57話~させませんわ!~
「可愛らしいお嬢さん達。僕らと一緒にお茶しようよ」
そう言ってきたのは、ウィンスターの制服を着た3人組。容姿はそれなりに整っていて、着ている装備もかなり良い物だ。だから、それなりの立場に居る人達というのは分かるんだけど、そのニヤ付いた口元を見る限りでは信用ならない。
言われるままにお茶なんてしたら、何をされるか分かりませんわ。
私は椅子から立ち上がり、彼らに毅然と立ち向かう。
「結構ですわ。私達は先輩方の応援に来ただけですの。折角のお申し出ですが、遠慮させて頂きます」
「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はアルバン。ギーズル侯爵家の人間だよ」
そう言って、得意げな顔をするギーズル様。
その顔が物語っている。僕は侯爵家の人間なんだから、断ったらどうなるか分かっているだろうな?と。
確かに、その効果はあった。私の後ろでハンナさん達が慌て始め、それを見てギーズル様達はいやらしい笑みを広げた。
でも、私は変わらない。同格の侯爵家であるならば、立場は私と対等。しかも、相手は大戦で爵位を得た家柄。平和な今は落ち目となっている侯爵家が相手なら、同格でも退く必要は無い。
「お初にお目にかかります、ギーズル様。私はクロエ・バーガンディ。バーガンディ家の3女ですわ」
「おおっ。バーガンディ家のご令嬢でしたか」
そう声を上げるギーズル様だったが、彼の顔は少しだけ歪む。完全に私達のことを格下だと思っていた様子。
これなら、何とかなりそうね。
そう、私は思ったんだけど…。
「何と素晴らしい。我々が出会ったのも、神様のお導きとは思いませんか?バーガンディ様」
ギーズル様達は止まらなかった。柵を超えて、私達の方へと無遠慮に歩み寄ってきた。
「是非こちらで、我々の試合をご覧ください。なに、私の後ろに居れば、どんな危険も跳ね飛んで行くことをお約束しましょう。何せ僕らは、強いですから」
そう言う彼らの姿は、言葉通り自信に満ち満ちていた。堂々と肩で風を切り、目を輝かせ、自分達が無敵であることを信じて疑っていない。
彼らは自分達の事を、格好良いとでも思っているのだろう。でも私からしたら背伸びしているだけに見えたし、後ろのハンナさん達からしたら怖く見えるみたい。私の背中を掴む彼女の手が、小さく震えているのを感じる。
私が何とかしなくちゃ。
「ギーズル様。今一度申し上げます」
私は姿勢を正して、彼らに強い視線を送る。
「私達は私達だけで応援させて頂きたく存じます。1年生で親交も浅い私達ですから、こう言った交流の場が貴重なのでございます。何卒、ご理解頂きたく」
私の強硬な態度に、彼らは足を止めてくれた。
でも、分かってくれた訳ではなかった。
「ああ、そうか。口だけじゃ分かりませんよね?いいでしょう。僕の力をお見せしよう!来い!俺のファミリア!」
ギーズル様は声を上げ、左手を突き出す。その手のひらに刻まれた刻印が赤黒く鼓動すると同時に、彼の前に1人の男性が現れた。
【オォオ…】
違う。男性じゃない。
顔を上げたその生物の額に生えた短く太い2本の角を見て、私は間違いを悟る。
そこに居たのはオーガ。魔物の1種だ。
「どうですか?僕のファミリアは。とっても強そうでしょ?実際、とても強いんですよ」
威圧的な笑みを浮かべるギーズル様。オーガの凶悪な姿も相まって、後ろの子達から悲鳴が上がる。
もう、我慢出来ないわ。
「ブーちゃん!」
私が叫ぶと同時、目の前に大きなボイドが現れる。
現れてから、ハッと思い出した。そう言えば、ブーちゃんはローラーゴロゴロの最中だったじゃない。
ああ、どうしよう!
【ブフゥ】
私が内心で焦っていると、ボイドの中から手が出てきて、直ぐにブーちゃんの体が這い出て来た。
あれ?貴方、さっきまで向こうを爆走していなかった?どうしてここに居るの?
私は疑問に思い、さっきまでブーちゃんの走っていた所を見る。すると、そこにも大きなボイドがあり、ブーちゃんの足だけがバタバタしているのが見えた。
…もしかして、向こうでブーちゃんがボイドを開いて、こっちにワープしてきたってこと?そんな事も闇魔法では出来るの?
私が驚いていると、ギーズル様達も戸惑いの声を上げる。
「なんだ?こいつは?ミノタウロス…いや、この鼻はオークか?」
「私のファミリア、ブーちゃんですわ」
ボイドから全身を現したブーちゃんを手で差しながら、私は堂々と宣言する。すると、途端にギーズル様達は笑い出す。
「オーク?ナイトでもジェネラルでもない、ただのオークがファミリア?」
「おいおい。冗談だろ?侯爵令嬢がオークとか、ヒヒッ、腹いてぇ」
「終わってんなぁ、こいつ」
散々笑ってくれたギーズル達は、涙を拭いながら手を払う。
「あー、バーガンディさん。あんたは来なくて良いよ。オークを召喚する女の子なんて、こっちから願い下げだ。後ろの女の子達だけ付いてきな」
「させませんわ!」
【ブフー!】
私が怒気を含んで声を上げると、ブーちゃんも一緒になって怒りを叫ぶ。組んでいた腕を解いて、通すものかと構えた。
それを見て、ギーズルが鼻を鳴らす。
「はっ!オーク風情が調子に乗りやがって。格の違いを分からせてやれ!ガオウ!」
【ウガァア!】
オーガが両腕を上げて走り出す。見た目は筋骨隆々で、口からは鋭利な牙が見えている。その形相は、森で見かけたら死を覚悟する程に凶悪だ。
でも、スピードは大したことなかった。少なくとも、先ほど戦ったガルーちゃんの方が何倍も速い。
そう思えた私は、心に余裕をもって守りの魔法を唱えることが出来た。
「プロテクション!」
【ブッハハー!】
私から2枚のバックラーを受け取ったブーちゃんは、殴りかかってきたオーガに盾を構える。振り下ろされた拳を、盾で受け止めた。
ゴウンッ…。
重く低い音が響き、その後ろにピキッと言う小さな悲鳴が続いた。
次の瞬間、オーガの拳を受けたバックラーが、粉々に砕け散ってしまった。
ええっ!?そんな!
「ブーちゃん!」
【ブッハー!】
焦る私の前で、ブーちゃんはもう片方の盾を構える。それで、オーガの一撃を何とか弾き返した。
【ブゥ…】
いいえ。返しきれていない。余りに強い一撃に、ブーちゃんは受けた手をブンブン振って、痛そうにしている。
オーガの力が強すぎるのよ。ブーちゃんですら受け止められないなんて、なんて馬鹿力なの。盗賊が持っていた怪物クマ以上だわ。
「はっはっは!無駄だよ!オーガの剛力に、オーク如きが勝てる訳ないだろう!」
「ぐっ…ブーちゃん!これを!」
高笑いするギーズルを無視して、私はもう一度バックラーを作りだし、それをブーちゃんに投げ渡す。
無駄かも知れないけど、さっきよりも分厚めに作ったわ。一発は耐えられる筈よ。
お願い!ブーちゃん。
【ブフ】
ブーちゃんは特製バックラーを受け取ると、構えを変えた。
今までは顔のすぐ前に盾を構えて、相手の攻撃に素早く反応していた。でも今は少し広めに両腕を開いて、体も前のめりに構えている。
まるで兵士の拳闘訓練みたいだわ。剣を失った時の為にって、領兵達がやっているのを遠目に見たことがある。それと似たようなポーズで、ブーちゃんは構える。
そこに、態勢を立て直したオーガが迫る。
【ウガァア!】
オーガの剛腕が、ブーちゃんの顔目掛けて伸びる。でも、ブーちゃんはそれに対して、足を半歩だけ引いて体を斜めにする。加えて、拳を盾で軽く弾いて、軌道をズラした。そうすると、盾すら砕く剛腕が、大きく空中に投げ出される。力の出しどころを失ったオーガの体が、大きく崩れる。
その無防備なオーガのお腹に、ブーちゃんの一撃が突き刺さった。
【ブハッ!】
【グゥオッ!】
苦しそうに嗚咽と息を吐き出すオーガ。勢いあまってブーちゃんの方に倒れ込んでいるところに強烈な一撃が入ったから、衝撃をもろに受け止めてしまったみたいだ。
酷くお腹を壊した時みたいに、オーガは両腕でお腹を押さえながら小さく後退りをする。
そこに、ブーちゃんが迫る。首を大きく垂れたオーガの顔に目掛けて、拳を大きく振り上げた。
【ブフゥ!】
【グォッ】
オーガの顔が跳ね上がる。足が地面から離れて、そのまま背中から地面へと倒れた。そのまま、ピクリとも動かない。
「……はぁ?おい、何を遊んでいるんだ?ガオウ。早く立てよ!おい、おい!」
冗談と思って、半笑いでオーガに近づくギーズル。でも、それが冗談でも何でもない事に気が付いて、慌てて座り込み、オーガの頭を何度も叩いて起こそうとする。
でも、オーガはピクリとも動かない。
彼が既に立ち上がれないダメージを受けているのは、素人の私でも分かる。脅威に感じていた鋭利な牙も、ブーちゃんの一撃で折れてしまっているし、その口からは黒っぽい唾液と共に泡を吹き出していた。
訓練で失神した兵士と同じ状況。これでは、再起は無理だ。
私がそう見積もっていると、オーガの姿が空気に溶けて消えた。
ギーズルが召喚を解除したみたいだ。
ギーズル達がこちらを見上げてくる。
「嘘だろ…おい!なんで、なんで俺のガオウが…」
「おかしいぜ、ギーズル。ただのオークが、オーガに勝てる筈ねぇ」
「なんかインチキされたんだろ?そうなんだろ?」
3人は、訳が分からないと困惑の表情を見せる。インチキだなんだと言って、必死に体面を保とうしていた。
そんな哀れな3人を、ブーちゃんが見下ろす。腕を胸の前でクロスして、威圧感を出す。
それだけで、3人は悲鳴を上げて走り去っていった。
【ブフッ!】
その彼らの背中に、ブーちゃんはクロスしていた腕で×を切り、同時に小さく頭を下げた。
何となく、3人にお礼を言っている様に見えちゃったけど…私の勘違いだよね?




