5話~やっぱりムリムリ~
ご愛読いただき、ありがとうございます。
ちょっと長くなってしまいました(5000字オーバー)
アンネマリー様と別れて、私はトボトボと自分の教室前まで来ていた。目の前には、〈1年Cクラス〉と書かれた扉が立ち塞がる。
私はその前で一旦止まり、深呼吸して中に入る。
Cクラスだからと気持ちを引き締めたけど、中は中等部の頃とあまり変わらない。2人掛けの机が整然と並び、私のすぐ目の前には大きな黒板が壁に埋め込まれている。窓際には観葉植物が幾つも置かれており、外から入り込む光を名一杯に浴びていた。
思ったよりも、造りのしっかりした教室だった。
「あっ!昨日の人!」
私が入口で立ち止まっていると、元気な声がクラスの中に響いた。
階段で私とぶつかったエリカさんだ。
「もしかして、同じクラスなのかな?あたしはエリカだよ!宜しくね」
「えっ?ええ、そうね。宜しく。私はクロエよ、クロエ・バー」
「よろしくね!クロエ!」
えっ!?いきなり呼び捨て?
驚く私を置き去りに、エリカさんは手にした小さな箱から青いバッチを1枚取り出して、私に差し出してきた。
こ、これは…。
「クラスバッチだよ。色でクラスを分けるんだって。私達はCクラスだから、青色だってさ。可愛い色だよね」
知っているわ、エリカさん。中等部でもクラスバッチはあったから。
でも、中等部の時は赤色で、アンネマリー様と一緒のAクラス。青色は、最低クラスの証。だから、かなりショックを受けてしまい、直ぐに受け取ることが出来なかった。
そうしていたらエリカさんが「付けてあげるね!」と一方的に付けられてしまった。
「良く似合ってるよ。可愛い!あっ、また誰か入って来た。やっほう!あたしエリカ!よろしくね!」
新しい獲物…クラスメイトを見つけて、エリカさんは過ぎ去っていった。
…台風みたいな子ね。
「ねぇ、あの人」
「噂のブタ令嬢?」
「しっ!聞こえるわ」
エリカさんの飛び跳ねる姿を見ていたら、後ろからそんな声が漏れ聞こえた。
振り返ると、慌てて顔を伏せるクラスメイト達。
…どうやら、歓迎してくれるのは平民のエリカさんだけみたいだ。
私は机の間を通り抜けて、一番後ろの席へと向かう。
噂好きの人達から見えないところの方が、少しは気が休まると思って。
私が通り過ぎる時も、クラスメイト達はヒソヒソと噂話にご執心だ。私と目が合いそうになったら、露骨に顔を伏せてしまう。
完全に腫れもの扱いだ。この子達は殆どが子爵以下の家柄だから、彼女達からしたら私は格上の人間。だけどこの態度なのは、私を下に見ている証拠なのかも。
ファミリアは術者の心を映す鏡とも言われているから、私がオークのような人間と思わているんだわ。きっと、食いしん坊とか頭が空っぽだとか、内心ではそんな風にバカにしている。
あの時お腹さえ鳴らなければ、私は最初に唸っていたワンちゃんをファミリアにしていたかもしれないのに。プランダール様のサンドイッチをもう一個食べて…いえ、そもそも、サロメが強引に私を誘わなければ、私はしっかりとお茶会で腹ごしらえが出来たのよ。
サロメめ。全部あいつのせいじゃない。こんなに噂が広がったのも、全部…。
やめよう。そんな風に思うのわ。
私は最後列の席に座り、こちらをチラチラ見て来る人を無視する為に教科書を開く。
でも、その文字が頭に入ることはなかった。
先生が教室に入ってきて何か言っているけれど、私の頭は別の事を考えてしまう。
起きてしまったことは仕方がないわ。今はただ、一刻も早く新しいファミリアを手に入れる事を考えるんだ。
アンネマリー様が言われていた方法は現実的じゃないから、やっぱり再召喚を目指すべきね。校長先生は3年はかかるかもって言われていたけど、もしかしたら1年ぐらいで来てくれるかも知れないし。
術者様が来て下されば、後はお金を渡して召喚を引き剥がしてもらっ…。
「あっ!」
「うん?どうかしましたか?バーガンディさん?」
私は重大なミスに気が付いてしまい、つい大きな声を上げてしまった。
先生が怪訝な顔で私を見て、みんなもこっそりこちらを盗み見ている。
「いえ。なんでもございません」
でも、私はみんなの様子にも気が付かず、気の抜けた返事をしていた。
普段だったら恥ずかしくて縮こまっていただろうけど、それよりも焦りの方が勝っていたからだ。
お金…どうしよう…。
顔を伏せた私は、再び頭を抱える。
校長先生に「お金は何とかします」と言った時は、実家から何とか工面してもらおうと思っていた。
でも、よく考えてみればそれは出来ない。再召喚にはかなりの大金が必要だから、絶対にお金の使い道を探られる。そうしたら、私がオークを召喚した事がバレてしまう。
そうなったら、なんて言われるか分からない。最悪、勘当を言い渡されてしまうかも。
そうなったら、全てがお終いよ。
絶対に、周囲にバレずにお金を稼いで、術者様にお金を渡さないと。
どうしよう。どうやってお金を稼ごう…。
街に出てアルバイトをしてみるのはどう?
いえ、駄目ね。愚図な私ですもの。家にいた時みたいに、みんなに迷惑を掛けるだけだわ。私は本当に、才能がないんだもの。
お父様の秘書見習いをした時に、領の収支計算を間違えて会計士さん達を困らせてしまった。
お兄さまと剣の稽古をした時も、何故か持っていた剣がお腹に刺さりそうになって、急遽ヒーラーを呼んだこともあったわね。
剣術だけじゃなくて、魔法の才能もない。生け花もバイオリンも、乗馬もダメだった。
…っと、いけない。暗くなっている場合じゃないわ。私に何が出来るかを考えないと。
そもそも、貴族街で働いていたら、学校の生徒にバレるかもしれない。
別に、学校がアルバイトを禁止している訳じゃないけど、これ以上変な噂を立てられたら堪らない。ブタ令嬢の次は、貧乏令嬢とか言われそうだわ。
そうなったら、家の沽券に関わってしまう。かといって、下町で働くなんてまっぴらごめんよ。
どうしよう。働かないと稼げないけど、働くと噂に尾ひれが付きそう。働かないで稼ぐ方法なんて、何かあるのかな?
だんだん、怠け者みたいな考え方に傾いてしまった。これじゃまるで、一獲千金を狙う冒険者みたいじゃな…。
「一攫千金?」
そうよ。それがあるじゃない。
トレジャーハントよ!
思い立った私は、放課後にとある場所に来ていた。
ここは図書館。数え切れない書物と、貴重な地図が保管されている場所だ。きっとここなら、お宝の情報もあるはず。
人に聞いた方が早いかも知れないけれど、そうしたら私がお金に困っていることが周りに知られてしまう。だから、自力で情報を得る為にここへ来ていた。
そう思って本を読み漁ってみたけど、なかなか見つからない。お宝はここよ!って直接的な表記があったら1番楽なのだが、そんな怪しい書物はここに置いていなかった。
あっても、金塊を載せた船が何処そこで沈没した…くらい。
その海が近かったらとてもいい情報だったけど、遥か遠く異国の話だった。
そう。距離的な問題もある。
私には平日に授業があって、まとまった時間が取れる週末だって2日間が限度。だから、ここから遠くは離れられない。
そう考え直した私は、異国の英雄譚をそっと閉じ、近隣地域の歴史書を読み漁った。すると、金塊云々と言う直接お宝を示す言葉はめっきり減ってしまい、勇者等の偉人が何処で活躍したかを記すものばかりになってきた。
「手頃な場所だと、お宝は全部取られちゃっているのかしら?」
私が諦めかけたその時、気になる一文が目に入った。
150年前の、初代勇者様のお話だ。
〈魔王の討伐に成功した勇者一行だったが、ハイドの森で道に迷い、1週間も飲まず食わずで彷徨った。結局、街道に出た時には立つこともままならなくなっており、また帯刀していた宝剣コルダーを失っていた。それに気付いたのは、随分後の事だった〉
ハイドの森とは、ここから馬車で半日もかからない大きな森だ。週末なら十分に行ける距離だし、勇者が持って帰ろうとした宝剣なら十分に価値があると思う。
それを売れば、再召喚に必要な大金貨2枚(2000万円)くらいの価値にはなるんじゃないかしら?
「ハイドの森ね。よーし」
なんだか、漸く目の前が明るくなった気がした。
これが正しい道なんだって、私の心がワクワクを取り戻していった。
取り戻したと、その時は思った。
けれど、いざ森を目の前にすると、その気持ちは一気に萎んでしまった。
乗合馬車に揺られ揺られて、更に1時間近くを歩いて着いた先には、鬱蒼と木々が茂る暗い暗い森が広がっていた。
真っ暗過ぎて、何も見えない。名も知らない草が伸び放題で、足の踏み場もない。
まるで緑の壁だ。壁に阻まれたみたいに、私の足が動かなくなってしまった。
「待って。この中を探すの?」
ムリムリムリ!こんな真っ暗で、虫とか蛇とか魔獣がいっぱい居そうな場所に入るなんて、想像するだけで寒気がする。
それに、何百年も前の勇者が落とした剣を探すのに、こんな暗かったら黄金の金塊ですら見落としてしまうわ。
この日の為にと新調したバッグの紐をギュッと握り、私は震える気持ちを正そうとする。既に泥だらけになりつつある冒険者用のブーツを見て、どうするべきか悩む。
確かに怖い。けど、このままだとお金が手に入らない。マトモに働けない私からしたら、これが千載一遇のチャンスなのよ。他に、選択肢はないんだから。
私は覚悟を決めて、被っていたヘルメットの位置を直して、ふんすっと進む。森の中へと、分けいって行く。
そして、
「あっ、やっぱりムリムリ」
数歩進んだところで引き返してしまった。
だって、凄く怖いんだもん。入った途端に、周りの雑音が聞こえなくなったし、何処からか見られている気もした。
そう、まるで森そのものが、私を食べようと待ち構えているように思えた。
「こうなったら、出してみる?」
私は手袋を外して、右手の甲を見る。そこには、小さな黒色の刻印が描かれていた。
召喚魔術の刻印だ。
ここに魔力を流すと、契約したファミリアをこの世界に呼び出す事が出来る。
とても危険だから、十分に訓練を積むまで授業外での召喚はするなって、召喚魔術の先生は言われていた。
けれど、今は緊急事態だ。危ない時は、召喚だけして逃げる時間を作りなさいって、お兄様も言われていたじゃない。
それに、魔物を倒す為の魔道具も持ってきている。いざと言う時は、それで攻撃して怯んでいる間に召喚を解除したら良いんだ。
お父様から頂いた大切なペンダントだから、出来れば使いたくないけど…。
「よし。行くわよ…召喚!」
私はつい、声を出していた。
魔法みたいに声を出さなくても、魔術だから魔力を流すだけ召喚は出来るのに。
…気合、みたいなものかしら?困難に立ち向かうんだもの。そう言うのも大事よね。
「あっ、魔力が吸われてる」
刻印が更に真っ黒になって、私の中から熱いものが抜けていくのを感じる。
でも、それも微々たるものだ。初級の攻撃魔法を一発放った時と同じくらい?やっぱり、低級魔物だから、消費する魔力も少なくて済むみたい。
そこはメリット…なのかな?
そんなことを考えている内に、刻印の黒が空中にも浮かび、そこから手が生えてオークが這い出てきた。
【ブフゥ】
「うっ…やっぱり大きい…」
召喚の儀ではチラリとしか見ていなかったけれど、それでもこの大きさには圧倒された。
見上げるよりも大きく、明らかにお父様よりも背が高い。横幅もお父様2人分…いえ、3人分かしら。きっと、私がいつも乗る馬車よりも大きいんじゃないかしら。
でも何故だろう。そこまで怖いと感じない。見た目の割に、その紫色の瞳がつぶらで可愛いからかしら?
可愛い?何を言っているの、私。
相手は獰猛で頭空っぽな魔獣よ?気を緩めたらその瞬間、パクリと食べられてしまうわ。
私は一歩後退りして、攻撃用の魔石がハマった指輪をオークの方へと突き出す。同時に、カバンから調教用の鞭を取り出し、それらをギュッと握った。
「い、いいこと!?私がアナタの召喚者よ!ちゃんとめ、命令に、従いなさい!」
噛んだ!しかも、声も上ずって何を言ってるか自分でも分からないレベル。こんなことじゃ、子犬だって欠伸をするわ。
そう思ったけど、オークにはちゃんと伝わったみたいだった。
腰を折って、こちらにツルツルの頭を向けてきた。それはまるで、執事がお辞儀をしたように見えてしまった。
えっ?そんなことある?だってオークって、主人の命令も聞かないおバカさんなんでしょ?たまたま、そう見えただけよね?
私は鞭を握りしめていた手を少しだけ緩めて、森の方を指さす。
「い、今から私は、この森で宝探しをします。アナタは…ええっと…先に森に入って、私を導きなさい!」
【ブフ】
オークが私の声に答えた気がした。
私の勘違いよね?と思っていると、オークはくるっと踵を返して、森の方へと歩いて行く。そして、その鬱蒼と茂った草木をバキバキッと踏みつけて、森の中へと入っていった。
…うそ。これって、私の言っている事をちゃんと理解しているんじゃない?だって、偶然にしては出来過ぎだもの。
もしかしてオークって、聞いていたほどバカじゃないのかもしれないわ。
「思ったより、何とかなるかもしれないわね」
私は再び、希望の光を見た気がした。
イノセスメモ:
・魔法…詠唱をして魔力を具現化する方法。詠唱魔法とも言う。
・魔術…刻まれた術式に魔力を流して具現化する方法。
・金貨の価値
銭貨=1円
大銭貨=10円
銅貨=100円
大銅貨=1000円
銀貨=1万円
大銀貨=10万円
金貨=100万円
大金貨=1000万円
白金貨=1億




