48話~ブックション!~
「皆さん、よろしくて?バロックダンスとは、ただステップを踏んで手足をバタつかせるだけでは踊れているとは言えません。しっかりと、その動きの意味を理解することが重要なのです」
ジャクリーヌ先生が難しい事を言っている。ステップの1歩1歩に意味があるのだとか、腕をこの角度にするのは伝統がどうなのだとか。説明を受ける私には全く分からない。
分からないけれど、私はただ、先生の言う通りに練習を進めるだけだ。
幸い、最近は体を動かす機会が増えていたので、こうしてダンスを踊り続ける事は苦にならない。
向こうの方でサロメが顔を真っ赤にしている姿とか、奥でアンネマリー様が一息入れている様子を、少し余裕を持って見ることが出来ていた。
「まぁ。貴女、とてもお元気ねぇ~」
そうやって、何とかレッスンに齧り付いていると、先生が近くを通りかかった際に褒めてくれた。
私は嬉しくて、「ありがとうございます!」と少し大きめな声で返していた。
すると、先生は固まってこちらを見返した。
しまった。嬉しくてつい、声が大きくなっちゃったわ。気を付けないと。
「失礼致しました」
「いえいえ。本当に、元気があってよろしいですわねぇ~」
先生は口元に手を当てながら微笑んで、他の生徒の指導へと戻った。
良かったわ。元気があるって取ってくれて。
そう安心していると、
【ブゥ…】
ブーちゃんが低い声で鳴いた。
「うん?どうしたの?ブーちゃん」
【ブッ…ブーブ】
先生に対して、何か気になる事があるみたい。でも、ボイドから手だけ出してきて、「何でもないよ」と言うようにフリフリした。
そう?何かあったら、遠慮なく言ってね?
ブーちゃんの事はちょっと気になったけど、ダンスの授業は順調に進んでいった。先生も時々こちらに来て、「凄く熱心ねぇ」とか「バーガンディ領は広いから、たくさん練習が出来たのでしょうね」とか、毎回褒めて下さった。
…あまり持ち上げないで下さい、先生。高ければ高いほど、落ちた時の衝撃が大きくなりますので。
「さて、皆さん。ここからはペアで踊って頂きます」
先生が手を叩いて、絶望的な事を言い始めた。
案の定、周囲の人達はすぐに相手を見つけて、次に出される先生の合図を待っていた。でも、私の近くに居た人達は、スッと私から遠ざかっていく。
見ると、多くの女子生徒がこちらを見て、クスクス笑うか青い顔で口を結んでいた。
笑っているのはABクラスの上級貴族令嬢で、口を結んでいるのは男爵令嬢達ね。きっと、上の人達に脅されているんでしょう。私と関わったらただじゃおかないと。
数少ない男子生徒の中には、こちらに手を振って好意的な態度を示そうとした人もいた。でも、そういう人達は周りの女子生徒が慌てて止めて、何かを吹き込んでいた。
ああ…このままだと、私は1人でペアダンスを踊ることになりそうだわ。ブーちゃん。手だけで良いから少し貸してくれない?
私が心の中で話しかけると、手が伸びてきた。
でもそれは、ボイドからじゃない。ブーちゃんの手ではなかった。
綺麗な男性の手。
「僕で良ければ、お相手いたしますよ?クロエさん」
「でっ!殿下!?」
その人は、ロイ殿下であった。
いつの間に!?いえ、なんでこんなところに殿下が?さっきまでいらっしゃらなかったのに、何処から湧いて出られたのです?
私が混乱している内に、殿下が伸ばされた手が私の手に重なりそうになる。
はっ!このまま流されたらダメよ。見てみなさい。アンネマリー様のお顔が、怒りで茹でダコみたいになっているじゃない。
「いっ、嫌ですわ、殿下。そのような御戯れを」
私はそう言いながら、触れられそうだった手を口元に持ってきて、難を逃れようとした。
でも、殿下は退かない。手を私の前に差し出した。
「いやいや、戯れなんかじゃないよ。だって、僕たちは友…」
殿下が友達というキラーワードを口から放ちそうになり、私は肝が冷えた。
でも、その前に、向こうの方で大きな音がした。
【ブックション!】
ブーちゃんだ。
「なっ、何だ!?何の声だ!?」
殿下の後ろに控えていたレックス様が、音のした方にショートソードを構えながら、鋭い目で辺りを探る。その方向に居た女子生徒が青い顔で飛び退くけど、何も見つけられずにレックス様は首を傾げる。
女子生徒が退いた瞬間、ボイドの入口が見えたんだけど…やっぱりみんなには見えなかったみたい。
それが余計に、レックス様の警戒心を強めた。
「行きましょう、殿下。ここは人が多すぎます。誰が何を隠し持っているか分かりません」
「えー?そうかな?今のも、彼女のファミリアが出した声だと、僕は思ったんだけど?」
殿下がニコニコして、こちらに笑みを向ける。
ぐっ、気付かれてる。このままじゃ、折角ブーちゃんが友達発言を回避してくれたのに、無駄になっちゃうわ。何とかしないと…。
打開策を求め、私は周囲を見渡す。すると、誰かが近づいてくるのが見えた。
それは…。
「クロエさん。私と踊る約束をされていましたでしょ?」
「サロメ…さん」
険しい顔のサロメだった。
どういう風の吹き回し?何か、企んでいるの?
…いえ、今はこの藁に縋るしかないわ。
「申し訳ございません、殿下。先約がありまして、折角のお申し出なのですが…」
「そっか。君が1人じゃないなら良かったよ。じゃあ僕達は2階に戻るから、何かあったら手でも上げてよ」
殿下は意味深な言葉を投げかけて、サロメさんに笑みを向ける。そして、レックス様と一緒に階段を上がっていく。
ああ、そっちが2階になっていて、ホールを見渡せるようになっていたのね。だからお2人とも、制服を着ていらっしゃったんだわ。
「さぁ、クロエさん。踊りましょう?」
「え、ええ。サロメさん」
私はサロメと正面を向いて、ゆっくりとステップを刻む。そうして、2人で腕を組んでくるりと回り…。
「貴女、どういうつもりですの?」
回っていると、サロメが話しかけてきた。
どういうつもりとは、殿下の事だろう。だから私は、小さく首を振る。
「私が何かした訳じゃないわ。何故か、殿下が気に掛けて下さったのよ。今もそうですし、サモン部の時も」
「またそれですの?貴女が全く関係ないなんて、そんな事ある訳ないじゃない。殿下の事も、召喚術の事も、貴女が裏で何かしているからではございませんの?」
「本当に、何もしていませんわ!」
「声が大きいですわよ…」
つい大きな声で反論すると、サロメが狼狽えて周囲に視線を飛ばす。私も確認したけど、先生は遠くのペアを指導していてこっちを見ていない。
ふぅ…。助かったわ。
安心していると、サロメのつり上がった目が見上げてくる。
「兎に角、これ以上目立つようなことをしていたら、貴女、この学園に居られなくなりますわよ?」
サロメはそう言って、私の肩越しに向こう側を見る。そっちに居たのは、無表情のアンネマリー様。
「よろしくて?」
「…ええ。重々、弁えていますわ」
私が慎重に答えると、サロメは「ふんっ」と鼻を鳴らしてアンネマリー様の方へと歩いて行く。
その背中に、私は声を掛けていた。
「サロメさんっ。その、ありがとう…」
その声でサロメは一旦足を止め、こちらを振り返る。でも、無言のままカーテシーで挨拶して、今度こそアンネマリー様の元に戻って行った。
〈◆〉
「ご苦労さま、サロメさん」
私が戻ると、アンネマリー様が労いの言葉を掛けてくれる。でもすぐに、探る様な瞳になって「それで?」と私の内側を覗こうとしてきた。
私は気持ちを隠す為、一礼して目を伏せる。
「はい。クロエさんに釘を刺してまいりました。余りにも風紀を乱す様なら、この学園に居られなくなると」
「あの子はなんと?」
さて、なんと言うべきか。私は思考を巡らせる。色々と浮かぶ言葉の中から、相手を1番喜ばせる言葉を選ぶ。
「…言葉を詰まらせ、随分と怯えている様子でしたわ。あの様子でしたら、もう二度と殿下に手を出そうなんて思わないかと」
本当の所は、しらばっくれていたけど、そんな事をそのまま伝えたら大変な事になる。
ここは嘘を付いてでも、私の説得が効果有りと言わせてもらおう。そうしたら、私の評価は大きく上がるでしょう。
…次いでに、クロエさんも助かるでしょうし。
「足りないわ」
しめしめと思っていると、アンネマリー様がピシャリと言い放つ。
私はつい、顔を上げてしまった。
アンネマリー様の冷たい目が、私の心の中を冷やす。
「言葉だけでしたら、幾らでも反省は出来ます。特にあの子、先生の嫌みにも気が付いていない様子でしたし、貴女の言葉の意味が全て伝わっているとは思えません。言葉だけでなく、しっかりとした躾も必要です」
そう言って、アンネマリー様は封筒を一つ、私に差し出してきた。
あて名は…フリーカンパニー?
「これを放課後、正門前で待っている冒険者に渡してちょうだい。貴女が直接渡しても良いし、そこら辺に居る暇そうな平民を使っても良いわ」
アンネマリー様はそう言って、封筒の上に大銀貨を1枚置いた。
…これで、平民を買収しなさいってことね。
クロエ。貴女、既に相当な怒りを買っているわよ?
私は振り返り、先生に駆け寄る旧友の姿を見て、心の中でため息を吐いた。




