40話~違いますわ!~
「いや、それで正解でしたよ、クロエ様。公爵令嬢の誘いに乗らなくて良かった」
翌朝。朝食会場で顔を合わせたエリカさん達に昨日の事を話したら、ケント君が神妙な顔でそう言った。
正解って、もしも夕食にお呼ばれしていたらどうなっていたと言うの?
「もしも乗っていたら、公爵令嬢は貴女を敵視していたでしょうね。周囲からの評価に気を付けると口にしておきながら、やっぱり分かってないのだと、ガッツリマークされていたと思いますよ」
「えぇ…」
誘ったのはアンネマリー様の方からなのに、そんな事あるの?
とても信じ切れず、私は口が半開きとなってしまう。
それを見て、ケント君は「それだけじゃない」と顔を近付けて声を潜める。
「クロエ様に対して、数々の嫌がらせをしてくる可能性だって考えられた。例えば、靴やカバンを隠されたり、教科書やノートを破り捨てられたり、階段から突き落とされたり、クラス全体から無視されたり。あと、ファミリアを使って襲撃されたりなんかもあった…じゃなくて、あるんじゃないかと思いますよ?」
「そんな事まで?」
信じられないと首を振りそうになったけど、途中でそれを止める。そう言えば、似たような事があったなぁ、と中等部時代を思い出したのだ。
あれは確か、同じクラスの女の子が、第一王子のパーシヴァル様について熱く語っていて、それをアンネマリー様がよく思っていなかったから起きた事件だ。アンネマリー様はその子に対しては微笑みを向けていたけれど、後でその子が居なくなってから、周囲の人達に「彼女との付き合いを見直すように」と言われていた。
私は元々、その子と接点がなかったから気にしていなかったけれども、今思えばそれって、遠まわしに彼女を無視するようにと働きかけていたんだ。
そう考えると、ケント君の言う嫌がらせの数々が現実味を帯びて来る。アンネマリー様が取り巻きの誰かに命じて、そういう嫌がらせをしている風景がはっきりと思い浮かんだ。
そこまで考えて、私は恐ろしくなると同時に不思議に感じた。それは…。
「どうしてそこまで、ケント君はアンネマリー様の事に詳しいの?」
物知りとかそういうレベルじゃない気がする。まるで、アンネマリー様の事をずっと見て来たとか、そんなレベルの知識量だ。中等部から付き合いのある私なんかよりも詳しいくらいに。
もしかして、ケント君って…。
「熱烈な、アンネマリー様のファン?」
「はぁ?!誰があんな悪役令嬢なんかをっ!」
ケント君はまた、謎の言葉を吐いて憤慨する。
だから、悪役令嬢ってなんなのよ?
ケント君に色々と言われて、私はちょっぴり不安になった。アンネマリー様のお誘いを断ったけれども、それだけじゃ彼女の疑念から逃れられないのではないかと心配になってきた。
そんなことを思っていたからか、今日の授業中にヒヤリとした瞬間があった。トイレから帰ってきたら、机の上に出しておいた教科書が全部なくなっていたのだ。
えっ!?うそ…。もしかして、アンネマリー様の嫌がらせが始まった?
【ブブ】
そう思った瞬間、ボイドからブーちゃんの腕が伸びてきて、教科書やらノートを綺麗に並べ出したのだった。
「なんだ。ブーちゃんが持っていたのね」
【ブフー】
ああ、驚いた。ブーちゃんが勉強熱心なのは知っていたけれど、全部持って行く程とは思わなかったわ。今度から使い終わった教科書は机の中じゃなくて、ボイドの中にしまってあげることにしようっと。
教室ではそんなヒヤリで終わったけど、今日は他にも、ヒヤリとする場面が幾つもあった。
移動授業の途中では、何冊もの本を積み上げて持ち運ぶ女子生徒がいて、私の近くを通りかかった丁度その時にバランスを崩し、こちらに倒れてきたのだ。
このままだと、本の下敷きになってしまうわ!っと、咄嗟に手で顔を被った瞬間、ブーちゃんの腕がボイドからサッと出てきて、アンバランスだった本のタワーを抱き抱えてくれたのだ。
いつもの事だけど…ナイスよ!ブーちゃん。ありがとう!
本を運んでいた女子生徒は「ごめんなさい!」と這いつくばる勢いで謝って来たけど、私は何の被害も受けてないので快く許した。
別に、彼女は何にも悪いことをしていないものね。寧ろ、先生に言われて運んでいただけなのだから。
…もうちょっと、運び方を考えて欲しかったけれども。
昼休みには、もっとビックリした事件が起きた。
花壇の近くを通った時に、花壇に水やりをしていた生徒の水魔法が暴発し、こちらに飛んで来たのだった。
でもそれも、私の得意となりつつあるプロテクションの魔法と、ブーちゃんの見事な盾さばきで全て防ぎ切り、一緒に歩いていたエリカさん達も含めて守り切ることが出来た。
水魔法を放った男子生徒が慌てて謝ってきたけれど、その謝罪はしっかりと受け取っておいた。
だって、2年生にもなって魔法を暴発するなんて、ちょっとお粗末だと思ったから。
そう思ったのは、暴発させた先輩も一緒だった。
「おかしいなぁ。普段はこんな初歩的な応用魔法、寝ながらでもミスったりしないんだけどなぁ」
…寝ながら魔法を発動するって、それは凄い技術じゃないの?もしかしてこの人、思ったよりも優秀な生徒なの?
私が目を瞬かせる前で、先輩はポケットから指輪を取り出して、私達全員に1つずつ手渡した。
土台のリングは鉄製で安物だけれど、そこにはめ込まれた宝石にはとても細かな文字が書かれていた。
これは、随分とレベルの高い加工魔石ね。一体、何の魔道具なんでしょう?
「これは防御の魔道具で、攻撃魔法から装備者を守ってくれるんだ。装備者の魔力じゃなくて、攻撃してきた魔法の魔力を吸って防御陣を展開するようになっているから、連続攻撃も防げるし、寝ていても発動するよ」
ええっ!?寝ながら守ってくれる魔道具?そんなの聞いたこともないし、きっと物凄い高価な物よ?
こんな高価な物頂けませんって言うと、先輩は「僕が作ったから、安物だよ~」と朗らかに爆弾発言を投下してくる。
そして、「ただし」と付け加えてきた。
「術式が複雑になっちゃったから、1度使うと指輪が耐えきれなくて壊れちゃうんだ。だから、まぁ、気休め程度に使ってよ」
それでも凄い貴重なものだ。夜中に護衛を張り付かせるお父様だったら、喉から手が出る程欲しい逸品。
「本当に、頂いてしまっても良いんですか?」
「良いよ良いよ。試作品だし、いろんな人に試してもらえた方が、開発者の僕も嬉しいんだ」
そう言って、先輩は寝ぐせでボサボサの髪を掻き毟っていた。
彼を見ていると、同じ学生として、私ももっと頑張ろうと思えた。
放課後になって、サモン部へ向かおうとしていた時にも事件が起きた。
教室を出て、階段に差し掛かった時に、近くでふざけ合っていた男子生徒にぶつかってしまい、階段から落ちてしまったのだ。
「あっ」と言う間に、私の体は宙を舞って、地面に叩き付けられそうになった。
でも、そうなる前に出てきたのが、ブーちゃんの腕だった。
ボイドから彼の腕がサッと出て来て、私の体を受け止めた。それだけでも十分な筈なのに、ブーちゃんは何故か、私の体をクルンと一回転させて、私は階下の踊り場に両足で着地した。
顔を上げると、みんなが驚きの表情で私を見ていた。
そして、
「「「わぁああああ!!!」」」
パチパチパチパチ!!
割れんばかりの拍手が降り注いだ。
階段を使っていた生徒や、廊下付近でおしゃべりをしていた生徒達がみんな、こちらへと集まってきていた。
「凄い!今の見た?」
「ウルトラCだ!オリンピック選手だ!」
「今のって魔法よね?どんな魔法を使ったの?」
興奮した生徒達の声が、あっちこっちから聞こえてくる。
私はまた勘違いをされていると気が付いて、咄嗟に「違いますわ!」と叫んでいた。
「これは私の実力じゃなくて…えっと、そう、召喚魔術ですわ!」
私の絶叫に、集まった生徒達は更に盛り上がる。
「召喚魔術で今の動きをしたって言うの?一体、どうやって?」
「飛行系のファミリアで飛んだってことじゃないか?ほら、魔道の天才、ベンジャミン先輩みたいな感じでさ」
「違うわよ。きっと、風の精霊の力を使って、強力な風魔法で空を飛んだのよ」
「それでしたら、是非とも我々呪文部に入部を…」
「いいや。召喚魔術は魔術の一種。是非とも僕ら魔術式部に入ってもらい…」
「ちょっと、何を言ってるの?彼女は列記としたサモン部の生徒なのよ?勝手に引き抜かないでちょうだい!」
なんだか、生徒達の間で変な口論が始まってしまった。しかも、人がどんどん集まって来てしまっている。
「ねぇねぇ。これって何の騒ぎなの?」
「あそこの金髪の生徒が、魔道具も使わずに空を飛んだらしいぞ?」
「違う違う。彼女がファミリアのドラゴン?か何かを召喚して、オリンピック選手もビックリなアクロバットを披露したって聞いたわよ?」
ちょっと待って!なんか、噂の尾ひれが凄い速さでで成長しているんだけど?これ以上ここにいたら、収拾がつかなくなっちゃうわ。
【ブフー!】
「そうね、ブーちゃん。逃げましょう」
私達は一目散にその場を逃げだし、サモン部まで一切振り返らずに走り続けたのだった。
大変な1日だったのですね。
「不運な日とは、誰しもあるものだ」
…そうでしょうか?




