50話~変な臭いがしません?~
ジュビリーの森の中を、私達は順調に進んでいた。
クリントン先生が言われていた通り、魔物が襲ってくる事は1度もなく、偶に遠くで鹿やウサギが逃げていく音が聞こえるだけだった。
魔物がいない森なんて違和感があるけれど、そのお陰で探索がし易くなっていた。
「あっ、またここにも」
目端に気になるものを見つけて飛びつくと、回復薬の原料となるアラン草を発見した。結構な数が群生しているので、一部を採取しても問題なさそうだった。
「ああ、よく見つけたな。バーガンディくん」
先生が褒めてくれたので、私は採取の手を止めて振り返る。
「ありがとうございます、先生。偶々視界に入りましたので」
「その気付きが重要なのだ、バーガンディくん。見慣れぬ森の中で違和感を感じ取る事が出来ねば、大切な物を得ることは出来ない。後ろの者達の様にな」
先生が遠い目をして向こう側に視線を送る。
そこには、キョロキョロと地面を探しまどう生徒達の姿があった。
「う~ん…何処にあるの?」
「これかな?えっ、違うの?ただの雑草?そっかぁ~」
「こんなに暗いと、見つけようがないよぉ」
「ちょっと疲れたし」
生徒達は困り顔を突き合わせて「疲れた」を連呼して、水魔法で水分補給をしている。
歩き出してそれほど時間は経っていないと思うんだけど…もう疲れたの?
私が首を傾げていると、先生がため息と共に愚痴を零す。
「嘆かわしい事だ。年々、生徒達の感性が低下している。吾輩が諸君らぐらいの頃は、よく近隣の森で野草や野生動物を狩り、その日の夕食を盛り上げていたものだ。そうやって、周囲を観察する癖を付けていたのだが…今の子供達は、そのような機会にも恵まれぬのだろうな」
「それは…そうだと思います」
私だって、あの焦燥感がなければ森に入ろうとすら考えなかった。街の外は危険だから、護衛を連れていても極力近づくなと、いつもお父様に言われていたから。
それが当然だと思っていたけれど、お父様達は過保護過ぎたのかな?
「その点、君は素晴らしいな、バーガンディくん。森の中の歩き方を良く熟知している」
「えっ?」
嘆きから一転、急に褒められてしまったので、私は戸惑う。
先生は何度も頷いて、私の足元に視線を落とした。
「歩く際に足を高く上げ、草木で足を傷つけないように配慮している。加えて、しっかりと地面を踏むことで、後ろの者達が歩きやすいように道を作ってもいた。一長一短で出来る事ではない。さぞご両親の教育が良かったのだろう」
「ええっと…ありがとうございます」
両親と言うよりも、ブーちゃんが色々と教えてくれたからなんだけれどね。
でも、それを言うとまた面倒なことになるかと思ったので、ただ頷くことにした。
「せんせー!ちょっと休憩しよーよ!」
エリカさんがピッと手を挙げて、休息を要求してきた。
随分と元気そうだけど、どうしたのだろうか?
私が彼女の足元を見ると、地面にへたり込む女子生徒達の姿があった。
先生と私のペースが速すぎたみたい。みんな疲労の色が濃いわ。
ブーちゃんなら、私に合わせてペース配分してくれていたのに…考えていなかった。
「先生。私も、エリカさんに同意します」
「ああ、そうだな。少し先に開けた場所がある。そこで、周囲の観察がてら休憩とするか」
と言う事で、探索開始早々ではあるが休憩となった。
みんなは近くの倒木や背負ってきたリュックを椅子替わりに座り込み、水魔法で飲み水を確保していた。土魔法が得意な子は、土で椅子を作り座っている。
…それって、地面に座るのと変わらない気がするのだけれど…いえ、野暮なことは言いっこなしよね。
「ただ座るだけでは退屈であろう。紅茶などいかがかな?」
先生は優雅なもので、座り込む生徒に湯気の立つ木製のコップを渡して回っている。
私もそれを受け取ると、カップからはとても良い香りが立っていた。一口飲んでみると、ハーブの爽やかな香りが鼻を駆け抜けた。
「いかがかな?これは、この森でも採取できるルガットの葉を乾燥させて作った紅茶である。森を育む豊かな味わいが、諸君らの疲労を拭い去ってくれると思うが」
先生はそう言いながら、木で出来た椅子に座って、優雅に一口紅茶を楽しむ。
流石は紅茶部の先生。こんな森の中であっても、紅茶を飲む仕草に一片の隙も無い。
「わぁ!美味しい!」
「ルガットならよく飲むけど、やっぱり新鮮な茶葉は違うのかしら?」
「モーリス先生が入れて下さったからに決まっていますわ!」
「ああ、お茶菓子が欲しくなりますわね」
紅茶を飲む生徒達の反応も上々だ。みんな美味しい、美味しいと連呼して、飲み終わってしまったカップを恨めし気に見下ろしている。
思わぬ先生のサプライズに、生徒達は僅かばかり元気を取り戻したみたいだ。何人かの生徒達は立ち上がり、辺りの草花を観察し始めた。
私もそうしようかと腰を浮かせかけたけど、先ほどアラン草を摘んだことを思い出したので、先ずはそちらの観察をすることにした。
ボイドからアラン草を取り出して、ハンカチの上に置いてみる。葉には小さな産毛が沢山生えており、小さな紫色の花が下を向いていた。
一見、この花に効力があるように思えるが、実際に使われるのは葉っぱだけ。可愛い花なんだけど、飾りくらいにしかならないらしい。
「あの、バーガンディ様」
スケッチでもしようと羊皮紙を取り出していると、女子生徒が2人近づいて来て、片方の子が話しかけてきた。
同じ班の子達だ。名前は、えっと…。
必死に思い出そうとしていると、彼女達から自己紹介をしてくれた。
「ビアンカです。ビアンカ・イメディング。こちらは友人のコリンナ」
「コリンナ・バーデンです。私達、薬草に興味があって、バーガンディ様が摘まれたアラン草を、私達にも見せて頂けないでしょうか?」
「ええ、構いませんわ」
私はボイドからアラン草を取り出して、2人に渡す。丁度2人分あって良かった。
「ありがとうございます。見て、コリンナ。葉っぱに産毛が生えてるわ」
「本当ね。こっちの子は花が赤っぽいわ。そっちは紫なのね」
「紫の方が産毛が柔らかい気がするね。どうしてかしら?」
2人の会話を聞いて、私も興味が出てきた。2人が持っているアラン草を触ってみて、確かに個体差があるのが分かった。
「本当ね。花によって違いがあるみたい。何故かしら?」
「不思議ですね」
確かに不思議。摘む時は気が付かなかったけど、他のアラン草もよく見たら違いがあったのかも。
私は先生に振り返って、アラン草のところまで戻っていいか聞いてみた。
先生が「気を付けてな」と許可をくれたので、休憩中に戻ってみることにした。
「すぐそこだけど、2人もいらっしゃる?」
「えっと…どうしよう?」
「折角だから、同行させて貰いましょうよ。ディマレ様達もいない事だし」
あら?貴女達はサロメと関係があるの?そう言えば、バッチも緑でBクラスの人達なのね。
彼女達を誘った事を、一瞬後悔した私。でも、今更断るのも出来ないので、彼女達を連れて来た道を戻る。
ひょっこりエリカさんも付いて来たけど、貴女もアラン草に興味があるの?
「わぁ!アラン草がいっぱいですわ!」
歩いて5分もしない内に、アラン草の群生地に戻ってきた。
2人はそれを見るや、飛ぶように近づいて、服が汚れるのもお構いなしに地面に這いつくばった。
本当に、草花が好きみたいね。
「見て、ビアンカ。日に当たっている物ほど、花弁が赤っぽくなってるわ」
「木陰の方は産毛が柔らかいみたいね。効力とかも違うのかな?」
2人が楽しそうに花を観察している。
それを見ていると、さっきまでサロメがどうと身構えていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
今は授業中なんだから、そんな煩わしい事を抜きにして、しっかりと学びとらないと。
私も2人に負けじと、アラン草に目を光らせる。その横で、エリカさんはキョロキョロしていた。
…何を探していますの?アラン草は貴女の足元よ?
「いやさ、後は月光草があれば、高級回復薬が出来ると思ったんだ。それがあれば、私も冒険者になれるかなって」
「学園で魔法を習っているのに、冒険者になるつもりですの?」
「ううん。でもさ、寮のご飯にお肉が少ないじゃん?ホーンラビットとかをゲット出来たら、お腹いっぱい食べられると思って」
それは…一理ありますわね。
いえ、何を言っているの、私。エリカさんに毒されてきていますわよ。
変な思考を払い落とそうと、私が頭をブンブン振っていると、アラン草を観察していた2人が顔を上げて、コリンナさんがクンクンと辺りを嗅ぎ出した。
「何か、変な臭いがしません?」
えっ!?私、臭いますの?
慌てて自分の匂いを確かめようとしていると、ビアンカさんが辺りを見回す。
「音も聞こえた気がするよ。誰かの話し声みたいな…」
「確かに、何か聞こえるね」
エリカさんまでそんなことを言い出した。
えっ?私、何も聞こえないし、何も臭いませんわよ?もしかして、私って鈍感なの?
私だけ置いて行かれている気がして、必死に聞き耳を立ててみる。すると、木々が風で揺れる音の他に、何かが草を揺らす音が聞こえた。
良かった。鈍感じゃなかったわ。
「く、クロエ!」
変に安心してしまった私に、エリカさんの鋭い声が飛んでくる。
なにごと!?とそちらを見ると、向こうの方の木々の間を、何かが通り過ぎるのが見えた。私達より、少し小さいくらいの影が。
そして、ここで漸く、私の鼻も異変を感じる。牛糞を畑に混ぜたような強烈な臭い。
これって…!?
「ゴブ…」
【ギシシシ!】【アギャギャ!】
私が答えを言い切る前に、大木の裏からいやらしい声を上げて、2匹のゴブリンが躍り出た。
えっ?
大規模討伐が行われたんですよね?
「ただのゴブリンではないのやもしれん」




