4話~再召喚したいです~
目が覚めるとそこは、遠くに天井が見える大きな講堂らしき場所だった。
一瞬、入学式で使った記念講堂かと思ったけど、部屋に漂う薬品の匂いが、違うよと教えてくれた。
ここは医務室。中等部生の時にも何度か入った事はあったけど、こうしてベッドで寝るのは初めてだった。
なんだっけ?なんで倒れたんだっけ?思い出せない…と言うよりも、思い出したくない気がする…。
「おや?目が覚めたかの」
私が1人でうんうん唸っていたら、カーテンを開けて誰かが入って来た。
背の高い青いローブのお爺ちゃん。入学式でも最初に挨拶していた人。
「校長、先生…あっ、済みませ」
「ああ、よいよい。そのまま寝てよいぞ。君は召喚の儀で倒れてしまったんじゃ。じゃから、今は休む事に専念しなさい」
起き上がろうとしたら、先生は私のすぐ横まで歩いて来て、私の肩に手を置いて寝るようにと促した。
でも、そうして促されなくても、私はベッドに倒れ込んでいただろう。先生の言葉で思い出してしまったから。
あのオークの事を…。
「ああ、どうしよう…」
この先の事を考えると、また目の前が真っ暗になりそうだった。心に大きな穴が出来たみたいで、自然と涙が溢れてくる。それを先生に見せちゃまずいと思って、私は掛け布団を目元まで引き上げた。
そこに、先生の優しい声が掛かる。
「落ち込むことはないぞ?ミス・バーガンディ。君は素晴らしいファミリアを引き当てた」
「気休めを言わないで下さい!先生」
素晴らしいなんて嘘。オークは最低のファミリアだって、農場主のエドモンさんが言っていた。魔物のランクで言えばウルフと一緒だけど、頭が悪い分、使い勝手も悪くてどうしようもない嘆いていたもの。
「これじゃもう、学園にもいられませんわ…」
こんな下級魔獣を召喚してしまったら、クラス分けは絶望的。アンネマリー様達と同じAクラスは夢のまた夢。下手をしたら、サロメさん達と同じBクラスにも入れない。
下級貴族達が集まるCクラスや、平民が中心のDクラスに落ちちゃうかもしれない。
そうなったら、お母様からなんて言われるか…。
「…そうだわ。校長先生!確か、召喚ってやり直せるんですよね?凄い術者がいれば出来るって、召喚魔術の先生が言っていましたよ?」
私は掛け布団を跳ね上げて、体を起こす。期待の籠った瞳で先生を見詰める。
でも先生は、残念そうに首を振った。
「そうじゃな。出来なくはない。だが、今すぐには無理じゃ。召喚魔術を引き剥がすほど強力な力を持った術者は、周辺国を探しても片手で数えるほどしか居らん。そんな者に依頼すると成れば、費用は自ずと高額となる。加えて、予約で埋まっておるのでしばらく待つと聞くぞ?」
「暫くって、どれくらいですか?」
「1年とも3年とも聞くが、確かな数字ではない。王宮に呼び出されたりしたら、その分予約は後ろ倒しになる。最近でも、隣国の勇者が召喚に失敗して、急遽術者を呼び出したと聞いておるからの」
「3年…」
それでは、卒業まで待つことになる。
それでも、一生オークをファミリアにするよりはマシよ。高等部の学園生活は絶望的かも知れないけれど、その後で幾らでも挽回できる。
3年後だと18歳か…。うん、大丈夫。まだ全然、行き遅れって呼ばれない年齢よ。大精霊を呼び出せれば、きっと引く手数多だろうし。
「校長先生。私、再召喚したいです。お金は何とかしますので、あの、どうにかできないでしょうか?」
「本当にそれで良いのか?君は、よく見て物事を決めたのじゃな?」
先生のキラキラした瞳が、私の姿を映す。
私は何かいけない事をしている気がして、心の中がモゾモゾした。
でも、それを押さえつける。オークの醜い姿を思い出して、大きく頷く。
想像のオークは、醜さに磨きがかかっている気がするけど…気のせいよね?
すると、校長先生はため息と共に承諾してくれた。
「…分かった。儂から知人に、申し込みをしてみよう。ただ申し込むより、少しは早くなるかもしれんからの」
「ありがとうございます!」
私は嬉しくなって、ベッドから飛び出して先生に一礼した。
それに、先生は再び深い溜息を吐くだけだった。
そのまま後ろを振り向いて部屋を出て行こうとして、一旦立ち止まってこちらを見た。
「もしも気が変わったら、校長室に来ると良い。いつでも歓迎しようぞ」
そう言って、校長先生は今度こそ医務室を出て行った。
気なんて変わる筈ないわ。
私も負けじと、鼻息を荒くした。
次の日から、私の地獄は始まった。
「ねぇ、あの人。例のあの人よ」
「ああ、オークを召喚した侯爵令嬢だっけ?」
「寄りにも寄って、女の子がオークなんて…ぷぷっ」
「平民だって、もっとマシなの召喚するでしょ?」
「余程、オークがお似合いってことよね。くっふふ」
私が入寮したエニクス寮から教室棟へと向かう最中、四方八方から私に対しての噂話や嘲笑が向けられた。
やれブタ令嬢だの貴族の面汚しだのとコソコソ罵り、私がそちらを見ると汚らわしい物を見る目で見返されてしまう。
私は居た堪れなくなって、早足で通り過ぎる。
そして、教室棟の前に貼り出されたクラス表を見ると、私の名前がCクラスの列に紛れていた。
「Cクラス…」
やっぱり、オークを召喚してしまったからBクラスにすらなれなかった。Dにまで落ちなかったのは良かったけど、このままだと今年の冬は大変な年越しになるかもしれない。
いえ、下手をすると、学期末すら迎えられずに、お母様に連れ戻されてしまうかも…。
この先の事を考えて、私は深く落ち込んでしまった。
そこに、キンキン声が背中に刺さった。
「あら?誰かと思えば、ブタを召喚したクロエさんじゃございませんの!」
「…サロメさん」
振り返るまでもなく、そこには勝ち誇った顔のサロメさんが居た。彼女の後ろには、いつもより多めの取り巻きが引っ付いている。その取り巻きの中には、いつも私に話しかけてくれていた人達の姿まであった。
でも今は、サロメさんの後ろで笑みを浮かべている。サロメさんと同じ、薄ら笑いの嘲笑を。
「凄いですわぁ~クロエさん。ブタを召喚した翌日だというのに、もう勉学に励もうとするなんて。私でしたら、何日も寝込んでいるところでしてよ?随分と心が強い…いえ、きっと、精神が図太いですわ。オークを召喚したブタ令嬢さんですものね!あははは!」
「「「ふふふふっ!」」」
サロメさんが笑い出すと、後ろの人達までワザとらしくそれに同調した。
それに、私は心が殴られたみたいに感じて、言葉が詰まった。耐えきれなくなって、逃げるように棟の中に入って廊下を走った。途中で誰かに咎められた気がしたけど、気にする余裕もない。
暫く走って、息が上がったので歩き出す。近くには、〈中央ホール〉と書かれた扉があった。
ここは、あれかな?ダンス部とかが活動しているダンスホールかも。お母様が絶対に入りなさいって言っていたダンス部は、ここにあるんだ。
でも、それももう無理かもと、ホールを通り過ぎて教室に向かおうとした時、背後から声を掛けられた。
「クロエさん?」
「あっ、アンネマリー様」
声で振り返ると、アンネマリー様が中央ホールの扉から出て来る所だった。
ダンス用の簡易ドレスに身を包んだ彼女は、スススッと私の方へと近づいて来て、私の右手を両手で挟んだ。
「昨日の件、聞きましたわ。大変でしたわね。まさか貴女が、召喚事故に巻き込まれるなんて」
「召喚、事故?」
聞き慣れない言葉に目を瞬かせると、アンネマリー様は「ええ、そうです」と目を伏せる。
「高貴な方や、有能な方が不相応なファミリアを呼び寄せてしまう。その様な不幸が時折あるのです。
サモンファイトの初代王者であるジェイク・ダンプシー。彼の息子も期待されていましたが、召喚されたファミリアがスライムで、その道を断たれたと聞きます。
最近では、隣国の勇者様が低級魔物を召喚してしまい、彼を任命した聖女様に非難が向いているのだとか」
「そんな…」
そんな有名な人達まで召喚に失敗していたなんて。
そして、全員が不幸な目に遭っている。私のように…。
「クロエさん。元気を出してくださいな。召喚は1度きりではございません。貴女の魔力次第では、そして、良縁に巡り合えば、また新たなファミリアを得ることも出来ます」
「アンネマリー様…」
それは私も聞いたことがある。人によっては複数のファミリアを持つ人もいて、そういう人は精霊や幻獣と仲良くなって、ファミリアになってもらったと。
でもそれって、とても難しい事だって聞いている。精霊や幻獣と仲良くなるには、少なくともその子達以上の強さがないといけないから。
精霊や幻獣並みの強さを持つ人って、相当な実力者だわ。私なんかじゃ絶対に無理。
「ありがとうございます、アンネマリー様。ちょっと元気が出ました」
無理と分かっていても、私は嬉しかった。アンネマリー様が私の事を蔑んだりせずに、こうして親身になって考えてくれていることが。
そう、思っていたんだけど。
「それなら良かったわ。では、私はこれで」
そう言ってアンネマリー様がカーテシーをした時、彼女の長い黒髪が揺れて、隙間から彼女の耳が見えた。
そこに、私が送ったイヤリングは無かった。昨日の入学式には付けてくれていたのに、もう外されていた。
「…っ!」
私は、また言葉が詰まった。去っていくアンネマリー様の背中を、ただただ見送っていた。
アンネマリー様。偶然ですよね?今日は付ける気分じゃなかったって、それだけですよね?
私は心の中で、何度も彼女に尋ねた。
「嫌われ過ぎであろう、オーク」
いえ、まぁ、女の子が召喚してしまったと言うのが、噂に拍車を掛けているみたいで…。
「何故だ?」
何故って…それは、まぁ、女の子から特に嫌われる魔物じゃないですか。ゴブリンと一緒で。
「R18か?」
いや、ダイレクトに聞かないで。




