53話〜感激しましたわ!〜
折角の校外授業だったが、途中で中止となってしまった。討伐された筈のゴブリンが出たり、変な2人組が襲ってきたからだ。
まさか、ロゼリアの学生を誘拐しようなんて奴らがいるとは思わなかった。学園を襲うという事は、先生達や有力貴族を敵に回すと言うこと。そんな事をしてしまったら、この国は勿論、周辺国家にも居られなくなる。
そんな大それたこと、何故あの2人はしようと思ったのかしら?もしかして、私達が誰なのか分からなかったんじゃない?
「あの、クロエ様」
帰宅途中の馬車の中で、今日のことを色々と考えていると、私の前に座ったクラスメイトから話しかけられた。
ビアンカさんとコリンナさんだ。
ゴブリンが襲撃してきた時は顔を真っ青にして、怪物が襲ってきた時なんかは、ビアンカさんは失神してしまう程にショックを受けていた。
でも、少し時間が経ったからか、今の2人は随分と落ち着いた様子だった。まだちょっと顔色は青いけど、手の震えは完全に止まっている。
「どうかされました?ビアンカさん。体調はもうよろしくて?」
「はい!あっ…いえ。まだちょっと、あの時の事を思い出してしまい、ドキドキしてしまいますけれど」
「きっと、今日の夢にも出てくると思いますわ。今まで受けたことのない、ショッキングな体験でしたもの…」
2人はまたあの時の事を思い出してしまったみたいで、暗い表情を俯かせる。
ああ、きっと彼女達にとっては刺激が強すぎたんだわ。トラウマにならないといいのだけれど…。
私は2人が心配で、伏せられた顔を覗き込もうととする。
でもその前に、2人はパッと顔を上げた。そこにあったのは、輝きに満ちた笑顔。
えっ?
「ですが!それ以上に素晴らしい出来事でしたわ。クロエ様の勇姿を、目の前で拝見出来ましたもの」
「本当に、凛々しいお姿でしたわ。クロエ様」
…えっ?凛々しい?
「えっと…なんの事を言われているの?怪物を倒したのは私じゃなくて、私のファミリアよ?」
私はただ、後ろで盾を作ったり、水鎧を作っていただけだ。あとはブーちゃんの後ろでチョロチョロしていただけで、凛々しさの欠片も無い。
そう思ったけど、2人は全力で首をブンブン振る。
「私達を守る為、身を呈して悪鬼の前に立ちはだかったあのお姿…私、感激しましたわ!」
「あのようなこと、男性だってなかなか出来ません。まるで、英雄譚の騎士様みたいにお美しかったですわ」
「クロエ様のお陰で、私達は無事に帰れるのです」
「本当に、ありがとうございました!」
悪鬼と言うのは、ゴブリンの事だ。偶に、そう呼ばれる事がある。
それは分かるんだけど、何の変哲もないノーマルゴブリンを相手にしただけで、ここまで感謝する必要はないと思う。結局倒してくれたのもブーちゃんだし、2人はちょっと大袈裟すぎよ。
そう思ったけど、2人から送られてくる熱々の視線は、彼女達が本気でそう思っている事をビシビシと伝えて来ていた。
…私の感覚が、普通の令嬢から離れかけているのかしら?
「私も賛辞を送らせて下さい、バーガンディ様」
「ハロード様まで…」
ニコニコ顔のハロード様まで、私を褒める。
「聞けば、突然現れたゴブリンを相手に1歩も引かなかったと。流石はバーガンディ様です。それだけの実力をお持ちだから、あの品も手に入れられたのです」
「あの品って?」
「なんの事ですの」
ああっ!ハロード様が余計な事を言うから、ビアンカさん達が興味を持っちゃったわ。
誤魔化さなきゃ。
「大した事ではございませんわ。ねぇ?ハロード様」
「はい。私とバーガンディ様の秘密です」
変な言い方をするから、お2人がキャーキャー言っていますわ。
どうするんですの?
私がハロード様にジト目を送ると、彼は顔を近付け、小さな声で囁いてきた。
「バーガンディ様。また何処かで、お時間を頂きたく存じます」
馬車は無事に学園へと到着し、降りる生徒の殆どは疲労困憊の状態だった。
産まれたての子鹿みたいに足をガクガクさせるか、お爺ちゃんの様に背中を丸めて各々の寮へと足を向ける。
そんな中、私だけは別の方向へと向かっていた。
今からサモン部の活動だ。森歩きはちょっと疲れたけど、揺れの優しい馬車のお陰で随分復活した。加えて、ビアンカさん達からいっぱいオヤツを貰ってしまったから、少し動かないと不味いのだ。
…部活に行くと言ったら、差し入れを持ってくると言い出した時はヒヤリとしたわ。マネージャーを応援したいって、どういう事なの?
「おーい!クロエちゃーん!」
サモン部のフィールドに着くと、そこのは多くの先輩達が既に部活を開始しており、中にはサモンファイトをしている人達もいた。
えっ!?なんでこんな早くから?私だって、いつもよりかなり早く来た筈なのに…。
とにかく、早く準備しないと。
私は急いでカミラ先輩の元に駆け寄り、軽いカーテシーを行う。
「済みません、先輩。遅刻してしまいましたか?」
「いやいや、違うよ。あたしらが早く来ただけだよ。今週末に練習試合があるからさ」
なんでも、今週の土曜日に他校生を招いた練習試合を行うそうだ。それで、情けないところを見せられないと、先輩達も気合いが入っているのだとか。
「来月には大きな大会もあるし、みんなやる気なんだよ。なにせ、練習試合にはラッセルの学園も来るからね。あそこは毎年、ロゼリアと競い合っているんだ。きっと来月の大会でもぶつかり合うから、練習試合はその試金石になるんだよ」
サモン部の大会…それは負けられないわね。きっと良い成績を残したら、そのまま王都大会まで行けると思うから。
王都大会。小さい頃に見たあのお祭りの真ん中で、華々しく戦う姿はとても名誉ある事。先輩方が本気になるのも分かる。
皆さんが良い結果を残せる様に、私も頑張らなくちゃ。
「ブーちゃん!お願い!」
【ブッハー!】
ブーちゃんを召喚し、私達はいつも以上に気合いを入れてマネージャー業務に打ち込む。
干し草を運んで、お水を補充して、先輩達のサモンファイトの記録を付ける。
ブーちゃんも整地に荷物運び、そして興奮し過ぎたファミリアを取り押さえるなど、大忙しだった。
みんなのやる気もそうだけど、普段よりも人が多いから、やるべき仕事がてんこ盛りだ。
ああ、誰か手伝って欲しいわと、私の目が回り出した時、スっと水の入ったコップを差し出された。
「ありがとうございます、先輩」
「構わないよ。僕達は友達だからね」
「でっ!殿下!?」
先輩じゃない。水を差し出してくれたのは、ロイ殿下だった。
後ろにヴェルちゃんとレックス様まで帯同されて…何をされに来たの?
「聞いたよ、バーガンディさん。薬草学の授業で、暴徒に襲われたそうだね。怪我はしていないかい?」
「え、ええ。私は、その…居合わせただけでしたので」
「そうなのかい?聞いた話では、君がゴブリンを瞬殺したって聞いたけど?」
早い!耳が早すぎますわ!
一体、どんな情報網をお持ちなの?
私は驚き、2人と1匹の間で視線を彷徨わせた。
殿下は楽しそうに微笑み、レックス様は「流石だ」とサムズアップされている。
ヴェルちゃんも、ブーちゃんと何か話し合っているみたいだ。ブーちゃんが怪物の真似をすると、頻りに羽をバタつかて興奮している様子だった。
2匹の様子を見て、殿下も嬉しそうに微笑む。
「ブーちゃんを見る限りだと、大丈夫そうだね。でも無茶をしちゃだめだよ?最近は大変な目に遭ったのだから、今日は早めに休んだ方が良い」
「ありがとうございます、殿下。ですが、練習試合も近いので…」
フィールドの方を見ながらそう言うと、殿下も「なるほど」と納得してくださった。
と、思ったんだけど。
「なら、これを飲むと良い。疲れが取れるから」
そう言って差し出してきたのは、鮮やかな緑色の液体が入ったガラス製の小瓶。
「えっと、これは、なんなのでしょう?」
「最高級回復薬さ」
そんな高い物、頂けませんわ!
私が受け取るのを躊躇していると、殿下は少し真面目な顔をして、声のボリュームを落として囁く。
「持っていた方が良いよ。最近は何かと物騒になっている。王都の方でも、怪しい人達の報告が上がっているし、各地で魔物の活性化が報告されている」
「そ、そうなんですの?」
初耳だった。
じゃあ、この前のプリムローズの一件も?
私はそちらが気になり、手元がお留守になっていた。
そこに、殿下はすっと回復薬を差し込む。
あっ!
「君は色々と活躍しているみたいだからね。イザと言う時は来る筈だよ。だから、せめて備えだけはしておくべきだよ」
殿下はそう言って、ヴルムント寮の方へと帰って行く。
私はただ、お2人の後ろ姿を見送るしか出来なかった。




