45話〜急いでいますの〜
「ラッセル〜。ラッセル〜。学術都市ラッセルに到着でやす〜」
威勢の良い声が響くと同時、リズム良く振動していた馬車の揺れが急に止まり、危うく投げ出されそうになった。
勿論、投げ出される前にブーちゃんの腕が受け止めてくれたけど。
「あざっしたー。また乗ってくだせえー」
フードを被り直して荷台から降りると、馭者の酷く訛った挨拶が背中を押す。
まったく…。貴方のせいで怪我をするところだったのよ?こんなの、我が家の馭者がやったりしたら、執事のダンカンから特大の雷が落ちるところだわ。
何か言ってやりたい気持ちを抑えて、なるべく強めに大銅貨を渡す。
今は言い争っている時間はないわ。早く冒険者ギルドに行って、クエスト完了報告をしないといけないんだから。
空を見上げると、既に太陽は大きく傾いており、青かった空は紅色の夕焼けに染まり切っていた。
本当は朝一の馬車に乗って帰る予定だったのに、朝起きたら太陽が高々と登っていて、かなり遅い出発となってしまった。それで、今は寮の門限にヒヤヒヤしながら帰ってきたところだった。
仕方ないじゃない。昨日はあの後、かなり遅くまで作業していたんだから。
怪鳥を倒したことで虫型の魔物が戻ってきたまでは良かったのだが、その後に待っていたグランビートルの酸採取にかなり手こずってしまった。
彼らはかなり臆病で、棒で突いたりするだけで簡単に酸を吐き出してくれる。でも、それを筒に入れるのに苦労した。
筒の口は小さいのに、ビートルは好き勝手な所に酸をまき散らすもんだから、容器に全然入らなかったのだ。それに加えて、その酸はかなり強力って聞いていて、触れたりしたら酷い肌荒れを起こすらしい。
そんなの、絶対にイヤ。
そんなだったから、最初の数匹は殆ど採取する事が出来ず、もうこのまま捕まえちゃおうかしら?と血迷うレベルだった。
でも、そうならなかったのはブーちゃんのお陰。
彼は、お尻を上げて酸を放ってこようとしたグランビートルを相手に、咄嗟にボイドを構えて、その酸を全部闇空間の中にしまっちゃった。そして、ボイドの中で筒に詰めて、簡単に酸の採取をして見せたのだった。
私も試してみたけれど、最初の内はお尻を向けられると怖くて逃げちゃっていた。でも、最後の方は逃げずにしっかりと採取出来て、結構な量の酸を採取する事が出来た。
これだけあれば、ギルドの塩漬けクエストもかなり消化する事ができると思う。なかなか酸が手に入らなかった人達が、漸くお仕事に集中出来る様になる。
貴族としての責務を、十分に果たせたと思うわ。
「でも、ちょっと張り切り過ぎたわね。ふぁ…」
つい欠伸が出そうになる。
朝日が登ってから寝たから、あまり良く寝れなかったのだ。加えて、馬車の中は酷く揺れたから、身体中が痛い。あそこで一睡も出来なかったのが、かなり痛かった。
「移動手段も考えないといけないわね」
【ブゥ?ブッフー!】
ブーちゃんが「任せて!」みたいに言っている気がするけど、何かしら?お金をもっと稼ぐから、個人馬車を使おう…みたいな感じかな?
ギィ…。
冒険者ギルドのドアを開くと、いつも通りの軋み音が響く。でも、何時もよりも気にならなかった。それは、軋み音よりも遥かに、ギルドの中がうるさかったからだ。
「どうだ?シンシアちゃん。このコボルトの牙の太さと言ったら、とんでもない大物だったんだぜ?」
「おい!後がつっかえてるんだ。早いとこ報告しろや、ボケ!」
「うるせぇな!今良いとこなんだよ」
受付の前には長蛇の列が出来ており、至る所で小競り合いとか、割り込みとか、受付嬢へのナンパとかで、男達が喚いていた。
ギルドの奥の方では、威勢のいい声や笑い声が響いている。
「そんでよ!このバカがオークのウンコ踏みやがってよぉ」
「うわっ、マジか。お前ちゃんと、足洗ったんだろうな?」
「俺は今回の遠征で、でっけえドラゴンを見たんだ。こーんなデカかったんだぞ?」
「あー、はいはい。夢の中の話だろ?ゴブリンに頭殴られてから、こいつおかしなことばっか言いやがるんだよ。ったく」
男達が木製のコップをかち鳴らし、赤ら顔で怒号と大笑いを吐き出してる。
随分と酔ってるみたい。奥は酒場になっていたのね。
「おーい。嬢ちゃん」
荒々しい男達に引いていると、聞き覚えのある声が。
ランベルトさんだ。手を振ってこっちに来た。
「どうだった?何か収穫はあったかい?」
「ええ。貴方からのご助言もありましたから、無事に目当ての物を手に入れられましたわ」
私が筒をフリフリすると、ランベルトさんは「そいつは…凄いな」と目を丸くする。そして、「来なよ」と私を受付前まで誘導し、受付嬢をナンパしていた男に話しかけた。
「ちょっと良いか?ジョルダーノ。街のピンチを救ってくれたこの子に、順番を譲って欲しんだ」
「えぇ?おう。可愛い子だね。チャオ、お嬢さん。どんなクエストを受けのかな?」
話しかけられたけど、すかさず私の前にランベルトさんが立ち塞がり、ナンパ男をブロックする。
「この子が受けたのはプリムローズの件だ。ほら、塩漬けクエストが溜まっていただろ?」
「あぁ、アレをやってくれたってのか。そいつは早いとこ報告しないとな」
ナンパ男がこちらにウィンクして、どうぞどうぞと前へ入るようにと誘う。
良いのかしら?みんな並んでいたのに。
気になってナンパ男の後ろを見てみたけど、冒険者達は厳つい顔に黄色い歯を剥いて、不格好な笑みを作っていた。
…取り敢えず、怒られることは無さそう。でも、手早く済ませてしまおう。門限までの時間もあるし。
私は受付の前に立つ。途端に、受付のお姉さんは笑顔を浮かべる。
さっきまで、冷たい目でナンパ男を見下ろしていたのに…。
「お帰りなさいませ。受注されたクエストを教えて頂けますか?」
「あっ」
しまった。番号を控えていなかった。
やってしまったと、私が肝を冷やしていると、横からランベルトさんの手が伸びてきて、机の上にクエスト用紙を置いてくれた。それは、今一番欲しかった鑑定士レイフさんの依頼書。
「これだ、シンシアちゃん。この子は見事、プリムローズでグランビートルを発見したらしい」
ランベルトさんがそう言うと、後ろの冒険者達がざわつく。本当なのか?とか、どうやって?と互いに顔を見合わせていた。
そうやって訝しんでいたのは、お姉さんも一緒だった。
「それが本当でしたら嬉しいのですが…依頼品を見せて頂いても良いですか?」
「ええ。…こちらですわ」
一瞬、私が間違えたのかと思ってしまい、渡すのを躊躇してしまった。
だって、これだけみんなが疑うレベルなんですもの。もしかしたら私は、グランビートルと勘違いして全く別の虫を追いかけていたかも?と心配になった。
そんな私の前で、お姉さんは「失礼します」と言って、耳の近くで筒を振っている。次いで、汚い銅貨を取り出して酸を一滴だけかけた。すると、銅貨の汚れがみるみる落ちて行った。
私の後ろで、「「おぉ…」」と冒険者達の声が響く。
「本物だ」
「マジか。プリムローズが復活したのか」
「こうしちゃいらんねぇ。今からでも行くぞ!」
「バカお前、大規模討伐依頼はどうすんだよ?」
「そんなの後だ!」
「いや、待て。俺はついこの前、3日間も粘ってみたけど、1匹も見つからなかったんだぞ?だから…どうして、急に?」
「このお嬢ちゃんが何か、特別なことをしたのか?」
冒険者達の視線が、痛いほど私の背中に突き刺さって来る。加えて、お姉さんからも同じ視線が。
「あの、クロエ様。詳しいお話をお聞きしたいので、2階の応接室までお越し頂きたいのですが…?」
「ええ、もちろ…」
反射で頷きそうになって、止まる。ギルドの壁に立てかけられた時計の針が目に入った。
ああっ!門限までの時間が、もうありませんわ!
「申し訳ございませんが私、急いでいますの。これが今回採取したグランビートルの酸ですわ」
私はボイドを開き、採取した全ての酸入り容器を机の上に積み上げる。
レイフさんの依頼は1匹分の酸だったから、これだけあれば足りると思う。
そう思ったんだけど、お姉さんの顔は晴れない。
足りなかったの?
「あの、クロエ様。これだけの量をどうやって採取されたのでしょう?プリムローズで何があったのか、端的でも構わないので教えて頂けませんか?」
ええっ?それも教えないといけないの?もう時間がないのに。
なりふり構っていられなくなった私は、山積みにした筒の横にドンッと、怪鳥の遺体をそのまま置く。それを指をさして、早口で説明する。
「この魔物が、夜に甲虫型魔物を食べていたんですの。ですから、倒したら直ぐにビートル達も出てくるようになりましたわ」
「えっ?…あっ…えぇ?」
言われた通り端的に説明したのに、お姉さんは固まってうわ言を呟くだけになってしまった。
ああ、もうタイムリミットですわ。ごめんなさい。
「それでは、私は急ぎますので。こちらの手続きをお任せしますわ。皆様も、お騒がせ致しました。失礼致します」
私が帰ろうと振り返ると、集まっていた冒険者達が慌てて左右に退いて、出口までの道を作り出してくれた。
まぁ。冒険者の皆さんって、見た目に寄らずとても紳士的なのね。急いでいる今は、特に有難いわ。
「ごきげんよう、皆様」
出口の手前で、私はしっかりとカーテシーで挨拶を行う。そして、ギルドを出ると同時に走り出した。
さぁ、学園に急がなきゃ。ムーンガルドの罰則は、絶対に受けたくないもの。
冒険者が…紳士的?
「驚き、戦き、引いただけであろう」




