54話〜大人気でしたね〜
翌朝。
私はいつも通り、ムーンガルドの戦闘区域でエリカさん達と朝食を取っていた。
ブーちゃんが確保してくれたゆで卵やサラダにフォークを突き刺しながら、エリカさんが得意げに昨日の校外授業を語っている。
「でね。クマとフクロウみたいな怪物が現れて、クロエが『早く行きなさい!』って私達を守ってくれてね」
「ここは任せて先に行けって奴か。一度は言いたいセリフだよなぁ」
「そうなの?」
「ああ、いや。こっちの事だから気にするな」
2人の楽しげな会話が耳に入ってくるが、私は別のことを考えていた。
殿下から貰った最高級回復薬…どうしよう。
正しくは、こんな物を貰える様な間柄と殿下が思われている事を、アンネマリー様が勘違いしてしまう事が恐ろしかった。
もしかしたらあの盗賊も、アンネマリー様の刺客なのでは?と、疑心暗鬼にどっぷりハマりそうになっていた。
「なぁ、クロエ様」
「えっ?」
突然ケントくんに話しかけられて、私は慌てて顔を上げる。すると、眉を顰めるケントくんの顔が目の前にあった。
「えっと、何かしら?」
「いや、ですから、クロエ様を襲ったその男は、ジルって名乗ったんですよね?」
「名乗ったと言うより、もう片方のゴブ…オジサンがそう叫んでいたのですわ」
「そうですか。ジル…」
何かしら?まさか、ケントくんのお知り合い?
私がジッと見ていると、ケントくんは「あっ、ええっと」と考え始め、説明してくれた。
「俺の情報では、そいつらは恐らくフリーカンパニーっていう傭兵ギルドの連中です。戦争を生業にしている奴らですけど、戦争が起きてない時は暗殺や略奪なんかもする闇ギルドですよ」
「暗殺?略奪?そんなのを何故、領主は見逃しているのかしら」
「そりゃ、需要があるからでしょ?領主様もね」
うっ…そうよね。強い権力を持つ領主とはいえ、邪魔な存在はいっぱいいる。そう言う政敵を落とすのに、闇ギルドは重宝するのよね。
お父様がいつも気を付けていたのは、そう言う連中がいたからなのね。
「ではもしかして、今回の襲撃は私を狙ったものなの?」
「それは分かりませんよ。授業には他にも、有力貴族の子女が参加していた。奴らがただ、小遣い稼ぎで誘拐を企んだ可能性も捨てきれません」
そうね。私だけじゃなくて、この学園には同じような立場の子がいっぱい居る。街の外だから、そう言う事に手を染めようとする人も居るかもしれない。
…学園の先生を相手に、随分と大胆な犯行とも思えるけど。
私が考え込んでいると、今度はエリカさんが顔を覗き込んできた。
「今日クロエが暗いのはさ、もしかしてそのことでなの?」
「えっ?ああ、いえ。それとは別で…」
「なになに?」
無邪気な目で迫る彼女に、私はついつい放課後の事を話してしまう。
すると、ケントくんが腕を組む。
「王子にも困ったものだな。そんな事をしたら、また公爵令嬢がブチ切れ案件だろうに」
「そうなんですの。ご好意は大変嬉しいのですけれど、アンネマリー様の事を考えると有難くないと言いますか、とっても困っていると言いますか…」
2人して頭を悩ませていると、突然エリカさんが立ち上がった。
どうしましたの?
「ちゃんと言えばいいんだよ!王子様にさ。クロエが迷惑してますって」
「それが出来たら苦労しませんわ…」
本当に、上流階級の世界って面倒ですわ。
私は少しだけ、エリカさん達の立場が羨ましいと思ってしまった。
それから数日。アンネマリー様からの呼び出しがあるんじゃないかと私はヒヤヒヤして過ごした。
でも、そんな素振りは全くなし。ダンス教室でお見かけした彼女からは「大変でしたわね」と逆に心配される始末であった。
あれ?怒っていない?と言うよりも、私が殿下と接触したのを知らなさそう。
そんな事あるかな?と私は不思議に思ったけど、深くは考えられなかった。
それよりも、考えなくちゃいけない事が起きていたから。
それは、薬草学の移動教室に赴いた時の事。教室に入ると、前の席を陣取ってペチャクチャおしゃべりしている女子の集団が見えた。
私はいつも通り、彼女達を素通りして後ろの席に着こうとした。けど、私の前に彼女達が立ち塞がったのだ。
なに?新手の嫌がらせ?
身構えた私に、彼女達はカーテシーを繰り出した。
えっ?
「ごきげんよう、クロエ様」
「クロエ様。もし良ければ、私達と一緒に授業を受けて頂けませんか?」
「私、クロエ様のご活躍を直接お聞きしたくて」
ワラワラと集まってくる女子軍団。彼女達の胸には、緑や赤のバッチが付いている。
今まで私と距離を置いていた人達が、急に手のひら返しをしてきた。
これは、何が起きているのだろう?と、彼女達を眺めていると、後ろの方でビアンカさん達がぴょんぴょんしているのが見えた。
…貴女達ですわね?
「クロエ様!是非、一撃でゴブリンを仕留めたその魔法を、私にも教えて下さいまし」
「今度は私と同じ班になって頂きたいですわ!」
ちょっと、ビアンカさん!?一体貴女達、どんな噂を広げてくれましたの!?
私は仕方なく、上位クラスの皆さんと授業を受けたのだった。
「大人気でしたね、バーガンディ様」
「ハロード様…」
授業が終わり、私がヨロヨロと教室を出ると、後ろからハロード様が追いついて、労いの言葉をかけてくれた。
本当に大変だった。
授業が始まるまでは、襲撃の話を延々と聞かれて、ビアンカさん達が脚色された話をちょいちょい割り込ませていた。
授業が始まったら始まったで、私が先生の質問を答える度に拍手が巻き起こり、「素晴らしいですわ、クロエ様」「流石クロエ様ですわ」と持ち上げられまくった。
クリントン先生まで褒めるものだから、顔から火が出そうなほど恥ずかしい時間となってしまった。
「全く…皆さん大袈裟過ぎますわ」
あれは全部、ブーちゃんのお陰なのに…。
私が小さくため息を吐き出すと、ハロード様まで「とんでもない」とお世辞を言う。
「貴女が奥ゆかし過ぎるのですよ、バーガンディ様。魔物を相手に立ち向かうなど、1年生が出来る事ではありません。財宝を得るために、危険なハイドの森へ入る事も同じく」
「ハロード様?」
ハロード様の言い方に違和感を感じて、私は彼を見上げる。彼は、最初にお会いした時と同じように、鋭い目付きになっていた。
商人の顔だ。
「バーガンディ様。もう一度、ハイドの森でトレジャーハントをする気はございませんか?」
「えっ?」
私は驚いた。ハロード様の口から、そんな言葉が飛び出すとは思っていなかったから。
確かに私は、ハイドの森にもプリムローズにも行ったけれど…普通はこんな事をクラスメイトの、しかも女の子に頼むなんてしない。
特に、それを言われたのはハロード商会の御曹司、チェスター・ハロードその人だ。物腰柔らかく常識を弁えているこの人が、何故そんな事を?
そう思って彼を見上げていると、自分の発言に気が付いたのか、ハロード様は慌てて頭を下げた。
「失礼しました、バーガンディ様。僕とした事が、つい焦ってしまいました。貴重な初代勇者様の遺品を、心無い者に奪われてしまうのではないのかと心が急いてしまい」
「ハロード様…」
銅貨を見せた時は、初代勇者のファン等ではないと言われていた彼だったが、どうやらそれは照れ隠しだったみたいだ。
だから私は、彼を安心させようとした。
「ご心配要りませんわ、ハロード様。あの森の深部には、Bランクの魔物がいるそうです。私も、銅貨を見つけた先でシルバーウルフと出会いました。ですので、そのような野党の類いには手の出ない財宝かと思います」
「そう、ですか。Bランク。Bランクですか」
ハロード様は何度も言葉を繰り返し、鋭い目のまま何かを思案されていた。
でもすぐに顔を上げて、笑顔を作った。
「そうですね。それなら安心です。では、私はクラスに戻ります。バーガンディ様。また次の授業で」
「はい。ハロード様」
私達は軽い挨拶を交わして、別れる。
Bクラスへと戻る彼の背中は、いつものハロード様に見える。
彼が変だと思ったのは、私の勘違いだったのかな?




