56話〜休憩を取りに来ましたわ〜
お昼が近づいてくるにつれて、相手校も揃い始める。
今日参加するのは2校。ロゼリアと同じ貴族街に立地する学校ウィンスター学園と、商業区に建てられた民間用の学校ハロードスクールだ。
ハロードスクールは名前の通り、ハロード商会が建てた学校で、授業料の一部を免除してくれる為に貧民でも通い易い学校となっている。加えて、ハロード商会へのコネも強いので、一般の学校ながらロゼリアと同じくらい人気があると聞いている。
「本日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、お越しいただき感謝します」
先生達が集まって、互いに握手を交わしている。
ウィンスターもハロードも、ロゼリアとは交流も深い学校なので、先生達も顔見知りらしい。いつもは硬い表情のバルツァー先生も、表情を明るくして会話を楽しんでいる。
アクロイド先生だけは、いつも通りの仏頂面だけど。
「よぉ、オーギュスト!」
「ビーチャム!久しぶりだな。まだ卒業してなかったのか」
「何をとぼけてる。俺たち同い年だろが」
先輩達も楽しげに笑い声を上げていた。特に、3年生は顔見知りも多いのか、多くのウィンスターの生徒達と冗談を飛ばし合っていた。
ロゼリア程ではないけど、ウィンスターも歴史がある由緒正しき学校だから、特に仲が良い。逆に、ハロードスクールの生徒は少々肩身が狭そうだ。端の方でカミラ先輩達男爵家の方々と静かに交流している。
平民ばかりの学校だから仕方がない事ではあるけれど、身分で大きく分かれてしまうのは少々寂しい気もする。
でも、そう思っていたのも練習試合が始まるまでだった。
「行って来い!俺のケンタウロス!」
「頼んだぞ!ハーピィ!」
フィールドの各所でサモンファイトが行われて、熱の入った声援がそこかしこで響く。そこには平民も貴族も関係なく、ただ全力で目の前の相手に挑む選手達ばかり。
その中でも、ひと際盛り上がっているのはレックス様の試合だった。
「行け!ガルー。かき乱してやれ!」
【ワウゥ!】
素早く動き回るガルーちゃんに対して、相手のファミリアは翻弄されている。むやみに攻撃を加えようとして、逆に大きな隙を作ってしまって反撃されていた。
「ああっ、ダメだ!リングベア。攻撃するな!先ずは落ち着いて…」
【ガァアア!】
相手選手が必死に指示を出すけど、ファミリアは頭に血が上っているのか、全く聞く様子が無い。ただ闇雲に爪を振り回して、ガルーちゃんを攻撃しようとしていた。
そこに、冷静なレックス様の指示が飛ぶ。
「今だ!ガルー!」
【ガウッ!】
大きな隙を見せたクマのファミリアに、ガルーちゃんの鋭利な一撃が入る。
急所への一撃に、クマのファミリアは空気に溶けて消えていった。
「良くやった!ガルー」
【ワオォオオン!】
ガルーちゃんが仁王立ちとなって、勝利の雄たけびを空へ上げる。
レックス様も嬉しそうに握りこぶしを上げる。さっき見せた悲しそうな顔は、今は完全に消えていた。
「「きゃー!レックス様!」」
「素敵ですわ!モントゴメリーさま~!」
いつの間にか、柵の外には多くの在校生が集まっており、その大半がレックス様に向けて拍手や黄色い声を投げかけていた。
熱のこもった視線を向けているのは、女子生徒達ばかりではない。対戦を見ていた選手達からも、感嘆の声が漏れ聞こえた。
「凄いな、あいつ。1年生であんなにファミリアを使いこなすなんて」
「まだ召喚して1か月ちょっとだろ?拘束魔法なしで放し飼いに出来るってだけで凄いって言うのに、命令まで聞かせてるもんな」
「マジで天才だな。流石は、モントゴメリー騎士団長の息子だぜ」
そうなのね。1ヶ月で鎖無しは、かなり凄い事ななのね。私の場合、ブーちゃんが大人しくて頭が良いから、何でもない事と思っちゃってたけど…。
改めて、私のファミリアがブーちゃんで良かったと、つくづく思うのだった。
そして、昼休み。
選手は昼ごはんを食べに寮へ戻ったり、ファミリアのお世話をする為にフィールドで居残りをしたりと忙しい。
そして、それ以上に私は忙しかった。
午後からの練習試合に向けて、足りなくなった備品の補充や、荒れたフィールドの整備。柵を壊しちゃった子もいたので、その修理もあった。
…と言っても、フィールドの整備はブーちゃんがやってくれている。修理も、ボロボロの先輩達が泣きながら引き受けてくれていた。
なんで泣いているのかと言うと…負けちゃったからだ。
何時も真面目に練習している先輩達だったが、今日の練習試合はなかなか勝てないでいた。
特に、ウィンスターの選手は強力なファミリアを揃えていて、ロゼリアで勝てているのはレックス様とオルレアン部長、それにヒッポグリフをファミリアに持つオーギュスト先輩くらいなものだった。
魔力が回復するまで手伝ってくれるのは嬉しいんだけど…彼らがフィールドから完全に背を向けているのは、それだけの理由じゃなさそう。
「違うんだ、バーガンディさん。俺達が弱い訳じゃない」
「そうだ。ウィンスターの奴ら、精鋭を連れて来やがっただけなんだ」
「練習試合なんだから、1,2年生を連れてくりゃいいのにな。ほんと、困った奴らだぜ」
私が心配して見ていたら、先輩達が慌てて言い訳を並べ始めた。
別に、責めている訳じゃなかったんだけど…余計、惨めに見えてしまうわ。
「「クロエ様~!」」
残念な先輩達に憐みの視線を送っていたら、向こうの方でハンナさん達が手を振っている。
何だろうと思って近づいてみると、皆さんの手には大きめのピクニックバスケットが握られていた。
「ネメアス寮の食堂で作らせて頂きましたの。クロエ様も一緒にいかがですか?」
「お疲れでしょう?一緒に食べましょうよ」
「クッキーもあるんですよ」
コリンナさんが可愛らしい袋を揺らして、私を誘惑してくる。
ぐぐっ…美味しそう。でも、ダメよ。私の仕事は終わったけど、まだブーちゃんが頑張っているんだもの…。
私は涙を呑んで、彼女達の誘いを断ろうとした。
でもその前に、ブーちゃんが近づいて来て、私の背中を押した。
【ブフー】
「ええ?でも、ブーちゃんはまだやるんでしょ?私だけ先に休むなんて…」
【ブッハハー!】
ブーちゃんは力こぶを作って、大丈夫だとアピールする。その後、ボイドから手のひら一杯に魔石を並べて見せる。
う~ん…なら、ちょっと休憩させてもらおうかな?ブーちゃんも適当なところで戻ってくるのよ?
「お言葉に甘えて、休憩を取りに来ましたわ」
「お疲れ様です、クロエ様。さぁ、こちらへどうぞ」
「今、椅子を出しますわ」
ハンナさんに誘われて柵の外に出ると、コリンナさんが魔法で土の椅子を作ってくれた。
あら?思ったよりフカフカで気持ちいわね。この前の校外学習では疑問に思ったけど、とても良い椅子だわ。
「さぁ、どうぞ、クロエ様。私達が作ったサンドイッチですわ」
「クリントン先生から教わった紅茶もございますわ」
ハンナさんとビアンカさん達が、甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれる。
なんだか悪いと思う反面、彼女達が仲良さそうに働いているのを見て、ちょっとだけ嬉しくなる。CクラスとBクラスの垣根を超えた友情が、私を介して出来上がっているのかもと思うと、頬が緩んでしまった。
私がニコニコしながら彼女達を見ていると、コリンナさんがクッキーの袋を差し出しながら首を傾げる。
「クロエ様。ファミリアのオークさんは呼び戻さなくてよろしかったのですか?」
「ええ、まぁ、一緒に休憩しようって言ったんだけど、まだ頑張るみたいで…」
フィールドを見ると、ローラーで爆走するブーちゃんの姿があった。あれだけ荒れ放題だったフィールドが、見る見るうちに整備されていく。
まるで魔法ね。
「真面目なのよ、うちのブーちゃんは」
「えっと、色々と突っ込みどころが多すぎるんですけど…そもそも、クロエ様の魔力は大丈夫なんですか?ファミリアと離れすぎると、魔力供給がし辛くなるんじゃなかったでしたっけ?」
コリンナさんの言う通りだ。ファミリアと距離が離れれば離れるだけ、魔力を供給する効率が落ちてしまう。今の私だと、20mも離れたら数分で魔力が空になっちゃう。
でも、
「大丈夫よ。今は私、ブーちゃんへの魔力供給をしていないから」
「「えっ!?」」
「どういうことです?クロエ様?」
みんなが驚くので、私はボイドを開いて、その中からゴブリンの魔石を1つ摘まんで見せる。
「ブーちゃんはこれを食べて、自分で魔力を確保しているの」
私が寝ている時と同じで、ブーちゃんは魔石を食べながら活動していた。それであれば、私から見えない範囲でも行動可能だ。
勿論、魔石が切れたら消えちゃうから、長時間の活動は出来ない。残りの魔石も心もとなくなってきたから、明日か来週には遠征をしないといけないわね。
私が次のピクニック計画を思い描いていると、ハンナさんが眉を顰めて聞いてきた。
「あの、クロエ様。それは未加工の魔石のように見えますけど、それでファミリアに魔力を供給できるのですか?」
「ええ。あっ、ブーちゃんはかみ砕いていたわ。ボリボリって、スナックみたいに」
面白いでしょ?と私がお道化て言うと、ハンナさんは目を丸くしてしまった。
「そんな…魔石なんて不味い物、よくブーちゃんさんは食べてくれますね。ドンちゃんなんて見向きもしませんよ?」
「えっ?そうなの?みんなのファミリアも?」
聞いてみると、みんな首を横に振る。
ええ…。魔石を食べて魔力を確保していたのは、ブーちゃんだけなの?
私は気になって、ハンナさんに聞いてみた。すると、他のファミリアも魔石から魔力を得る方法はあるそうだ。でも、それは魔力を取り出しやすく加工を施した魔石であって、その加工魔石を刻印に押し付けると魔力を充填出来るらしい。
それを聞いて、私は中等部にそれを習っていたのを思い出した。ハイドの森では、中途半端に思い出していた事も同時に。
「流石は、クロエ様のファミリアですわね。未加工の魔石から魔力を得るなんて」
「それだけじゃなくて、あんな風にお手伝いしてくれるのも偉いですわ」
「本当に。変身魔法で誰かが化けているんじゃないかと思ってしまいます」
気持ちは分かるけど、ブーちゃんは私のファミリアよ。ちゃんと召喚解除も出来るし。
「やぁ!やぁ!可愛らしい子達がいるね」
私達が楽しくおしゃべりをしていると、そんな無粋な声が聞こえた。
そちらを見ると、ウィンスターの制服を着た男子生徒が数名、柵にもたれ掛かってこちらに手を振っていた。
「僕たちとも仲良くしないかい?お嬢さん達」
20mで限界?
では、プロローグで鷹を飛ばしていた校長は…。
「化け物だな」




