55話〜何やってんだ〜
ジュビリーの森で襲撃に遭ってからは、特に大きな事件もなく学園生活は過ぎていった。
そして、週末。
いつもなら、ブーちゃんとピクニックへ繰り出す私だったけど、今日は学園に残っている。
そう、サモン部の練習試合に来ているのだ。
とは言っても、私が出場する訳じゃない。マネージャーとして、同級生や先輩達が頑張っている背中を支えるのが、今日の私の役割。
その筈なのに。
「クロエ様!頑張って下さい!」
「「クロエさま〜!」」
何故か、フィールドの端っこの方には、私に向けた応援団が出来ていた。
その先頭にいるのは、クラスメイトのハンナさん。そして、彼女に釣られて声を上げているのは、ビアンカさん率いる薬草学のクラスメイト達。
「貴女達!何をしていますの!?」
堪らず、私はバケツを持ちながら、彼女達に詰め寄る。
間抜けな姿だけど、大丈夫。後ろからブーちゃんがローラーを引っ張りながら着いてきているから、威圧感は十分だ。
それでも、ハンナさん達は変わらない。キラキラした目をこちらに向けて、同じくキラキラした扇子を見せつける様にフリフリした。
「勿論、応援ですわ!」
「お約束の差し入れもお持ちしましたわ!」
約束してないし、そもそもマネージャーに差し入れって…。
ツッコミどころ満載過ぎて私が閉口していると、後ろから笑い声が聞こえた。
振り返ると、ガルーちゃんを連れたレックス様がこちらに歩いてくるところだった。
「よぉ、バーガンディ嬢。相変わらず常識外れの事をしているな。マネージャーに応援団とは、前代未聞じゃないか?」
「モントゴメリー様。別にこれは、私が頼んだ訳ではなくてですね…」
両手を広げてハンナさん達を隠そうとした私を見て、レックス様は更に大きな声で笑う。
そして、私の隣で同じく両手を広げるブーちゃんを見て、少しだけ怖い目をする。
「分かってるよ、バーガンディ嬢。あんたの実力なら、遅かれ早かれファンクラブくらいは出来るって思ってたからな」
「いえ、私に実力など…」
「そんでだ。そんなあんたに頼みがある。試合前の調整に、ちっと付き合ってくれねぇか?」
私の言葉を断ち切って、少し強引に願い出てくるレックス様。
それ自体は構わない。マネージャー業務の中には、選手達のコンディション調整として、簡単な模擬試合をする事もあったからだ。ブーちゃんにお願いして、先輩の攻撃を受けて貰った事も何度かあった。
でも、
「私達で務まるでしょうか?モントゴメリー様とガルーちゃんは、コロッセオ部でも期待の星だと聞いていますし…?」
「大丈夫だ。試合前だから軽くしかやらねぇし、何より、本気でぶつかっても倒れないだろ?そいつならよ」
レックス様はそう言って、ブーちゃんを指さす。
ブーちゃんも嬉しそうに、腕の筋肉を見せつけている。
これは、やるしかないわね。
「分かりました。では、こちらに」
「おう!」
と言う事で、私達はフィールドの端っこで対峙する。
まだ相手校も来ていないし、先輩達もファミリアの手入れで忙しいから、周囲は誰もいない。向こうの方で私のファンクラブが扇子をフリフリしているだけだ。
私のファンクラブって、どういう事なのよ…。
「こっちは準備出来たぜ!バーガンディ嬢、あんたの号令でスタートだ!」
「分かりました。では、試合開始!」
本当は審判がする号令を、私が行う。
準備と言っても、何もする事はない。互いに5m離れて、ファミリアの召喚を一旦解除するだけだ。
試合前に一切の魔法を使わない。それが、サモンファイトのルール。
そして、号令と共にファミリアを召喚するのだ。
「来い!ガルー!」「ブーちゃん召喚!」
私達はほぼ同時に、ファミリアを召喚する。
でも、その次の指示は、試合慣れしているレックス様の方が早かった。
「先手必勝!行け、ガルー!切り裂け!」
【ガルルゥア!】
ガルーちゃんが駆け出す。それを見て、私は焦燥感に駆られてしまった。
鋭利なガルーちゃんの爪が振り下ろされるのを、ただ情けない声を上げるしか出来なかった。
「ブーちゃん!」
【ブッハー!】
でも、ブーちゃんは動く。体を素早く後ろに引いて、ガルーちゃんの攻撃を躱した。
それを見て、やっと私も動き出す。ブーちゃんの為に、盾を作り出す。
「プロテクション!これを使って、ブーちゃん!」
【ブフー!】
私は2枚の盾を投げる。
何時もの大きなタワーシールドじゃない。小型で丸い兵士が良く使う盾、バックラーだ。
ジュビリーの森で怪物と戦った時、ブーちゃんは盾の取り回しに結構苦労している風だった。だから、機動性が高い盾の方が良いかと思ったんだけど…。
それは、間違いじゃなかったみたい。
【ブッハー!】
【ガウッ!】
振り下ろされるガルーちゃんの両腕を、ブーちゃんはバックラーで弾き返す。
小さくて機動性が高いから、素早く振り回されるガルーちゃんの攻撃でも、ブーちゃんは惑わされずに防ぎきっていた。
「良いわよ!ブーちゃん!」
「「わぁあああ!」」
私がブーちゃんを褒めると、私の後ろで拍手が鳴り響く。
ハンナさん達だ。
「流石はクロエ様ですわ!」
「お見事なファミリ使いだわ!」
「まるで一心同体。クロエ様の考えが、そのままファミリアを動かしているみたいですわ!」
違うわ!私じゃなくてブーちゃんよ!ブーちゃんの戦闘能力が高いだけで、素人の私はただ褒めるだけしか出来ないのよ!
そう叫びたかったけど、ブーちゃんの気が散っちゃうから我慢する。
「今だ、ガルー!噛み付き、からの連続切り裂き!」
【ワウッ!ガルゥア!!】
レックス様の声に熱が入り始める。彼の熱意に答えるかの様に、ガルーちゃんの攻撃も早く鋭くなっていた。
ブーちゃんのガードがかなり怪しくなってきて、1歩、また1歩と、徐々に押され始めた。
どうしよう。このままだとブーちゃんが押し切られちゃう。何か魔法を使うべきかな?ルール上、相手ファミリアに魔法を放つ訳にはいかないから、拘束魔法はダメ。そうなると、ブーちゃんに何かバフ効果のある魔法をかけるべきなんだけど…。
私は何かないかと頭をフル回転させる。でも、良さそうな魔法は1つも覚えていなかった。
ブーちゃんが研究していた身体強化の魔術。あれを私も、一緒に勉強していたら良かったのに…。
私が後悔で手を握っていると、突然、2匹の攻防が途切れた。
そこには、
【ハッ!ハッ!ハッ!】
【……】
短い呼吸を激しく繰り返すガルーちゃんと、それを注意深く見守るブーちゃんがいた。
そして、ガルーちゃんの体が徐々に薄くなっていき、消えてしまった。
レックス様だ。
「ここまでだ。これ以上は試合に差し支える」
あっ、そうだった。これはあくまで試合前の調整。動きを確認する程度の準備運動だった。それなのに、私は本気で戦おうとしていた。
ダメね。もっと私も視野を広く持たないと、ブーちゃんにばかり負担をかけてしまっていたわ。
私が猛省していると、前から怒号が飛んできた。
「ああっ!何やってんだ、俺は!」
「れっ、モントゴメリー様?」
レックス様が、怒りの形相で地面を蹴り上げたのだった。
私が驚いて声をかけると、彼はジッと地面を見詰めた後、少し悲しそうな顔をこちらに向けた。
「すんません、バーガンディさん。つい、カッとなっちまった。嫌なことを思い出しちまって」
「嫌な事…ですか?」
「…ええ、まぁ…そうです」
吐き出す様に言うレックス様は、手のひらに浮かぶ灰色の刻印を睨みつけながら、ボソボソと言葉を紡ぐ。
「稽古を思い出しちまった。俺と父上の稽古。涼しげに受ける父上に、俺の剣は掠りすらしねぇ。それと今のファイトが、重なって見えちまった…」
レックス様はそう言って、手のひらをギュッと握り込む。少しだけ震えているのは、悔しさからなのか。
でも、今の勝負はガルーちゃんの方が押していた様に見えたけど…?
彼の怒る理由がイマイチ分からず、私は落ち込むレックス様をただ見ていた。すると、彼は拳を解いて、その手で頭を掻きながら力無い笑みをこちらに向けてきた。
「すんません。助かりましたわ、バーガンディさん。2人のお陰で、俺に足りないもんが分かった気がします。練習試合では絶対、勝ちますんで」
そう言って握った拳は、もう震えてなかった。
もう大丈夫って、事よね?
「ええ。モントゴメリー様のお役に立てて光栄ですわ」
「めっちゃ役に立ちましたよ。また稽古付けて下さい。オークの旦那も、ありがとうな」
【ブフフ。ブハハ】
「…なんか、また来いって言われた気がするけど…俺の勘違いだよな?普通、ファミリアがそんな事言う訳ないもんな?」
大丈夫ですわよ、レックス様。多分その勘は、当たっていると思いますから。




