2話~クロエさん。始まりましたわよ~
『…でありまして、吾輩が3年生の時には、学業ではオールA判定。サモンファイトでは都市代表にまで選ばれたものであります。でありますから、諸君らにも文武両道の精神を…』
入学式の式典で、何人ものお偉いさんが壇上に上がって挨拶をしていた。
自慢話ばかりが続き、あまりに退屈なので、ついつい別の事を考えてしまう。
これから始まる、召喚の儀式についてだ。
召喚の儀式。それは、魔法使いだけが使役できる精霊とか、幻獣を呼び出す儀式。ここで呼び出しに応じてくれた子は、その後もファミリアとして召喚できるようになり、術者の魔力によって様々な能力を使ってくれる。
だから、この儀式にどんな子が来てくれるかはとっても重要になる。大精霊や上級の幻獣が来てくれたら、その子達が上手に使ってくれるから。魔法が苦手な私でも、一流の魔術師になれちゃうかも。
…大精霊は望み過ぎね。中精霊や小型の幻獣でも十分に嬉しいわ。4大元素魔法が使えたりしたら、跳び上がっちゃうかもしれない。
まさか、ドラゴンや特殊な大精霊様を召喚しちゃったりして…なんて、空想しない訳じゃないけれど、私に限ってそれは無いわ。そう言うのはもっと、高貴な血筋の方や、才能のある人に来てくれる奇跡みたいなもの。
そう、今登壇された、第二王子のロイ様みたいな人に…。
虚空を見詰めていた私の目が、すっと吸い寄せられる。みんなから注目された殿下は、優しく微笑み返してから口を開かれた。
『新入生代表として挨拶致します。ロイ・グランドです。この由緒正しきアインス・ル・ロゼリア学園への入学が叶い、大変嬉しく感じております』
「ああ、素敵ですわ、ロイ殿下」
「同じ学園の生徒というだけでも奇跡ですのに、3年間ご一緒できるなんて…」
それまで静かだった私の周りも、色めく人でいっぱいだった。ロイ様に向かって小さく手を振る人までいる。
ちょっと不敬な気もするけど、彼女達の気持ちが分からない訳ではない。凛々しく立つそのお姿は、魔道ライトが無くても輝いていただろうし、その声は力強さの中に優しさが滲み出ている。
あんな方にダンスのエスコートをされたらと、私までついつい考えてしまいそうになった。
そんな時、
パンッ!
突然、目の覚める音が走る。
何かと思って音のした方を見ると、アンネマリー様が手に持っていた扇子を勢い良く閉じた音だった。
「皆さん。お静かに」
アンネマリー様は微笑んでいらっしゃるけど、おしゃべりしていた人達の顔は真っ青だ。私まで、背筋が伸びる思いだった。
それから程なくして、入学式は終わった。
そして、いよいよ召喚の儀式に移る。
ロイ様の挨拶が終わった後も、生徒会長からの祝辞や、在校生から歓迎の歌等を頂いた。そしていよいよ、召喚の儀に移る。
さっきまで来賓者が立っていたところに、ちょっと顔の怖い男性教員が立ってアナウンスをする。
『召喚は競技場で執り行う。安全を考慮して1人1人実施する為、2組に分けて移動してもらうぞ。先ずは後列の生徒からだ。前列は…そうだな、昼食でもゆっくり食べた後に、競技場まで来てくれ』
後列という事は、身分が低い者から呼ばれるみたい。
その方が有難いわ。だって、朝から何も食べていなかったから、お腹がペコペコ。しっかりと昼食を取ってから、人生の大舞台に挑みたい。
さて、どの寮の食堂に行こうかと考えていると、サロメさんがコソコソと私の方に近付いてきた。
「クロエさん。貴女も儀式を見に行きませんこと?皆さんがどのような精霊や幻獣を呼び寄せるか、興味がございません?」
「ええっと、そうですわね…」
私は迷った。だって、とってもお腹が減っていたから。
確かに、みんながどんなファミリアをゲットするかちょっとだけ興味はあるけど、この空腹には勝てない。エニクス寮やヴルムント寮の美味しいそうな昼食の方が魅力的だった。
「少し、興味がございます」
でも、私はサロメさんの話に乗っかった。だって、断ったら後々が面倒なんですもの。
あの時、私の誘いに乗らなかよね?と、後で嫌味を言われたり意地悪をされたりするから、気が乗らなくても付き合わないといけない。お腹の具合より、そっちの方が優先だ。
そう思ったんだけど…。
「アンネマリー様もいかがですか?」
「私は結構よ。ヴルムントで昼食会の予定だから」
アンネマリー様達は優雅に一礼して、行ってしまった。
えっ?行くのは私とサロメさんだけ?だったら、私も昼食会に行き…。
「さぁ、クロエさん。行きましょう」
「は、はいぃ…」
行くと言ってしまった以上、取り返しがつかない。
私はサロメさんに引かれるまま、講堂を後にする。
はぁ、ヴルムント寮の昼食、食べたかったなぁ…。
そうして私達は、競技場まで来た。講堂よりも更に大きく、中央に設置された円形のステージを囲うように、観客席が階段状に作られていた。
その観客席には、先輩達が座っている。お昼時と言うのに、前列はほぼ満員状態。私達は後列で見晴らしが良さそうな所を探す。
すると、誰かに呼び止められた。
「おーい!クロエちゃん」
声の方を見ると、微笑みながらこちらに手を振る男子生徒がいた。
「プランダール様!」
私は手を振り返しながら、男性に近付く。
彼の名前はナルシス・プランダール。中等部の頃に同じテニス部で、とてもお世話になった1つ上の先輩だ。彼は自分の横の席を指さして、座るように促してきた。
私がプランダール様の隣に座ると、彼は嬉しそうに私を見た。
えっと、何でしょう?
「合格祝いで送ったそれ、早速付けてくれているんだね。嬉しいよ」
「勿論ですわ。とても美しいイヤリングを、ありがとうございます」
そう。このイヤリングは彼が送ってくれた物だった。仲良くしたい人にもどうぞと、おまけでもう一つ付けてくれる大盤振る舞い。
お陰様で、アンネマリー様にも喜んで貰えた。本当に、彼にはお世話になりっぱなしだ。
「喜んでもらえて良かったよ。君達の召喚は終わってしまったのかい?」
「いいえ。この組の後で行われる予定です」
「そうなんだ。じゃあ、昼食は?」
昼食の話を振られて、私のお腹が「キュゥ」と鳴ってしまった。
ああっ!なんて正直なの、お前は!
「はっはっは!昼食を抜くほど楽しみだったのかい?」
「そ、そう言う訳では…」
踏んだり蹴ったりだ。穴があったら入りたい。
私が項垂れていると、プランダール様がバケットを差し出してきた。そこには、美味しそうなサンドイッチが並んでいた。
「僕ので良かったら、少しいかがかな?買い過ぎて余りそうなんだ」
「いえ、そんな訳には……頂きますわ!」
拒否しようと思ったら、再びお腹が鳴りだしてしまったので、思わず手が伸びてしまった。
美味しい…。ああ、恥ずかしいけど、美味しいわ…。もう一個…。
プランダール様に微笑まれながら、私はサンドイッチを1つ食べ終える。そして、もう一個に手が伸びそうな時に、サロメさんに方を揺すられた。
「クロエさん。始まりましたわよ」
その声で顔を上げると、ステージに男子生徒が上って来たのが見えた。髪の毛はボサボサで、着ている制服が色褪せている。
きっと平民だ。彼らは大抵、下町の古着屋で制服を調達するらしいから、一目見ただけで分かる。靴も泥だらけだし、馬車に乗らずに街まで来た証拠。
そんな彼は、ステージの周りで剣や杖を持つ先生達にビクつきながら、ステージの中央に立つ神官様の前まで来る。そして、そこで跪くと、神官様は羊皮紙を1枚広げて読み出した。
すると、少年の周りで小さな風が起きて、淡い光が生まれた。その光が集まりだして、やがて1匹の小鳥を生み出した。
それを見て、プランダール様が「ふっ」と笑った。
「鳥獣系のファミリアか。魔力は皆無だな」
あっ、今のが召喚なんだ。
初めて召喚の儀を見た私は、ちょっと感動した。
そんな私に、サロメさんが語り掛けて来る。
「ねぇ、クロエさん。滑稽だとは思いません?」
滑稽?何のこと?彼の服装?
いきなりの同調圧力に、私は必死に考えて、頷く。
「えっ、ええ。本当に、みすぼらしい服装ですわね」
「服装?私は今、あの平民によって召喚された小鳥について申していますのよ?」
しまった。服装についてじゃなかったのね。
「ま、まぁ。なんて小さくて…えっと、み、みすぼらしいファミリアでしょう!」
私が慌てて言い直すと、鋭かったサロメさんの目が少しだけ元に戻る。
「ええ、本当に。あれではクラス分けも絶望的ね。きっとDクラスよ」
そう。そうだった。明日に張り出されるクラス分け。それが、召喚したファミリアの質も考慮されると言う噂があると、お兄様が言われていた。
サロメさんもそれを知っているみたいで、口元を隠す彼女はとても楽しそうだ。
なんで態々、平民の儀式を見に来たのかって気になっていたけど、この為だったみたい。平民の召喚だったらロクな物が出ないからって、優越感に浸りに来たんだ。
嫌だなぁ。私もサロメさんと同じ趣味だって、プランダール様に思われたりしないかな?
そう思って彼をこっそり見たけど、プランダール様の顔にも、サロメさんに似た笑みが浮かんでいた。
えっ?まさか、プランダール様までそんな趣味だなんて言いませんよね?貴方は優しい先輩だったじゃないですか。
別の意味で不安になった私。でも、順番が進み、下級貴族や中級貴族の番になって来ると、別の不安が私の心を焦がし始めた。
大丈夫かな?私、また失敗しないかな?バーガンディ家の者として、相応しい召喚が出来るのかしら?もしも、さっきの男の子みたいに小鳥を召喚しちゃったらどうしよう。Dクラスに落とされたりして…。
「さぁ、クロエさん。行きますわよ」
「ふぇ?行くって、どちらに?」
突然声を掛けられたから、私の口から変な声が出てしまった。
それを、サロメさんが怪訝そうな目で見下ろす。
「何を寝ぼけてますの?私達の番ですわよ」
「あっ」
本当だ。もう、伯爵家の生徒がフィールドに降りている。
私の心臓が、狂ったように鼓動を速めた。




