34話〜これが、ムーンガルドなのね…〜
ファミリアの魔力質は召喚者にも影響する。
そう、バルツァー先生に言われた私は、自室に戻って早速試してみることにする。詠唱魔法学の教科書を片手に、背筋を伸ばして手を真っすぐに伸ばす。
「ええっと、闇魔法のページは…あった。こんな後ろに載っているのね」
今まで開いたこともないページだ。だって、闇や光って言うのは本当に才能のある人しか使えない魔法だって言われていたから。
火や水なんかとは全く異なる魔法。そう聞いていたものが、ファミリアの魔力質によって使える人もいるなんて。
でも、考えてみたらそうよね。こんな風に教科書にも載るくらいなんだから、闇魔法を使える人もそれなりにいる筈だわ。
「闇よ。世界に小さな歪みを作れ。小さな空間!」
私の体から魔力が抜け出て、黒い靄となって空中で集まりだす。やがて、その靄が小さな黒い穴になった。
大きさは、私の手のひらくらい。試しに手を入れてみると、肘くらいまで入れることが出来た。
大きさで言うと、カバン1つ分くらい?あまり入らないけれど、私にしたら上出来よ。だって、一発で成功したし、ちゃんと使えそうな魔法なんだもの。
「でも、流石にこれで引っ越しの荷物を運ぶのは難しそうね。他のバックとかに詰め込んだ方が入りそうだもの」
【ブッフー】
私が諦めかけた時、ブーちゃんの腕が出てきた。彼の手のひらが、私の作った闇空間の方に向く。すると、入口が一気に大きくなって、私は勢い余ってその中に入ってしまった。
うわっ!真っ暗。しかも、中はかなり広いわ!
空間の中で手を振り回しても、ジャンプしても果てに届かない。これ以上先に行くと、部屋からの明かりが無くなっちゃうから行かないけれど、この部屋くらいに広いんじゃないかしら?
「これなら、寮の部屋も要らなかったりする?」
【ブブー!】
ブーちゃんが「ダメだ」って言っている。
あっ、そっか。魔力が切れたら閉じ込められちゃう。また魔力を貯めたら脱出は出来ると思うけど、ボイドの中って時間の進みが遅いって聞いたこともあるし、とても危険よね。
「でもこれで、引っ越しが凄く楽になると思うわ」
私は早速、衣服をボイドの中に入れようと思った。
でも、ちょっと待って。ボイドの中に物を入れた後、そこを消したらどうなるのかしら?
ふっと疑問が湧いたので、試しに羽ペンをその場に置いて、ボイドから出て消してみた。すると…。
何も起こらない。中の物が押し出されたり、空間が空きっぱなしになったりもしない。
もう一度ボイドを作って見てみると、羽ペンはちゃんと中にあって、壊れたりもしていなかった。
「これなら大丈夫ね!」
【ブフォ!】
私は次々と、ボイドの中に私物を入れていく。
お洋服。ティーセット。教科書とノート。お気に入りのクッションとベッドシーツにカーテン…カーテンは備え付けだったわね。なかなかお洒落なデザインだったから、今度街に出た時に別のオシャレなのを買わないと。
「よし。これで全部ね」
もう準備も出来ちゃったし、早速寮を移ろうかしら?明るい内だと、誰かに見られちゃう?
いえ。明るい内に新しい部屋を見ておかないと、新しい部屋の間取りが分からないわ。
決心した私は、こっそりとエニクス寮を出る。
外ではまだ、学生の姿がチラホラと歩いていた。でも、誰もこちらを怪しむ様子はない。手ぶらで移動出来るって、こんなメリットもあるのね。
私は気分が良くなり、軽いステップを踏みながらムーンガルド寮までの道を歩く。
でも、
「うっ。これが、ムーンガルドなのね…」
建物の外見からして、エニクスとは違うことが分かってしまった。
寮の門扉はただの鉄格子で、至る所が錆びている。玄関には彫刻も噴水もなく、ただ広い芝生の庭が広がっているだけである。
寮自体もシンプルで、ただ四角い木造二階建て建築が横たわっているだけ。壁にコケが生えていて、とても掃除が行き届いているとは思えなかった。
…まぁ、庭の広さだけは十分だから、ブーちゃんの訓練には良いところかも。住んでいるのも平民ばかりと聞くから、気兼ねなく使えそう。
「ヤッホー!クロエ!」
錆び付いた門扉を潜ると、エリカさんの元気な声が出迎えた。
ああ、そう言えば。彼女もここの寮生だったわ。
「ごきげんよう、エリカさん。出迎えに来てくれたの?」
「そだよ!クロエがここに来るってカステル先生から聞いたから、私が案内をしに来たんだ!」
そうだったの。ありがたいわ。
私はエリカさんに感謝して、彼女の後ろに着いていく。
中は外見ほど酷くはなく、清掃が隅々まで行き届いていた。
ただ、やはり予算がないからか、床は軋むし壁は内装が剥がれていた。ヤンチャな生徒が多いのか、拳大の穴が空いている所もある。
「左が女子寮で、右が男子寮だよ。で、中央にあるこの大きな部屋が食堂。今の時間は、部活帰りの人達で賑わっているね」
賑わっているというのは語弊がある。どちらかと言うと、大乱闘が勃発していた。
エニクスでは注文式だったけど、ムーンガルドではビュッフェ形式で食事を提供しているみたいだった。中央の大テーブルに幾つもの大皿が並べられて、寮生達はそこから好きな物を選びよそっていく。
だからだろうか。人気の料理に人が群がり、喧騒が広がっていた。互いに睨み合い、牽制しあって料理の皿で綱引きをしている。中には、俺が先に並んでたんだぞ!と、胸ぐらを掴み合う男子達の姿まであった。
ああ、まさに平民の喧嘩ね。収穫祭でよく、肉とお酒の取り合いをしている人達とそっくりじゃない。
私は、本当に平民達の集いへ来たんだわ…と、食堂の前で立ち尽くした。
「こっちがクロエの部屋だよ」
食堂から離れて、私達は2階の角部屋まで来ていた。
「一番大きな部屋を用意したって、先生が言ってたんだ。私の部屋も同じ階だから、いつでも遊びに来てよ!」
「…考えておきますわ」
彼女の事だ。肯定したら、毎日でも誘ってくるだろう。ちょっと距離を置くくらいが丁度いい。
早速部屋に入ってみて、私は少し驚いた。
これが、この寮で一番大きな部屋?エニクスの1年生用の部屋よりも一回りくらい小さいのだけれど…。
「わぁ。大きい部屋だね。私のとこの2倍くらいあるよ」
えっ?
ここの半分って……貴女それ、使用人部屋よりも小さいですわよ?
そんなことは言えず、私はエリカさんをマジマジと見詰めるだけだった。それに、彼女も見返してくる。
「それで、クロエはいつ引っ越してくるの?」
「今ですわ」
私が即答すると、エリカさんは頭の上に〈?〉マークを浮かべる。そして、私がボイドから荷物を取り出すと、目を丸くして驚く。
「すっごーい!新しい魔法?クロエは天才だね」
「違いますわ。ブーちゃんが闇属性だったから、こうして使えるだけです」
バルツァー先生に教えてもらったことを言うと、エリカさんも「あっ、それだからか」と何かに納得した。
なんですの?
「あたしも、急に魔力質の適性に光属性が出るようになったんだ。この前、冒険者登録した時に測ってもらった時に分かってね。前は土魔法しかなかったのに…見てて!」
エリカさんが光魔法の小さな奇跡を唱えると、彼女の腕に薄っすら付いていた切り傷が無くなっていった。
ええっ!?凄いじゃない!
「貴女、これって…」
「うん。カステル先生に適性が増えたって言ったら、教えてもらってね。なんでだろうって思っていたんだけど…そっか、シロちゃんのお陰だったんだね。だってシロちゃん、白いもん」
色は関係ないと思うわよ?もし関係あるなら、闇魔法を使えるブーちゃんは黒くないといけないし。
それに、ホーンラビットが魔法を使うなんて聞いたことない。普通は無属性の魔力質と聞いているのに…光属性?Eランク魔物のホーンラビットが?
「本当に、貴女のファミリアはホーンラビットなの?何か別の幻獣だったり、もしくは特殊個体だったりしません?」
「そうなのかな?でもシロちゃん、クロエのブーちゃんみたいに大人しくないよ?最近はやっと噛まなくなったけど、抱っこするとすぐに逃げ出そうとするもん」
動物はみんな、自由になりたがるものよ。猫だってなかなか撫でさせてくれないもの。そんなに落ち込むことじゃないわ。
でも、そうか。エリカさんのシロちゃんと一緒で、闇魔法なんて特殊な魔力質を持っているブーちゃんは、特殊個体なのかもしれない。オークだって基本、無属性だって聞いたことあるし…。
はっ!いけないわ。また、自分を特別視しそうになっていた。
私が戒めていると、エリカさんが手を振る。
「じゃあ、クロエ。また遊びに来るからね!」
一方的に約束を押し付けて、エリカさんは帰っていく。
…これは、距離を置いてもグイグイ来るパターンだ。
どっちにしても一緒だったなと、私は肩を落とした。




