59話〜客か?〜
「はぁ…」
何度目になるか分からないため息を吐いて、私はベッドから起き上がる。
あまり寝た気がしない。目を閉じると、どうしてもレックス様の言葉とお顔が思い出されてしまった。
魅力的だと、彼は言っていた。荒事を行う女性でも、彼の様な殿方は振り返ってくれると。
それって、どうなんだろう?本当に、その言葉に甘えてもいいのかな?やりたいようにやっても、誰かは見てくれているものなのかしら。
もしもそうなら…。
『ダメですよ』
頭の中で、声が響く。
何度も繰り返された声。
『ダメですよ、クロエ。しっかりとレッスンを受けなさい。出来なくてもやるのです。バーガンディ家の令嬢として、恥ずかしくない教養を身に付けなければいけません』
『バーガンディ家の者として、相応しくあるのです。決して、家の名を汚してはいけません。お前はバーガンディ家の人間なのですから』
「…やはり、無理ですわね」
私が侯爵令嬢である以上、責務からは逃れられない。周りが求める姿に向けて、精一杯背伸びをしないといけない。そうしないと、私は私で居られなくなる。
レックス様はあのように言って下さったけど、やっぱり私には無理だ。
私は、クロエ・バーガンディ。侯爵令嬢なんですもの…。
【ブフーフ】
私が顔を伏せていると、ブーちゃんの声が聞こえた。
「そうよね。今日は日曜日なんだから、何かしないと。ブーちゃんは何処かやりたい事ある?」
【ブーブフ】
ブーちゃんの腕がボイドから出てきて、部屋の一角を指さす。そこからは、僅かに朝の冷気が流れてきていた。
ああ、そうだったわ。部屋の改装をしようとして、後回しにしていたんだったわ。
「よし。じゃあ今日は、街で買い物三昧よ!」
【ブフーフ!】
という事で、颯爽と街へ繰り出した私達だったが、大事なことを1つ忘れていた。
お財布の中身が、空っぽだったのだ。
「そうだったわ。この前に買った兵士のテントが高すぎて、お小遣いの殆どを使ってしまったんでしたわ…」
学園で生活していると、お金を使うタイミングがあまり無いから財布の中身を把握していなかった。特に私は、日用品をボイドの中にしまっているので、チマチマ買い足す必要もない。
だから、今まで所持金を気にしていなかったけど…。
「これでは、カーテンの1枚も買えないわね」
【ブー】
私が落ち込んでいると、ブーちゃんの腕が街の北側を指さす。何があるのかと、その腕に導かれると、そこには古びた館が。
ラッセルの冒険者ギルドだ。
「あっ、そう言えば。プリムローズの報酬をまだ受け取っていなかった」
色々あって忘れていたけど、何個かクエストをクリアしていると受付のお姉さんが言っていた。最低ランクの依頼だから報酬は大した事ないとは思うけど、今は少しでも軍資金が欲しいところ。
そう思って入ったギルドだったが、入ると同時にお姉さんから呼び止められてしまった。
そして、
「やっとこれをお渡しできますよ」
そう言って渡されたのは、キラキラと光る金貨が2枚。
えっ?
「こっ、これって、この前のプリムローズの報酬…なんですの?」
「いえ」
あっ、違うの?
「グランビートルのクエスト報酬です」
…えっ?
それって、プリムローズの報酬と何が違うの?
訳が分からずにお姉さんを見詰めていると、お姉さんは金貨の横に、一回り大きな金貨をペチンッと並べた。
大金貨。金貨10枚分(1000万円)の硬貨だ。
「そしてこちらが、怪鳥コリの素材報酬です」
「コリって…もしかしてあの黒い怪鳥のこと?」
「そうです!とっても珍しい魔物で、鋼鉄の羽は軽くて頑丈な鎧になるので、最高級防具として上級冒険者や軍から高い人気があるんですよ。加えて、素材の状態も非常に良かったので、報酬が跳ね上がりました!」
ええっ!そうなの?
確かに、ブーちゃんのパンチを受けてもピンピンしていたし、かなり頑丈な鳥だとは思っていた。だけど、まさかそれが大金貨に化けるほど貴重な鳥だったなんて…。
そんな貴重な鳥を倒してしまって良かったのかしら?と、私がちょっと不安になっていると、お姉さんが何枚かの羊皮紙を机に並べた。
えっと…何これは?
「それでですね。クロエ様に是非、受けて頂きたいクエストがありまして」
そう言って並べられたクエストだけれど…どのクエストにも要求水準の項目に〈Cランク〉の文字が記載されている。
「あの、このクエストにはCランクってなっているのですが?私はEランクですわよ?」
「あっ、(小声)しまった。この子は字が読めるんだった…」
ちょっと?お姉さん。何か小声で言ってませんでした?なんで慌てて要求水準のところを指で隠そうとしているの?もう見ちゃったから無駄よ?
私はため息を一つ吐き出し、首を振る。
「どちらにせよ、今日は予定がありますの」
「いつでも構いません!お時間ある時に是非!依頼者が首を長くして待っていますので」
ぐっ…。
そう言われてしまうと、断り辛いですわ。
「分かりましたわ。時間が出来たら、また覗かせて頂きます」
「流石クロエ様!」
ちょっと、あまり大きな声で名前を言わないで頂戴。
やっぱり、クロエの名前で登録したのは不味かったかもしれないわ。こうして塩漬け案件を片付けていると目立つみたいだから、何とかしないといけないわね。
また考えないといけないことが出来て、私は肩を落とす。
「ええっと…ここが、お姉さんの言っていた家具屋さんですわね」
冒険者ギルドを出た私は、下町の家具屋さんに来ていた。
店の外装は、貴族街の最高級家具屋さんと比べてしまえば雲泥の差だけど、品ぞろえと信用性は高いとお姉さんに推されたので、試しに来てみた。
「お邪魔しますわ」
古びた扉を開けると、途端に木の良い香りが広がった。少し暗めの店内だけど、丁寧に手作りされた家具が理路整然と陳列している。
職人の気質が窺えるわ。
「なんだ嬢ちゃん。客か?」
お店の中に入って家具を見ていると、店の奥から小さなお爺さんが出てきた。
頭は随分と寂しく、片足を引きずった高齢のお爺さんだが、目は鋭く、瞳の中には熱い光が宿っていた。
ただのご老人じゃなさそう。
私は姿勢を正し、しっかりとカーテシーで挨拶する。
「初めまして。ロゼリア学園の生徒で、クロエと申します。本日は家具と壁の隙間を埋める材料を買い求めて来店しましたの」
「ほぉ。なんでまた、貴族様が儂の店なぞに来た?」
うっ…。家名を言っていないのに、貴族ってバレている。やっぱりロゼリアの名前を出したのが不味かったのかな?でも、ただのクロエじゃ信用性が無いだろうし。
どう言うべきか迷っていると、お爺さんは重ねて質問してくる。
「この店は表通りから随分と離れておる。それでも探し当てたと言う事は、誰かから教えられて来たんじゃないのか?」
「あっ、はい。冒険者ギルドのおね…シンシアさんから教えてもらって」
「ふんっ、冒険者ギルドか。ならお前さんも、冒険者の1人ということか」
私が答える前に、お爺さんは私の目を見て「ほぉ、腐ってはおらんか」と一言呟いて、私に背中を見せた。
「それで?探しに来た家具とはなんじゃ?大抵の物はここに置いてある。無かったとしても、1月もあれば作ってやるぞ」
「えっと、色々とあって…少し店内を見て回ってもよろしいでしょうか?」
恐る恐る問いかけると、お爺さんは「好きにせい」と言って、片足を引きずりながら店の奥に引っ込んでしまった。
大丈夫なのかしら?物とか盗まれたら、あの足では追いかけられないでしょうに。
余計な心配をしながら、私は店内を見て回る。作りのしっかりしたベッドや机、可愛らしい椅子など、見れば見る程欲しい物が増えていく。
さて、どれを買うべきかしら?と悩んでいると、
「決まったか」
突然、お爺さんが後ろに現れた。
私はびっくりして、垂直に跳び上がってしまった。
それを見て、「ふんっ」と鼻を鳴らすお爺さん。手には木製の入れ物が握られている。
それは?
「こいつは乾燥パテじゃ。少量の水と合わせると粘性を取り戻し、乾燥すると固まる。木の隙間を埋める道具じゃ」
あっ、これを取りに行っていたんだ、お爺さん。
私はお爺さんから乾燥パテを2ケース買って、その他にも椅子や机、カーテンなどを買い求めた。
「締めて大銀貨8枚(80万)と銀貨3枚(3万)。端数は負けてやる。配送の手配は冒険者ギルドに…」
「あっ、それは大丈夫ですわ」
私はブーちゃんを呼び出して、買った品をボイドに入れてもらう。私じゃ持ち上がらない物も、ブーちゃんの怪力なら片手でヒョイヒョイだ。山のように積み上げた戦利品が、次々とボイドの中に納まっていく。
そして、ものの数分で収納完了。
「終わりましたわ」
「……」
終了の報告をすると、お爺さんは私を見ていなかった。
ジッと、ブーちゃんを見上げている。
あっ、魔物を店内で召喚したら不味かったかな?
「…良い目だ」
私が謝ろうとすると、それよりも先にお爺さんがぼそりと呟いた。
えっと…それはブーちゃんの事よね?
「拳も良く使い込まれている。まるで古代のパンクラティアストを見ている様だ」
「パンク…えっ?」
お爺さんが何を言っているのか分からず、私は固まってしまった。
すると、店のドアが勢い良く開いて、誰かが入って来るのが見えた。
「ちーっす。爺さん、まだ生きてるかぁ?」
そう言って入って来るシルエットは、とても大きな男性の物。
ドカドカと足音荒く入って来る大男に、私は眉を顰めた。




