35話~行け!俺のガーゴイル!~
チュンチュン。チュンチュン。
鳥の声が聞こえて、私は目を覚ます。目の前にはいつもの天蓋は見当たらなくて、ただ古びた木の天井が続いているばかりだった。
あっ、そうか。私、ムーンガルド寮に引っ越したんだったわ。
起き上がると、風が頬を撫でた。その風が流れてきた方を見ると、壁に隙間が開いているのが見える。そして、その穴から外の音が聞こえていた。
古い建物だとは思っていたけれど、まさか壁に穴まで開いているなんて…。
「カーテンを取り付ける前に、何か埋める物を買ってこないといけないわね…」
【ブフ】
他にも色々と買い足さないといけない物がありそうで、ちょっと物入りになるかも。家に追加のお小遣いをねだる訳にはいかないから、週末のトレジャーハントで稼ぐしかないわね。
「でも、大丈夫」
闇魔法を使えるようになったから、以前よりもっと多くの物を持ち運べる。持って行ける装備が増えるだけじゃなくて、向こうで取れたお宝や素材も全部持って帰れるわ。
そうなると、問題は卸先だけど…お宝はハロード様にお願いするとして、魔物の素材は冒険者ギルドに卸すのが一番よね?下手に高く売ろうとしたら、何だか足が付きそうで怖いもの。
ぐぅ~。
朝から色々と考えていたら、お腹が鳴ってしまった。
「ブーちゃん?今のは聞かなかったことにしてちょうだい」
【ブフーフ?】
ブーちゃんは「なんのこと?」みたいに言いながら、腕をボイドから突き出して、部屋のドアを指さす。
うん。そうね。早く朝食会場に行きましょう。
私は食堂へと降りた。
でもそこは、朝食会場とは思えない空間となっていた。
「おい!押すな!俺が先に並んでたんだぞ!」
「バカ野郎!何処に目を付けてやがる!俺の右足がお前の前に入っていたのが見えなかったのか?!」
「ちょっと、それは盛りすぎよ!後の人の事も考えてよ!」
「いいじゃない!早起きしない人が悪いんだから」
「そいつは俺の肉だ!」
「もう唾を付けた俺のもんだよ!」
「この野郎!」
朝食会場はもはや、戦場と化していた。
怒号とパンチと皿が飛び交い、偶に男子生徒も宙を舞う。誰もが手に持つ皿を満たす為に、我先にと大テーブルへ突撃を試みる。人々が群がり前が見えない中、ちょっとの隙間から腕を伸ばして、机の上に残されたパンと肉を引っ掴む。
これは…。
「酷いわね。収穫祭というより、喧嘩祭や石投げ祭に近いわ」
「今日は特にね~。チーズと肉の塊が出るから…」
いつの間にか、ヨレヨレ姿のエリカさんが横に立っていた。彼女の後ろには、顎を赤くしたケント君が皿を2枚持っている。その皿には、僅かばかりの肉片と白パンが乗っていた。
「あなた達…あの中に入ったの?」
「そだよ~。じゃないと朝ごはん食べられないからね~」
「エリカがもう少し早く起きてくれたら良かったんだけどな」
ええ、そうね。私もこの戦場を知っていたら、朝日が出る前に来ていたわ。
どうしよう?私もあの中に突っ込むの?でも、服もヘアも崩れちゃうわ。
【ブフーフ】
どうするべきかと悩んでいると、ブーちゃんの手がボイドから伸びてきた。彼のその手にはお皿が乗っていて、その上にはお肉やチーズや野菜などがふんだんに盛り付けられていた。
「まぁ!ブーちゃん。取ってくれたの?」
【ブフフ】
流石はブーちゃん。闇魔法を駆使したら、分厚い人垣もなんのそのね。
「えぇっ!?クロエ、そのお皿どうしたの?」
眠そうだったエリカさんの目が見開かれる。
私が「ブーちゃんのお陰よ」と言うと、「私もシロちゃんで…」と、治癒の光りを人垣に向けていた。
貴女のその力は、そっちじゃなくてケント君に向けるべきだと思うわ。
賑やかな朝食会場を背に、私達は手早く朝食を済ませた。
「バルツァー先生!」
「ああ、バーガンディ君」
放課後。サモン部へと向かっている時、コロッセオ部の前でバルツァー先生の姿を見かけた私は、つい走り出してしまった。そして、先生にお礼を言って頭を下げる。
先生が迅速に対応してくれたお陰で、こうして無事に寮の移動が出来たのだから。
「なに。礼を言われる様な事はしていないよ。私はただ、スザンナの奴に君のことを伝えただけだ。それよりも、本当に寮を移って良かったのか?ムーンガルドは、その…エニクスとはかなり違うだろう?」
「ええ。大丈夫です。この子のお陰で、何とかなっていますから」
私は刻印を見せて、小さく微笑む。
本当に、ブーちゃんのお陰で助かっているわ。朝食の時も、料理を取ってきてくれただけじゃなくて、食べている最中に飛んできたフォークやコップ、男子生徒を跳ね返してくれた。エリカさん達と分けあって食べたから、彼女達もブーちゃんに感謝していた。
きっと、ブーちゃんはそれも見越していたんだと思う。私が食べるにしては、あまりに山盛りにし過ぎていたから。
「ふむ。そうか。やはり君は優秀な生徒だな。ではまたエニクスに戻りたくなったら、いつでも私かスザンナに言うんだぞ?」
「あの、先生。私が優秀なのではなくて…」
言い終わる前に、先生は行ってしまった。
ああ、もうっ。なんでみんな聞いてくれないの?
釈然としない気持ちを抱えたまま、私はサモン部へと向かう。
授業を終えてすぐに来たからか、まだ来ている部員は少ない。
私はすぐにブーちゃんを召喚して、フィールドの整備を始める。
あっ、ブーちゃんは首に鎖を巻いてね?そのままだと、野生のオークと間違われちゃうから。
「おーい。バーガンディさーん」
「今日は来てくれたんだね?」
「無理しないでねー!疲れたら、俺が風魔法使ってあげるから!」
ブーちゃんと一緒に準備を進めていると、通りかかる先輩達から声を掛けられる。
女性部員が数名しかいないから、みんな異性に対して過剰に優しい。
嬉しくない訳じゃないけれど、ちょっと怖いわ。だって、先輩達のファミリアはどの子も強そうなんだもの。鋭い爪や牙、角を持つ魔獣や幻獣。そして魔力が有り余っている上位精霊達…。
私達は大人しく、整地に勤しみましょう。
「行け!俺のガーゴイル!」
「相手してやれ!サハギン!」
暫くすると、フィールドの中央ではサモンファイトが始まっていた。先輩達が互いのファミリアを戦わせて、本格的な模擬試合を繰り広げている。
【ゴー!】
【ギャギョ!】
先輩達の声に背中を押されて、ファミリア達もやる気だ。目の前の相手を敵と認識し、鋭い爪や手に持つ鋭利な槍で攻撃し合っている。
「そこだ、ガーちゃん。引っ掻け!相手が空振りした時を…違う違う!槍を攻撃するんじゃない!腹だ、空いている脇腹を狙うんだ!」
「サハギン!そんな大振りをするな!間合いを取って、有利な距離で槍を突き出し続けて…ああ!なんで自分から近付くんだよ!?離れろ!」
先輩達も必死だ。何とか自分達の思い描く戦い方をファミリアにやらせようと、声を枯らして指示を飛ばす。
でも、ファミリア達は聞いていない。もう目の前の相手に夢中になってしまって、召喚者の言葉を無視していた。
あっ、先輩達が鞭を取り出して、地面を叩き始めたわ。
「回り込むんだ、ガーゴイル!相手の背中側から攻撃しろ!」
「構えろ、サハギン!迎撃するんだ!」
ビシバシ地面を叩きながら命令すると、漸くファミリア達も先輩達の言うことを聞きだす。
でも、さっきよりも勢いがない気がする。命令も忠実に実行出来ているとは言えなくて、ガーゴイルはゆっくりとサハギンの周囲を歩き回り、サハギンは槍を構えてガーゴイルに向き合うだけ。そして、また2匹は正面からの取っ組み合いを始めた。
「ああ、違うってガーちゃん!」
「サハギン。もういい。一旦戻れ!」
随分と苦戦しているけれど、先輩達でもファミリアを扱いきれないの?やっぱりブーちゃんが特別なのかしら?
いいえ。もしかしたら、強力なファミリアはそれだけ扱いが難しいのかも。精霊系はご機嫌取りが大変だって聞いたけど、それは精霊が強力な魔力を持っている事も原因みたいだし。
目の前の2匹が強力かって言われたら…ちょっと疑問に思っちゃうけれど。
そうして先輩達のサモンファイトを見ていたら、向こうの方で威勢のいい声が響く。
「っしゃあ!トドメだ、ガルー!」
【ガルルァ!】
見ると、赤髪の少年が勇ましく拳を振り上げて、彼の目の前に立つ屈強なウルフに指示を送っていた。
あれはウルフ…のように見えるけど、二本足で立っているから違うわね。ええっと、狼人間の…ワーウルフだったかしら?
ワーウルフは少年に言われるままに、対戦者のファミリアに食らいつき、そして消し去ってしまった。
「良くやった!ガルー。7連勝だぜ!」
【アオォオン!】
少年のガッツポーズに合わせる様に、ワーウルフが高々と遠吠えをする。その姿は、息の合った相棒のように見える。
少なくとも、私の目の前で呆然としている2人の先輩達に比べて、ファミリアとの絆があるように思えた。
そんな彼の名前は…。
「なんだよ、あいつ。見ない顔だな。1年か?」
「お前知らないのか?あれが、王国近衛騎士団団長ゲオルグ・モントゴメリー様のご子息、レックス・モントゴメリー様じゃないか」
そう、彼こそがレックス様。ケント君が気を付けろと言っていた人物だった。
早速、危険人物との接触でしょうか?
何が危険なのか、全く分かっていませんが…。
イノセスメモ:
・ワーウルフ…人狼。ライカンスロープとも言う。
・ガーゴイル…石で出来た悪魔。西洋建築の雨樋になっている。
・サハギン…半魚人。銛やトライデントなどを使う、獰猛な種族。




