39話~そう、理解しているのね?~
何時もご愛読下さり、誠にありがとうございます。
少し長めです。
久しぶりにお会いしたアンネマリー様は、以前のように暖かな目で私を見ていなくて、鋭い目つきと冷たい態度で接してきた。
そして今は、私を連れて何処かに向かわれている。
彼女のその後ろ姿は、傍から見ると何でもないように見える。でも、私なら分かる。彼女が怒っている事が。
その証拠に、先ず彼女の両手が固く握られていて、歩幅も随分と広い。魔力も漏れているのか、炎属性特有の熱を感じる。
顔には笑みを、歩き方には花を添えられているアンネマリー様だけれど、それが偽りの仮面である事は、彼女の傍に3年間仕えていた私には分かる。
「さぁ、どうぞ」
そう言って通されたのは、見知らぬ大きな館。
いえ、遠目では何度も見た建物だ。
ここはヴルムント寮。エニクス寮よりも更に豪華な設備を整えており、それを使うに値する人達が集う場所。
その館の正面玄関に着くと、正装したドアマンが恭しく私達にお辞儀をする。
「お帰りなさいませ。ホーエンツお嬢様」
「ええ。今日は1人、私の客人を招きます」
「かしこまりました」
ドアマンにそう告げたアンネマリー様は、屋敷の奥へとズンズン進んでいく。私も黙って、それに続く。
中はかなり広く、実家の本館を思わせる豪華さだった。真っ赤な絨毯に白亜のタイル。天井には星のように輝くシャンデリアと、それらを照らす大量の魔道ライト。
ちょっと懐かしい気持ちもあるけれど、何処か落ち着かない。たった数日だけど、ムーンガルド寮の方が気が休まる場所と思えるようになっていた。
その原因の1つに、周りのご令嬢やご令息の存在がある。彼ら彼女らは、私に向けて奇異の目を投げかけていた。ブタ令嬢という名前も、何処からか漏れ聞こえてくる。
流石は、大貴族の巣窟。
「こちらですわ」
アンネマリー様が大きな扉の前に立つ。すると、その扉が勝手に開け放たれ、広い部屋がその先に続いていた。どうやら、取り巻きの1人が魔法を使ったみたい。
確か、引っ張りの魔法の応用で出来るって、教科書に書いてあったと思うけど…。
Aクラスでは、魔法の応用まで教えてくれているみたい。
「さぁ、早く中に入りなさい」
Aクラスとの差に驚いていると、アンネマリー様に誘われる。
部屋の中は応接室になっていて、左端に豪華なソファーが2つ、低いテーブルを挟んで置かれていた。アンネマリー様はその一脚に座り、反対側を手で示された。
座れ、と言うことね。
「失礼致します」
言われるままに座ると、アンネマリー様は少し満足そうに頷く。そして、紅茶セットを部屋の端から魔法で引き寄せて、お茶を入れてくれる。
一応私は、客人としてもてなして頂けるのね。そこは安心したわ。
「どうぞ、召し上がって」
「頂きますわ」
私はゆっくりとカップを口に運ぶ。
「如何かしら?」
「とても芳醇な香りですわ」
正直、殆ど分からなかった。きっといい茶葉なのだろうけど、背後で私を取り囲む取り巻き達が気になって、全く味に集中できなかった。だから私は、相手が望むであろう言葉を予測し、吐き出すだけ。
すると、アンネマリー様の貼り付けた様な嘘の笑みが、少しだけ緩まった。
「大変でしたわね、クロエさん。Cクラスに落とされ、エニクス寮まで追われ、散々な目に遭っていると聞いていますわ」
「ええっと…何とかやっていますわ」
寮は自分から出たんだけど…でも、サロメの件が無ければ出なかったものね。そういう意味では、追い出されたと言われて良いかも。
私が頷くと、アンネマリー様も「そうね」とカップに手を伸ばす。
「貴女の噂はここまで聞こえて来ています。勉学に励み、苦手だった魔法も魔術も習得し、クラスでも中心人物になりつつあると」
「そんな、私なんて大したこと…」
急に褒められて、私は顔が熱くなるのを感じる。見られては恥ずかしいと思い、咄嗟に下を向く。
すると、アンネマリー様の声も少しだけ硬くなる。
「ええ、そうです。クロエさん。貴女が優秀になったのではなく、貴女の周りのレベルが落ちたのです。そのことに、慢心してはなりませんよ?」
それは、この館に入ってから理解できた。皆さんは魔法を応用して使われているし、ファミリアらしき精霊を肩に乗せている方もいる。
やはりAクラスの方々ともなると、とても優秀な人ばかりだ。
慢心してはダメだ。そう思って、私は「肝に銘じますわ」としっかり頷く。
すると、再びアンネマリー様の表情が柔らかくなった。
「ですが、苦労されているのは確かです。このレベルの紅茶に満足する程、今の貴女は過酷な環境に身を投じている。本来なら、貴女もここで私達と肩を並べる身分であったのに。召喚事故さえ起こらなければ、貴女なら中級精霊くらいは呼び出せたでしょう。そうしたら、今頃は私の客人としてではなく、このヴルムント寮生として胸を張れたでしょうに」
「アンネマリー様…」
私は顔を上げて、アンネマリー様を見る。本当に私を心配して、ただ声を掛けてくれたのだと思って。
そう思って見上げた彼女の目は、再び冷たくなっていた。
「ですが、貴女は召喚を失敗した。それは偶然のことかもしれませんが、周りはそうは見ません。貴女の事を、醜いオークを召喚するような人間であると評価されてしまうのです」
アンネマリー様はカップを机に置き、こちらを真っ直ぐに見る。取り巻き達も、私の後ろで背筋を伸ばしたのを感じた。
「それは理解されていますか?クロエさん」
「…はい」
私が頷くと、アンネマリー様の目が鋭くなった。
「そう、理解しているのね?では何故、そんな貴女に対して、ロイ殿下は話しかけられたのでしょう?」
「そ、それは…」
ああ…。やっぱりこのことを問いただす為に呼ばれたのね。
どうしよう。本当のことを言うべきじゃないのは分かる。絶対に、悪い方向にしか行かないから。でも、それならどうしたらいいの?
【ブフー!】
頭が混乱しかけた所に、ブーちゃんの声がした。
大丈夫だぞ。
そう言われている気がして、私の気持ちは少しだけ落ち着く。そして、机の中央に闇の入口が現れて、ボイドの中で羊皮紙の端がヒラヒラしているのが見えた。そこに書かれていたのは、幾つかの単語。
ええっと、そう言う事ね?
私は視線を上げて、しっかりとアンネマリー様を見据える。
「…それは偶然でございます、アンネマリー様。私が部活の準備をしていた所、殿下がファミリアでお通りになられて、お声がけして下さったのです。きっと殿下は、サモン部の広場で、ご自身のファミリアを遊ばせに来られたのだと思いますわ」
この言い回しなら、嘘を言っている訳じゃない。殿下が通りかかったのは事実だし、ヴェルちゃんのお友達としてブーちゃんを尋ねて来られた。だから、ヴェルちゃんの羽を伸ばしにやってきたのも間違いじゃない。
私がハキハキと話し終えると、アンネマリー様は暫く私を真っ直ぐに見た後、目を閉じて言った。
「そう。殿下はお優しいですから、働いている者にお声がけしたのね。王宮でも良く、使用人にお声がけされているみたいですし」
ふぅ…。何とかなったみたい。
ありがとう!ブーちゃん。凄い助かったわ!
「ですが、貴女は特に注意しなければなりません。クロエさん」
私が安堵していると、笑みを消したアンネマリー様が、少しだけ前に体を傾け、私に鋭い視線を投げかける。
「先ほども申しましたが、貴女は今、周りから最低の評価を受けいるのです。それが不慮の事故であったとしても、底辺の人間が殿下のお傍に寄るだけで、殿下の品位が疑われてしまいます。ですから、貴女はもう殿下と関りを持つべきではございませんの」
「はい。おっしゃる通りに致します」
私は強く頷く。元々、殿下とお近づきになりたいなんて思っていないから。それよりも、アンネマリー様を敵に回してしまう方が何倍もリスキーよ。
そう思って頷いたのに、アンネマリー様はなかなか私から視線を外そうとしない。ジッと私の瞳の中を見つめて、何かを探るような様子だった。
何かしら?何だかこう、蛇やウルフに睨まれている様な感覚ですわ。
そう思っていると、アンネマリー様の瞳が青く光る。眩しいくらいに輝き出したそこから、1体の精霊が呼び出された。
「ウンディーネ。私のファミリアですわ」
「ウンディーネ…」
知っている。私でも知っている水の大精霊だ。彼女の姿は絵本で見るのと同じくらい美しく、そして神々しかった。周りの精霊達が、劣って見えるくらいに。
「クロエさん。貴女も早く、再召喚をなさい。そして、このウンディーネの様に優秀な子を授かるのです。そうしてまた、私の隣に座りなさいな」
アンネマリー様はそう言って、隣の席に手を置く。
私に戻って来いと言ってくださる。
「ありがとうございます」
私は小さく頭を下げて、彼女から視線を切る。
これは逃げだ。アンネマリー様の問いに、今の私は正面から答えられなかった。答えてしまったら、敵対してしまうから。
その時、頭上から奇妙な音が聞こえた。顔を上げて見ると、ウンディーネが水の塊を作り上げていた。
それを、彼女は私目掛けて投げつけて来た。
勢いはないただの水。でも、当たればビショビショになっちゃう。
逃げようと腰を浮かせた時、私の目の前にボイド空間が広がる。そして、水球はその中へと放り込まれてしまった。
ブーちゃんだ。
そう分かったのは私だけみたいで、周りの取り巻きからヒソヒソ声が漏れ聞こえる。
「えっ?魔法が消えた?」
「消失魔法?そんな高度な魔法を、ブタが?」
「いいえ。きっと、アンネマリー様がキャンセルしたんですわ」
みんなが驚いている。
私も驚いていた。
ボイドって、そんな事もできるのね?助かったわ。
【ブハハハ…】
ブーちゃんの低い笑い声。彼の顔がボイドから飛び出し、ウンディーネを睨みつける。
それに、ウンディーネも反応する。ブーちゃんの顔をジッと見て、動かなくなった。
えっ?どうしたの?
「戻りなさい。ウンディーネ」
見つめ合う2人に、どうするべきか迷っていると、アンネマリー様がウンディーネを消した。そして、こちらを見下ろしてきた。
「怪我はありませんか?クロエさん」
「は、はい。大丈夫です」
「そう、それは良かったわ。悪戯好きなのよ、この子」
そう言って、ご自身の右目を指さすアンネマリー様。
「お詫びと言ってはなんだけど、ディナーなど如何?」
そう言うアンネマリー様の目は、あまり笑っていない。取り巻き達もジッとこちらを見つめて来るし、感じが悪い。
でも、断ったら不味いだろうなと思って、私は頷こうとした。
しかし、
【ブブー!】
再び 、ブーちゃんの声。
受けるなってこと?あっ、また何か書いてる。えっと、なになに…。
「…お気持ちだけ頂きますわ、アンネマリー様。私は、私に相応しい寮で食事を摂る事に致します」
「そうですか。では、玄関まで見送らせましょう」
そう言って、アンネマリー様は使用人を呼び、その使用人に私の案内をさせた。
アンネマリー様達は、部屋を出ると同時に私から視線を外し、それから二度とこちらを見る事はなかった。
本当に断って良かったのかな?私的には有難い選択だったけど、後で角が立ったりしないかな?
【ブブー!】
そんな事ない…みたいにブーちゃんが力説している。
よく分からないけど、食事の誘いを受けていた方が大変な事になったってことね。分かったわ。
私は軽くなった足で、ムーンガルド寮への道を進む。
何だか、急にお腹が減ってきたわ。今日はオカワリしちゃうわよ!
【ブッハー!】
何故、ブーちゃんさんはウンディーネを睨んでいたんでしょう?
マスターを攻撃されたから?
イノセスメモ:
ウンディーネ…四大精霊の一体で、水を司る大精霊。強大な力を持ち、扱いには相応の力量と才能が要求される。




