58話~他がどうかは知らねぇけどよ~
「ありがとうございました!クロエ様!」
「また助けて頂いちゃったわ!」
「ああ…素敵!凄く恰好良かったです!」
ギーズル達を撃退して昼食会を再開しようと思ったら、興奮気味なハンナさん達に囲まれてしまった。
熱烈にお礼を言われてしまったけど…殆どブーちゃんがやってくれた事なのよ?私は最前列で観戦しただけだし。
「いいえ。クロエ様も素敵でした」
「そうですよ。ブーちゃんさんにプロテクションの魔法を投げ渡す所なんて、感動で前が見えなくなりましたわ」
「ブーちゃんさんが危なくなった時、直ぐに指示を出している所もですわ。歴戦のサモンファイターみたいで、感動しました」
あれは指示じゃなくて、ただ焦って声が漏れただけなんだけど…。
なんと言えばいいのか迷っていると、みんなの視線が私からブーちゃんへと移る。
「ブーちゃんさんもありがとう!貴方って、賢いだけじゃなくてとても強いのね」
「オーガに勝っちゃうなんて信じられないよ。本当はオークナイト…いや、それでもオーガには勝てないか」
「とにかく凄かったわ!乱暴な魔獣をスマートに倒して、物語の英雄様みたいで格好良かったですわ!」
【ブフフ…】
「まぁ!ブーちゃんさんが照れてますわ」
「可愛いですわ。愛らしいですわ」
「強くてかわいいって最強かよ。なぁ、ちょっとその腕触ってもいいかい?」
ビアンカさんが上目遣いでお願いすると、ブーちゃんは嬉しそうにポーズを決めて、彼女に腕を触らせてあげていた。
「うわぁ。凄くたくましいわ!」
「オークってもっと、ブヨブヨのイメージがありましたけど、そうではなかったのですね」
ビアンカさんに続いて、コリンナさんもペタペタと触り、不思議そうにブーちゃんを見上げる。
それに、ビアンカさんは首を傾げる。
「いや、普通はブヨブヨだよ。この子が特別なだけ。ですよね?クロエ様」
「ええっと、私も野生のオークは見た事ないのだけれど、ブーちゃんも最初は太っていたのよ?」
でも、最近は随分と痩せてきている。三段腹だったお腹は段差が無くなってきたし、顎下にあったお肉もいつの間にか消えている。そして、その代わりに出てきたのが岩のような筋肉だった。
今のブーちゃんはとても強そうだけど、前は前で可愛かったと思う。
ブーちゃんが頑張ってダイエットした結果だから、残念には思わないけれどね。
「わぁ!すごーい!」
「高いですわ!」
ちょっと考え事をしている間に、ハンナさん達はブーちゃんの肩に乗せて貰っていた。
凄く楽しそう。
私だって、まだ乗せてもらっていないのに。
【ブフォッ!?】
つい睨んでしまったら、ブーちゃんが慌て始めた。
…うん。後でたっぷり、乗せてもらうわよ?
午後から再開した練習試合は、順調に進んでいった。相変わらずオルレアン部長とレックス様達は連勝を重ねているし、他の部員達は負け越している。
驚いた事に、ギーズルも勝ち進んでいた。オーギュスト先輩のグリフォンには快勝し、部長のマレちゃんともいい勝負を見せていた。
そして今は、レックス様のガルーちゃんと戦っていた。
「行けっ!ガルー!」
「自由にさせるな!ガオウ!」
召喚者達から熱の入った指示が飛び、2匹のファミリアがぶつかり合う。
それを見て、観客も他の選手も大きな声援を投げかける。
まるで決勝戦でも見ている気分。そう思えてしまう程に、2人の試合は白熱していた。
「「わぁああ!」」
「「レックスさまー!」」
「良いぞ!アルバン。そいつを倒して全勝だ!」
盛り上がり続ける会場。
それとは反対に、私の心は戸惑いでいっぱいになっていた。
あれ?なんでギーズルが強く見えるのかしら?ブーちゃんを相手にボコボコにされていたから、きっと口だけの男だと思ったのに、レックス様達に引けを取っていないなんて。
もしかして、本当に強かったの?私達を襲った時は、本気じゃなかったってことかしら?いいえ、でも、ズルだなんだってあんなに必死だったし…。
「「「わぁあああ!」」」
突然、大きな歓声が上がり、フィールドを見ると勝負が決まっていた。
「勝者!モントゴメリー!ロゼリア学園!」
「よっしゃあ!」
【ワウゥ!フゥ】
レックス様が勝ったみたいだ。
苦しい試合だったみたいで、レックス様は両手を掲げて勝利を喜び、ガルーちゃんは膝に手を着き肩で息をしていた。
「ああ、くそっ!」
その向こう側で、ギーズルが悔しそうに地団駄を踏む。青い顔で、地面に膝を着くオーガを睨んでいた。
そこに、笑顔のレックス様が手を差し伸べる。
「いい試合でしたね、先輩。またやりましょうや」
「ふんっ!今回はたまたま、俺の調子が悪かっただけだ!昼休みに変な奴から絡まれなかったら、この試合も勝てていたんだ」
「変な奴?」
「ああ、そうだよ。おかしな令嬢に突然、襲われて…」
また言い訳を始めたギーズル。でも、観客席に私の姿を見つけた途端、口をギュッと噤んでそそくさとフィールドを去ってしまった。
随分と私を怖がっているみたい。
情けない男ね。女性を怖がるなんて。
「なんだ?」
突然対戦相手が逃げ帰ってしまったので、レックス様は不思議そうにこちらを向かれた。
目が合ったので、取り敢えず私も拍手を送っておいた。
それから程なくして、練習試合は幕を閉じた。
ウィンスターとハロードの学生達は名残惜しそうに先輩達と別れの挨拶をして、学園から去っていく。
約数名、逃げるように出ていったけど、あれはきっとギーズル達ね。二度と来ないで欲しいわ。
「いやぁ、盛大に負けたな」
「相変わらず、ウィンスターは強いな」
「来月の都大会も厳しそうだな。週末に練習しておこう」
「息抜きも大事だぜ!オーギュスト」
先輩達も口々に今日の事を思い出しながら、自分達の寮へと戻っていく。明日は部活もお休みだから、浮き足立っている人もいた。
そんな人達を見送って、私は会場の片付けを行う。
マネージャーだからね。選手達が帰った後も仕事がある。逆に、選手達が頑張っている時は、1番良い席で観戦させてもらった。
帰り際に先輩達が言われていた都大会でも、監督席で選手達を見守る事が出来るみたい。
頑張らないと。
「さぁ、ブーちゃん。もうひと頑張りよ」
【ブッハハー!】
ブーちゃんはゴロゴロを引っ張って、フィールドを爆走する。
私は観客席のお掃除だ。みんな白熱し過ぎたのか、結構な数の落し物がある。ピアスだとか指輪だとかのアクセサリーや、財布なんかの小物が多い。中にはリュックをそのまま置き忘れている強者もいて、今頃焦っているんじゃないかって思う。
後でバルツァー先生達に届けなくちゃ。
そうして、落ちている貴重品をぽいぽいとボイドへ投げ込んでいると、誰かがこちらに近付いてくるのが見えた。
「おーい!バーガンディさん!」
「レックス…じゃなかった、モントゴメリー様」
そこには、爽やかな笑みを携えたレックス様がいた。
片手を上げていた彼は、その手を口元まで持ってきて、微笑みを苦笑いに変える。
「レックスで良いぞ、バーガンディさん。その代わり、俺もクロエさんって呼ばせてくれ」
「えっ、ええ。はい…」
良いのかしら?そんな仲良しみたいな事をしたら、殿下の時みたいにならない?レックス様のファンクラブに、シバかれたりしないかしら?
ファンクラブがあるかどうか、知らないんだけど。
「なぁ、クロエさん。大丈夫か?」
「えっ?大丈夫って…なんの事でしょう?」
「昼休みに、ウィンスターの奴らからちょっかい掛けられたんだろ?1年の女子達が噂していたぜ」
ハンナさん達ね。あの後、彼らに対して随分と怒っていたから、きっとみんなに言いふらしているんだわ。
でも仕方ないわ。先生達に言っても、軽い注意しかしてくれなかったんですもの。そうやって話を広めてくれた方が安全よ。ギーズル達がまた来た時に、みんなが事前に防衛出来るように。
「ご心配頂きありがとうございます、レックス様。でも、大丈夫ですわ。手を出そうとしてきましたけど、ブーちゃんがしっかりと跳ね除けてくれましたから」
「おう。その話も聞いているぜ」
ええっ!そんな事まで言いふらしているの?あの子達。
不味いわね。もしもブーちゃんがオーガを倒したなんて噂が広まったら、またみんなが勘違いしちゃうわ。
「レックス様。あの、どんな風に聞かれているか分からないのですが、噂はあくまで噂ですので、話半分で聞いていただけると助かりますわ」
「だが、あのオーガを倒したのは事実なんだろ?ギーズルの奴も、悔しそうにあんたを見ていたしよ」
「うっ」
それはそうだ。確かに、あのオーガは白目を向いて伸びていた。
私が言葉に詰まると、レックス様は少し視線を落として、私の瞳を真っ直ぐに見た。
「なぁ、クロエさん。あんた、選手にならねぇか?サモンファイトの選手によ」
「それは…遠慮しますわ」
「何故だ?あんたらは十分に強いぞ?」
本当にそうだろうか?だって、ギーズル達は随分と油断していた。相手がオークだと思って高を括っていた節がある。
正式な試合だったら、ああも簡単にいかなかっただろう。
それに、
「レックス様。私は侯爵令嬢なのです。女性は女性らしく、歌とダンスと芸術に秀でていなくてはいけません。そうでなければ、皆さんから白い目で見られてしまいます。ましてや、荒事を好むようなことがあっては、じゃじゃ馬娘と後ろ指をさされて、誰からも相手されなくなってしまうでしょう」
そうなってしまったら、本当に不味い。ただでさえブタ令嬢と揶揄されているのだから、相乗効果で大変な事になる。
ブタ令嬢の名前は外すつもりはないからね。せめてお淑やかなブタ令嬢を演じなければ。
「そうか。女の世界も大変なんだな」
私の力説に、レックス様は納得して下さった。ちょっと残念そうな背中を見せて、会場を去ろうとする。
でも途中で足を止めて、少しだけこちらを振り返る。
「他がどうかは知らねぇけどよ、クロエさん。俺はあんたみたいに強い女、そこらの令嬢よりも魅力的に見えるぜ」
そう言って、レックス様は足早に去っていく。
それを見て、私は暫く呆然としていた。去り際に見せた彼の赤い顔が、頭の中で焼き付いてしまっていて。
「えっと…私は、どうしたら良いのかしら?ブーちゃん」
私はパートナーに答えを求めたけれど、彼はただフィールドを爆走しているだけだった。




