さん。お前さんに、お前さん達に頼みがある。高ランクの魔物を狩り、素材をラッセルの市場に流してほしい。可能であれば、亜竜や飛竜も頼みたい」
「えぇ…いえ、お爺さん。私はEランク冒険者なんです。Aランクどころか、Bランクを相手にしただけで死にそうだったのに、ドラゴンなんて…」
「頼むぞ、貴族のお嬢さん。今や上級魔物の素材は全て、王都やゲイルランド帝国にばかり流れてしまっている。ラッセルの防衛力を上げる為にも、お前さん達の力を借りたい」
お爺さんはそう言って、強い視線をこちらに向けて来る。
そう言われてもなぁ…。
私は何とも言えず、ただガッツポーズを決めるブーちゃんを見上げるだけだった。
「やっぱ、嬢ちゃんはすげぇ魔法使いだったんだなぁ」
「やめて下さい、ヨルダンさん」
お爺さんの家具屋さんを後にした私は、下町の大通りをヨルダンさんと一緒に歩いていた。彼が泊まっている宿舎は反対方向なのだが、私を貴族街まで送り届けてくれると言ってくれたので甘えている。
その道中で、何度も私を持ち上げて来るんだけど…。本当に止めて欲しいわ。
「コリを倒しておいて、何言ってんだよ。俺も駆け出しの頃、家畜のヤギを取られそうになって戦ったけど、斧で思いっきり叩き斬ってやった筈なのに傷一つ付けられなかったんだわ。そんで、そのまま闇の中に消えちまった。あれを倒すには、やっぱ魔法じゃねぇとダメなんだろうな」
「魔法…なのかしら?」
ブーちゃんは思いっきり物理で殴っていたように見えたけど、ブーちゃんの体は魔力で出来ているから、魔法で殴ったとも言えなくない。闇に溶けた怪鳥を探索出来たのも、ブーちゃんが闇属性だったからかもしれないし。
そういう意味では、怪鳥コリはブーちゃんにとって戦いやすい相手だったとも言えるかも。硬い羽根も、ブーちゃんのパンチならダメージを与えやすいだろうし。
「嬢ちゃん。もうちっと、こっちに寄れ」
そんなことを考え事をしていると、ヨルダンさんが私の肩をグイッと引っ張った。
なにごと!?と彼を見上げると、ヨルダンさんは私を見ておらず、斜め前を睨みつけていた。
そちらを見ると、襤褸切れを纏った集団がこちらに歩いて来ていた。その誰もが痩せこけた姿で、目だけがギラギラと鋭く光っている。
この人達は?
「フリーカンパニー。傭兵ギルドの奴らだ」
「えっ」
それって、ケント君が言っていた人達だ。
「気を付けろ、嬢ちゃん。近頃は小競り合いも起きていないから、奴らは相当飢えている。近づかれたら何を取られるか分からねぇぞ」
「えぇ…」
ケント君が言っていた通りだ。やっぱり、ならず者の集まりなのね。
私達はなるべく通路の反対側を通り、彼らと距離を置く。何かされたら大変と、彼らに厳しい視線を向ける。
その時、私の口から声が漏れた。
「えっ?」
「どうした?嬢ちゃん」
ヨルダンさんの問い掛けに、私は答える事が出来なかった。
通り過ぎる傭兵団の中に、気になる物を見つけてしまったから。
それは、襤褸切れの切れ間からチラリと見えた、白を基調とした服。それが、ロゼリアの制服に思えたのだ。
「なんで、あんな人達が?」
「さてな。奴らの本拠地は、南東の貧民街の筈なんだが」
ヨルダンさんは、傭兵団が貴族街付近に居ることに、私が疑問を持ったと思っているみたい。
それじゃあ、彼にはあの制服が見えなかったのかしら?それとも、私が見間違えただけ?
私はもう一度、彼らを振り返る。でも、その時には既に彼らの姿は遠くにまで行ってしまい、彼らの背中しか見えなくなっていた。
その彼らを、ヨルダンさんも厳しい目で見つめる。
「噂だけどよ、嬢ちゃん。あいつらは金持ちを相手にした、裏カジノを経営しているらしいぜ」
「裏カジノ?」
「ああ、そうだ」
ヨルダンさんは鼻にシワを寄せて、傭兵団が去った方を睨みつけた。
「何をやってるかは知らねぇけど、狂った奴らが集う魔窟だとよ。近付いたら最後、血液の一滴まで吸い尽くされる、まさに蟻地獄。絶対に近づかねぇ方が良いぞ」
蟻地獄。
そんなものがこの街にあるなんてと、私は足元がグラグラ揺れているように感じた。




