43話〜夜だったのね。やっぱり〜
ハロード様のお知り合い、鑑定士のレイフさんが困っている。そう聞いてから、私はどうするべきか悩んだ。
けれど、いい解決策が浮かばない。そもそも、どうしてグランビートルが居ないのかも分からないから、対策の立てようもなかった。
「やっぱり、一度行ってみるのが良いわよね」
【ブフ〜♪】
ブーちゃんも同意してくれている。
よしっ。明日からの連休は、プリムローズに決定よ!
そんなテンションのままに、私は週末ピクニックへと繰り出した。
プリムローズは近いから、門限までに帰れる範囲ではあるけど、念の為、外出許可申請書は提出している。
驚いた事に、ムーンガルドの申請はとても簡単で、ただ名簿に名前を書くだけで終わってしまった。
エニクスの時は、直接寮長先生に渡さないといけなかったし、理由も尋ねられた。先生の許可が降りなかったら、外出を取りやめる事にもなるらしい。
ムーンガルドに来て良かったと、今回はそう思った。
…勿論、門限は絶対だし、遅れた時の罰則は、エニクスよりも厳しいと聞く。絶対に、明日の門限は守らないと。
「プリムローズぅ〜。プリムローズに着きましたよぉ〜」
そうして乗り込んだ乗り合い馬車だが、乗客が随分と少ない。私以外だと、皮の胸当てだけ装着した少年冒険者チーム1組だけだった。
馭者さんに聞いたところ、この辺の魔物自体が少なくなっていて、以前までは初心者冒険者の園として賑わっていたここも、随分と寂しくなっているのだとか。
なるほど。少ないのはグランビートルだけじゃないのね。これは何か、事件の臭いがするわ。
私は勇んで、プリムローズの地を踏みしめる。ハイドの森と違って、ここは草原が多くを占めている。木々も所々に生えているけど、太陽を遮る程じゃないから、魔道ランプの出番はまだまだ先になりそうだ。
私は跳ねる様に歩き、背の高い草を踏みつける。体が軽いのは、やる気に満ちているだけじゃなくて、実際に荷物が殆どないからだ。重いリュックなんかは全部、ボイドの中にしまっている。必要な時に取り出せば良いから、とっても便利な魔法である。
「さぁ、ブーちゃん。出てきて良いわよ」
【ブフ〜】
少年冒険者チームが見えなくなったので、早速ブーちゃんを召喚して、2人で木々の周辺を念入りに探り始める。
冒険者ギルドで出会った青年…ランベルトさんから、グランビートルの事を色々と聞いた。
彼曰く、グランビートルは手のひらサイズの甲虫で、危険を感じたらお尻から酸を吹き出すらしい。その酸が今回の依頼品で、鑑定以外にも様々な用途に使われるのだそうだ。
ビートルは日当たりの良い森に生息していて、日中は木々の木陰で休んでいたり、地面に潜って隠れているそうだ。土の中は探しにくいから、こうして木の周辺を探すのが一般的との事。
でも…。
「見つからないわね…」
【ブゥ…】
ランベルトさんが言っていた様に、何処を探してもグランビートルは見つからない。それどころか、他の昆虫型魔物も全くいない。これだけ大きな草原なら、キラービーや甲虫バッタなんかが居てもおかしくない。だというのに、一匹も見当たらないなんて…。
「馭者さんが言っていた通りね」
【ブフ。フンフン…フンフン…】
ブーちゃんも大きな鼻を使って、地面のあちらこちらを嗅いで回っている。それでも、グランビートルの匂いは捉えられないみたい。
普通の虫は居るのに、なんで魔物だけが居ないのかしら?
「魔物除けの香水でも振りかけているのかしら?」
【ブウゥ~…】
ブーちゃんが首を振るという事は、その路線ではないみたい。でも、他に思いつかないわ。
まぁ、それでも探すしかない。グランビートルか、それらが居なくなってしまった原因を。
「あっちの雑木林も見て見ましょ」
【ブフー】
そうして暫く探し回ったけれど、結局1匹もビートルを見つけることは出来なかった。襲ってきたのは、はぐれゴブリン数匹と、ゴブリンが毛皮を被った様な魔物、コボルトくらい。小さな魔石を幾つか手に入れられたけど、ハイドの森と比べると全然稼ぎにならない。
日も随分と傾いてしまい、さっき向こうの方で新人冒険者が「急げー!」と駆け出しているのが見えた。きっと、ラッセル行きの最終便が出るのだろう。
得た魔石が少ないから、今日は帰った方が良いかしら?ブーちゃんを召喚し続けるには、ちょっと足りないかも。
「どうしようか?ブーちゃん」
【ブッフー】
ブーちゃんがボイドの中に手を突っ込み、そこから片手いっぱいの魔石を引っ張り出した。
ええっ!?そんなに持っていたの?じゃあ、今夜はここに泊まっても大丈夫そうね?
私はちょっと安心した。何故なら、虫系の魔物は夜の方が活発に活動するとランベルトさんから聞いていたからだ。
日中には目撃例の無いグランビートルも、夜になったら現れるかもしれない。ここはラッセルの街から近いから、野宿する人も殆どいないみたいだし、確かめる価値は十分に有ると思うわ。
「だったら先ず、テントを建てないとね」
私はボイドからテント用の道具を引っ張り出す。
金曜日の夕方に、色々と変え揃えた内の1つだ。これからブーちゃんのトレーニングの為、色々な場所にピクニックに行くなら、これくらい必要だと思って買い求めた。
…ちょっと値段が張ったから、元々買う予定だったリフォーム用の工具が買えなかったけど…それは、今後のピクニックで稼ぐわ。
早速テントを立てようと、私よりも背の高いポールを地面に突き刺して…つき…あれ?全然、突き刺さらないんだけど?
【ブフーフ。ブッハ!】
ブーちゃんが「任せな」的なジェスチャーでポールを受け取って、一発で地面に突き刺してしまった。
ありがと、ブーちゃん。でも、貴方じゃないと刺せないなんて、ちょっと大き過ぎるテントね。奮発して騎士用のを買ったけど、一般用の方が良かったかしら?
【ブフー】
後悔している内に、ブーちゃんがテントを建て終えていた。やっぱり、かなり大きい。簡易ベッドを中に入れても、まだかなり余裕があるもの。
お金が溜まったら、小さなテントを買いなおそうかな…?
【ブッフフ〜♪】
鼻歌を歌いながら、ブーちゃんが夕飯の支度をする。
ああ、待ってブーちゃん。貴方の為に、こんな物も買ったのよ?
「じゃーん!カッティングボードよ。これで料理がしやすくなるんじゃない?」
以前のピクニックで、ブーちゃんが板片の上で野菜を切っていたのを見たので、こっちの方が良いんじゃない?と思って購入していたのだ。
【ブッハー!】
思った通り、ブーちゃんは喜んでくれて、ちょっと大きめのナイフで野菜を切り始めた。
トン、トン、スココココ!
す、凄い。ブーちゃんの持つナイフが高速で振動して、野菜だった物がみるみる細かくなっていった。
「わぁお。まるで魔法ね…」
【ブフフ】
ブーちゃんが得意そうに笑う。
それから程なくして、ブーちゃん特製のスープが出来上がった。
ポトフのように見えたけど、なんだかとってもスパイシーな味わいがするわ。
きっと、買い出しの時にブーちゃんが「買いたい!」とねだった調味料のお陰ね。ちょっと高かったけど、何時も控えめなブーちゃんが珍しくワガママを言ったから購入しちゃった。でもこれは、買って大正解だったわ。
「本当に、ブーちゃんの作る物はみんな美味しいわね」
野菜なんて、肉を食べられない下民の食い物だとみんなは言うけれど、こうして食べると肉以上に美味しい。そして、お肉も一緒に食べるとより美味しいわ。
それに、なんだか最近、お肌の調子もいい気がするの。これって、野菜の効果?それとも、面倒な人達と関わらなくなったからかしら?
「ふぅ。食べ過ぎたわ」
ちょっとお腹が張っちゃった。太るかしら?
いえ、今日もいっぱい歩いたし、きっと大丈夫よ。
いっぱい動いたから、なんだか眠くなってきちゃったわ。太陽も沈みかけているし、ちょっとだけ休もうかしら。
「何かあったら、起こしてくれるかしら?」
【ブッハー!】
力こぶを作るブーちゃん。
うん。それじゃあ、任せるわね。
「おやすみなさい」
【ブフフフ〜】
私は目を瞑り、スっと夢の中に落ちていった。
筈だったのに、体を揺すられて直ぐに目を覚ましてしまった。揺すった相手は、勿論ブーちゃんだ。
「にゃ、にゃによ〜…」
【ブフーフ】
ブーちゃんがテントの外を指し示す。
私は眠い目を擦りながら、テントを出る。辺りは真っ暗で、月が空の天辺から私達を見下ろしていた。
ほんのちょっと目を瞑っただけと思ったけど、結構時間が経っていたみたい。
【ブフー】
ブーちゃんが小さな声で鳴いて、向こう側を指さす。
何か居るの?もしかして、グランビートル?
期待を込めて、私はブーちゃんの指さす大樹に近付く。月明かりだけでは見えにくかったので、魔道ランプを掲げて見る。
すると…。
「…居た」
グランビートルだ。大樹の幹にしがみついて、何かを吸っているみたいだ。
樹液かな?
「夜だったのね。やっぱり」
【ブフ、ブフ】
こうしては居られないわ。逃げられる前に、この子のお尻から酸を吐き出させないと。
私はボイドから木製の筒を取り出して、それをビートルのお尻にくっ付けようとした。
でも、その前に、ブーちゃんの太い腕が伸びてきた。
ブーちゃん?
【ブゥ…】
私を背中に回して、ブーちゃんは目を鋭くさせて暗闇を睨みつける。
何か居るの?ピンチなの?
私は不安になり、小声でプロテクションの魔法を発動させる。
それと、ほぼ同時に、
【ガァアアア!】
闇をつんざく声が響いた。
次いで、何かが羽ばたくような音も。
バッサ、バッサ、バッサ。
【ガァアア!】
再びの咆哮。そして、闇夜から何かが現れた。
それは、鳥。ブーちゃんくらい大きな、真っ黒な鳥。
闇に紛れた怪鳥が、私達を見下ろしていた。




