49話~なんか2人とも、目が怖いよ~~
次の日。私達は馬車に乗って、ラッセルの郊外に出ていた。
今日はこれから、薬草学の校外授業だ。街の南門から出て直ぐの所にあるジュビリーの森で、野草をスケッチしたり実際に採取してみるのだ。
森まで行く馬車の中で、私と同じ組になった生徒達が楽しそうに会話している。
「たのしみよね~」
「私、アラン草を見つけたいわ。回復薬の元になるんでしょ?」
「なら私は、人参草が良いわ。気付け薬になるって聞くもの」
教科書の文字と簡単な図でしか見られなかった薬草を実際に目に出来ると思って、彼女達の期待が膨らんでいた。
加えて、普段は近づくことも出来ない場所へ向かうと言う事で、気分が高揚している様子でもあった。
森は危険な動物や魔物がいっぱい居るから、私達のようなか弱いレディは近づくことも許されていなかったのだ。
…その高揚感を感じないくらい、私は非日常に足を踏み入れ過ぎたみたいだわ。
「はぁ…」
「どうしたの?クロエ」
ついため息を吐いたら、隣で馬車に揺れるエリカさんが心配そうに聞いてきた。
しまった。こんなこと素直に話したら、周りの子に引かれてしまうわ。
「ええっと…そう、ダンス部の事を考えていたのよ」
「ああ、昨日言っていた奴だよね?仕方ないよ。だってクロエはサモン部で忙しいから、元々兼部は無理だったんだよ」
「うっ…」
自分で振った話題だったけど、またショックを受けてしまった。
昨日のダンス授業の後、先生にたくさん褒められた私は、今しかないと思ってジャクリーヌ先生にダンス部への入部を相談した。
だけど、先生はとても困った顔で「他の部活をしている人は難しいですよ~」と言って、私に反論する暇すら与えてくれずに、そのまま逃げるように立ち去ってしまったのだった。
あの時は、本気でサモン部のマネージャーを辞めた方が良いんじゃないかって思った。でも今になって思い返すと、先生のあの態度は私の入部を歓迎していないようにも見えた。
授業中に褒めてくれたのは、私が侯爵家の人間だったから?それとも、ダンス部は人気の部活だから、今更入れないって事だったのかしら?
色々と考えていると、エリカさんが笑みを作って励ましてくれた。
「元気出してよ、クロエ。クロエはきっとサモン部でも輝けるよ」
「そうですよ、バーガンディ様。貴女が日々頑張っているのを、Bクラスの生徒達も評価していましたよ」
反対側に座っていたハロード様も慰めてくれる。
そうね。ダンスは授業で習えば良いんだし、そこで良い成績を取れば、きっとお母様も許してくれるわ。
「ありがとう、2人とも」
「とんでもありません。それより、バーガンディ様に朗報がございまして」
ハロード様がこっそり教えてくれたのは、あの銅貨のこと。
無事にグランビートルの酸が鑑定士レイフさんの所に届いたということで、早速私の銅貨を調べてくれたらしい。
その結果は…。
「ビンゴです。あれは約150年前の魔王大戦末期に作られていた貨幣の1つで、今ではなかなかお目に掛かれない貴重な品物ですよ」
「わぁ!それじゃあ、かなり価値のあるお宝ってことなのかな?」
「錆びていましたし、本体の値段で言うと銀貨数枚(数万円)の価値だとレイフさんは言われていました」
それを聞いて、エリカさんは更に「凄い!」って喜んでいたけど、私はそんなものなの?とちょっと落胆していた。
金貨とか大金貨とか、お宝だったらそれくらいの価値があるのかと思っていた。それが、グランビートルのクエスト報酬1つよりも低いなんて…。
私が落胆していると、ハロード様は「驚くのはまだですよ」と目を輝かせる。
「これには本体価格以上に、歴史的価値があるのです。あの森は嘗て、魔王討伐を行った初代勇者一行が立ち寄った場所として記録されています。ですので、森の中にはまだ初代勇者達の痕跡があるかも知れません。もう全てを調べ尽くされたと思われていたハイドの森ですけれど、まだまだ調べる価値のある場所であった。この事実は大きいですよ」
「ハロード様は、初代勇者様のファンでいらしたの?」
魔王を倒した初代勇者様は今でも人気だ。彼の出て来る絵本は多くの子供達に読まれており、歌劇の題材としてもてはやされる勇者物語の大半は彼のものである。
でも、私達くらいの年になって来ると、初代勇者様より現代勇者様の方が人気があると思っていた。少なくとも、女性の人気は圧倒的に現代勇者様に傾いている。彼らの追っかけもいると聞いているくらいだから。
なので、ハロード様が初代勇者様のファンというのが意外に感じてそう聞いたのだ。
でも、ハロード様は恥ずかしそうに笑みを浮かべて「いえいえ」と否定した。
「勇者自体に興味があるのではなく、彼の市場価値に将来性を見出しているのです。彼の人気は国内外問わず今でも根強く、彼が訪れたとされる場所は聖地とされるところもあるくらいです。そんな人達が手に持っていた物が発見されれば、その価値は大金貨が出てくるものになるでしょう」
「大金貨…」
やっぱり、それだけの価値があったのね。
私は一瞬、またあの森へ入る算段を頭のどこかで考えていた。こっそり入れば、シルバーウルフに見つからないかな?とか、もっと高級な魔物除けの香水を使ったらいいのかな?とか、ついそんな事を。
そんな私達を、エリカさんが呆れた目で見ていた。
「なんか2人とも、目が怖いよ~。汚い大人と同じ目してる~」
【ブフー】
ブーちゃんにまで指摘されてしまった。
「ごめんなさい。良くないことを考えていたわ」
またあの森に入るなんて、そんなの自殺行為だ。シルバーウルフはBランクの魔物。そんな化け物と戦えば、今度こそ命がないのに。なのに、お金に目が眩んでしまっていた。
ダメよ、クロエ。
反省していると、目の前のハロード様も困った笑みを浮かべて頭を小さく下げる。
「いや~。これは失礼しました。何でもかんでもお金に換算するのは良くありませんね。つい、商人の悪い癖が出てしまったようです」
そう言って謝るハロード様だったけれど、エリカさんは変わらず彼をジト目で見ていた。
どうしたの?エリカさん。
私が首を傾げていると、馬車の馭者が「皆様、そろそろ到着でやす」と声を掛けてきた。
その声で、私が窓から外を覗き見ると、目の前いっぱいに背の高い木が整然と立ち並んでいるのが見えた。
これがジュビリーの森。まだ馬車に乗って1時間くらいしか経っていないから、本当に近場なのね。
「諸君!私の元へ」
馬車から降りると、先頭の馬車から降りた先生が片手を軽く上げ、みんなに指示を出す。
私は自分の組になった人達に声を掛けて、先生の元で並ばせる。
総勢25名が、4つの列になって先生の前に整列した。
先生が満足そうに一つ、頷く。
「よろしい。では先ず初めに、この森の中へと入り、薬草を見つけることから始めるとする。吾輩から離れぬ様についてくること。それが守れぬ場合、その者には大変退屈な1日を過ごしてもらう事となる」
では行くぞと、先生は早速森の中へと分け入っていく。
私達は2列になって、先生から離れないように注意しながら森の中に入る。途端に、生徒達の間に不安が広がる。
「ひぇ…。中に入っちゃった。大丈夫かなぁ」
「分かんない。魔物とか出ないのかな?」
「暗いなぁ。俺の家、プレントンに別荘持ってるんだけどさ。その近くのキャンプ場は、もう少し明るかった気がするぜ?」
みんなはそう言うけれど、私からしたら「そうなの?」というのが正直な感想だった。
魔導ランプを使わなくても足元は見えるし、その足元も少し背の高い草が茂るだけだ。
ハイドの森の方が薄暗くて恐ろしかったし、腰の高さまである藪が茂っていて、ブーちゃんが踏み潰さないと前に進まないくらい過酷な環境だった。
これくらいなら、ちょっと木陰の多い馬車道くらいに思えてしまうわ。
そう思っているのは、先生も同じみたいだった。
「諸君、安心したまえ。この森はよく人が入っており、間伐も進んでいる。またここに生息する魔物は弱く、事前に冒険者達による大規模討伐も行われている。気を緩めろとは言わぬが、諸君らが剣や杖を振り回す機会は無いものと、吾輩は確信している」
先生がそう言うと、生徒達の間で「よかったぁ」という声が幾つも聞こえ、硬かった表情は随分と緩んだ。
そこに、先生は「だが」と付け足す。
「今回、諸君らがここに来た目的は魔物の討伐ではない。今こうしておしゃべりしている間にも、貴重な草花を通り過ぎてしまった恐れがあるぞ?」
「「えっ」」
別の意味で緊張を取り戻す生徒達。それを見て、先生は「ふっ」と、小さく笑う。
「授業で習った事を思い出し、しっかりとこの森を見渡すのだ。さすれば、諸君らが得たいものが見えて来るだろう」
先生はそう言って立ち止まり、木陰から一輪の黄色い花を摘み取る。
「これが何か分かるかな?エリカくん」
「はいっ!痺れ草、別名リカインドだと思います!」
「その通り」
先生が頷くと、生徒達は一斉に先生の近くに寄って来て、「へぇ、これが」とか「絵で見たより綺麗ねぇ」と感動していた。
こんな所にも、薬草があるのね。
私も、先生が手に持つ鮮やかな花を見て、期待が膨らむのだった。




