37話~ま、魔物!?~
サモン部の活動を終えて、私は寮に帰ってきた。
まだ慣れない寮だけど、夕食はブーちゃんが確保してくれるし、嵩張る荷物はボイドに入れちゃえばスッキリだから、何だかんだ言って快適な生活だった。
ただ、ボロボロの壁紙や隙間だらけの壁はどうにかしないと不味い。今はまだ暖かいから良いけれど、寒くなってきたら大変だ。すきま風で風邪を引いてしまうわ。
「週末は先ず、お買い物をしないとね」
【ブフー!】
ブーちゃんが張り切っている。
あっ、そうよね。お買い物も、ブーちゃんのボイドがあればいっぱい買えちゃうわ。これなら、家に帰っても使用人を連れないで下町を歩けるかも。
「これも、ブーちゃんのお陰なのね」
【ブフ?】
ブーちゃんはとぼけているけど、どれもこれも貴方のお陰よ?今日も、貴方が上手く鎖を使ってくれたから、ガルーちゃんを押さえ込む事が出来たんだし。
私はブーちゃんを召喚して、彼を見上げる。
「そうよね。貴方の本当の強さって、そういうところなのかもしれないわ」
素直で優しい所に目が行きがちだったけれど、器用な所もブーちゃんの強みだと思う。ドンちゃんの時もそうだったけれど、私の拘束魔法をハミ(馬の顔に取り付ける馬具)みたいに使ったり、今回みたいに投げ縄で使用したりと凄く器用に魔法を使っていた。
だから、ブーちゃんには何か戦える道具とかを渡した方が良いと思う。
例えば…。
「剣、とかかしら?」
武器と言えば、やっぱりそれ。お父様やお兄様達も剣を使っているし、学園の男子生徒も大半が剣を選ぶ。
私とかは非力だから、ナイフくらいしか持てないけど。
【ブゥ〜!ブブブゥ〜!】
そう思ったけど、ブーちゃんが全力で拒否してくる。
そんなに剣は嫌なの?やっぱりブーちゃんは心優しいから、殺傷能力の高い武器は嫌なのかも。鞭とか、鎖とかの方がいいのかしら?
「もしくは、これ?」
私は、先日習ったプロテクションの魔法を唱え、魔法の盾を作り出す。すると、出来上がった盾にブーちゃんが飛び付いて、クルクルと巧みに盾を操って見せた。
ああやっぱり、ブーちゃんは盾が好きなのね。やっぱり優しい子だわ。
「うん。だったら私も、魔法の勉強をもっと頑張って、もっと色々なサポートが出来る様になりたい」
ブーちゃんが頑張っているんですもの。彼にばかり頼っていちゃだめ。ちょっとでも役に立たないと。
「そうと決まれば、早速勉強しないと」
私は魔法学の教科書を開く。
その隣では、ブーちゃんが魔術学の本を開いて、一緒に勉強を始めた。
「ブーちゃん。これなんてどうかしら?床をスベスベにする魔法だって」
【ブー…ブッフー!】
「うん、何だかんだ使えそうだよね。そっちはどう?」
【ブブ!】
「なになに?ええっと…泡に文字を書いて魔術を発動させる方法?ええっと…これをどう使うのかしら?」
苦手な勉強をしているのに、何だか楽しいわ。ブーちゃんが一緒に勉強してくれるっていうのもあるけど、分かりやすい目標が目の前にあるって事が良いんだと思う。
以前は漠然と勉強していたけれど、今は「これ使えそう」とか「これは覚えなきゃ」って思えて、スルスル頭の中に入っていく。
だからかしら?翌日の授業中も、集中できている気がした。
「であるからして、月光草を乾燥させた粉末は薬草の効力を劇的に向上させる力を持つ」
薬草学の授業も、以前よりも心が踊る。
なるほどね。今まで低質の回復薬しか持っていかなかったけど、月光草があればもっと高品質な薬が手に入るってことみたい。薬草の効力はファミリアにも効くらしいし、これはピクニックに使えるわ。
そうなると問題は…。
「先生!月光草はどうしたら入手出来ますか?」
「うむ。実に良い質問だな、ミス・バーガンディ。月光草は強過ぎない光と綺麗な水を好む。故に、森深くの湖畔などに多く分布している」
「ありがとうございます!」
森の奥深くかぁ…結構難しそう。それだから、月光草が必要な高級回復薬は値段が高いのね。
私がノートに書き込んでいると、それを先生が見下ろす。
「ミス・バーガンディ。私からも質問させてもらおう。月光草を摘む際に気を付けるべきことは何か、分かるか?」
あっ、それって、今読んでいたページの端っこに書いてあった奴だ。
確か…。
「ええっと、根っこまで摘んでしまってはダメ…でしたっけ?」
私が恐る恐る答えると、先生は薄く微笑む。
「ああ、その通り。月光草はとても繊細で、限られた環境でないと生きられない植物。故に、根まで掘り返してしまうとその土地の土が固くなってしまい、次の月光草が生えにくくなってしまう。根っこを残すことで、その根が養分となり、また新たな月光草を育むこととなるのだ」
へぇ。そういう理由だったんだ。
私はそれも、ノートに記して知識を蓄える。
次のトレジャーハントの時に月光草を見つけたら、ちゃんとした摘み方をしないとね。
すると、それをクリントン先生が上から見下ろしていた。
「よく勉強しているな、ミス・バーガンディ。次の校外学習では、是非君にリーダーを任せたいのだが?」
ええっ?!校外学習って、来週に行われるって言われていた奴よね?確か、街のすぐ近くにあるジュビリーの森まで行って、色々と野草を観察するって聞いていたけど…。
「私で、勤まるでしょうか?」
「なに、心配することはない。今君が見せるその熱心な眼差しを、校外学習の場でも示して欲しいだけなのだ」
ええっと、積極的に質問しなさいってことかしら?
それなら、大丈夫そう。野草に詳しい先生が一緒だから、寧ろ色々と聞きたいことがあるから。
そうと決まれば。郊外学習まで、色々と勉強しておかなくちゃ。
なんだか、とても充実している気がして、私は先生に大きく頷いた。
そうして充実した学園ライフを過ごせていると思ったのだけれど、それも放課後までだった。
今日もまた、サモン部へ早めに来た私。ブーちゃんを召喚して、彼がローラーで整地している横で、私は地面に落ちている石ころを遠くに弾く。
昨晩読みふけっていた魔法学の中に、物を移動させる魔法があったので、それを試してみている。盾とか鎖は動かすことが出来ないのに、この魔法はちゃんと発動して、小石を遥か彼方に飛ばせていた。
少しは魔法が上達しているのかしら?
【ブッ】
私が自分の手のひらを見詰めていたら、ブーちゃんが急に立ち止まり、上空を睨みつけた。
何かいるのかと思って、私も見上げた。すると、1羽の鳥が飛んでいるのが見えた。
…いえ、鳥じゃないわね。鳥にしては大き過ぎる。あれは何?なんか…大きな翼が生えたライオンのような見た目の…!?
「ま、魔物!?」
こんな街中の、それも結界が施されている筈の学園の中に?そんな事、有り得るの?
いいえ。今は兎に角、何とかしなくちゃ。
「プロテクション!」
得意になりつつある防御の魔法を唱え、私達の周りに複数の透明な盾を張り巡らせる。
でも、魔物は私達を襲わずに、私の目の前に降り立った。その背中から、誰かが飛び降りる。
「本当に、オークをファミリアにしているんだね」
そう言ってこちらに微笑みを向けているのは、1人の男子学生。太陽で煌めく金髪を耳元まで伸ばし、涼し気な表情とは裏腹に、その美しい蒼の瞳には好奇心の光りが輝いていた。
ええっ!?こ、この方は…。
「ああ、ごめんね。名乗りもしないで。ロイ・グランドです。入学式で式辞を読んだりもしたんだけど…覚えてくれているかな?」
「も、勿論ですわ!」
当たり前だわ。だって、貴方は1年生の中で…いえ、学園の中で見ても1番話題となっている人気者じゃない。第二王子のロイ殿下を、誰が忘れるものですか。
そう、叫び伝えたい気持ちを押しとどめ、私はぎこちないカーテシーを彼に向ける。
「お初にお目にかかります、ロイ殿下。バーガンディ家当主、ジョルジュ・バーガンディが娘、クロエ・バーガンディと申します」
「ああ、バーガンディって、ジョルジュさんのところのバーガンディさんだったのか。毎年贈ってくれるワイン、とても美味しく頂いているよ。いつもありがとう」
ロイ殿下はそう言われて、私に柔和な笑みを向けてくれる。壇上で見た凛々しいお姿とは違い、とてもやさしい雰囲気。
こちらが殿下の素なのかしら?ということは、ここに来たのはプライベートで?でも、なんでこんな何もないところに?
疑問が次々と浮かび上がり、私はつい、殿下をマジマジと見てしまった。
すると、殿下は薄く開けられていた目を大きく開き、私の手元を見て、次いでブーちゃんを見上げた。
「レックスが言っていた通りだ。本当に君達は、不思議なバディだね」
「えっ?ふしぎ…で、ございますか?」
「うん。だって、拘束魔法で縛っていないのに、君のオークは君に寄り添ったままじゃないか。こんなに大人しいオーク、少なくとも僕は初めて見たよ」
殿下に言われて、私は漸く気が付いた。私の手が、魔法の鎖を握っていないことに。
ああっ!しまった。急に殿下が表れるものだから、つい鎖を手放してしまったわ!
私は慌てて鎖の端を掴むけれど、殿下はそれを見て「くふっ」と口元を隠されて笑われた。そして、片手に持たれていた魔法の鎖を消して、ご自身のファミリアを優しく撫でた。
「僕のファミリア、グリフォンのヴェルって言うんだけど、この子も大人しい子なんだ。だから今日は、君のファミリアと友達になれるかもと思って連れて来たんだ」
殿下はそう言われるけど、ヴェルちゃんはずっとこちらを睨んでいる。とても、友達になれそうな雰囲気ではない。
ええっと、これは…どうしたらいいの?
私はタラリと、冷や汗を流す。
騎士団長の倅の次は王子ですか…。
「一難去ってまた一難。ぶっちゃけ有り得んな」
うん?何か聞き覚えが…?
「まぁ、どうせ、側仕えのレックス少年が告げ口をしたのだろう。面白い女がいると」
有り得そうですね。




