26話~止めなさい!~
「先ずは小手調べだ」
銀狼の群れを一瞬で倒してしまった謎の剣士。間違いなく危険な人物が、今度はブーちゃんを魔物と勘違いして襲ってきた。
私は叫ぼうとした。ブーちゃんは私のファミリアで、魔物じゃないって。
でも、私の声が喉から出るより先に、男性の剣がすぐ目の前まで迫っていた。
速いっ!さっきまで顔がハッキリしないくらい遠かった筈なのに!
人間離れした彼の動きも相まって、私は恐ろしくて息をのんだ。
でも、ブーちゃんも負けてない。剣士が襲って来る直前、地面に落ちていた大岩を両手で掴み、それで振り下ろされた剣を受け止めた。
ガギンッ!
金属と岩が削られて、高い金属音が鳴り響く。
男性の顔が、そこで顕になる。
彼はお父様より少し若いくらいの男性だった。美しい銀の髪と相反し、その顔には猛々しい笑みが浮かんでいた。瞳の奥で赤い光が爛々と輝き、本当に人間なのかと疑ってしまう程に異常な形相であった。
剣士の笑みが、邪悪に広がる。
「ほぉ?これを止めるか。面白い」
ブーちゃんを見上げながら、頬を吊り上げる剣士。ボロボロのマントに、泥だらけの皮装備とは裏腹に、その剣だけは随分と高級そうである。
そして、彼の顔に刻まれた古傷が、彼を歴戦の戦士であることを示していた。
「ではこちらも、少し本気を出すとしよう」
剣士の速度が更に上がった。もう、私では目で追えないくらい素早い剣捌きで、ブーちゃんが持つ岩の悲鳴だけが聞こえていた。
そして、その悲鳴がたち消える。パリッと軽い音と共に、岩が砕け散ってしまった。
「ふっ」
剣士の剣技が一瞬だけ止まり、剣を高々と上げているのが見えた。剣士はそのまま、剣を素早く振り下ろした。
スパンッ…。
ドサッ。
何かが断ち切れる音。次いで、何か重いものが地面に落ちた。
それは…ブーちゃんの左腕だった。
「っ!?ブッ!」
ブーちゃん!
そう叫ぼうとした。
でもそれは、ブーちゃんの咆哮によって飲み込まれた。
【ブッハハァ!!】
ブーちゃんの右拳が、剣士を殴りつけた。彼は剣を振り降ろしたばかりで、無防備になっていた。だから、ブーちゃんの一撃はそのまま、彼の腹部にめり込んだ。
「ぐっ!」
短い悲鳴を残し、剣士が勢いよく吹き飛ぶ。太い木の幹に背中からぶつかり、それをへし折って地面を転がった。そのまま仰向けになって、力無く地面に倒れ伏す。
死んじゃった…のかな?あんな太い木を真っ二つにする勢いで吹き飛んだのだから、まず無事じゃないわ。
ああ、どうしよう。
私は慌てた。
不可抗力だけど、人を殺してしまった。この場合、誰に懺悔したら良いの?
「ふっ、ふはははっ!」
しかし、剣士は死んでいなかった。それどころか、笑い声を上げて起き上がった。
「素晴らしい!良き力だ、奇形のオークよ。己の腕を犠牲にし、私の油断を誘うとはな。力だけでなく、頭も切れる。実に良い戦士だ」
剣士がゆっくりとこちらに歩いてくる。服は泥だらけで、ブーちゃんに殴られた防具は破れ、剣は真ん中から折れていた。
それでも、剣士の歩く姿は優雅で整然としていた。その歩き方を見るに、ダメージは全くないみたい。
その血のように赤い瞳が、ブーちゃんを捉える。
「もっとだ。もっと抗え。私を楽しませてみせろ」
男性は剣を捨て、ブーちゃんに右手を構えながら近づく。その手の先から、鋭利な爪が瞬時に伸びた。
まるで物語に出てくる魔族の様な出で立ち。
本物の魔族…である筈ないし、何かの魔法?
【ブフフフ…】
男性の狂気に釣られて、ブーちゃんも構えてしまう。斬られた左腕を庇う様に、右足を前に出して歪な構え。
それなのに、彼の顔には笑みが浮かんでいた。何時も浮かべている優しい微笑みじゃない、ちょっと怖い笑みが。
ダメよ。これ以上怪我しないで!
「止めなさい!」
「うん?」
私は声を張り上げ、男性の前に立ちはだかる。そこで漸く、男性の目がこちらを向いた。
その目は一瞬、邪魔者を見る様に冷たく光ったが、すぐ驚いた風に丸くなった。
「おや?何故このような場所に、君のような淑女が居るのだね?」
「この子が私のファミリアだからですわ!」
私が堂々と宣言すると、男性は大袈裟に首を降って、小さく頭を下げた。
「それは失礼をした。てっきり、野生のオークジェネラルかと思ったのだが…ふむ。何かお詫びの品を渡すべきだな」
男性はそう言って、何処からか小さなガラス瓶を取り出した。瓶には、鮮やかな青色の液体が入っている。
これは…なんだろう?普通の回復薬なら薄い緑色だし、そもそもガラス製の入れ物なんかに入っていたりしない。凄く高級な回復薬?
「それは魔力回復薬だ。大抵の魔法使いならば、その1瓶で魔力が全快するだろう。少々甘ったるいのが玉に瑕だがな」
魔力回復?そんな事が出来るの?
聞いた事もなかったので、私はマジマジと瓶を見つめてしまった。でも、すぐにブーちゃんの怪我を思い出し、瓶をバッグにしまって、ブーちゃんに魔力を送る。すると直ぐに、ブーちゃんの左腕が再生された。
良かったぁ。
「ふむ。本当に君の従魔だったか。そのような護衛を連れて、君はここで何をしていたのだ?」
「私は、その…散策ですわ!初代勇者一行の跡地を巡って。そう言う貴方は何故ここに?」
あまり追求して欲しくなくて、私も男性に話題を振る。すると、男性は胸ポケットから赤褐色のドッグタグを取り出して見せた。
「私は、Cランク冒険者のヘルと申す。冒険者であるが故、魔物討伐でこの地に参った。そこで、フォレストウルフの群れを見かけたのだ」
ええっ!?Cランク冒険者?
私は驚いて、声も出なかった。
だって、ウルフの群れを一瞬で倒してしまう程強くて、ブーちゃんもあれだけ苦戦していたから。だから、名のある名将や剣聖様のようなお方だと思っていた。だというのに、Aランク冒険者どころか、ヨルダンさんと同じCランクだったなんて…。
「どうした?少女よ」
「あっ、えっと…申し遅れましたわ。クロエ・バーガンディと申します。ロゼリア学園の生徒で…窮地を救って頂き、ありがとうございます」
「なに。私も無礼を働いた。ここは痛み分けと言う事で、水に流して欲しい」
「え、ええ」
つい、気の抜けた返事をしてしまった。ショックが大きかったからだ。
そうか。ブーちゃんは一般の冒険者並の強さだったんだ。それなのに私は勘違いして、シルバーウルフの巣に迷い込んじゃって、あわや大惨事になるところだったんだ…。
落ち込んでいると、ヘルさんが話しかけてきた。
「良ければ、森の出口まで見送るが?」
「えっ?あっ、お願いします」
彼の申し出は有難かった。こんな状態じゃ、またヘマをしそうだったから。
今日の事をしっかりと噛み締めて、教訓にしよう。もう二度と調子に乗らないって。慢心しちゃだめだって、しっかりと心に刻まなくちゃ。
〈◆〉
「送って下さり、ありがとうございました」
そう言いながら、少女はぎこちないカーテシーを見せて、奇形のオークと共に去っていく。
その小さな背中と大きな背中が見えなくなるまで、私は彼女達を見送った。そして見えなくなると、背中に翼を生やして飛び立った。
地表を見ると、馬車乗り場までトボトボ歩いている彼女達の姿がまだ見えていた。
「不思議な者達であったな」
不思議と言うより、理解に苦しむと言うべきか。
彼女達は何故、Bランクのシルバーウルフを相手に"手加減”をしたのか。
"深化"したこの私を吹き飛ばす程の一撃。間違いなく、Bランクの魔物程度であれば致命傷を負う攻撃力を持っていた。
だが、彼女達はシルバーウルフを捨て置いた。ワザと倒さずに、手下のウルフと戯れていた。頭を潰してしまえば終わる戦闘を、何故イタズラに長引かせたのか。
考えられるのは、シルバーウルフが森の主と言うこと。主を失った地域は、新たな主の座を巡って暫く荒れる。それを嫌って対象を生かした。
そう考えれば、納得は出来る。狩場が荒れるのは、そこを食い物にする強者であれば好ましくは無かろう。
そう理解すると、彼女の聡明さも垣間見える。あの年でそれだけ先を見通せるのは、相当の才覚者と言える。
その主の命を忠実にこなす、あのオークも然り。
【ギャォオ!】
「貴様もそう思うか。ニーズヘッグよ」
私の問に、戦友は己の翼を大きく広げ、大空を力いっぱいに飛び回る。
分かっている。貴様も物足りないのだろう。久しく我らの力に抗える者が現れたと言うのに、それを目前で邪魔されたのだからな。
だが、
「そこまでだ、ニーグ。そろそろ戻らねば、またフランクに小言で刺されかねん」
私は半強制的にニーグへの魔力を絞り、翼のコントロールを奪う。浮力を削いだ私の体は地表へと急降下し、丘向こうにの野営地へと降り立つ。
それと同時に、野営していた兵士達が一斉に剣と杖をこちらに向けて来た。そして、向けた相手が私だと分かると、顔を青くして武器の代わりに敬礼を向け直した。
「閣下!ヘルフリート閣下!」
その兵士達を掻き分けて、1人の青年兵士が怖い顔で迫ってきた。
「なんだ、フランク。騒がしいぞ」
「なんだ、ではございませんよ、閣下。一体、何処に行かれていたのですか?」
私を相手に、傍付きのフランクは一切引く様子がない。その様子が一瞬、長子と重なる。
私は仕方なく、肩を竦めるだけにした。
「何処へだろうと、貴様には関係あるまい」
「関係大ありです、ヘルフリート・ブリュッヘル将軍。軍の最高指揮官である貴方様がいらっしゃらなければ、我々はここから1歩も動く事が出来ないのですよ?ただでさえ、パリステンまでの行軍が予定より遅れているのに、これ以上の遅れはグランド王国との軍事演習に支障をきたします」
「ふむ。そうか」
思った以上に、フランクの奴はネチネチと小言を連ねる。
私は半分聞き流しながら、自分の個人天幕へと戻り、この遠征途中で買ったワインを開ける。銀杯に少しだけ注ぎ、香りを楽しんでから一口含む。
うむ。やはり本場のブルゴーニワインは格別だ。
…いや。この国の言い方に習い、バーガンディワインと呼ぶべきか。
「バーガンディ、か」
「はい?何かおっしゃいましたか?ヘルフリート閣下」
「気にするな」
私は銀杯を揺らしながら、フランクに素っ気ない返事を返す。
杯の中で揺られるワインから、芳醇な香りが膨らんでくる。豊かな大地が液体になったかの様な、そんな風味だ。自然と、私の口元が緩む。
「この平和な地に、まだこれ程の強者が居るとはな」
クロエ・バーガンディ。そしてそのファミリア。若き才能の台頭を、ただ遠くから眺めるのもつまらんこと。
そうであるならば…。
イノセスメモ:
ブルゴーニとバーガンディ…帝国読みと王国読みの違いで、どちらもワインの名産地であるクロエさんの生まれ故郷を示す。
ニーズヘッグ…北欧神話のドラゴン。ユグドラシルの根に住み、フレスベルグと喧嘩している。ラグナロクを生き残る強者。
魔族…物語の中の生物。今はいない?魔王との関係は?
深化…謎単語




