36話~そいつは君のファミリアなのか?~
レックス・モントゴメリー様。
近衛騎士団団長のご子息であり、彼自身も剣に乗馬に魔法にと、戦闘における才能を幾つもお持ちの方だ。
背も高く、顔立ちも整っていて爽やかな彼は、令嬢達の間でも度々話題に上がるほど。その人気っぷりは、あのロイ殿下に負けないくらいであった。
そんな彼が今、サモン部で無双している。
レックス様の隣には、彼よりも更に頭一つ分背の高いファミリアが堂々と聳え立っていた。白くフワフワな毛皮を纏っていながらも、腕や胸に分厚い筋肉が隆起しているのがここからでも分かるくらいに鍛えられている。しかもその両手には、ナイフのように長く鋭い爪が幾つも生え揃っていた。
もしもこんなのと森の中で出くわしたら、怖くて失神する自信があるわ。
…それを自信とは言えないかもしれないけど。
「さぁ、さぁ、さぁ!どうしました?先輩方。そんな遠くで見ていないで、こっちに来て戦いましょうよ!俺のファミリアはワーウルフっすよ?たかがCランクの魔物に、何ビビってんすか!」
レックス様が先輩達を見回しながら、挑発的な態度で挑戦者を募集する。
その姿が、以前お見かけした時とは随分と違っていたので、私は面食らった。国王陛下主催のお披露目会で見かけた彼は、ロイ殿下のよき従者といった感じであったのに、私の目の前にいる今の彼はやんちゃな小僧である。
これが彼の本性なのかしら?それとも、興奮して人が変わっちゃってるの?
私が驚いていると、目の前の先輩が拳を握る。
「くそっ…言わせておけば…」
「おいっ、やめとけって。オーギュスト先輩のヒッポグリフもやられたんだ。Bランクも倒すバケモン相手じゃ、俺達が束になったとしても勝てやしないぞ」
「でもよぉ…」
悔しそうな先輩達。
それとは裏腹に、私の横では熱い視線を送る人がいた。
ブーちゃんだ。
【ブフー】
鼻息荒く、ワーウルフと自分の腕を見比べて頷くブーちゃん。
ブーちゃん?まさか、筋肉で対抗しようとしていない?そりゃ最近、貴方の体は引き締まってきて、腕や足もごつごつし始めてるけど…そんなので喧嘩を吹っ掛けたりしないでね?相手はBランクを倒す魔物なのよ?
そんな私の願いは届かず、ワーウルフの目がこちらを向いてしまった。そして、ブーちゃんを見る目が鋭くなり、そのままこちらへとゆっくり近付いて来た。
「おっ、おい、ガルー!何処へ行く気だ!?戻れ!」
主人の命令も無視して、ワーウルフは真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。それを見た先輩達は一目散に逃げてしまい、私の目の前が空いてしまう。恐ろしい魔獣の姿が、全身クリアに見えてしまった。
なんだろう。凄い威圧感を感じる。
私も気おされそうになると、ブーちゃんが私の前を塞いだ。ワーウルフとブーちゃんが睨み合う。
【ガルゥウウ…】
【ブフフ】
いや、睨んでいるのはワーウルフだけだ。ブーちゃんは楽しそうに笑い声を上げている。
待って、ブーちゃん。変なポーズで煽らないで。筋肉を見せつけているの?そんなことをしたら、余計に興奮しちゃうでしょ!
私がなんとか、ブーちゃんの腕を下ろそうとしていると、駆け寄ってきたレックス様が私を見る。
「ああっと、お嬢さん。そいつは君のファミリアなのか?」
ちょっとだけ口調が大人しくなったレックス様。
私はブーちゃんのポージング解除を諦めて、レックス様に一礼する。
「お初にお目にかかります、モントゴメリー様。クロエ・バーガンディと申します。こちらは私のファミリアで、オークのブーちゃんと申します」
「そ、そうか。俺…僕はレックス・モントゴメリー。で、こっちが僕のファミリアで、ワーウルフのガルーだ」
レックス様は簡単に自己紹介されると、ブーちゃんを見上げる。
「しかし、やはりオークか。ガルーが敵対するから、上位種か何かとも思ったが…おい、聞いたかガルー。相手はただのオークだ。Dランクの魔物を相手する為に、ここまで来た訳じゃないだろ?」
ああ、そういうこと。レックス様がサモン部に来たのって、武者修行の為だったのね。それにしても、ちょっとやり過ぎな気がするけど。
「ほら、部長が相手してくれるって言ってるんだ。早くこっちに来い…」
【グルゥア!】
レックス様の制止を振り切って、ガルーちゃんがブーちゃんに向けて腕を振り上げる。両手の爪をキラリと光らせて、敵意を示す。
「ガルー!?」
レックス様は拘束魔法を使われていなかったので、彼の動きを直ぐには止めることが出来なかった。
ガルーちゃんの鋭利な爪が、振り下ろされる。
危ないっ!ブーちゃん!
【ブフー!】
私が体を強張らせる前で、ブーちゃんは既に動き出していた。地面に垂れ下がっていた拘束魔法の鎖を両手に持ち、それを振り下ろされる鋭利な爪へと掲げた。
キンッ!
甲高い音を立てて、10本の爪は全て鎖に当たる。中には鎖の穴に入り込む爪もあったけど、ブーちゃんに当たる手前で押さえられていた。
【ガルゥウウウ!】
ガルーちゃんが爪を押し込もうと、両腕に思いっきり力を入れる。
【ブッガァアア!】
ブーちゃんも負けて堪るかと、足を踏ん張り押し返そうとする。
剛力が加わる2匹の腕が、凄いことになっている。私のウエストより太いんじゃないかしら?
【ブッハハァ!】
そんなことを私が考えている間にも、ブーちゃんが攻勢に出る。鎖でガルーちゃんの両腕を縛って、そのまま地面へと投げ飛ばした。
突然のことで、ガルーちゃんも受け身を取れずにゴロゴロと地面を転がる。でも直ぐに立ち上がり、怒りの咆哮を上げる。その様子からは、まだまだこれからだ!という彼の戦意を感じる。
【ガルゥウウアア、ガッ!】
そんなガルーちゃんの首に、太い魔法の鎖が巻き付いた。
ブーちゃんだ。自分に巻かれていた鎖を外して、そのままガルーちゃんの首に引っ掛けた。それを、思いっきり引っ張るブーちゃん。
引っ張られたガルーちゃんは、バランスを崩して地面に倒れ、ブーちゃんの方に引きずられる。
なんだか、ガルーちゃんを引っ張るブーちゃんの姿が、魚を地引網で引っ張る漁師さんみたいに見えるわ。
【ガゥッ!?】
【ブハハ】
ガルーちゃんを手元まで引き寄せたブーちゃんは、ガルーちゃんの背中を踏みつける。そうするだけで、ガルーちゃんは立ち上がれなくなった。必死に藻掻くも、ただ地面を削るばかりであった。
ブーちゃんは体も大きくて重いし、ガルーちゃんは拘束魔法も首にかかったままだから、抜け出すのは不可能みたいだ。
そうして藻掻いている内に、ガルーちゃんの体が透けてきて、やがて消えてしまった。
「済まねぇ!やっと召喚解除が出来た」
レックス様が謝ってくる。大きかった体を小さくして、申し訳なさそうに両手を合わせる。
それに、私は両手を出して受け取り拒否をする。
「私は大丈夫です、モントゴメリー様。ですから、お顔を上げてください。怪我もしていませんし」
「本当か?いやでも、鎧も着けない女に刃を向けちまったし…。やっぱ、こういう時はしっかりと謝らねぇと」
「本当に大丈夫ですから!」
こんな有名人に頭を下げられたら、明日からまた変な噂が立ってしまうわ。折角サロメと離れたというのに、また食いつかれてしまう。
絶対に、この謝罪は受け取れない!
私の強い意志が通じたのか、レックス様の背筋が真っ直ぐに伸びる。そのまま、私達を見守っていたブーちゃんを見上げた。
「しかし、なんなんだ?このオークは。俺のガルーと力勝負で渡り合うなんて、普通のオークとは思えねぇぞ?あいつは特別な訓練を毎晩やっているんだ。それなのに、力負けするなんて…」
「モントゴメリー様。実は、ブーちゃんも特別な訓練をしているのです。あの拷問…じゃなかった、整地用ローラーを引っ張って、部活中に訓練をしていますの」
私がローラーを指さすと、ブーちゃんが得意げに転がして見せる。
それを見て、レックス様は信じられないと首を振る。
「確かに、こんな訓練をしているファミリアは騎士団でも見たことが…ああいや、だとしてもだ。俺のガルーがあんな簡単に負けるなんて、やっぱり考えられない。あいつはコロッセオ部のバディファイトでも、3年に勝てるくらいの実力はあるんだ。なのに、Dランクのオークを相手に…」
バディファイトって、剣とファミリアで戦うあれでしょ?それで3年生に勝てるって、凄い事…なのよね?
良く分からないけれど、また変に持ち上げられそうだわ。
「モントゴメリー様。きっとそれは、ガルーちゃんが疲れていたからですわ。いっぱい試合をされていましたから、きっとガルーちゃんも疲労が溜まっていましたのでしょう。それに、モントゴメリー様も魔力が減っていたのではございませんか?」
そうじゃないと、Bランクの魔物すら倒したガルーちゃんが負ける理由にはならない。だって、ブーちゃんはこの前、Bランクのシルバーウルフにコテンパンにされちゃったんだから。
「まぁ、確かに。今日はちっと、やり過ぎたかもしれねぇな」
レックス様も納得されて、最後にもう一回「悪かったな」と謝られて帰って行かれた。
良かったわ。誤解が解けて。
そう、私は思った。
でも次の日。それが私の思い違いだったことに気付く。
気付かされる出来事が起きたのだった。
なんだか、思ったよりも普通と言いますか、危険視する必要性を感じない子ですね。レックス君。
「何故であろうな」




