38話~そいつは不味いな~
ロイ殿下のファミリアは、グリフォンと呼ばれる魔物型の幻獣だ。上半身が鷹で、下半身がライオンの強力な上級ファミリア。
空の王者である鷹と、地上の王様であるライオンが合わさっているそれは、まさに殿下が持つに相応しいファミリアと言える。
言えるんだけど、そんな2つの王冠を被る王様はやっぱり、それなりの威厳に満ち満ちていて、私ではとても近づき難い雰囲気を醸し出していた。
一体どうやって、こんな厳つい子と仲良くなれば良いの?
私は泣き言を叫びたい衝動に駆られるけど、そうも言っていられない。殿下がこうして会いに来てくださっているのだから、彼の意思は最大限尊重しないと。だって彼は、この国の王子。トップオブトップなのだから。
「こ、こんにちは、ヴェルちゃん」
覚悟を決めて、私はヴェルちゃんに向けて手を振ってみる。けれど、ヴェルちゃんは全くの無反応。その鋭い鷹の目で、ただこちらを見下ろすばかりだった。
あ、いえ。ちょっとだけ反応したわ。嘲笑うみたいに、鼻を【フンッ】って鳴らした。
なけなしの勇気を振り絞ったのに、音を立てて砕け散ったわ。
なんなのよ、もうっ。可愛くないわね。ブーちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわ。
【ブフ】
私が憤慨していると、ブーちゃんが私の前に出てくる。
任せろってこと?流石はブーちゃんだわ。よろしくね?
ヴェルちゃんの前に立ったブーちゃんは、少しの間2匹で見つめ合った。
まさか、ガルーちゃんの時みたいに、筋肉自慢をしないでしょうね?
【ブフ〜】
私の中にちょっとだけ不安が渦巻き始めた時、ブーちゃんが動いた。右手を左胸に当てて、大きくお辞儀をしたのだ。
【キィウ?】
その行動に、ヴェルちゃんが首を傾げる。
上手く伝わらなかったのかと思ったけど、ブーちゃんを見るヴェルちゃんの目が、少しだけ優しくなった様な気がした。そして、それは私の気のせいではなかった。
【キィィイウ、キィィイヤゥ】
【ブフ、ブフ】
甲高く叫ぶヴェルちゃんに、ブーちゃんが相槌を打つ。何だか、おしゃべりをしているみたい。少なくとも、一触即発の睨み合いは影を潜めた。
ちょっとお辞儀をしただけで王様と仲良くなるなんて、流石はブーちゃん。私もカーテシーしたら、あの見事な羽毛を触らせて貰えるのかしら?
「2人とも、仲良くなったみたいだね」
ロイ殿下が私のすぐ隣に立ち、ブーちゃん達を見て嬉しそうに目を細める。
殿下!そんな近づかないでくださいまし。
恐れ多くて、また埃まみれの運動着だったから、私は少しだけ殿下との距離を開ける。すると、殿下は私の方を真っ直ぐに見詰めてきた。
「ねぇ、バーガンディさん。僕達も彼らみたいに、仲良く出来ないかな?」
「えっ?」
殿下の言っている意味が分からなくて、私は情けない声を上げてしまった。
そんな粗相をしてしまった私にも、殿下は優しく微笑み返してくださる。
「僕達のファミリアも波長が合ったみたいだし、術者である僕達もきっと、良い友人になれると思うんだ。どうかな?」
「ええっと、それは…」
正直に言えば、とっても嬉しいお言葉だ。殿下とお友達になれるなんて、こんな栄誉なことは滅多に無いし、こんな幸運は滅多に巡ってこない。
殿下と同じAクラスの方々や、ヴルムント寮の方々だってなかなか話しかける事も出来ない存在なのに、まさかこの私がお友達なんて大それた存在に?
そう嬉しく思う反面、その栄誉を受けるのは分不相応だという思いもあった。
確かに私は侯爵令嬢。王族の方々とも面識があっておかしくない立場だ。
でも私は、殿下から誘われた時に、家のことを考えてしまった。王族と親しくなったら、お父様達が喜ぶんじゃないかとか、冷たかったお母様が優しくなるかもとか、そんな打算的な事ばかりを考えてしまったのだった。
「殿下。大変嬉しく、また名誉あることと存じますが、私などが殿下の学友とは、とても分不相応と申しますか…」
こんな不純な思いを抱いてしまう私と友達なんて、殿下にとって良くない。彼の品位を下げてしまうし、そんなの本当の友達とは呼べないから。
そう思って断ったのに、殿下の表情は崩れない。笑顔のまま語る。
「そんなことを気にしないでよ、バーガンディさん。いや、クロエさん。僕の事もロイと呼んで欲しい。それだけで、僕達は友達だよ。確かに僕は王族で、君はグランド王国貴族だ。でも、その取り決めは大人達のもの。僕達が友達になるのに、なんら資格も地位も必要ない。そうじゃないかな?」
ええっと…それは…。
私が迷っている間にも、ロイ殿下が手を差し伸べてくる。輝く笑顔で、私を優しく見詰めてくる。
「よろしくね。クロエさん」
「と言う事があったのよ」
翌朝。
ムーンガルド寮の朝食会場で、私は昨日の出来事をエリカさん達に話していた。
結局あの後、ロイ殿下は私とお友達になったと思われたみたいで、満足そうな笑みを浮かべてヴェルちゃんと共に飛んで行かれてしまった。
取り残された私は頭を抱え、今でも悩んでいた。このまま状況に流されてしまって良いのだろうかと。
「そいつは不味いな」
ケント君がバッサリと切る。
それに、私は頷く。
「やっぱり、貴方もそう思いますわよね」
「ええ。大変なことになりましたね、クロエ様」
ケント君はふぅ…とため息を吐く。
それに、彼の隣に座ったエリカさんは不思議そうな顔をする。
「なんで大変なの?凄く良いことだと思うんだけど。だって相手は王子様だよ?そんな凄い人にも、クロエとブーちゃんの凄さが分かって貰えたって事じゃないのかな?もしそうなら、あたしはとっても嬉しいと思うけどなぁ」
「そういう事じゃないんだ、エリカ。王子個人の話じゃなくて、その周りが問題なんだよ」
「周りって、どういうこと?」
エリカさんが首を傾げる前で、私も眉を顰める。
物知りケント君は、また何か知っているみたい。何を知っているの?
「それはだな、つまり…ほら、王子様の事を好いていて、何とかお近づきになりたいって人はいっぱいいるだろ?例えば…アンネマリー公爵令嬢とかさ」
ああ、そうだった。殿下や家のことばかり気を取られていたけれど、それも大きな問題だわ。アンネマリー様は言葉に出さないけれど、絶対にロイ殿下の事が好きですもの。
殿下のお話になると饒舌になるし、夢見る乙女のような顔をされている。かと思えば、殿下の前ではちょっと冷たい感じで、目線も決して彼に合わさない。そして、殿下に色目を使うような人がいれば、とても不機嫌になってその人を睨みつけていた。
この1か月、アンネマリー様と殿下がどれだけ進展されたのかは分からないけれど、もしも殿下のお友達になろうものなら、アンネマリー様からキツイお言葉を頂いてしまうのは必須。
私が顔を青ざめる先で、ケント君がグイッと顔を寄せて来る。
「いいですか?クロエ様。殿下に近付くのは危険です。必ず、悪役れ…公爵令嬢から報復が来ます」
「ええ、分かっているわ、ケントさん。アンネマリー様の事を考えても、やっぱり殿下と親しくなるのは良くない事ですわね」
私は心に誓う。絶対に、殿下との友達契約は結ばないと。
そう思っていた矢先、私は大変な人達に囲まれてしまった。
殿下ではない…アンネマリー様だ。
「ごきげんよう、クロエさん。少々お時間よろしいかしら?」
「あ、アンネマリー様。ごきげんよう。お会いできて嬉しいですわ。えっと、この人達は…」
半円になって、私を囲う人達に視線を這わす。誰も彼女も、大きなパーティーでお見かけした上級貴族のお嬢様ばかりだ。制服の上着には、Aクラスの証明である赤いバッチが付けられている。
アンネマリー様のクラスメイト…ってだけじゃなさそうね。こちらを見る目が全員冷たく、口元は蔑むようにつり上がっていた。
ブタ令嬢の噂が、Aクラスにまで届いているのかしら?
「クロエさん。ちょっとお聞きしたいことがございますの」
「お聞きになりたいこと…ですか?」
絶対に、良くないお話ですよね?それって。
私が固唾を飲んで問いかけると、アンネマリー様は口元だけ笑みを浮かべて「ええ」と言った。
そして、とても冷たい目でこちらを見る。
「ロイ殿下のことで、少々おかしな噂が独り歩きしているみたいですのよ。それについて、貴女のお話を聞かせて下さらない?」
噂回るの早すぎない!?
私は、目の前が真っ暗になったように感じた。
本当に、動くの早すぎません?
「悪役令嬢VS悪役令嬢か。見物だな」
クロエさんはもう、悪役令嬢街道から大きく踏み外していると思うのですが?
「そう思うか?」
…えっ?




