52話~悪しきものを捉えなさい~
【ボウ…ボウ…】
森から現れた巨大な生物。低い声で鳴くそいつは、見上げる程に大きな鳥の化け物だった。
フクロウに似たまん丸お目目をパチクリさせて、私達をつぶさに見下ろす。クマの様にモフモフな体をボリボリと、長く鋭利に生えそろった爪で掻き毟る。
私が見ても明らかに危険だと分かる化け物に、敏感な後ろの2人はそれ以上の恐怖を抱いた。
「きゃぁああ!あぁ…」
「ビアンカ!?」
余りの恐怖に。ビアンカさんが倒れてしまった。
ただの失神だと思うけど、このままじゃ不味い。倒れたビアンカさんに興味を惹かれたかのように、怪物がゆっくりこちらへ近付き始めてしまった。
「ブーちゃん!」
【ブッハー!】
私がブーちゃんを召喚すると、こちらにゆっくり近づいていた怪物がピタリと止まった。同じ大きさのブーちゃんに、警戒心を露わにしている。
今の内よ。
「みんな!逃げて!」
「クロエは!?」
ビアンカさんを背負ったエリカさんが、叫び返す。
それに、私は怪物を指さしながら答える。
「私とブーちゃんが時間を稼ぐわ。その間に、先生を呼んできて」
「でも…でも…」
「良いから!」
エリカさんの言葉を強く遮ると、彼女は私と怪物の間で視線を彷徨わせる。でもすぐに「分かった」と頷いて背中を見せた。
「絶対に先生を連れて来るから!だから、絶対に無茶しないで!」
「早く行きなさい!」
エリカさん達の足音が遠のいて行く。人を背負っているから歩みは遅いと思うけど、みんなのところまではそう遠くない。もしかしたらさっきの騒ぎだけで、もうこちらに来ているかも。
希望的な考えだけど、希望持たないとやってられないわ。本当に、運が無さ過ぎなのよ、最近の私は。
【ボォオウ!】
警戒していた怪物が動き出した。その目は私じゃなくて、逃げていくエリカさん達を追っている。
狩人の目。エリカさん達を獲物と思っている。
やっぱり、こいつは危険よ。ここで止めないと。
「ブーちゃん!」
私はプロテクションで作った大きな盾を作り出して、それをブーちゃんに投げ渡す。
【ブッハハー!】
ブーちゃんは受け取ると同時に、その盾で怪物に殴りかかった。
それに、怪物も応戦する。太い腕でブーちゃんの一撃を受け止めた。
どんな魔物も、一撃で葬って来たブーちゃんの一撃を受けきるなんて…なんて怪力なの。
【ボォウ!】
【ブフッ!】
怪物は空いてる手を振り回し、鋭利な爪でブーちゃんを切り裂こうとする。
危ない!
「ブーちゃん!新しい盾よ!」
【ブフ!】
追加の1枚を受け取ると、ブーちゃんは両手に盾を持って、怪物の爪を跳ね飛ばした。すると、怪物は怯んで一歩下がる。
【ブッハハー!】
そんな怪物のお腹に、ブーちゃんの重い一撃が入る。怪物は【グホッ!】と苦しそうに体をくの字に曲げて、お腹を押さえて蹲る。
そうすると、自然と怪物の顔が下がって来る。そこに、ブーちゃんは思いきり拳を振り上げて、怪物の顎を強打した。
怪物は吹き飛ばされ、何度も地面を転がる。でも、すぐに立ち上がる。折れ曲がったクチバシをパキッと治して、またブーちゃんに襲いかかってきた。
なんてタフなの…この怪物…。
驚く私の目の前で、2つの巨体がぶつかり合い、取っ組み合いとなる。力が均衡しているのか、一歩も動く気配がない。
何とかしないと。
私は小さな声で拘束呪文を唱える。生成した魔法の鎖を手に持って、こっそりと怪物の後ろを取ろうとした。
でも、
【ボホッ?】
ちょっと動いただけで、ブーちゃんと押し合いをしていた怪物の首が、ぐるんと回ってこちらを向いた。
その異常な光景に、私は小さな悲鳴を上げてしまった。
そうだった。体はクマ並みの馬鹿力だけど、頭はフクロウだった。だから、音にも敏感だし視界も凄く広いみたい。
これじゃ、隙がないわ。
【ブッハァ!】
ブーちゃんが怪物を殴り飛ばして、私の所に来た。何か私にして欲しいみたいで、頻りにジェスチャーをする。
ええっと、なになに?私の手?あっ、水の指輪が欲しいの?違う?指輪を指さして、次にプロテクションの盾を指さして…。
あっ、もしかして…!
「水よ、彼を包みて守りたまえ!アクアベール!」
【ブッハハー!】
水の鎧を得たブーちゃんは、それを自分の体に貼り付け…るのかと思ったら、纏めて大きな水球にしてしまった。
それを片手で持ち、フラフラと立ち上がった怪物に歩み寄る。そして、怪物の頭に向かって、その水球を思い切り叩き込んだ。
【ボゴッ!?】
水球の中に閉じ込められた怪物の目が、驚きで見開かれる。口から無数の泡を吐き出し、必死に水球を顔から引き剥がそうと藻掻く。
でもそれを、ブーちゃんが阻止する。片手で水球を押さえつけて、水球が外れないように固定している。そして、空いているもう片方の手で拳を作り、怪物のお腹へとパンチをお見舞いした。
ドゴッ!
【ゴボォッ!】
ブーちゃんの拳がお腹にめり込むと、怪物の口から特大の泡が漏れ出る。
うわぁ…。苦しそう…。
水責めをされながら何度も殴られる怪物に、私は同情すら感じてしまう。
でもすぐに、その虐待は終わる。耐えられなかった怪物が倒れ込み、魔力の粒子となって消えてしまった。
ええっと…。
勝ちよ!ブーちゃんの勝ち!勝ち方はかなりアレだったけど、今のも立派な戦術よ!
流石はブーちゃんだわ!
「バーガンディくん!」
刺激的な勝利を何とか呑み込もうとしていると、先生が凄い速さで駆けつけてきた。
私が慌ててブーちゃんの召喚解除をしていると、先生は怖い顔で私を見回す。
「怪我は無いかね?エリカくん達から魔物が出たと聞いていたが、それは何処に?」
「ええっと…弱っていたみたいで、ブーちゃんが倒してくれましたわ」
「ブーちゃん?倒した?だが、何もドロップしていない様だが?」
えっ?あっ、本当だ。
私は振り返り、怪物が消えた辺りを探す。でも、何も無い。素材どころか、魔石すら見当たらない。
魔石も無いくらい、弱い魔物だったの?そんな筈ないわよね?
「あの、先生、これは…」
どうしよう。このままだと、私が嘘を言ってるって思われちゃうかも。
私は怖々と先生を見上げる。でも彼は私を見ていなかった。森の方をジッと睨みつけている。
そして、
「隠されしものを詳らかにせよ。サーチ」
先生が一言唱えると、薄っすらと光の筋が現れて、それが森の中へと続いていた。
サーチの魔法。確か、探したいものを鮮明に見せてくれる効果がある魔法だった筈。それが今、怪物が倒れていた所から何処かに繋がっている。
もしかして…怪物が来た跡を示しているの?
「我が分身よ。悪しきものを捉えなさい」
その光の筋の方向に向けて、先生は右手を突き出す。その手には、青緑色の刻印が刻まれていた。その刻印が輝くと、私達の目の前に緑色の髪をした少女が現れた。
あっ、違う。この子は精霊だ。だって、体の半分が透けていて、フワフワ宙に浮いているんですもの。それでも、人の形をしていると言う事は中級以上の精霊だわ。
その精霊の少女が両手を広げると、森の中がザワザワと騒ぎだす。そして、少女はある一点を指さした。
「よくやった、ドライアドよ。そのまま縛り上げるのだ」
先生はそう言いながら、少女が指さした方へと歩いていく。
私も先生の後を付いていくと、次第に誰かが叫んでいる声が聞こえてきた。
「ぎゃぁ!呪いだぁ!悪魔の呪いだぁ!助けて、ジルのアニキぃ!」
「声を抑えなさい。奴らに聞かれ…おっと、見つかってしまいましたか」
声の元に来てみると、男性が2人、木の枝が足に巻き付いて宙吊りになっていた。
1人はゴブリンみたいな禿げ頭のおじさんで、ギャーギャー喚きながら暴れている。
もう1人は長身の青年で、切れ目の目元と薄い唇が弧を描き、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
この人達は一体何者?冒険者?こんなところで何をしているの?先生は何故、この人達を睨んでいるの?
状況に全く付いていけず、私が視線を彷徨わせていると、先生が男性達に杖を向けた。
「お前達だな?吾輩の生徒に、ファミリアを差し向けたのは」
えっ?どういうこと?さっきの怪物は召喚獣で、この人達がサモナーってこと?
驚いて逆さまの男性達を見上げるけれど、おじさんは揺れ過ぎたのか気持ち悪そうに顔を青くしているだけで、青年の方は「さて?」と言いたげに肩を竦めていた。
要領を得ない2人に、先生は懐からガラス製の瓶を取り出して、2人に見せつけた。
「とぼけても無駄だ、下手人達よ。お前達がいくら口を閉ざそうとも、このベラドールの根の粉末を一息吸い込めば、たちどころに真実を吐き出すであろう」
「おや?それは随分と貴重な品だ。是非とも頂戴したいくらいです」
青年は随分と余裕そうだ。ロゼリア学園の先生に怒りを向けられているのに、全く危機感を覚えていない様子。
どうしてかしら?この状況で、逃げられると思っているの?
不思議に思って青年を見ていると、彼が先生に向けて「ベー」っと舌を出した。そこには、緑の刻印が光っていた。
召喚魔術!?
私が驚くと同時、突風が吹き荒れた。
私は咄嗟に目を閉じてしまい、次に目を開けた時には、男性達を捉えていた筈の木の枝が切られているのが目に入った。
あの人達は何処に?
周囲を探していると、頭上から何かが羽ばたく音が聞こえた。見上げると、巨大な蝙蝠のような生物が飛んでおり、その足に青年が掴まっていた。
「今回はこれくらいで、失礼しますよ」
青年は片手を振りながら、空の彼方へ消えていった。
あんなファミリアも持っているなんて…なんなのかしら、あの人。
私は、小さくなっていく蝙蝠をただ見送るしか出来なかった。
〈◆〉
「とんだ外れクジを引かされましたね」
召喚したナイトゴーントの足に掴まりながら、俺は恨み節を小さく吐き出す。
そうでもしてないとやっていられない。今回の標的が、あまりにも常識外れだったから。
まさか、俺でも手を焼くオウルベアを相手に、あんな一方的に勝ってしまうファミリアを持っているなんて…。腕力だけならAランクにも負けないベアを相手に、力勝負で張り合うし、おまけに魔法まで使いこなしていた。
「内容まで、金貨3枚分の依頼だったってことですか」
ドラゴンの巣に潜り込んだ方が、まだ金になった気がする。怪しい依頼に飛びついた俺の失態だな。
「はぁ…」
「アニキィ!いい加減、下ろしてくれよぉ~」
下で情けない声が響く。見ると、木の枝に吊るされたままのヤコポがこちらを見ていた。その木の枝の先は、ナイトゴーントが持っている。
「もう少し我慢なさい。完全に追っ手を撒くまでは、貴方はそのままです」
「そんなぁ~」
ヤコポの悲鳴を聞きながら、俺は後ろを見る。そこには、ジュビリーの森が小さくなっていくのが見えた。
確かに、今回の依頼は大失敗に終わった。でも、とんでもない逸材を見つけることも出来た。
「クロエ・バーガンディ。可能性の塊」
あれを手中に収める事が出来れば、莫大な富を得ることが出来るだろう。
こんな薄汚い傭兵の身分で、駆けずり回る必要も無いくらいに。
「富めるチャンスがすぐそこに、ですね」
…なんだか、厄介なことに巻き込まれている気が…。
「何を今更。オークを召喚した時点で、既に始まっていたのだ」
イノセスメモ:
・ドライアド…ギリシャ神話に出て来る樹木の精霊。森の守護者として存在し、魔法で木々を操ったり、人を魅了したりも出来る。
・ナイトゴーント…クトゥルフ神話に登場する生物で、のっぺらぼうの顔に巨大な蝙蝠の翼と長い尻尾を持つ。人の足を掴んで連れ去る不気味な存在。夜鬼とも呼ばれる。




