51話~あー、ビックリした~
何時もご愛読下さり、誠にありがとうございます。
今回は他者視点です。
「…誰だ?」
えっと…誰でしょう?
随分と豪華な作りの馬車が6台、ジュビリーの森の前で一様に停まる。そこから、わらわらと子供達が降りて来た。
誰もが立派な皮鎧を身に着けて、腰には高価そうな短剣や杖なんかをぶら下げている。一人捕まえて身ぐるみを剝ぐだけで、かなりの大金になるだろう。
…まぁ、そんなことをして、相手が公爵令嬢とかだったら大変なことになるから、実行したりはしないけどね。
「ジルのアニキ。美味そうなガキどもが大量っすねぇ。ひっひっひ。仕事するついでに、一匹くらい搔っ攫っちまいましょうぜ?」
そして、そんなリスク管理も出来ないバカが、俺の隣で舌なめずりをしている。
俺はそいつの禿げ頭に、ガツンッと拳を振り下ろす。
「やめなさい、ヤコポ。あれらはロゼリアの生徒ですよ?貴族の子供をただ攫えば、誇りで塗り固められた彼らは血眼で追ってきます。戦場で指揮官を捕虜にするのとは訳が違うのです。状況を弁えなさい」
「いっつぅ…す、すんません、アニキ」
ヤコポとバカをやっている間にも、標的達は森の中へと入っていった。
それを見て、またヤコポがピエロみたいに慌てふためく。
「アニキ!行っちまいやすぜ。早く行き…」
「大声を出すんじゃありません、ヤコポ。もう少し距離を置いてから尾行を始めます」
「へぇ?でも、見失っちまう」
「相手は魔術師。視界に入らずとも、周囲を感知する魔法を仕掛けている恐れがあります。姿が見えなくなったからと、油断しないことです」
まぁ俺も、同じ理由で焦ってない訳だけど。
俺は心に余裕を持ちながら、手に持ったナイフを振るう。相手の位置を魔法で特定し、奴らが俺の感知ギリギリの範囲まで進んだところで動き出す。
「さて、そろそろ行きましょうか。そいつらの鎖を決して離さないように。いいですね?ヤコポ」
「アニキぃ。本当に、こいつら連れてくんすかぁ?」
ヤコポが戸惑った様子で俺に訴えて来る。震える手に持つ鎖の先には、醜いゴブリン達が繋がれていた。
ヤコポがそれを振り返って、「ひっ!」と短い悲鳴を上げる。
まったく、こいつは。たかがゴブリン程度で。
「では、襲撃はお前がやりますか?貴族相手に刃物をチラつかせた人間が、ただで済むと思っているなら止めませんよ」
「いや…でも、やる前に俺達がやられちまったら…」
ヤコポはチラチラと、ゴブリン達の鋭い牙や爪を盗み見る。
やれやれ。
「安心しなさい。そいつらは全て、契約魔術で縛っています。我々に攻撃してくることはありません」
「ほっ、ホントっすか?アニキ」
まぁ、半分は嘘なんだけどね。
こいつらに掛けてるのは簡易の契約魔術だけ。俺のことは襲わないけど、ヤコポまでそれが効くかは分からない。
それでも、魔法耐性の低いEランクモンスターなら十分効果がある魔術だ。ただ子供を脅かすだけなら猶更、本格的な契約魔術なんてもったいない。折角、前金をたんまりと貰ったのに、その殆どが溶けてしまう。
傭兵稼業は物入りなんだ。今回の依頼をしっかりと完遂し、色を付けて報酬を頂かないと。
「ほら、早く行きますよ」
「へ、へい!」
2匹のゴブリンを連れた我々は、生徒達の後を追う。
子供達の足は思った以上に遅く、距離を保つのになかなか苦労した。
だが、直ぐにチャンスが訪れた。標的である金髪巻き毛の少女が集団から分かれたのだ。
「行きやしょう!アニキ」
「まだです。もう少し近づいて、背後からこいつらを放ちます」
我々はゆっくりと標的達に近付く。
だが、ここで誤算が生じた。生徒達が我々の存在に勘付いた様子だったのだ。頻りに、こちらを探るような仕草をする。
ちっ。
ただの子供と思っていたが、鼻の聞くのがいるようだな。加えて、ヤコポの奴がうるさいのも原因か。
こうなったら、もう近づくのは無理か。
俺は無言でヤコポから鎖を奪い、それを外すと同時にゴブリン達に念じる。
奴らの前で、踊れ。
【ギッ】
【アギッ】
寝ぼけ眼だったゴブリン共がパッチリ覚醒し、本能のままに子供達へと向かっていく。
その後ろを追いながら、俺はナイフを2本構える。
ゴブリンが標的に飛び掛かると同時に、このナイフを投げる。それで、この任務は終了だ。
たったそれだけで、金貨3枚の大報酬。標的は、訳が分からず大混乱。依頼者は高見で高笑い。
とてもスマートなシナリオだ。
そのシナリオのクライマックスが、目の前で始まろうとした。ゴブリンが醜い姿を現して、子供達に恐怖を与えている。
大討伐後の森だから、まさかゴブリンが居るとは思っていなかったのだろう。標的の友達2人は恐怖で腰を抜かして、地面に座り込んでいる。
いいぞ。俺が思い描いた通りの反応だ。
さて、一番重要な金髪ドリルはどうなって…って、あれ?
俺はそこで、違和感を感じた。
標的の少女は、ゴブリンを前にしても動じている様には見えなかったからだ。
それどころか、動けない仲間を守るように、ゴブリン達の前に立ちはだかってしまった。
「なっ」
何故、怯まない!相手はゴブリンだぞ?お前ら貴族の令嬢からしたら、怖くて堪らない存在だろう?それなのに何故、立ち向かえる?
…怖いとすら思えないほど、バカなのか?
大きなシナリオ変更に、俺は頭を抱える。このままだと、ゴブリンと標的が近付き過ぎてしまう。それでは、俺のナイフが間に合わないかもしれない。
作戦を中止するか?
いや、だめだ。それでは作戦失敗。小躍りするゴブリンを前にしても標的は全く怯えていないから、金は一銭も入らないぞ。
「どうしやす?アニキ。あのガキ、全然ビビってねぇですぜ」
「うるさいっ。今考えている」
くそっ。ヤコポの奴、無駄に慌てやがって。
大丈夫だ。あれは強がっているだけで、すぐに化けの皮が剥がれる筈。相手は世間知らずのお嬢様なのだから。
俺が必死に心を落ち着けている間にも、我慢しきれなくなったゴブリン達が、少女へと飛び掛かった。
ああ、くそっ。どいつもこいつも…。
俺はナイフを投げようと構えた。
だが、投げなかった。
投げられなかった。
投げるよりも早く、突き刺そうと思っていたゴブリンの頭部が、弾け飛んでしまったからだ。
「はぁ?」
理解が出来ず、投擲のポーズで俺は止まった。隣のヤコポも、口を大きく開けて固まっている。
視線の先では、頭部を失ったゴブリンの体が消失し、僅かばかりのドロップ品が地面に散らばった所だった。
それを、標的は当たり前のように拾う。
拾いながら、朗らかに言い放つ。
「あー、ビックリした」
俺の方がビックリだ!
叫びたい衝動を抑え込み、俺は状況を整理する。
どんな魔法を使ったかは分からないが、標的が何かしたのは明白。学園の1年生と聞いていたから、攻撃魔法は習っていないと思っていたのだが…改めねばなるまい。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「は、はい!クロエ様」
「私達は大丈夫ですけど…何が起きたのですか?」
歯を食いしばる俺の前で、標的が少女達を助け起こす。誰も怪我はしていない様子で、早く戻りましょうと話し合っているのが聞こえてきた。
不味いな、これは。
このままでは依頼は失敗。追加報酬の見込みはおろか、下手したら失敗の責任を追及されるかもしれない。
こうなったら…。
俺は手袋を外し、手の甲を見下ろす。そこには、赤茶色の刻印が淡く光っていた。
「…背に腹は代えられませんね」
俺は刻印に魔力を流す。すると、刻印は更に強い光を放ち始める。
「頼むから、見境なく暴れるのだけはやめて下さいよ。オウルベア」
〈◆〉
突然襲ってきたゴブリン達だったけど、ブーちゃんが一瞬で倒してしまった。
腕だけボイドから出して、瞬きする間の出来事だったので、他の人は何が起きたのか分からなかったみたい。
良かったわ。相手が弱いゴブリンでも、簡単に倒したら、また噂になりそうだったんですもの。
たった2体のEランク魔物だけど、後ろの2人には刺激が強過ぎたみたい、今も弱々しく震えている。
…これが、普通の反応なのよね。つい魔石を拾っちゃったけど、私の反応は淑女の振る舞いでは無かった。気を付けないと、ブタ令嬢の次はゴリラ令嬢と言われてしまうわ。
自分自身を戒めていると、震える2人の会話が耳に入った。
「でも、何故ゴブリンが居たのかしら?冒険者さん達が討伐をしてくれていると言うお話でしたのに…」
「そもそも、この森に居るのはホーンラピッドくらいの筈でしょ?ゴブリンなんて害獣が、こんな街に近いところで出るなんて…ラッセルの衛兵隊に報告した方がいいんじゃないです?」
そっか。街に近ければ近いほど、魔物は少なくなるんだった。領主の衛兵が定期的に見回りをしているから、ゴブリンなんて厄介な魔物は徹底的に駆除されている筈。
小さい町なら仕方ないけど、ラッセルは王国でも有数の大都市。余計におかしい。
グランビートルの時といい、何か変な感じがするわね。
「クロエ!また何か聞こえるよ!」
エリカさんの鋭い声で、私は顔を上げる。それだけで、異常な雰囲気が見て取れた。
森の奥で鳥達が騒ぎ出し、こちらに向かって小動物が逃げ出していた。次いで、奥から大きな足音が聞こえてきた。
ズシンッ、ズシンッと重い足音は、聞き耳を立てなくてもよく聞こえる。
そして、枝木をへし折る音を響かせながら、大きな影が生まれる。
【ボウ…ボウ…】
巨大な何かが、私達を見下ろして唸り声を上げた。
イノセスメモ:
オウルベア…体はクマ。顔はフクロウの魔物。クマの様な強靭さと、フクロウの索敵能力が合わさった事で、無敵の強さを誇る。魔物ランクB〜A。




